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不思議ですね

ヴィティ→アルフレッド→ヴィティと視点が変わります。

分かりにくかったらすみません。

 朝食が終わると、レニアスとシューは私とアルフレッドに留守を頼んで出かけた。家の備品や食料が減ってきているので買い物に行くらしい。

「夕方までには帰るからゆっくりしていて。塀の外には出ない方がいいわ、森で迷うと危ないから。」

 そう言い残して馬に乗ることもなく歩いて出ていく二人を見て、近くに栄えた町があるのだろうかと不思議に思う。この家は森のとても深いところにあるように思っていたけれど、それは私の勘違いなのかもしれない。


 2人が出かけた後、残った私たちはリビングでお茶を飲むことにした。シューが出かける前に冷めても美味しいお茶をたくさん作ってくれたから、後はカップに注ぐだけ。この数日間で何度となく練習して、あまり零さずに注げるようになっているのをアルフレッドに見せると、彼はポカンとした顔をした。このくらいの事でびっくりしすぎだと思う。

「不思議ですね。冷めているのに美味しい。」

「ほんとに。」

 ポツリと感想を零し合った後は会話が続かない。互いに、今後の話し合いをしなければと思っているのに、会話の糸口をつかめないでいた。






 アルフレッドは何から話し出せば良いのか迷っていた。これからするのは楽しい話では無い。この森を出てしまえば、こんな穏やかなお茶の時間などもう2度と持てないかもしれない。ここで命が繋がったことを恨めしく思うような事態になるかも知れない。今朝の素晴らしく美味しい食事など夢のまた夢で、泥水をすするような生活が待っていてもおかしくは無い。

 いつまでこの森に留まることが許されるのだろうか。レニアスは見た目に反して、穏やかな人柄で親切だ。しかし、甘え続けることは出来ないし、命の恩人に迷惑をかけたいとも思わない。姫とアルフレッドがここに留まれば、レニアスは国と敵対する事になる。そんな命がけの面倒ごとは、持ちかけることすら憚られる。

 自分のことを魔女と言っていたことも気になる。それが本当ならば私は魔女の領域に足を踏み入れてしまったということだ。魔女の領域を侵すことはどこの国でも重罪とされている。


 そもそも、魔女などと自称するものでは無い。魔女――人ならざる力を持つと言われている。その能力は様々で、並外れた戦闘能力を持った者や天変地異を起こす者もいれば、不治の病を治す者、未来を予知する者などもいる。聖ノルニエラ教会は認めていないが、力の根源は聖女と同じ女神の加護だというのは公然の秘密だ。教会は聖女の力は聖なる神力、魔女の力は邪なる魔力と区別しているが、神力と魔力に差は無い。少なくとも祖国ルミファーダ公国でも、先ほど仕えていたイーリス王国でも、国の上層を担う者はそのように習う。

 力は遺伝するものでは無く、女児が生まれたら加護を持つかどうかを調べるために教会に連れていく。これは多くの国で国教となっている聖ノルニエラ教会の大事な掟の1つである。女神の加護を授かりながら聖ノルニエラ教会への所属を拒んだり、力の制御に失敗し周囲に被害をもたらしてしまったり、そいいう者が魔女と呼ばれ恐れられることになる。一般人からしたら畏怖の対象で疫病神の化身のように見られることもある。


 昔は教会の保護から外れた魔女を国に取り込もうと各国が動いたこともあるようだが、いかんせん人外の力を持ち、教会という巨大な組織から外れた存在なのだから、国に組み込むことは容易ではなく、やり方を間違えた国はたった一人の魔女に一夜にして滅ぼされたというような伝承もある。

 一騎当千どころか一魔女当億とも言われるとても貴重な存在だが、国や主人を持たない法外者達。排除するのも難しく、今ではどこの国も魔女の力を手に入れることを諦めて、相互不可侵の協定を結ぶような方法で、隣人として良い関係を築く方向で動いている。それが双方にとって一番利のある関係だということだろう。

 国は魔女の住まいや自由を侵さないと平穏を約束することによって、本当に困ったときには力を借してもらうのだ。魔女との約束を違えた国は滅ぶと言われている。逆に、魔女の扱いを間違えなければ、受ける恩恵は多大だとも。ある魔女は流行病を直し、ある魔女は天災を予測し、ある魔女はお世継ぎを授け、ある魔女は食糧難を救い、ある魔女は英雄を育てた。そんな作り物めいた逸話はいくらでもあり、そしてそれは事実として各国の歴史に刻まれてもいる。

 そんな経緯から、世界のどこかに住んでいる魔女について、国の上層部はその存在を認識し注視しているが一般的にはどこにどうやって生活しているか知られていない。魔女とて人と全く関わらず生活することは無理だろうから、普段は素性を隠して生きているのだと思われる。

 レニアスのように昨日今日出会った者に素性を明かすなど狂気の沙汰だ。


 では、レニアスは魔女ではないのかというと、きっと本当の魔女なのだと思う。

 帝国の森に住む魔女の情報はアルフレッドの主がイーリス王国に嫁いだ時にごく少数に伝えられた。赤い髪の妖艶な美女だと言う話で、隣接するイーリス王国も帝国との平和協定とは別に森への不可侵条約を結んでいる。逃亡の時も不可侵領域からは十分外れた位置で森に入ったつもりだったが、いつの間にか方向を見誤っていたのかもしてない。

 治療の腕も普通ではない。私を診たのが普通の医者なら、私は死んでいたに違いない。もし生き残ったとしても、後遺症があったはずだ。こんなにスッキリと治り、以前よりも体が軽いくらいに感じるのはレニアスの――魔女の治療だったからと思えば納得できる。魔女の治療など王族でもなかなか受けられないはずだが、対価に何を請求されるのかそれを考えるとソワソワする。

