第18話 おじさんは人助けをする。大丈夫かい?
「ふぁ」
まだ日も昇っていないうちに起床する。
今いるのは昨日急遽泊まることになった宿屋だ。
横を見るとクロとジェルが寝ている。
そうだ、確か節約するために同じベットで寝ることにしたのだった。
「少し近所を散歩させてもらおう」
独り言をつぶやいて外に出てランニングを始める。
こういう不慣れな環境で生活するにあたって、毎日のルーティーンを欠かさずすることは重要だ。
人間すべて変化した状態というのはあまりよろしくないからな。
こうやって、いつも通りのことをするだけでも落ち着いてくる。
まだ、日が昇っていないということもあってか人はほとんどいない。
だが、時折漁師のような人がいるのを見かける。
おそらく、朝早くから漁に行く準備をしているのだろう。
他にも一晩中騒いでいたと思われる人がおぼつかない足取りで歩いているときもある。
まぁ、ごく普通の港町という印象だ。
そんな風に町の様子を見終わったら、自分の宿へと引き返す。
出来るだけ音を立てないように扉を閉め部屋の中に入る。
2人はまだスース―と寝ている。
無理もない。
金のためにと二人にはかなり歩かせてしまった。
彼女たちはまだ若く体力はあるが、歩きなれていない。
特に、クロにはかなり無理をさせてしまったことだろう。
なので今はできるだけ休ませてあげたい。
なら、歩かさず馬車を使うべきだったかというとそうでもない。
俺はこの判断で正しかったと思っている。
何ランニングをしている時にセントラル大陸に行くまでにかかる値段を見たが高い。
とにかく高いのだ。
ざっと見た限り平均で片道1人500万ヌーロ。
これは明らかにぼったくりのところを除いた額である。
こちらは3人なので片道だけで1500万ヌーロ,1500万円だ。
一応、騎士団長から前金としてもらったお金があるので払えるには払えるのだが、この先も同じように出費が続くのであれば、かなり厳しくなる。
節約できるところはしておいた方がいいだろう。
俺はそんなことを考えながらタオルで自分の体を拭く。
さて、2人が起きるまでに軽く魔術の練習と剣術を外でしておくか……
いや、待てよ。
2人が起きた時に腹をすかしていたら困るだろう。
2人ともまだ若い。お腹を空かすのはかわいそうだ。
今のうちに先ほど見かけた近くの屋台で何か買っておいてやろう。
そう思い俺は再び外に出る。
先ほど見かけたときには開いていなかった屋台も、もう開かれている。
さて、どれにしようかな。
そう言えば、俺は二人の好みを知らないな。
様々なものを万遍に買えばいいか。
そう思い、頼もうとしたときに何やら鈍い音が聞こえる。
「なんだ?」
そちらの方角に目を向けると2人の男が店の前で喧嘩していた。
いや、喧嘩というよりも一方的な暴力に近い形だが。
俺は気になったので近づいていく。
片方は髪型がモヒカンでかなりのデブ……じゃなくて、ふくよかな体形をしている。
胸元を開けて俺の筋肉を見ろ!と言わんばかりだが、生憎とぜい肉しか見えない。
だが、こういった戦いにおいてウェイトがあるというのは有力だ。
現に今だって馬乗りになってもう片方の男をボコっている。
もう片方の男は対照的だ。
ひょろりとしていて贅肉も筋肉もない。
頼りなさそうな感じだ。
あだ名は絶対もやしで決定だな。
顔面に何発も相手からの攻撃をくらって、あざができている。
生憎と目の前でこんな暴力を見逃すほど俺は薄情じゃない。
このまま続けていたら、もやしの方は死んでしまうかもしれないしな。
それでは、些か後味が悪い。
とはいえ、何か事情があるのかもしれない。
モヒカンが一途に恋していた彼女をもやしが奪った、とか。
そこら辺の事情が分からなければ助けられないんだが、と思っていると悪態をつく声が聞こえる。
「なんなんだ?この値段はよぉ?
ぼった食ってんのか?ああぁん?」
どうやら金銭でのトラブルのようだ。
だが、やはり軽率に助けなくてよかった。
ぼったくろうとしているのであれば、彼が悪い。
多少痛い目を見た方がもやし君の為にもなるだろう。
そう思って引き返そうとすると、モヒカンの方が続けて言う。
「片道300万ヌーロぉ?
高すぎんだろうが!
そうやって今までもぼったくって生きてきたのかぁ?
俺は騙されねぇぞ!」
300万ヌーロ!?格安ではないか!
