君の瞳に映るのは
視線は正直だよね
言葉にしなくても
何を思っているか
伝わってくるから
昼休み、私は自席で本を読んでいた。
今は、あまり周りを見たくない、そんな気分だったから。
「加賀見、今日ちょっと、付き合ってくんない?」
だから、声をかけられるまで、いつの間にか誰かが目の前にいることにも気づかなかった。
ページをめくろうとしていた指が止まる。
声の主が誰なのかは、顔を上げずとも分かった。でも、下を向いたまま返事をするわけにもいかない。
仕方なく顔を上げ、声の主を見る。
浜名俊幸君。
私の好きな人。
「いいよ」
好きな人に声を掛けられたのに、素直に、喜べない。
どうして、こうなってしまったんだろう。
△▼△▼
どうして気付いてしまったんだろう。
知らないままなら夢を見ていられたのに。
私、加賀見唯は廊下の窓から視線を逸らした。
暫くして、教室に入ってきたのは、浜名俊幸君、クラスメイトの一人で、私の好きな人だ。
いつから好きだったのかといえば、気付いたら好きになっていた、としか言いようがない。
気付けば視線が彼のことを追っていた。
じっと見つめていると変に思われるから、それこそ誰からも関心を持たれていないようなそんな時間に彼を追う。
そんなことを繰り返しているから、彼が誰と仲がいいのか、どんなことが好きなのか、少しずつわかっていった。
それが楽しくて、嬉しくて、つい、彼のことを追ってしまった。
授業中、真剣に前を見たままノートに走り書きしてたのに、ノートを見ずに書いていたからなのか、彼自身が読めない文字になっていたらしく、慌てて書き直しをしている姿、とか。
休み時間に、机に座って、友達と真剣な顔で下らない話をしている内に、誰かの一言がツボにハマったらしくって、笑いが止まらずに息苦しそうにバタバタしている姿だとか。
そんな仕草の一つ一つが可愛いらしく思えて、気付いたときには好きになっていた。
そんな風に、彼の仕草を追ってしまっていたから、彼の視線が、隣のクラスの女の子、真名津季紗耶さんを度々追っていて、それが偶然ではないことにも気付いた。
気付いてしまった。
「ねえ、ゆいぴ。数Ⅱの宿題やった?」
声をかけられて、思考の海から引き上げられる。話しかけてきたのは、前の席に座る中間奏だ。
「やってるよ」
「問3、どうやって解いた?あれ、分かんなくてさ」
「見る? 合ってるかは分かんないけど」
「見る、見る。感謝ぁ」
明るく、誰とでも分け隔てなく会話する彼女は、どこか浜名君に似ている。
誰とでも絡める彼女だから、女子集団だけでなく、男子との絡みも多く、一部女子から厭われてることも知っている。
彼女が女子より男子と話す方が楽だ、と思っていることを知れば、もっと厭われるかもしれない、とも思う。
『あんま、プライベートに踏み込むのってヤなんだよね』
彼女は軽い口調でそんなことを言ったことがあるが、多分それが本音だと思う。
だから、きっと、こんな私とよく絡むのだ。人と群れることの嫌いな私と。
「ゆいぴ、なんかあった?」
数学のノートを開いて、彼女が分からないと言っていた問題がどこで詰まっているのか聞いていると、不意に奏が私の方を見て、そんなことを聞いてきた。
「え? なんで?」
「ん? なんとなく。気のせいならいいや」
彼女は、あっさりと聞いたことを取り下げると、ノートに視線を移し、「おぉ、こうすればいいのか」、なんて呟いてる。
私、そんなに感情を表に出していただろうか。
人を見るのは慣れているけど、人に見られることは慣れてない。
もしも分かりやすく動揺してたのなら、気をつけないと。
△▼△▼
「中間、次の科学の準備、手伝えってミカミンが言ってた」
廊下から、浜名君が奏に声をかける。
教室の外にいる浜名君を視線で追えなくなってからしばらくが経っていた。
