ズレまくり
今年で何年目かなあ。
一緒になって。
もう、互いに話すこともあんまないけど、
ないけど落ち着いて過ごせる仲になった。
「おい」とあの人が言う。
はい、と私が答える。
おい、の調子で、何を欲しいのかが分かるようになった。
少し大きい時は、お茶かコーヒー。
小さめの時は、新聞。
おいっ、と叱るように言う時は、なんか不備があった時。
ほかにも細かいことはあるけどだいたい。
それで、二人上手くやってた。
もう子供も大きくなったし、これからもこんな日々が続くんだろうと思ってた。
そんなある日のこと。
夕食がすんで、食後のお茶を入れて。
ご近所から頂いたお菓子をあの人に。
横目でテレビを見ながら、茶菓子をほおばる主人。ん? やけに熱心に見てるな。
なんのテレビだろう。
あ、ちなみに私はあんまり見ない。別に変な意味じゃなく、単純に興味がないだけ。天気予報くらいしか付けることはナイ。それは主人も同じはずだったんだが……
それは国営放送のとある特集だった。天気予報の前にちょこっとやってたのだ。
内容は、プロポーズ。
貴方はどんなプロポーズを受けましたか?ってやつ。
特集は十分ほどだったけど、どれも面白かった。最近はこんなことするのね。
お茶請けのモナカをモシャモシャ齧りつつ、それを見ていると……。
なんか視線を感じる。
何?
と思ったら主人だった。
え? 何? どうしたの?
「……」
主人、なんか赤くなって沈黙してる。どうしたのよ一体。
もしかしてなんか、お茶が不味かったとか?
私は主人の湯飲みを見た。湯気が立ってない。入れ替えましょうか?と言ったら、いや、これでいいだって。
変なの……どうしたんだ。
その日から、何かと視線を感じるようになった。
もちろん主人の。
仕事から帰ってきたらじーっと顏を見る。
台所に立ってると、入り口からこっちを見てる。
ご飯食べる時も時々こちらをちらちら。
なぜか風呂に入る時は向こうを向いてる。
私の頭のなかは?マークで埋まっていた。
それが幾日か続いて、私はふと気づいた。
主人が、おい、と言わなくなっていた。
私のことを名前でちゃんと呼ぶようになった。
変だ。
主人が寝てから、私はコッソリネットで検索。
そうゆう時は浮気を疑いましょうですって!?
ま、まさか、堅物の主人に限って……
いやいや、そんな人に限ってタガが外れたら……なし崩しに……。
私の脳内に、若い女性と腕組んで某所に入る夫の姿が浮かぶ。
どどどどとどどどど
どうしようっっっっっっっっっっっっっっっっっ。
思い余って私は、娘と息子に相談した。
二人とも大層おどろき、お母さん落ち着いて、と言ってくれた。
「あのお父さんが浮気? ないないない」
「オヤジがそんなことするわけないじゃん」
二人そろって言うから、何でそんなに自信満々なのと聞いたら、
二人ともポカーンとした顔をした。なんで?
「と、に、か、く、お母さん、お父さんにじかに聞いてみたら?」
えっ?!そ、そんなっっっ
「そーだよオフクロ、ウジウジしてないで聞いてみなよ。何で態度変えたのか」
ウウ、そんなこと言ったって、ずーっと会話らしい会話もしてない……。おい、はい、どうぞくらい。
「お母さん、よくそれで毎日飽きないね」
いや別に飽きるとかそうゆう問題では……
「いい機会だよ。オフクロ、親父とガチンコで話したら?」
二人に促され、私は週末、その場を設けることにした。
娘と息子が久しぶりに家に帰りたいと言ってるのと口実つけて。
で、子供二人が帰ってくるから、私も張り切ってご馳走をつくったわ。
二人の好物。唐揚げ。
主人はあんまり好きじゃないのよね。だから別口で焼き魚やお刺身もつけた。
さて、お待ちかねの……とは言い難い夕飯。
娘も息子もウキウキしながらビールをあけた。
「カンパーイ!」
うく、うく、うく、と良い飲みっぷり。息子はいいけど娘よ、少しおしとやかにしないと……。
「あー、暑かったから美味しー」娘が口に着いた泡を腕でグイッと拭いた。主人が無言でそんな娘を見る。あ、今怒ってる……。私は娘に、はしたないわよと注意した。
「ハーイ、スミマセン」
てへ、と娘は言い、夫を見た。
夕飯は和やかにすすみ、と言っても夫はいつもあんまり話さない。同意を求められた時だけ返事する。一応、話しは聞いてる。こうゆう人だ。
大方ご飯もおわり、私は食器を下げ、てきぱきと洗ってしまうと、人数分のコーヒーとケーキを出した。
「わお、オフクロの手作りケーキ、久しぶり」
「ちょーど食べたかったんだあ有難うお母さん」
「……」
主人黙ってる……ん? 何か気に入らないことがあると見た。何だろう。
顔が赤い……怒ってる? いや、怒ってる時の顔とは違う……何だろう。
ちなみにケーキは娘からのリクエスト。なんだけど。
パクパク食べる子供二人。若いわねー、食欲が……。
主人はと言うと、
あれ?!
