第10話 おじさんは話を聞く。マジカル王国って、マジか……マジだけに、ね
彼女の話をまとめるとこういうことだった。
物心がついたときにはすでに、施設の中に放り込まれており、そこで暗殺者としての訓練を受けてきたそうだ。
その施設は地下にあったので魔道具で明かりをつけていたものの一日中薄暗かったらしい。
一年ほど前から任務を遂行するために地上に出ていたそうだ。
そして、今回アルド・メリタリを名乗る人がいるということで暗殺しに来たのだとか。
俺は彼女からの話を聞いて彼女に言う。
「大体の事情はわかったよ。
こんなことを言われても戸惑うかもしれないけど、君はその施設にいい様に使われている」
「……うすうすわかってた。
あなたが悪人でないことも、自分の組織が正義ではないことも。
それでも、生きるためにこの選択を取った」
彼女は顔に苦渋の表情を浮かべながらそう言う。
それはそうだろう。
幼い彼女に一人で生きていく力なんてない。
こんな10歳かそこらの子供にこんな苦しそうな表情をさせるなんて……
「それで君は自分の所属している組織の名前はわかるかい?」
「確か、マジカルアサシンとか言ってた」
俺はその名前を聞いて、ジェルと顔を見合わせる。
マジカルと聞くと真っ先に思い浮かべるのはマジカル王国だろう。
カロザス国から見て海を越えた先にある国である。
マジカル王国はカロザス国と同じく周辺をすべて海で囲まれている。
陸続きでないので外からの干渉をあまり受けないんだとか。
以前にこのカロザス国は世界のリーダーと呼ばれているほど発展しているといったが、そんなわが国でも魔法という1分野に限ってみればマジカル王国には叶わない。
マジカル王国は世界最大の魔法大国なのだ。
同時に世界でも屈指の輸出大国。
魔石や鉄などの鉱石類の輸出が半端じゃないぐらいに多い。
我が国と肩を並べるかそれ以上だ。
そして、カロザス国とは過去の因縁からかあまり仲が良くない国だ。
「マジカル王国か……」
思ったよりも重い案件だ。
せいぜい、そこら辺の悪党が相手だと思っていたのに、まさか国がかかわってくるとは……
それにしても……
早すぎないか?
俺は確かに途中まではアルド・メリタリと名乗っていた。だが、それはジェルと出会った段階でやめたのだ。
にも関わらず、数日で俺の存在がマジカル王国に筒抜けになっている。
さすがに早すぎる気がする。
一個人にいちいち構っているわけがないし……
まさか、マジかう王国のスパイに運悪く俺が名乗っているのを聞かれたのだろうか。
俺がそんなことを類推しているとジェルが言う。
「名前から考えるにあそこの国直属の暗殺部隊に彼女は所属しているようですね。
これは扱いを間違えると、国同士の戦争につながるかもしれませんよ」
ジェルが俺に対してくぎを刺す。
下手に感情に任せて動くな、ということだ。
「わかってる。
でも、この子の扱いを見過ごせるものでもない。
そこで提案なんだけど、ここの騎士団で保護してもらったらどうかな?君が望むなら騎士団長にいっておくけど」
「え」
彼女は驚いたような表情をしている。ジェルは、『はー』とため息をつき、俺に言う。
「前々から思っていましたが、師匠って子供に対しては甘々ですよね」」
「そうかな?」
「ええ。私に対してもかなり甘いですし」
「で、どうする?」
「えっと、ここにいたいです。けど……」
そう言ってから彼女は服の上の部分を持ってそれを脱ぐ。
「ちょ、何してんの?」
彼女は答えず首や鎖骨のあたりを見せてくる。
彼女の胸を見るわけにもいかず見ないようにするが、ちらりと見て驚く。
胸の部分もちらりと見えるが、そこよりも目が奪われるのは首の部分にある大きな魔方陣だろう。
少なくとも俺が見たことのない術式だ。
「それは、なにかな?」
「隷属魔法。私と契約者の間で結ばれている。
これがあるから、私はここにいる事ができない」
隷属魔法……いわゆる主人と奴隷の関係を強制的に結ばせる強力な魔法である。
これを使えば、相手の意思に関係なく動かす事ができたはずだ。
なるほど。これが使われているのであれば、彼女が逃げられないことも納得がいく。
だが、隷属魔法は国際法で禁忌魔術に認められていたはずだ。
著しくその人の自由を奪うとかなんとかで。
「それなら、契約者の元へ案内してください。
国際法に違反したという大義名分のもとで我々騎士団や軍も動く事ができると思います」
ジェルも俺と同じ考えになったのか彼女に対して言う。
国際法とは世界各国の国が集まり世界共通で決めたルールのことである。
それに違反したということは、それを承認している国を敵に回すことになるので、その契約者は重い罰が下されるだろう。
「無理。私は契約者の場所を知らない。
自分に与えられた小屋に戻って、時間が来たら指示を受けて、その指示通り動くだけ」