それでも、教室に居る彼のことを追ってしまうことは止められていない。我ながら、未練がましい。
「えぇっ。それぐらいミカミンが自分でやりなよ。また、授業の時間忘れてたんだろ」
奏が席を立ちかけて、ふと私の方を見る。
「……あ、でも、あたし、ちょっと今日調子悪くて、保健室寄ってきたいんだよね。ゆいぴ、代わりに行ってくんない?」
「ふぇっ? わたし?」
「今日ちょっと、痛くてさ。痛み止め貰いに行こうと思ってたんだよね。だから、ごめんっ」
「……大丈夫?」
そう口にしては見たものの、なんだか不自然なものを感じる。奏は人に仕事押し付ける子じゃない。今だって、一瞬行こうとしてたし。……だから、変なんだけど。
「うん、ごめん。時々ひどい時があってさ。薬飲めば治まるけど」
「そっか」
「……よくわかんないけど、中間が辛いならいいよ。ミカミンには言っとくから。あ、おい、透」
浜名君が、準備室に向かおうとして、廊下の先にいた友達を見つけたのか、手を上げる。
「ちょっと手伝ってよ」
「ヤダ」
「聞く前にそれかよ」
廊下でのやり取りと、横で両手を合わせている奏を見比べて、ため息を1つ吐いたあと、私は席を立った。
心が波立つ。良くも悪くも。
「浜名君、私、行くからいいよ。時間、無いよね」
「加賀見、いいの?」
「いい、大丈夫。教科書持ってったほうがいいよね。どうせ、そのままあっちで授業でしょ」
「あ、忘れるとこだった。ありがとう」
△▼△▼
浜名君の視線が真名津季さんを追っている、そのことに気付いていなければ、浜名君といられるこの状況は素直に嬉しかったのだろうか。自分が勝手に想っていて、自分で勝手に落ち込んでいて、それでも嬉しいと感じている。実に単純で、けれど訳がわからない、と驚いてしまう。
まったく、自分のことなのに。
科学の三上先生(通称ミカミン)が、準備室から資材を運び出して、私と浜名君は、それらを指示されたとおりに、各テーブルに配分していく。
無言で黙々と資材を並べながらも、時々彼を視線で追ってしまっている自分がいる。
本当に、救いようがない。
そうやって作業をしていると、浜名君と視線があってしまった。
驚きと後ろめたさで、思わず手にしていた資材を落としそうになり、慌てている私を見て、浜名君が吹き出すように笑った。
「慌てすぎだって。大丈夫?」
「ごめん。なんか突然でびっくりしちゃって」
「落とさなくて良かったな」
それには返事をせず、ただ無言で頷く。
胸の鼓動が激しくて、余計なことを口走ってしまいそうで、それ以上、言葉が出てこなかったのだ。
「全然話し違うけど、加賀見って何中だっけ?」
笑われて、会話が終わったかと思っていたら、浜名君が手を止めて、改めてこっちを見てから、そう聞いてきた。
私も手を止めて、彼の方を見る。
まだ落ち着かない感情を抑えるために、一度小さく深呼吸すると、浜名君が少し笑った。
恥ずかしいけど仕方ない。そんな急に平静にはなれない。
「……光陽だけど。どうして?」
一息ついて、もう数秒の沈黙を挟んでから回答する。
鼓動は収まらなかったけれど、呼吸はなんとか楽になってきた。
「なんとなく。そっか、光陽か。中間と仲いいから、そっちかと思ってたけど」
そういうと、浜名君はまた資材を並べ始めた。
けれど、しばらくしてまた手を止める。
そうして、何かを考えていたかのように、動きを止めていたかと思うと、また私の方を見た。
話しかけられるまでは気付かないふりをしようと思っていたけど、浜名君がこっちを見たタイミングで、私も手を止める。
そこまで不自然に映ってなければいいけれど。
「友達がさ……」
そこまで言って、浜名君が言葉を詰まらせる。何かを言い淀んでいるのは分かるけど、それが何故かも、それが何かも分からない。
「……言いたくないなら、別にいいけど」
そう声を掛けてみる。
