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人生が変わった日

作者: まだ何者にもなれてない

号砲の音が鳴り響いた。


近所の小学校の持久走大会が始まった合図だ。

時刻は午前9時。一斉に走り出す呼吸も聞こえたような気がした。


私はベッドで横になりながら、一生忘れることができない日になる事を確信した。


小学生の頃の私は自分の殻に閉じこもり、外に出ることを極端に嫌う子供だった。


同級生がインターホンを押し、遊びに誘ってきても出ることはなかった。

昼休み、みんながボール遊びをする中、1人縄跳びをしていた。

虐められているわけでもなく、ただ人付き合いが苦手なだけのありきたりな子供。クラスに1人はいるそんな人間だった。


将来何になりたいのかなんて何も分からなかった。

「将来の夢を作文にして書いてみましょう」誰もが通るあの授業。

周りの同級生がサッカー選手になりたい、医者になりたいだの、子供だから将来実現できる可能性があって、周りの大人が喜ぶようなことを書くなか、私はサラリーマンになりたいと書いた。

世の中にどんな仕事があって、自分は何を目標としたいのか。何も分からなかった。


何もかも分からなかったあの時、たまたま見ていたテレビで100mを世界一速く走る男が現れた。初出場の大会で世界記録。これだと思った。

努力が裏切らないと言われる陸上競技。それも長距離なら、こんな自分でもあの人のように誰かを興奮させられるのではと思った。


その日から、朝学校に着いては同級生の2倍、3倍の距離を毎日走り続けた。


私の学校では、「毎日校庭を何周走る」といった目標が廊下に掲示されていた。

そして、それを成功体験にするためか、朝走った距離を朝の会で申告し、目標が達成できているのかを報告する時間があった。


「先生!俺15周!!」

お調子者が大声をあげ、クラス内がざわつく。嘘だ。

1番走っている私が抜かされていないんだからそんなに走れているはずがない。

私の番になった。


「8周です…」


先生の耳に届くかどうかといった囁くような声は周囲を良い意味でも悪い意味でもざわつかせることはなかった。


成功体験を積ませたい。そう願って始められたであろう朝の報告は目立ちたくない私にとっては地獄だった。

本当はその2倍走っているんだ。けど、みんなが8周しか走っていないんだから、埋もれるためにはそう言うしかないんだ。


毎日の努力の甲斐あって、実際走った距離はクラスでNo. 1。そんな日々が続いた。朝の会で過少申告する日々も続いた。


時々、勇気を振り絞って「今日は15周走りました」と言った。

クラスが騒つく。

赤面して、体が勝手に震えてくる。

普段誰にも見られないからこそ、一気にクラス中の視線を集めるのは怖かった。

そしてまた、過少申告を繰り返す日々に戻る。


いつの間にか緑が少なくなり、元気いっぱいの少年たちも大半が長袖長ズボンを着る時期になった。


持久走大会の季節だ。


しっかりと毎朝走り込み、クラブ活動で野球やサッカーをしている子たちと競い合えるだけの体力がついた。その実感があった。




持久走大会当日。学校には行けなかった。


誰よりも努力をしていた自負があったから、負けるのが怖かった。

目立つことを恐れていたから、走りたくなかった。

本当の事を言えず、過少申告し続けてた自分も嫌だった。



行かなければ良いんだ。

私は恐れている状況に陥らないための最善策として、仮病を使い持久走大会に参加しない道を選んだ。


号砲の音。

参加していたら今頃あの辺りを走っているはず。

走りなれた校庭を妄想の中で走る。

妄想では上位から落ちることはなく、みんなが驚く順位でゴールする。


あの時学校に行っていたら、実現できたのかは分からない。



だけど13年経った今でもあの日を思い出す。

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