第7話 おじさんとの勝敗が決まる。フー疲れたぁ
騎士団長の刀は真っ二つにぶった切られる。
もちろん偶然ではない。
彼の攻撃を捌くときにある一定の部分に負荷がかかるようにしていたのだ。
そして、俺も攻撃に転じた時にほかの部分を攻撃しつつも、その部分を重点的に攻撃した。
結果、何度も衝撃が加えられたことにより、ひびが入り、壊れたというわけである。
先程、騎士団長が「うん?」とつぶやいたのはそれに気が付いたからであろう。
俺は刀を手に持ったまま審判のジェルに聞く。
「勝ち、でいいかな?」
「は、はい。あなたの勝利です」
ふぅ。かなり、集中力を使う戦いだった。
何しろ、一点にのみ攻撃を入れつつ、相手の力がそこに向くようにコントロール。
こんな技術は魔物相手にはしたことがないので、なかなか大変だった。
「う、噓だろっ、騎士団長が敗北しただと?」
「何もんだよ。あのおっさん」
「本当に無名の剣士なのか?」
周りが何やら言っている。
少々目立ってしまったが、俺的には彼の相手を十分にしてあげれて、相手も満足そうなので俺も満足だ。彼も汗びっしょりで満足そうな顔をしながら俺に手をさし伸ばしてくる。
「さすがです。
自分の剣技も十分捨てたものではないと思っていたのですが、その剣技でも私ではあなたには到底及びませんでした」
「いやいや、確かに今回は負けたかもしれないが、君が剣を2本使っていたら勝敗は変わっていたよ」
俺がそういうと彼は驚いた表情を一瞬見せるが、すぐに納得したような表情に変わる。
「気が付いていたんですか?」
「ああ。君は剣を右手で持っていたから、右利きなんだろう?
その場合、左右で筋肉の付き方が異なるはずなんだ。
だけど、君の体は左右についている筋肉がまんべんなく付いていた。だから、両手利きの二刀流の剣士ではないかな、と思ったんだよ」
「さすがです。その洞察力や対応力、判断力、私では到底及びません。
学ぶことがまだまだ自分にもあると分かりました」
彼は俺をほめすぎというぐらいにほめてくれる。
そんなべた褒めしなくても……
と思うがここは素直に受け取っておく。
「ありがとう。それで、なんで君は2本剣を使わなかったんだい?
使えば勝てたかもしれないのに……」
「あなたが1本で戦っているのにこちらが2本というのはフェアじゃありませんから」
別にいいと思うけどな。
自分の本来の力が出せるのだから、反則でも何でもないだろう。
そう思ったが、口には出さないでおく。
「そうかい。それで満足はできたかい?」
「……正直に言うと、満足はできません。
やっぱり、負けてしまうっていうのは悔しいですからね。
でも、ここまで自分ができたっていう達成感も同時にあります」
「そりゃあ、頑張ったかいがあった」
「それで、正式に騎士団に入ることになったわけだけど、実はあんまりいられそうにないんだ。
だから、たまに顔を出すぐらいで実質名前だけ置いておくみたいな形になってしまうんだけど、それでもいいかな?」
「十分です。騎士団長である自分を倒すほどの実力者が入団したとなったら、諸外国へのけん制もできますし、名前を貸してくださるだけでもありがたいんです」
「そう言ってもらえると、気持ちが楽になるよ」
俺と騎士団長が会話をしていると、ジェルが俺に濡れているタオルを差し出してくる。
「汗をかいたでしょうから、これで体でも拭いてください」
「ああ、ありがとう」
この年になったら加齢臭などのにおいもひどくなってくるからな。
今までは周りにいるのは魔獣ばかりで人がほとんどいなかったから、そこまで気にしていなかったが今後は周りの人のこともきちんと考えねば。
そう思いつつ、俺は渡されたタオルで汗だらけの自分の体をふく。
周りの人をチラッと見ると、全体的に俺に対して賞賛や賛辞などよりも敬意や畏怖の方が強そうだ。
「それで、今後ではどうするんですか?」
周りを見ているとジェルが俺に聞いてくる。
特に予定などは決まっていないが、あまり一つのところに長く滞在するつもりはないんだよなぁ。
「特に決まっていないけど、いろんなところを回ってみようかと思っている。経験をいろいろ詰みたいからね」
「そうですか。それならば、私も連れて行ってくださいませんか?」
「え、なんで?」
「私はあなたの戦いを見て、自分の無力さを痛感しました。
この世界にはほかにも強い方がいるでしょう。
そういう方々と戦うときに勝てるように、いろいろ知っておきたいんです。
それにあなたと一緒に居て学べることもあるはずです」
「俺は別にいいけど……」
俺はちらっと騎士団長の方を見る。俺のような新参者ならまだしも騎士団の主力戦力であろう彼女がぬけても大丈夫なのだろうか。
騎士団長の顔は思った通り渋い顔をしている。
それはそうだろう。
彼女の意思を尊重してあげたいところだろうが、かといって騎士団の方をおろそかにもできない。
上の立場というのも大変なものだ。
「……期間付きでなら、許可する」
「どれぐらいですか?」
「1年」
「十分です。それだけの時間があれば、世界のいろんなところを回れますから」
「だからって、旅の間腕をなまらしていくというのは無しだからな。
きちんと実力も高めていくんだぞ」
「はいっ!」
彼女は嬉しそうに返事をする。そして、騎士団長は俺の方を見ながら言ってくる。
「返事だけは良いな。
すいません、旅のお邪魔になるかもしれませんがこいつを預かってはもらえないでしょうか?」
「ああ、別にいいよ。ところで話は変わるんだが、俺の名前はどうしようか?