1度口にしてしまったことをなかったことにすることは難しいから。
もし言うのをやめようかと悩んでいるなら、こういったほうが気が楽だろうか、とそう思って声を掛けてみる。
だけど、それは彼に反対の決意をさせたようだった。
「いや、ごめん。大丈夫。友達がさ、前の学校での友達が悩んでることを知ったらしいんだよね」
「……うん」
「でも、それは本人から聞いたわけじゃなくて、たまたま別の友達から聞いただけらしくって。だから、その友達が悩んでることを相談してこないってことは、自分には話したくないことなのかな、って思ったらしいんだ」
「うん」
これは、よくある自分のことを友達と言い換えて話している話だろうか、という考えが頭をよぎる。
「その友達、あ、俺の友達のほうね。その友達が、今悩んでる友達と話したくない理由でもない限り、直接聞けばいいと思うんだ。でも、聞くのが怖いっていうのも、ちょっと分かるっていうか」
「そだね」
「加賀美ならどうするかなって思って」
「浜名君の友達が、友達の悩みを聞きだしたいとして、どう切り出せばいいかってことでいい?」
「そう。自分なら相手の反応から、聞き出していいものかどうか判断つくけど、自分のことじゃないから」
……浜名君自身の話じゃないのか。じゃあ、水原君?でも、水原君と浜名君は同じ中学だから、水原君の友達なら浜名君も知ってそうだし。
……まぁ、いいか。
「中学時代の友達なんだよね」
「そう、らしい」
「今も普通に話してるの?」
「それは聞いてない」
「うーん」
こういうのって人に依るから、どれが正解って無いんだけど。
「私も、多分浜名君と同じで、直接相手と話をして、様子を伺いながら切り出すかな。でも、それが難しいなら、聞かない」
「そっか。そうだよな。ありがとう」
「二人の関係性が分からないから、私なら、ってことしか言えなかったけど」
「俺も、友達とその友達の関係性は分からないから、何とも言えないんだけど、自分の考えでいいのか自信なくて。でも、加賀見も同じ風に考えるって言うなら良かった。そう伝えてみるよ」
笑いかけられて、胸がギュッとなる。
強い風に、木々がしなるほどに揺れたようなざわめきと共に、地の底から、マグマが溢れ出てきそうなそんな熱さが胸の中をぐるぐるとする。
気付けば、右手が、制服の胸元を、シワになるぐらいに握りしめていた。
「青春だねぇ」
「うぇっ!?」
背後からのんびりとした声がして、私は思わず、急に上から軽く押しつぶされたような、そんな変な声を出してしまった。
「もうすぐ授業始まるから、残りよろしく」
振り返ると、ミカミンが笑顔でこちらを眺めていた。まるで赤ん坊を見るかのような無邪気な笑顔だが、それが逆に怖い。
「あー、ごめん。でも、加賀見に話せてよかった」
「……役に立てたなら良かった」
思わず視線を逸らしながら、でも、彼のその言葉は、心を温めてくれた。温められてしまった。
△▼△▼
理科の準備室での出来事から、1週間ほどが過ぎた。
前期期末前には体育祭が予定されていて、少し校内が浮ついた感じがしていた。
この時期は、勉強、部活、学校行事と、やることが多すぎて、色んな事が手につかない、という人が多いらしい。
校内の浮ついた感じは、正に、みんなの気持ちが、「地に足がついていない」ような状態の表れだった。
だから、この時期に行われる体育祭の実行委員は不人気だ。
学年が上がる程、この忙しい時期には他の事に集中していたいと思う学生が多い。
前期期末が終わったあとに開催される文化祭の方の実行委員は、人気なのだけど。
それが分かっていたから手を上げた。
優等生ぶりたいわけじゃない。
委員決めが長引くのが嫌だったのだ。
去年は結局くじ引きすることになったが、そこに至るまでにかなりの時間を無駄にしたし、一時期若干ながら、クラスの空気も悪くなった。