た、食べてない!
「どうなさいました? お口に合いませんか?」
「……」
「す、すみません、すぐに何か、甘いものをつくりますから……」
あー、でもどうしよう、何が残ってたっけ、あ、そうだ、姑さんから貰ったお饅頭があった、あれだそう。お饅頭だからお茶じゃなきゃダメよね……とワチャワチャしていたら。
「いいよお母さん。お父さん照れてるだけだから」
え?
娘はケーキを食べ終わり、満足そうに腹をさすると主人に向き直った。
「ねえお父さん、どうして照れてるの? なんか照れることあったの?」
私は頭の中が?マークでいっぱいだった。何で? どうして? 主人が照れることがあるのだろう。
あ、いや、それを今娘が聞いているのか。
「てゆーかさあ、顔見た時から思ってたんだよね。お父さん、すっごい照れてるって」
「そーだな、それ俺も思ってた」
息子もケーキ食べ終わって口をフキフキ。
「あの、二人とも、お父さんが照れるってどういう……」
「お父さんさ、お母さんに何かモジモジしてるみたいよ。直接聞いてみたら?」
え? で、でも。
あ、いや
浮気じゃなくてよかった……あ、いや今そんなこと気にしてる場合じゃない。
私に照れてるって……何?
「あの……あなた」
「……」
「ほんとにその、最近どうなさったんです? 急に……私の名前読んだりして……心配したんですよ。何かあったのかと……もしかして、その、つまり」
私が言いにくそうにうつむいた。その時だった。
「プロポーズ……」
はいっ?
ちーさい声で言うもんだから、聞き取りにくい。
今なんて?
「だから、プロポーズだ」
夫は真っ赤になっていた。
いや、だからそれは分かったけど、プロポーズがナンダッテ?
「俺は君にプロポーズをしていなかった事を思い出したんだ」
それで、そのう……と言いつつ、主人は目の前に置かれたケーキを見た。
「プロポーズ、してほしいんだろ?」
「え?」
い、いや、いきなり言われても。
すると主人は言った。だってこのケーキは、君に初めて告白したときに君が作ってくれたケーキだから、と。
いや、それ、なんか関係あります?って
それより。プロポーズされてない……。
……。
そうでしたっけ?!(忘れてた)
にしても
プロポーズ……言われてみたらされてなかった。だって私が若いころはわざわざそんなことしない……。
結納がもう、それと同じようなもんだからさ……。
この家に嫁いできて、姑さんにしごかれて、もうそんなこと忘れてた……。
すると主人は言ったんですよ。
「俺と結婚してほしいとずっと思ってて、結婚してくれてありがとう。なんか変な言い方だけど、これでプロポーズの替わりになるかな」
うぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
どんな顔すりゃいいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
「お母さん顔真っ赤だよ」
娘が苦笑いしながら言った。
ほんと人騒がせな主人だこと。
でも、ヨカッタ。
で、それからどうなったかって?
おい、に戻りました。
「おい」
「あ、はい、お茶ですね」
いそいそと台所に飛んでいくワタシ。
チラッと後ろを見ると
照れ隠しに咳払いするあの人の姿が見えた。