本当の名前を使うわけにもいかないし……」
「使いますよ」
「へ?」
「もう一度言いましょう、あなたの本当の名前を使わせてもらいます」
「いや、一応今のご時世だから、神の名を使うなんて不謹慎なって感じでいろいろ言われたりするんじゃないの?」
「はい、言われるかもしれません。ですが、使います」
「えぇ」
彼の目には決意の炎が宿っている。これは、意思がなかなか堅そうだ。
だからと言ってこちらもおいそれと引き下がるわけにはいかない。
さすがに、神と同じ名前でそいつが騎士団長に勝つほどの実力者だとばれれば、今後の旅にも支障が出る確率が高い。こちらとしても、譲れぬところがある。
「いやいや、混乱をもたらしたくはないんだ。
そんなことになったら、俺たちの旅にもいろいろと支障が出るだろう?それでは困るんだよ」
「ですが……私はあなた様の魔法や剣術をこの世に広めたいんです。
あなたの武術が日の目を見ずに終局を迎えるのがどうしても、我慢ならないのです」
彼は悔しそうに唇をかみしめる。
俺はそんな偉大な人じゃないっていうのに。
なにせ、俺はわざわざ会いに来てくれた子たちの顔をほとんど覚えていない。
「いや、そんな偉大な人だと思われても……」
「実際、偉大ではないですか!」
ほめてくれるのはうれしいが実際以上の評価をされても困る。
別に、俺は自分のことを弱者と思っているわけではない。
弱者か強者かで言えば間違いなく強者だ。
現に剣一本同士での戦いとはいえ騎士団長にも勝っているからな。
だが、世界の中で最上位の強さというわけではなくて、ほどほどに上位だと思っている。
具体的に言えば、上の下ぐらいで最上位帯には遠く及ばない。
彼は俺に負けたので、俺を高く評価しすぎているのだ。
彼がもし剣を二本使っていたら俺はまず間違いなく負けていただろう。
単純に手数が2倍になるだけではなくその相乗効果で威力は何倍も上がるからな。
それに世の中うでぷっしだけではだめだ。
他にも、人望や財力、信用など様々なものが俺にはない。
「勘弁してくれよ。世界にはもっと強い人とか魔物とかがいるんだし」
「いいえ、あなたほどの実力者などそうそういません」
「はぁ……わかった。わかったよ。
名前を貸すのを許可するよ」
「本当ですか!」
「ただし」
彼が俺の言葉を聞いて嬉しそうにぱぁぁと顔を輝かせていたが、俺が強い口調で言うとその輝きが止まった。
「ただし、何ですか?」
「俺たちがこの国から出て行った後で俺が加入したことを言ってくれ。
あと、偽名で頼む」
「偽名、ですか?」
「ああ。
この後俺は旅先でリョウセイと名乗るからそれでいいのであれば貸すよ」
「分かりました。あなたがそれを望むなら私はそうなるようにしましょう」
意外にもすんなりと了承してくれた。
これだけ、ぎちぎちに条件を付けておけばそうそう、俺がそのあがめられている武神だとはわからないだろう。
そして、彼は俺のことをえらく崇拝してくれている。
その俺との約束を彼が破るとも思えない。
「ああ、助かるよ。都合のいいことばかり言ってしまってすまないね」
「いえ、お気になさらず」
俺はその日、騎士団の寮を使わせてもらうことになった。
いやはや、何から何までお世話になりっぱなしである。
ありがとう、騎士団長!