私は群れるのが嫌いだけど、それは、人の感情の波に晒されると、酔いそうになるからだ。
だから、面倒事はさっさと終わらせてしまいたかった。
男女一人ではあるけれど、これで女子は決まるのだから、長引きそうなら先に帰らせてもらおう、そう考えてると横で歓声が上がった。
見ると、浜名君が手を上げていた。
また、胸がざわついた。
△▼△▼
放課後、委員会に向かう事になり、二人で教室を目指す。
背の高さが違うから、歩幅だって違うけど、それを分かってか、歩く速度を合わせてくれている。
こういうところが嫌だ。
……嫌でも好きになってしまう。
「どうして、実行委員、手を上げたの?」
「加賀見はなんで?」
「私は、委員の押し付け合いになって、、クラスの雰囲気が微妙になるのが嫌だから」
「去年、そんな感じだったの?」
「……まあね」
どうしてこんなこと、正直に話してるんだろう。あまり人に言っていい理由とは思えないのに。
でも、奏と浜名君なら、普通に聞いてくれそうな気がした。
「俺は、加賀見が手を挙げたから」
「え? なんで?」
思わず立ち止まりそうになったけど、我満する。廊下の真ん中で立ち止まったら、目立つだけだ。
「加賀見、なんか抜けてそうで心配だから」
「うそ!? わたし、そんな感じなの?」
今度こそ足が止まってしまう。私、そんな風に見られるようなこと、何かしただろうか。
「ごめん、うそ」
浜名君が振り返って笑う。
「反対。加賀見ならちゃんと最後まで責任持ってやってくれるだろ?」
「やるからには、ね」
からかわれたと知って、少しむっとする。それと同時に、心の中が温かくなる。ホント、嫌だな。
長く立ち止ると視線を集めてしまうので、何事もなかったかのように歩き出す。
さっきより、少し早足で。
浜名君がそれを見て苦笑するのが見えたけど、気にしない。
「責任感強そうだから、一人だと大変そうだなって思って」
「本当に?」
「半分は」
「半分?」
「もう半分は、加賀見と同じ感じの理由だよ。この時期の実行委員って誰もやりたがらないからさ、先生受けがいいんだよね」
「それ、どこまで本当なの?」
「さぁ。大体?」
そうして、また、笑って、私は、また、その笑顔に目を奪われるのだ。
△▼△▼
浜名君が委員会の開かれる教室の扉を開くと、中にはもう数名の生徒がいるのが見えた。
打ち合わせできるように、とコの字型に並び直された机があって、中央には委員の活動内容を説明するために呼ばれたのであろう生徒会のメンバーが見える。
そして、見知らぬ何人かの顔と、真名津季さん……。
彼女を見つけたのは私だけでなく、浜名君もだったようで、彼も一瞬、動きが止まったように見えた。
そして、教室に入ってきた私達を見た真名津季さんもまた、浜名君を見て、一瞬、動きが止まったように見えた。
それは、私が意識しすぎていたからだけ、なのかもしれないけれど。
二人が視線を交わしあった、そんな風に、見えてしまった。
「真名津季も実行委員だったんだな」
浜名君がそう話しかけて、彼女の横に座る。座席はクラス順だから他意は無い。分かってるけど、心が拒絶する。
なるべく、気にしないように、そう思うけど、そう思う気持ち自体が、もう気にしてしまっていて、そんな自分の心の扱いづらさにイラッとした。
「くじ運が悪くてね」
「ご愁傷さま」
「浜名君も?」
「いや、うちのクラスは二人とも立候補」
そう言って浜名君が私の方を見る。つられて、彼女も私を見たので、軽く会釈する。
それを見て、彼女も軽く頭を下げた。
そのまま私は無言で席に着く。
「立候補って、物好き……、というより、お人好し?」
「そんなんじゃないって」
「関係のない面倒事を気にしてお節介焼く人がどの口で」
聞きたくないとは思いながらも、耳にしてしまう二人の会話は、知り合いのそれに聞こえた。
元々知り合いだったの?
だから……見てたの?
