星の下で響く剣戟【短編】
約15年前に書いたもの その2
今宵は新月―――
闇を照らす月の明かりは無く、数多に煌く星の輝きだけが夜を照らす。
その光も届かぬ暗い森の中を走り抜ける影が二つ
一つは追われる者
一つは追う者
二人の速度はほぼ同じで、追いつく事も追いつかれる事もない
どれほどの時間、距離を走ったか。その速さは衰えることなく走り続けていた
やがて、二人はその走りを止め対峙する。
木々に覆われていた上空が開け、数多の星の輝きが淡くその場所を照らす。
蒼黒の鎧を纏い、剣を構える男と
白銀の鎧を纏い、剣を構える男。
鎧と共に纏うは殺気。その裏に漂うは迷いと戸惑い。
対峙し、互いの出かたを窺い一歩も動かず睨み合う
どれほどの時間がたったか、いや、対峙して数秒か、白銀の鎧を纏った男が
「何故………何故、彼女を殺した」怒りと悲しみを込めた声で問いかける。
「…………」蒼黒の鎧の男は黙して語らず。ただ、目の前の男をじっと見つめていた。
「何も言うことが無いのか? それとも言えない何かがあるのか? エクトル」
何も語らない蒼黒の鎧の男―エクトル―に、悲しみだけが残った声で再び問いかける
その言葉に、エクトルは星の輝く空を見上げ呟く
「なぁ、レンリット。どうして人の心は、この星空のように綺麗で美しいままでいられないのか…」
白銀の鎧の男―レンリット―の問いに的外れとも言える答えを返す。
「私の問いの答えにはなっていないが…何故そんな事を言う?」
「ん? あぁ、そうだな。今のは……ただの思い付きだ。お前の問いの答え…簡単に言えば復讐か……」
空の星を見つめたまま静かにそう答える。
「な……」エクトルの答えにレンリットは絶句する
「あの女は、ロンドバルド王国の騎士だった」言葉を失っていたレンリットを見つめ、そう言葉を紡ぐ
「……」言葉無く沈黙するレンリット。それを見たエクトルは言葉を続ける
「俺は元はロンドバルド王国にある小さな村に住んでいた。その村が、五年前突然、王国の騎士団によって壊滅した」
それは、レンリットの知ることの無いエクトルの、そして、隣国ロンドバルド王国の闇の部分だった
「どうして…」訳も分からぬまま、何とかその言葉だけを発する
「国王が変わり、ロンドバルド領内では、重税が布かれた。それに従えない、払えない、小さな村や町は悉くつぶされた」
淡々と、しかし、その言葉の端々に怒りの色を滲ませ語る。
「その村の一つが俺の住んでいた村だ。そして、その騎士団を率い、村の代表だった俺の両親を斬ったのがあの女だ」
その言葉と共にレンリットを見る目は、怒りと憎しみ、そしてわずかな後悔を浮かべていた
「彼女が…お前の両親を…?」
「あぁそうだ、どうしてあの女が、ザールラントに来たのか。調べてみた、どうやら騎士団を追われたらしい。どういう理由かまでかは掴めなかったが、はじめは密偵とも疑った、だが、そうではなかったようだ…」
様々な感情を乗せた言葉を交わしながらも、二人は対峙したままだった
沈黙が流れる。
レンリットはエクトルの感情を理解しながらも、けれどもそれを肯定できずに、自らの役割を果たすと決意する。
エクトルは自らの罪を理解した上で、この場を切り抜けようと抗う事を決意する。
一瞬、風が吹き落ち葉を地面から掬い上げる。それが二人の交差する目線を切る
それが合図となり、均衡を破り、二人が同時に駆け出す
逃げるではなく、追うでもなく
互いに駆け寄り、その構えた剣を振り上げ振り下ろす
互いに渾身の力を乗せた剣は弾きあう
離れた距離を再び縮めようと、駆ける
白い男は蒼い男の肩口を狙い、突く
それを、蒼い男は右手に持った剣を振り上げ弾く
剣を弾かれた白い男は、体勢を崩し二歩後ろへと下がる。
そこへ、蒼い男が振り上げた剣に左手を添え、白い男の右肩へそれを振り下ろす
体勢を崩しながらも、その剣の軌跡に反応した白い男は後ろへと跳ぶ
蒼い男はそれを予測していたかのように、振り下ろした剣の勢いを止め、真横に構えなおし
白い男が跳び退いた方向へその剣を突き出す
片膝をつきながらも、突き出された剣を弾く為、右手の剣を逆手に持ち迫り来る切っ先を刀身で受けた
一際高い剣戟が響く
受け止められた剣に驚きながらも、蒼い男はその剣に更に力を加える
剣を受けわずかばかり気を緩めた白い男は、その力に押し負け、後ろへ飛ばされた
――――ここまでわずか数秒。
飛ばされた白い男は立ち上がり、その体勢を低くしたまま、蒼い男へ向かって駆け出す
その速さは、先の速さとは比べ物にならないほど速い
神速と思われるほどの速さで近づいた白い男は、低い体勢から剣を蒼い男に向かって振り上げる
白い男の速さに驚愕しつつも、その切っ先を寸での所でかわす
が、かわしたと思われた切っ先は、蒼い男の鎧を掠める
そして、その振り上げられた刃は止まらない
鎧を掠めた剣は、勢いを増し、振り下ろされる
その剣は蒼い男の剣よって軌跡を換えられる。それに慌てる事無く、白い男はその剣を真横に薙ぐ
一撃目より二撃目、二撃目より三撃目と、勢いを殺されたはずの剣は何故か逆にその剣速と勢いをます
三撃目となった横薙ぎを、蒼い男は剣で受け止める
しかし、その勢いを止めることは叶わず弾かれその身を後退させる。
白い男の四撃目、やはり更に勢いを増し、蒼い男の首を狙い切り上げられる
受けられぬ、と判断した蒼い男は大きく後ろへと跳び退く
距離をとられた白い男は、剣を構えなおし駆け出す
剣を構えるほど体勢を立て直していない蒼い男は向かってくる白い男を躱すように自らの左手の方に跳ぶ
しかし、その判断は彼にとって間違いだった
白い男は、自らの右手側に跳び退いた蒼い男を見やり、体は正面を向いたまま剣を片手で右に払う
突進を回避したつもりだった蒼い男は、突如払われた剣を躱すことが出来ずに、右脚を切られる
その傷は深く出血も多い、もう立ち上がることさえ出来ない傷を負った。
白い男が、その前に立つ。
蒼い男は剣を捨て、戦意の喪失を伝え、その顔に穏やかな笑みを浮かべる
その顔を見た白い男はわずかに涙を浮かべている
そして一言、呟き―――
命を奪うその剣を一閃する
残ったのは、動かぬ蒼黒の鎧に包まれた男と
涙を流し、その剣を大地に突き刺す白銀の鎧をまとう男
彼らは何故争い、命を奪い合ったのか
蒼い男が笑みを浮かべ、白い男が泣いたのは何故か
その答えは、彼らしか知りえない―――
お読みいただきありがとうございます m(_ _)m
この作品は、ここに初めて投稿した「夢と回顧と現在と」と世界観を共通としてます。
年代は違いますが。
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あくまでも趣味の範囲で書いておりますので、
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