これで決定したな。
モヒカン野郎、お前が痛い目を見る番だ。
俺はずかずかと近づき声をかける。
「君、ひとまずは彼の上からどきなよ」
「誰だぁ、お前?」
俺が声をかけると体をどかすことなく顔だけをこちらに向けてしゃべる。
先ほどは見えなかったが顔には右目の下に傷があり、荒くれ者であることは察した。
だが、荒くれ者であるからって無抵抗の人を殴ることは許されない。
「見るに堪えないからさ。
さすがにやりすぎだと思うんだけど」
「部外者が勝手に口を出してんじゃねぇよ!」
そう言って彼は俺にこぶしを向けようとする。
だが、それを直前でやめる。
俺の雰囲気が変わったのを彼も直感で分かったのだろう。
先ほどまでの和やかムードからいきなり殺気を放っているからな。
生憎と彼は俺としゃべり始めた時からずっと俺の射程距離に入っている。
「どいてくれないかなと言っているのがわからないかい?」
俺はすっと目を細めて彼に目を向ける。
先ほどと言っていることに大した違いはない。
だが、言葉の重みは間違いなく今の方が重い。
彼は自分との差を理解したようで、チッと舌打ちをしてその場を離れる。
ふぅ、よかった。
もしも彼が自分と相手との力量差もわからないやつだったら、あのまま向かっておりこちらも斬らざるを得なかっただろう。
あまり、人は斬りたくないのでよかった。
俺は先ほど倒れていた男に手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
彼は俺の手を握って起き上がる。
顔面崩壊している。
ぼこぼこにはれ上がっており、元の顔はイケメンだったかどうかもわからんほどだ。
だが、生憎俺は人を治すことはできない。
ひとまずジェルのところまで行って、治してもらおう。
「じゃあ、俺の背中に乗ってください」
「?は、はい」
そう言って彼は俺の背中に上り俺はがっちりと彼を支える。
俺は彼を担ぎどのままジェルのところまで向かう。
部屋をバタンと開けると、すでにジェルは起きていた。
「どこにいってたんですか……ってその人は誰ですか?」
ジェルは警戒したように俺が担いでいる人間を見る。
だが、彼の顔がぼこぼこになっているのを見ると、口元に手を置いて「ひどい」とつぶやいている。
「彼に治癒魔法をかけてあげてくれないかな?」
「わかりました」
俺が特に事情を説明せずとも彼女は彼に魔法をかけてくれる。
暖かそうな柔らかい光が彼の顔を包み込んでいく。
やはり、彼女は優秀だ。
見る見るうちに彼の傷が治っていき、少しの打撲とあざだけになる。
「それで一体何があったんですか?」
ある程度治ったと判断したのかジェルは俺に聞いてくる。
俺はジェルに先ほどあったことを説明する。
全ての説明を聞き終わると、彼女はハァとため息をつく。
「どうしたのかい?」
「やはり、あなたはお人よしですね。
普通は見捨てるもんですよ。
でも……」
「そんなところが良いところ」
ジェルが言いかけたところをクロが言う。
どうやら、起きたようだ。
「ま、そうですね」
ジェルはクロの発言に同意する。
どうやら、俺のこんなところを2人とも認めて好いてくれているようだ。
いやぁ、改めて言葉にされるとうれしいものだな。
俺は二人に感謝の意を述べる。
「ありがとう、2人とも」
「で、結局あなたは誰なんですか?」
ジェルは先ほど治療した男に問いかける。
すると、その男はその質問に答えるように自己紹介をする。
「私の名前はフィリップ・ガーメント。
フィリップと呼んでくださればいい。
普段は経営している店のオーナーをやらせてもらっている。
先ほども、『高すぎる、オーナーを出せ!』と言われてしまってな。
行ったはいいものの、ぼこぼこに殴られてしまった。
奴を追い払うだけではなく、治癒魔術までかけてもらって、何から何まで世話になった。
先ほどは助けてくれてありがとう」
そう言って俺に首を垂れる。
礼儀正しい人だ。素直にそう思った。
ここら辺は普通の港町だ。
なので、王都と比べると治安は悪くガラの悪い連中も多い。
にもかかわらずこんな風に礼儀正しいというのはすごいことだと思う。
俺がこんな環境に置かれたらまず間違いなくガラの悪い連中になっていただろうな。
そんなことを考えていると彼が俺に提案してくる。
「さて、先ほどの恩返しがしたいのだが、何か要望があるだろうか。
自分ができる範囲で、だが」
おお、このシチュエーションは!
主人公が悪役からきれいなお姫様とかを救ってお姫様からその恩返しがしたいと言われるやつではないか。そして、主人公は『欲しいのはあなたの心です』と言い恋に……
みたいなやつだ。
だが、現実はそうじゃない。
彼はそんなきれいなお姫様じゃないし、俺はかっこいい主人公でもない、ただのおっさんだ。
ま、それでも恩返しがしたい、というのならしてもらおう。
ちょうど、船の費用を見て頭を抱えていたところだ。
「それなら、セントラル大陸まで行きたいんだけどその船の費用を安くしてくれないかな?
高くて、頭を抱えていたところだったんだよ」
「お安い御用です!
恩人ですし9割引きにしましょう。
3人全員で100万ヌーロにしますよ」
おお、9割引き!
しかもわずか100万ヌーロ。
もちろん、大金であることには変わりないがそれでも破格の値段だ。
これはうれしい誤算だな、これでこの後の旅も多少余裕ができた。
「それで船の便はいつのにしますか?」
「できるだけ早い方がいいかな」
「わかりました。
さすがに今日の分は空いていませんが明日の朝7時からの分なら空いています。
明日でよろしいでしょうか?」
「それでお願いします。
場所はどうします?」
「そうですね。
分からない場所だと困るので私とあなたがお会いしたところ。
私の店の前でどうでしょうか?」
「わかりました。
2人ともそれでいいかい?」
そう言って二人の方を見ると2人はそれに同意するように頷いた。
そして俺はジョンの方に向き直る。
「それでいいそうです
何から何まですみません」
「いえいえ、こちらも助けてもらったのでお互い様です。
それでは、私はそろそろお暇させていただきます」
そう言って彼は立ち上がり、そのまま扉から出て行く。




