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魔女はタダでは助けないのよ

シュー→アルフレッド→シューと視点が移動します。

 買い物から帰ると、ヴィティとアルフレッドが昼寝をしていた。窓辺の椅子に座るアルフレッドの腕の中でヴィティは小さく丸まって寝息をたてている。音を立てないように中に入り、毛布をかけてやろうとした所で、アルフレッドは目を開けた。

「あぁ、起こしちゃった。ごめんね。」

「いや、毛布借りていいか?」

 アルフレッドは毛布を受け取るとヴィティを包むように抱きあげて、そっと玄関脇のベッドへ下ろした。ヴィティは少し身動ぎしたが、またすぅすぅと寝息をたてる。

「うん?泣かしたの?」

 ヴィティの瞼が腫れているのに気づいて、僕は思わずアルフレッドをにらんでしまった。アルフレッドは気分を悪くした様子もなく「ちょっとな」と返事をする。

「あーらら。こんな小さな女の子泣かしたの?困った男だわねぇ。」

レニアスは荷ほどきしながら、茶化すようにそう言った。

「あぁ、全くだ。」

 アルフレッドはレニアスを全面的に肯定すると、テーブルに戻って冷めきったお茶を飲み干した。レニアスは毒気を抜かれたのか詰まらなそうに口を尖らせている。買いものかごからそこそこ美味しい普通の紅茶の葉を取り出して、今日のお茶の時間はこのお茶に僕の作ったジャムを溶かして飲もうと提案している。でもその前に――そう言って居ずまいを正すもんだから,部屋の空気がピリッとしまる。

「今後の方針は決まったの?」

 レニアスに尋ねられてアルフレッドは首を横に振る。

「姫と共に……ということだけしか決まっていない。」

 アルフレッドの言葉にレニアスは唇の端を釣り上げた。なんだかとても満足気だ。僕に荷ほどきをするように指示して,レニアスはアルフレッドに座るように促した。そして、二枚の紙をテーブルに広げる。





「これ、あんたたちでしょう。」

 二枚の紙は指名手配書。発行元はイーリス王国となっている。反乱軍は国名を変えなかったのだろうか。手配書には丁寧に名前と特徴の他に白黒で絵姿も描かれていた。姫は髪を切る前のドレス姿で、私は騎士の詰襟姿で。隣には剣に施してある家紋の詳細までも載っている。生死問わずの5000万デール。王都でそこそこの家が買える額だ。2人で1億デールしかも片方は6歳の女の子……よほど、王家の血が憎いらしい。

「そうか、やはり私も手配書がまわっているのか。長居をしてすまなかった。今夜にでもここを出ることにする。」

 ため息が漏れるのを抑えられない。情報が掴めたのは有難いが急に現実を突きつけられて気持ちがついていかない。けれど知ってしまったからには、レニアス達にこれ以上迷惑をかけない様にすぐにでもこの家を出なければならない。賞金目当てに寝首をかかれなかっただけでも有難い事なのだ。気を取り直して出発の覚悟を決めようとしたその時、レニアスが鼻で笑った。それはもう盛大にこちらを馬鹿にしているのを見せつけるように。

「そうなの。それなら止めないけれど、治療代は1000万デールよ。出て行く時には支払ってね。」

 予想外のレニアスの言葉に一瞬何を言われているのか理解でなかなかった。

「…….そんな金は無い。」

「じゃあ、払い終わるまで出ていけないわね。」

「何を言っているんだ?」

「治療代を請求してるのよ。まさか、魔女の治療をタダで受けられるなんて思ってないでしょう?」

「……。」

 確かに、魔女の治療と言ったら場合によっては国宝級の価値をもつ。治療代の請求は正当だと理解している。しかし、支払い能力が無い事などまるっとお見通しだろう。治療の際に服も靴もすべて剥かれて生まれたままの姿をさらしているはずだ。1000万デールの価値があるものなど何処にも無いと知っているだろうに。

 どんな思惑があるのかと魔女の瞳を見つめるが、目を細めてこちらを見返す様子からは何も理解できない。私はレニアスの態度にだんだんイライラしてきた。無いものは無いのだ。どうやって払えというのだろう。