「そういえば、解決したのか?」
「……おかげさまで」
「……そっか。良かったな」
二人の会話はそこで終わった。
知り合い同士の、ごく普通の会話のようにしか聞こえなかった。
以前、浜名君が真名津季さんを見ていたときに感じた、何かを思い悩んだような視線の感じは、少しも感じられなかった。
だけど、好きな人の前で平然を装うだけなら私にでも出来ることで、浜名君もまた、同じように普通を装っているだけかもしれない、そう思った。
思って、また、自己嫌悪した。
△▼△▼
「ゆいぴ、最近、調子悪かったりしない?」
委員会はほぼ毎日のように集まりがあった。次から次へと決めることがあり、のんびりはしていられないのだ。
その都度、二人が一緒にいる姿や会話する姿を見ることになり、それが辛かった。
特別、二人の仲がいいようには見えないし、二人共、二人だけで会話をしているわけでもない。
割り当てられた役割を果たす範囲内で会話をしているだけだ。
当然、他の人たちとも話をするし、私とも会話をする。
何も特別ではない。
特別なのは私だ。
そういう目線で見てしまってるから、しなくてもいい意識をしてしまっているだけだ。
自分で自分をひっぱたきたくなるぐらいに嫌だった。
「どうして? 普通だよ」
「……あたしじゃ頼りになんない?」
「ソンナコトナイヨ」
「……なんで片言よ」
奏がじとっとした目で見つめてくるので、私は笑顔を浮かべる。浮かべたつもりでいる。
「奏を頼りに出来なかったら、誰も頼れないって」
それは、私の本音だ。
嘘ではない。
ただ、今は奏に頼れない、頼ることでもない、そう思ってるだけだ。
「ゆいぴ、愛してるっ」
私の表情を見て、なぜか感極まったらしく、突然奏が抱きついてくる。
「俺もだぜ、奏」
そんな奏が可愛く思えて、私は、ふざけて、そう返し、奏にぎゅっと抱きついた。
その日の昼休み。
私は自席で本を読んでいた。
今は、あまり周りを見たくない、そんな気分だったから。
「加賀見、今日ちょっと、付き合ってくんない?」
だから、声をかけられるまで、いつの間にか誰かが目の前にいることに気づいてなかった。
ページをめくろうとしていた指が止まる。
声の主が誰なのかは、顔を上げずとも分かった。でも、下を向いたまま返事をするわけにもいかない。
仕方なく顔を上げ、声の主を見る。
浜名俊幸君。
私の好きな人。
「いいよ」
こうして、声をかけてくれることを素直に、喜べたならいいのに。そう思う。
私の中でのもやもやは消えないままで、けれど、だからといって、自分の気持ちに諦めがつくかといえば、そんなこともなくて。
もういっそ、浜名君と真名津季さんが付き合ってたりしてくれた方が、きっぱり諦めもつくっていうのに、そんな素振りは少しもなくて。
どうして、こうなってしまったんだろう。
そう思う。
本のページに栞を挟むと、ぱたんと閉じる。
「放課後、買い出しにでも行くの?」
「そう、隣のクラスのと、四人で」
「分かった」
また……、心がざわついた。
いい加減、凪いでくれてもいいと思うんどけどな、この波。
△▼△▼
「あれ?3人?」
放課後、浜名君と一緒に校門前に向かうと、そこには真名津季さんしかいなかった。
「部活で呼ばれたらしくって遅れてくるって」
真名津季さんが答えてくれる。
どうしてこうなってしまったんだろう、って思うのも何度目のことなんだろう。
気まずい、と思いつつ、意識しているのは私だけかもしれないのだから、何でもないふりをしていなければいけなかった。
私は人と群れるのが苦手だ。
人付き合いができないわけではない。
ただ、群れるのが苦手なだけだ。
誰のどこが好きだとか、嫌いだとか
こういうことが嫌だとか
良くも悪くも感情の波にさらされていると、船酔いのように気持ち悪くなる。
だから、避けてきたはずだった。
それが今、嵐の只中にいる気分だった。
でも、それが単なるかんちがい、思い込みかもしれないのだ。
3Dの映像を見ながら、座っている座席が前後左右に傾いているだけのアトラクションに乗って、自分は海のど真ん中で、嵐にあっていると錯覚しているのかもしれない、そんな状態かと思うと、本当に自分が馬鹿らしく思えた。
だから、これが本当の海なのか、そうではないのか、はっきりさせよう、そう思った。
「ねぇ、二人は以前から知り合いだったの?」
そう切り出す。
「……2ヶ月前ぐらい?」
浜名君が記憶を掘り返すように、首を前後に揺らしたあと答える。
それは、ちょうど彼が真名津季さんのことを視線で追っていることに気づいた頃だった。
「知り合いというか……、話すきっかけがあったってだけだけど」
真名津季さんがそう続ける。
浜名君と真名津季さんが見つめ合う。とは言っても、甘い感じはなく、どちらかというと戸惑い、という感じがした。
「以前、ちょっと困ってたときに、相談に乗ってもらったことがあって」
少し間を空けて、真名津季さんがそう切り出した。それを受けるようにして、浜名君が、「ほらっ」と、話を続ける。
「……前、理科準備室で加賀見に話したこと覚えてる?」
「理科準備室って……」
そう言われて、少し考えて想い出す。
「浜名君の友達で、友達が悩んでいる事を人伝てに知ったけど、どうすればいいか」と言っていた話……
「え?あのとき言ってた友達って、真名津季さんのこと?」
浜名君が頷く。
「加賀美さん、知ってるの?」
私の反応に、今度は真名津季さんが驚く。
「知ってる、というか、浜名君の友達で、『自分の友達が悩んでいる事を人から聞いたけど、どうすればいいか』を悩んでる人がいるってことだけ」
真名津季さんが浜名君の方を僅かに振り向いて、また私を見る。
「俺一人の意見だと心許ないけど、よく人のことを見てる加賀美なら、同じ女子だし、真名津季やその友達の気持ちもわかってくれるだろうし、安心かなって」
少し申し訳無さそうに、浜名君が真名津季さんに言った。
……よく人のことを見てる?
