目で見える愛と憎しみ
このところ退屈な日が続いていた。
平和な日々、当たり障りの無い事しか言わない友人、私の存在が誰の為に用意された物なのかを示される。
私と言う存在の存在意義は産まれた時から決められていた、そこに不満なんて無かった、それを疑問に持つ事は許されなかったから。
望まれるまま育ち、そして出荷されて行くのだろう。
恐らく町や村の家畜と同様に、邪魔な物を排除して最適化された物を届けられるのだ。
ハイネライゼ家の家族構成は、父、母、そして私のみ。
爵位は伯爵、国の東に領地を持つ。
父のザイエル・ハイネライゼは母を溺愛しており、王家主催のパーティ以外で外に連れ出す事は無い。
その母の血を継いだ私も同様に、産まれた時から家を出た事と言えば数える程。
14歳を迎えて少し経つが、外の世界の話しは完全に父の管理になっていたので、今回夕食の席で言われた事は意外だった。
「……え、わたくしが王城へ?」
「そうだ」
いつもは静かな夕食の時間。
向かい側では母も意外そうに、そして訝しげに父を盗み見ていた。
「来週、王国祭が有るのは知っているな。
その行事のひとつで魔塔がイベントを催す事になり監視を命じられたので、ついでにお前を王子達にお目通しする」
「……かしこまりました、用意します」
「ああ、ララリア……君は家で私の帰りを待っていなさい。
行くのはリンカ、お前だけだ」
「そんな!まだこの子は14歳ですよ、1人でなんて」
「もちろん護衛は付ける。
ララリアは私が迎えに来るまで家で待つ様に。
リンカ、私の言っている意味が分かるな?」
母の睨みにも怯まずに父は私に問い掛けた。
ゆっくりと顎を引いて「分かりました」と返事をする。
王子もいらっしゃると言う事は国の内外様々な人達が集まるパーティでも開かれるのだろう。
伯爵位と言えど国の警護を取り纏める人間である父が「監視」と言うくらいだ。
魔塔の魔法使い達が突拍子も無い事をするのは今に始まったことでは無いけれど、王国祭で何かやらかしてしまえばそれだけまた行動の幅が狭まる。
「(どうせなら、この国を破壊しうる程の脅威を作ってくれないかしら)」
平和ボケしているこの国の中で、もっと狭い場所で言うならばこの家の中で。
私がそう生きる為に必要な条件を破壊して欲しい。
小さくスープを飲み込みながら、先程の不快感は腹の奥に落とし込むのだった。
来週と言われて居たけれど、部屋に戻ると既にドレスの準備は済んでいた。
ドレスに伴い装飾品やヒール、身の回りの物は全て決められていた。
「お嬢様、当日の髪型はどうされますか?」
「指定は無いの?」
「はい」
「……そう」
珍しい事もあるものだなと思いつつ、手渡されたカタログに目を通す。
母と揃いの銀の髪に赤い瞳。
色合いを抑えてあるベージュのドレスやアイスブルーのフレアドレス。
瞳を写した様なガーネットの花飾り。
……母のルビーの首飾りとシルバーの腕輪を見た時、私は模造品なのだと自覚させられる。
どうやったって母と同じにはなれない、そう気付いたのは今よりもう少し幼い時。
父の視線をずっと疑問視していた私に父が言った。
「お前はララリアでは無い」
私はリンカ、お母様とは別の人間。
だけど同じ様にと育てられ、価値のある物として着飾られている私。
何故、どうしてお父様は私をお母様と同じ様に愛してはくれないのだろう。
何故、どうしてと聞く必要も度胸も、勇気もあの冷酷な瞳に呑まれて行く。
これ以上言わせるなと言外に言われている様だったから。