「それなら君はこの依頼を遂行できなくてここで死んだことにすればいい。
そうすれば、向こうも君の事を諦めるんじゃないかな?」
「たぶんそれも無理。私が死んだってなったら、この隷属魔法を使って私の小屋へ戻るようにすると思う。それで戻ってこなかったら、死んだとみなして戻ってきたらう、噓つきと、し、しておっ、お仕置き……」
最後の方は声を震わせ、顔に汗をかきながらそう言う。
よほど、その『お仕置き』がトラウマになっているみたいだ。
少しの間、俺たちの間に沈黙が流れる。その沈黙を俺が破る。
「騎士団の中に治癒魔法を高水準で使える人っている?」
「……一応私は使えますが、何かするおつもりなんですか?」
「この子の体からこの魔方陣の効果を消す」
「え?」
「なっ、正気ですか?」
「正気も何もそれぐらいしか解決策がないからね。もちろん、彼女の意思が最優先だけど」
そう言って俺は彼女の方を見る。彼女は困惑しているようだったので俺は彼女に問う。
「今、君には二つの選択肢がある。一つ目は任務に失敗したとして、このまま帰る。二つ目はここで多少無理をして、隷属魔法の効果をその体から無くして、自由を得る」
「2つ目」
彼女は即答した。その眼には不安と期待が入り混じっている。
どうやら覚悟は決まっているようだ。
むしろ、ジェルの方が覚悟が決まっていないぐらいだ。
「ほ、本気ですか?隷属魔法は構成が最も難しいと言われている魔法の一つです。体の神経と筋肉にまでつながっているんですから、それを引き離すとなると、高確率で死亡、死なずとも後遺症が残りますよ」
「ああ、そうだね。少し、言い方が悪かったね。
引き離すわけじゃない、これの一部分を書き換えるんだ」
「書き換える、ですか?」
「そう。隷属魔法を後遺症も何もなく引き離すとなると、さすがに無理だけど、この契約者の相手を書き換える程度であれば俺でもできると思う」
「……なら、私は書き換える時に彼女に起こる神経や筋肉などのもつれによる痛みを解消すればよいということですか?」
「そう。話が早くて助かるよ」
「それなら私よりも、別の人が、いやそれだとこの子のことがばれて……ああ、もうわかりました。やりましょう」
何やらぶつぶつ言っていたが、ジェルは覚悟を決めてくれたようで俺の方を見てそう言う。
俺はジェルに感謝の意を示しつつ彼女に指示を出す。
「ありがとう。助かるよ、それじゃまずは服を脱いで」
「わかりました」
そう言って彼女は服を恥ずかしがることもなくスルッと服を脱ぎ、俺の方に体を向ける。
先ほど見たまま体中に傷の跡や青たんなどがあり、ジェルはその体を見て一瞬驚くが、すぐにその表情を隠す。
「じゃあ、行くぞ」
そう言って俺は彼女の魔法陣の部分に手を当てる。
おそらく、書き換えるに当たって重要なのは魔術の属性ではない。
重要なのは最低限の魔力を持っていること、そして、この術式を処理する圧倒的な演算能力。
魔力量に関しては問題ないが……演算能力の方は正直微妙だ。
どこまでできるかわからないがやれるだけやってみるしかない。
できるだけ、彼女の胸の部分には触れないように注意しながら、目をつぶり集中する。
「解析開始」
たちどころに俺の頭の中には彼女に刻まれている術式の情報が流れ込んでくる。
膨大なそれらのデータはたちまち俺の脳を埋め尽くす。
やはりこれらすべてを処理することは無理か。
これらすべてを処理していたら、俺は脳が情報で埋め尽くされ廃人状態同然になるだろう。
つまり、解除するのは無理ということである。
俺は急いで契約者の名前があるところを探す。あまり長くいたら俺の脳みそが持たない。
だが、それは広大な砂漠から一粒の金を探すに等しい行為。
中々見つけることはできない。
「ぅ、うう」
彼女は苦しそうに声を押し殺している。無理もない。
自分の神経や体の中を探すためとはいえ、いじくられているのだ。
ジェルが痛みを和らげてくれているけれが、長時間すると、俺よりも先に彼女の精神が参ってしまう方が早いだろう。
「どこだ?」
大体の見当をつけて探しているはずなのにまったく見当たらない。
見当違いの場所を探しているのか?と不安になる。
だが、見当をつけているとはいえ、それでも探す場所が砂漠から学校の校庭に変わったレベル。
すぐに見つからないのも当然かもしれない。
自分にそう言い聞かせて焦る気持ちを落ち着かせ、冷静に探す。
注意してみると、一か所だけ魔力の質が変わっている部分がある。
おそらく、契約している人間とこの術式を構築した人間は違うのだろう。
なので、契約者の名前の部分には契約者の魔力が、そのほかには組み立てられた術者の魔力が別々に用いられている。
「見つけた!」
俺がは思わず叫ぶ。つい、うれしくなってしまった。
いや、こんなことをしている場合ではない、早く書き換えねば。
俺はその術式の部分に触れる。
その瞬間、ドロッと俺の鼻から血がでる。