「私としても受けた恩は返したい。が、手持ちは3万デールのみでそれ以上のお金を用意する事が出来ない。」

「うちは、ローンも踏み倒しもお断りよ。もちろん出世払いなんてもってのほかね。」

「今は手持ちが無い。……」

「だから言ってるじゃない?お金が用意出来るまではここに留まるのよ。なんなら1日5000デールくらいでやとってあげるわ。」

「良い加減にしろっ!!」

 結局,我慢しきれずに、私は声を荒げてテーブルを叩いた。レニアスはピクリととも反応せずにそんな私を睨め付ける。

「ここに留まれば必ず今以上の迷惑をかけることになるのは、この手配書を見れば一目瞭然だろう 私たちがここに居ると分かれば,あなたはイーリス王国に付け入る隙を与える事になるんだぞ。いくら魔女でも……いや,魔女だからこそ国を敵に回すようなことはしたくないだろう?留まれなどと軽々しく口にして後悔することになるのが目に見えているだろう!?それとも、本当に金が欲しいのか?それなら私を差し出せ。その懸賞金なら、治療代に十分だろう!」

 鼻息荒くそうまくし立てる私に対して,レニアスは足を組み直して気怠げにため息をついただけだった。

「なんで必死になって助けた命を5000万デールぽっちのために差し出すのよ。私は徒労に終わるのが嫌いなの。ほんと、頭の固いお利口さんはイヤになっちゃう。」

「……おい、お前分かってるのか?」

 レニアスのつぶやきにだんだんと頭痛がしてきた。それではまるで、たかだか数日前に偶然出会っただけの私達の為に,一国を相手取る覚悟を決めているかの様だ。確かに魔女のお膝元に隠れ住めるのならば他のどんな土地より安全だろうが、万が一レニアスの森に暮らしていると知られれば、この森も,レニアスもシューも無事ではいられないだろう。命の恩人にそんな迷惑はかけられない。そう思うのに既にココロは期待に膨らみ始めて,それをなだめるはずの理性までもがレニアスの手を取るのが最善だと主張してくる。





 レニアスとアルフレッドが怒鳴りあいをはじめたせいで,僕は台所から動けなくなっていた。殴り合いにならないといいけど……と見守ることにする。レニアスは説明が下手だ。丁寧に説明すればもっとすんなり話はまとまるだろうに。なぜだかとげのある言葉をわざと選んでしまう時があるらしい。アルフレッドのトーンが落ち着いてきた頃合いで,レニアスも一つ小さな深呼吸をした。

「魔女はタダでは助けないのよ。なにがあっても対価はいただくものなのよ。だから、あなたたちは……」

 その時、小さな固まりがレニアスに飛びついた。驚くアルフレッドを他所に、レニアスはそれをしっかりと受け止める。毛布を被ったヴィティだった。ヴィティはレニアスに飛びつくと真っ黒のローブをギュっと抱きしめた。

「危な……」

「いいのか?レニアス。私たちはここにいていいのか?」

 緑の瞳がレニアスを覗き込んで、必死に真意を計ろうとしている。レニアスは穏やかに微笑んで黒髪を撫でた。

「言ったでしょう。あなたが望むなら助けてあげるって。」

 ヴィティの瞳にぶわっと涙が浮かぶ。それが溢れるのを隠すように、ヴィティはレニアスのローブに顔を埋めた。そこにいるのはどこかの姫でもお尋ね者の王族でもなく、ただの女の子だった。

「レニアス。私はここで暮らしたい。この家や、レニアスと、シューと一緒に!アルフレッドも……」

 そこまで言いかけてヴィティははっと顔を上げた。先ほどと同じくレニアスを伺い見て、

「アルフレッドも良いのだろう?」

 と不安そうに聞いてくる。

「……だそうよ。」

 レニアスは呆気にとられて固まっているアルフレッドに話を振った。アルフレッドは突然の問いかけに一瞬言葉を詰まらせたものの、もう決心しているらしく居住まいを正した。二人の間でオロオロと視線を彷徨わせているヴィティに微笑みを送ってから、レニアスに向き直り,

「これ以上の世話になって良いのだろうか」

 と最終確認をした。

「あんたも大概しつこいわね。」

 言葉とは裏腹に笑顔でうなづくレニアスをみて、今度は深々と頭を下げる。

「かたじけない。」

「ほんと、いつの時代から来たのよ。」

 レニアスは呆れたような声色を使ってケタケタと笑っていたが、ヴィティを撫でる手はどこまでも優しかった。


 話がひと段落したところで,用意していた紅茶とお菓子を持ってテーブルに向かう。僕だって話し合いの最中,ただ台所に隠れて震えていたわけでは無い。紅茶とクラッカーに数種類のジャムとチーズで共同生活の始まりを祝う。魔女の家では酒があろうとなかろうと,祝いの宴は食器のぶつかる音ではじまる。「乾杯!」という掛け声に合わせて互いのコップを重ねるのだ。

