第4話 おじさんは女の子と戦う。お、落ち着こ?
俺は目の前にいる彼女と見つめ合う。
顔立ちがもともと整っているだけに怒るとなるとより一層怖さが増す。
同時に、美しくもある。
「ちょっと待ちなよ。ね、話し合おう?」
と言ったのもつかの間、無言で彼女は俺に向かって素早く切りかかってくる。
何とか躱すもこのままよけ続けるのは無理だ。
俺はジョン君からもらった剣を素早く抜いて構える。
カチャ、チャキ
ほぅ。
こんな状況だが思わず感嘆の息が漏れる。この剣は相当いいものだ。
漆黒の刀身が明るみになる。
何か特別な効果や形をしているわけではない。
まっすぐで真っ黒な刀。
だが、そのシンプルさゆえにその剣が業物であることを見抜くのはたやすいことだった。
かなりつかわれているであろうにきちんと手入れがなされている。
ジョン君は剣術を侮辱なんかしていなかったな。
今度会う機会があれば、謝罪したいものだ。
そんなことを思っていると相手から滑らかに剣技が繰り出される。
剣は一本しかないはずにもかかわらず早すぎて傍から見たら何本もあるように見えるだろう。
俺の目にはしっかりと一本分しか見えていない。
事情を聞きだすためにも彼女のことを傷つけずに制圧するのが望ましい。
俺は相手の剣をすべて捌きながら考える。
剣技を見ればそれをふるっている人の人間性が見えてくるものだ。
彼女は真面目で愚直に頑張ってきたタイプだな。
彼女が繰り出している剣技はすべて基本の型を少しいじった、あるいはそれらを組み合わせたものだ。
それを超スピードで繰り出すことによって恐ろしく攻撃力のある技に昇華しているのだ。
基本の型を知っているので、きちんと相手の動きをとらえれば捌くこと自体は容易だ。
おそらく彼女は俺と同様才能に満ちているわけではない。
ただ基本的な技を何度も地道にずっと練習したのだ。
その結果、この領域までたどり着いたのだろう。
彼女が悪人でないことはこの剣技からもひしひしと伝わってくる。
そんな彼女が俺を襲っているのだ。
並々ならぬ理由があるに違いない。
「よしっ」
俺はひとまず一気に距離をとる。
できるだけ相手は傷つけずに、無力化する。
そして、俺になんで切りかかってきたのかの理由を聞く。
少し本気を出そう。
フーと深呼吸をする。
彼女は俺が深呼吸している間もきっちり間合いを詰めてくる。
俺は一気に相手の間合いに踏み込む。
"秘儀・千本の剣!”
心の中でそんな技名を叫ぶ。
流石に、口に出して言うのは恥ずかしいからね。
でも、かといって何も言わないのは味気ないじゃない。
その瞬間、僅かな時間の間に瞬きすることも許さない速度で突きが彼女に飛んでいく。
時間にしたらわずか数秒。
だが、その間に俺は守りから攻めへ彼女は攻めから守りへ一瞬で立場が逆転する。
彼女はさばききれずたちまち全身傷跡だらけになり吹っ飛ばされる。
大丈夫、殺してはいない。
全て急所は外してある。
彼女は服が多少破かれ地面に尻もちをつく。
だが持っていた剣だけは決して放そうとはしなかった。大した根性だ。
俺は素早く剣の先を彼女に向けて聞く。
「まだ、やる?」
「くっ……ま、まいりました」
彼女は素直に自分の負けを認める。
そして、決して手放そうとしなかった剣を地面に置き両手を上げる。
もう戦う意思はないようだ。
俺は彼女の目を見て殺意がないと分かる。
そして落ち着きふーと息を吐きながら鞘に剣をしまう。
別に俺の剣筋の速度が特段早かったわけではない。
本来なら彼女でも対応できただろう。
ただ、いきなり速度を上げたことでその変化に彼女はついてこられず、隙を作ってしまった、というだけだ。人間というのは緩急作られると対応するのが困難なものだ。俺はそれを利用したに過ぎない。
それにしても、この剣は俺が前に持っていたものよりも格段に質が良い。
これを譲ってくれたジョン君には感謝してもしきれないな。
「さて、と。それで、なんで俺を襲ったのか説明してくれるかな?」
「あ、あなたがアルド・メリタリと名乗るからですよ」
「え?」
もしかして、俺がいない間にどこぞの魔法使いのような名前を言ってはいけないあの人、のような存在になったんだろうか?
冗談はさておき、俺は彼女の話していることが理解できなかったので聞いてみる。
「ど、どういうことかな?話が全く見えてこないんだけど……」
「知らないんですか?」
「ああ。なにぶん外の情報が全く入ってこないド田舎に暮らしていたからね。
そういうことには疎いんだ」
噓ではない。
実際にこの山の上で入ってきた情報なんて近くに敵がどれぐらいいるか、ぐらいだった。
それに彼女に本当のことを言ったとしても信じてもらえないだろうし。
「そうだったんですか。なら説明しますよ」
そう言って彼女が説明し始めた。彼女の話によると、こういうことらしい。
今からおおよそ20年前、とある一人の剣士がおりました。
彼はただひたすらに力を求め続けていたそうな。
彼は数人の仲間とともにこの山脈に立ち向かい、魔物と戦い続け強くなっていった。
そんな彼に憧れてついて行った弟子たちは修行の厳しさゆえに1人、また1人と脱落していったそうだ。そして、彼はその後も孤独に剣を振り続けやがては武神となったそうな。
その剣士の名前こそアルド・メリタリである。
「ふむふむ、なるほど……」
要は俺は単なる1剣士から神様にまで出世したようだ……っていやいや、おかしいだろ?