「そっか。じゃあ、私は加賀見さんにも助けられたってことね」
1つ息を吐き出すと、真名津季さんは右手を差し出す。
私は未だよく呑み込めてはいなかったけど、その手が何を意味するのかは明確だったから、何も言わずにその手を握り返した。
「よくわからないけど、役に立てたなら良かった」
「友達が一人ですごく悩んたんだけど、私はそれに気付いてあげられなかった。
連絡も、お互い送り合うタイミングが合わなかったのをきっかけに、もう、新しい学校で上手くやってるのかな、って勝手に勘違いして、送るのを遠慮してしまって。
でも、浜名君が、そういうときは直接会って話せばいいって。顔を合わさないまま話すと、通じるはずのことも通じないことがあるし、そういうのは会えばすぐ分かるからって」
「俺はそう思ったし、加賀見も、相手が見える環境で話すのがいいって、そう言ってくれたからね」
「お陰で、自分達の勘違いに気づけて、彼女の悩みも、まだちゃんとは解決してないけど、一緒に話せるようになって少し気が落ち着いたみたいで、かなり元通りになったって、本人が言ってた」
「そっか。良かったね」
真名津季さんが、うなずく。
委員会で会ったとき、真名津季さんが浜名君のことを『お人好し』とか、『関係のない面倒事を気にしてお節介焼く人』って言っていたのは、これのことだったんだ。
……そうしたら、浜名君が真名津季さんを見ていたのは、彼女が好きだからじゃなくて、心配をしていたから……ってこと?
その事実に少し呆然としていると、真名津季さんが急に側に近寄ってきた。そして、小声で囁かれた言葉に、私は別の意味で固まってしまう。
「浜名君、お人好しだからちゃんと捕まえておきなよ」
「あ……、え……?」
「付き合ってるんでしょ?実行委員みたいな面倒なの、二人で立候補したりとか、普段、お互いをじっと見てたりとかして、見てるこっちが恥ずかしくなるんだもん。堂々としててもいいのに」
「え?いや……」
私が浜名君を見ていたのが丸わかりだったってことも恥ずかしいけど、浜名君も私を見てた?
突然のことに、頭がついていかなくなって、何も言葉に出来ずにいると、真名津季さんが、はっとした顔で手を口に当てる
「……え?」
真名津季さんが浜名君の顔を見て、もう一度、私の顔を見る。
「……私、浜名君に謝ったほうがいいかな」
真名津季さんの呟きに、私は千切れそうになるほど首を横に振ると、繋いだままだった真名津季さんの手を両手でぎゅっと握りしめた。
視線の先に誰が映るのか
分かっているつもりでも
分かっていない事もある
自分の視線が隠せるなら
相手も視線を隠せるもの
本作は、詩ジャンルに投稿した拙作「視線の先」を
小説形式に再構成したものです。
https://ncode.syosetu.com/n0287hx/
400文字足らずの短い詩ですので
もしご興味を持っていただけた方は
そちらもご覧ください