 紅茶の入ったマグカップがガチャガチャと音を立てるから,ヴィティがキャッキャと笑っている。


「ん。なかなかイケるな。」

「そーでしょう。僕のジャムは何にでも合うんだ。」

 アルフレッドがジャム入りの紅茶を恐る恐る飲んでから、その優しい甘さと爽やかな後味に驚いている。僕は思いっきりドヤ顔でそれに応じる。ヴィティはクラッカーにたっぷりのチーズとジャムを乗せ、口いっぱいに方張った。

「ほら、慌てないの。ついてるわ。」

 レニアスは口元についたジャムを手ですくって舐めると、ヴィティの皿にもう一つクラッカーを乗せてやる。

「ありがとう。つい。すまない。」

ヴィティがそう言うから,僕はレニアスと顔を見合わせた。

「ん?どうした?」

ヴィティが口をもぐもぐさせながら首をかしげる。

「えっ?いや、そのっ……ね。」

僕は言葉を詰まらせながらレニアスによろしくお願いと視線を送る。

「やだ、私?……うん、もう。ヴィティ、その喋り方は地なの?」

 言われてヴィティはハッと口元を押さえた。みるみる間に顔が赤く染まっていく。

「うん。私、元々はこういう喋り方だ。言葉を覚える時に父上の話し方がうつってしまったみたいで。最近では女性らしい話し方もできるようになっていたんだが……あれ?」

今は後から覚えた貴族女性の話し方がうまく出てこないらしい。両頬を抑えて考え込みはじめたヴィティにレニアスは小さく首を振った。

「いいえ。この家でどんな風に話そうとかまわないわ。無理に言葉を直そうと思わなくていいわ。」

 その言葉にヴィティは嬉しそうにはにかんだ。


「うちのルールは追々覚えたらいいわ。でも一つだけ,ずっと変わらないルールがあるのよ。」

「どんなだ?」

「役に立つ事。何でももいいわ。私の出来ないことを一つでも出来ればいいの。」

「レニアスの出来ないこと?」

「そう、わたしが出来ないことで家や私の役に立てるならずっと居てもいいわ。でも、そうでないなら、成人と同時に出て行ってもらうから、覚えておいてね。」


 穏やかな口調ながらキッパリとした話し方。この話をする時レニアスはいつでも真剣だ。ヴィティもそれを察しているのか背筋がスッと伸びていた。僕も神妙に頷く。10歳の僕は成人まであと6年しかない。

「私はどうしたらいいのだ。」

 アルフレッドの質問にレニアスは片目をつぶった。

「あんたは別よ。治療代を稼いで返し終わったら出て行きなさい。」

「いや、最低でも姫が成人するまではいるつもりだ。」

「魔女相手にいい度胸だね。じゃあ、しばらく猶予をあげてもいいわ。感謝なさい。」

 尊大なレニアスの態度にアルフレッドはちょっと苛立ったようだ。レニアスはアルフレッドをからかって遊んでいる節があるから,それも仕方ない。売り言葉に買い言葉で妙な事態にならなければいいけれど――と思っている側からアルフレッドがやらかした。

「そうか、ちなみに剣の腕ならそれなりに自信があるのだが?」

「ほぉ。私と戦って勝つというのね。」

 アルフレッドの売り言葉を間髪入れずに買い取ったレニアスはニタリと笑った。その獰猛な笑みにアルフレッドの顔からサッと血の気がひいた。けれども今更前言撤回できるはずもない。

「表に出なさい。」

「えっ、でも…あのぉ。」

「表に出なさい。」

「……はい。」

レニアスがアルフレッドを連れて外に出ると、陽だまりのリビングに静寂が残された。心の中で冥福を祈る言葉をつぶやいてから,僕は何事もなかったかのようにヴィティに話しかけた。

「あぁ、お茶冷めちゃったね。」

「うむ。クラッカーも足りないな。」

 ヴィティも見なかったことにしたらしい。この子のこういう聡いところが僕はとっても素敵だと思う。遠くて聞こえる悲鳴は聞こえないフリをして2人で煎れ直したお茶を楽しんだ。

お付き合いありがとうございます。

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