俺はそんな大層な人じゃない。
いや、人ではなくて『神ではない』って言い方が正しいのか?
ともかくそんなもんではない。
現実の俺は冴えないちょっと実力のあるおっさんだ。
俺が困惑していると、彼女が声をかけてくる。
「どうですか。事情は分かりましたか?」
「あ、ああ。大まかな事情はわかった。
要は1人間ごときの俺が神の名を名乗ったから不敬だって思って俺を切ろうとしたんだよな?」
「はい、そういうことです」
「……それが噓であるかもしれないという可能性はなかったのかい?」
「とんでもない!実際に彼と出会ったこともあると証言する方々がいるんですよ。
彼の下で師事したという方もいます。
少なくともそういう人物がいたことは間違いありません」
「お、オゥ」
確かに、先ほどの話も全てうそというわけではなくて本当の部分がいくつか混ざっている。
そのせいで、無駄にリアリティがある。
「そして、その人物が素晴らしい剣技と魔法のセンスを持っていたことも間違いありません。
みな一様に早すぎる剣術と強力な魔法を兼ね備えていた、といっていますから」
どうやら、俺のことを勝手に師匠と言っていたやつらがいろいろ言ったせいで、俺の株がたちまち上昇したようだ。
そのこと自体はうれしい。
だが、そのせいで急に切りかかられたとあってはたまったものではない。
「今ではかの武神の弟子、という肩書だけでも素晴らしいものなんですよ。
この山脈に人が以前よりも来ているのも神がいる場所として今や一大観光地になっているからです」
この山脈は危険が多い。
実際俺がこの山脈に訪れたときはほとんど人なんていなかった。
今回山を下りるときにやけに人が多いな、と思ったらそういうことだったのか。
「それで、そいつを神様だと認めてるのは民衆だけか?
それともどこかの宗教でも認められているのかい?」
この世界には神聖教という世界最大の宗教が存在している。
宗教を信じているとなったら、たいていこれだ。
他にもあると言えばあるんだが、神聖教の信者の数がぶっちぎりで多い。
といっても、この世界の人間は宗教をそこまで信じていない。
神に祈ったところで、死人が生き返るわけではない。
死ぬときは死ぬ。死という概念が前の世界よりも近いからかそういうスタンスが一般的だ。
俺も一応は神聖教の信者だが、規則などほとんどあってないようなものだ。
話が少しそれたな。
つまり、神聖教が認めているのだとしたら、信者である俺が神である俺をあがめなければならないという何とも変な構図ができるから勘弁してほしい、ということだな。
まぁ、さすがに世界最大宗教が認めるとは思えない。
大方、どこかの新興宗教が担いでいるだけだろう。
「神聖教です」
「へ?」
「神聖教でその存在が認められています」
おいおい冗談だろ。
俺の予想を軽く超えてきた。
内心驚きつつも表情には出さず聞く。
「……ちなみになんでそうなったんだい?」
「はい。最初は神の名を名乗るなど不謹慎だと教会側も認めない方針でした。
しかし、彼に師事した人々の多くが大成しまして、もしも彼のことを神として認めなければその優秀な人材たちを多く失う、あるいは敵に回ると判断して、神と認めました」
「マジ?」
「はい?今何かおっしゃられましたか?」
「いや、単なる独り言だよ」
マジかよ。信じられん。
宗教は俺のようにあまり信じていないものが大部だ。
それでも、俺がその敬われている神であることがばれたら大騒ぎになるだろう。
それに、宗教を信じているものの中には熱狂的な信者もいる。
事実、今目の前にいる彼女もそうだ。
俺が名前を名乗っただけでためらいなく殺そうとしてきた。
その信者たちに俺のようなおっさんが実は神様でした。
なんて言ったらどんな目にあうかわからない。
俺の本当の名前を今後言うのは避けた方がいいだろう。
「これで、あなたの名前を言うべきではないということがわかりましたね?」
「はい」
「それで、あなたはこれからどうするつもりなんですか?」
「特に予定はないけど、ひとまずは王都にでも行ってみようかなと思う。
人や物資がたくさんあるだろうしね」
先に実家に行く予定だったのだが、この調子では俺の家族はどこかに引っ越しているだろう。
神様が人間であったころの生家や神の親などその信者たちがいかにも飛びつきそうな肩書だ。
他にも周辺の国の状況、それに俺のことについての情報もいろいろと集めておきたい。
「そうですか……」
彼女は少し考えるようなそぶりを見せた後に俺の方をバッと見る。
まるで、名案を思い付いた!という顔だ。
「それでしたら、私達の騎士団に入りませんか?あなたの実力ならば問題ないはずです」
「へ?」
まだまだ、全力を出し切ったと言うわけではありません。
おじさんの旅をどうか楽しんでください。