 このまま、レニアスの保護下に居られれば、姫はしばらく安全でらいられるだろうが、生真面目な姫はきっとそれを良しとしない。魔女に有利な形で結ばれる事の多い不可侵条約だが、ある程度の一般常識は組み込まれている。犯罪者や容疑者――その経緯や事実はどうであれ国に追われている者――を匿うと条約違反に問われることになりかねない。


イーリス王国の現状、指名手配の広がり具合、調べるべき事はたくさんあり、それを成すのは私しか居ない。うまく指名手配をかわせたとして、生活の拠点はどこにするか、日々の糧をどうやって得るか……問題は山積みだった。せめて、森の外の状況を探る間、この家に居られたらと願わずにはいられない。

「わたしは貴方の足かせにしかならないでしょう。」

 考え込んでいると突然そう話しかけられた。私は何を言われているのか一瞬理解できなかった。

「国がなくなった今、私はただの何もできない子どもです。」

 姫が淡々と何でもないことのように言う。その先は聞きたくない……そう思ったがとっさに言葉が出なかった。

「国への恩義も十分でしょう。私とはここで別れるつもりでいて下さい。」

 キッパリとした口調が私を突き放す。そこに居るのは幼いけれど紛れもない王族だった。彼女の決意は美しい。






「いや、無理です。」

返ってきたのは短い否定だった。

「よく、考えて下さい。」

「考える必要はありません。」

「アルフレッドっ!」

 取り付く島もないアルフレッドの態度に私は思わず声を荒げた。アルフレッドは静かに、しかし射抜くようにこちらを見つめながら言葉を発する。

「帰る国はありません。きっと主様は万が一生きてらしても幽閉されていて、近づくことすらできません。そして、貴方は6歳で、きっと指名手配されていて、ここを出るときには無一文で、まともに食べることも出来ないでしょう。それでも別の道を行くのですか?」

「そうです。指名手配の6歳児など、捨て置いてかまいません。」

 私も負けじと言い返すが、それをアルフレッドはそれを鼻で笑った。

「違います。私が姫を捨てるのではない。姫が私を捨てるのです。」

「な、なにを?」

「そうでしょう。使えなくなった従者に暇を言い渡すのでしょう?最後まで、この命が尽きるまで貴方を守る栄誉さえ下さらないと言うことだ。」

 アルフレッドの言わんとすることが理解したくなかった。だから、苦し紛れに「そのような栄誉、誰に誇れるものでもありません」と呟いた。うつむいた私の手をアルフレッドはそっと持ち上げた。その手を追って顔をあげると群青色の瞳にぶつかる。やんわりと少しだけ目を細めて、優しいほほ笑みが向けられていた。

「姫、栄誉は人に誇るものではありません。自分自身に誇るのです。私は主に貴方を守ると誓った。それを違えては私が私でなくなります。王国がなくなろうと、指名手配されようと、貴方は私の大事な姫なのです。」

 アルフレッドは諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。私はその言葉を振り解こうとするかのようにイヤイヤと首をふる。

「……ダメ。」

「姫?」

 アルフレッドがこちらを覗き込むけれど、もう涙が盛り上がるのを我慢できそうにない。

「姫様……?」

 ポロリとこぼれた涙にと一緒に我慢の限界がきて、私は心のままにみっともなく叫んだ。

「いやだっ!死んでしまう。せっかく助かったのにっ!どうして私にそこまで尽くす?私はもう何も返せないっ……私は、私はっ、あなたを見捨てて逃げた。死にそうだって分かっていて、何にもせずに逃げたのだ!……どの面さげて共に行こうなどと言えるのか……」

 そこまで叫んで、私はわぁわぁと声を出して泣き叫んだ。記憶にある限り、こんな風に泣いたことをない。王城では物心ついた時から、感情を押しつぶして、飲み込むことを教えられる。アルフレッドはオロオロと困っていた。困らせていることは分かるのに、涙は後から後から湧いてくる。頬をゴシゴシ擦りながらわんわん泣いた。

 王族として正しい行いをしようとひたすら王女の面を被り続けていた。けれど、レニアスと出会った瞬間にその化けの皮が剥がされた。王族でなくひとりの人として、ただの子どもとしてアルフレッドを失いたく無い一心でレニアスに頭を下げた。だから、アルフレッドに姫と呼ばれる度に心が軋んだ。「姫」は「アルフレッドを見捨てた自分」だ。


 声をからさんばかりに泣き続けていると、不意に手を掴まれた。

「そんなに擦ると腫れてしまいますよ。」

 そういってアルフレッドは服の袖でそっと私の頬を抑えた。

「すみません。ハンカチが無くって。」

 そうやって覗き込むアルフレッドがあんまり穏やかに微笑むから、また涙があふれてしゃっくりをあげた。

「大丈夫、大丈夫。」

 背中をそっと撫でられてアルフレッドの胸に顔を埋めると、ふわりと抱き上げられ膝に座らされた。赤ちゃんをなだめるように、背中をトントンと叩かれ、私は恥ずかしくて小さくなった。

「姫は優しいのですね。」

 アルフレッドは穏やかに子守唄でも歌うかのように話した。

「あの時ちゃんと前に進んで下さったから、私は姫を尊敬しています。それと同時に私を助けて下さったから、もう一度姫を守る事が出来ると喜んでいます。矛盾しているようですが、どちらも私の気持ちです。」

「……。」

「強い姫も優しい姫もどちらも私の大事な姫です。どうか、あなたを守る騎士でいさせて下さい。」

 私は返事も出来ずにじっとしていたが、アルフレッドはそれを気にした様子もなく静かに背中をさすり続けた。私はしばらくアルフレッドの穏やかな心音を聞いていたけれど、やがて決意して小さくうなづいた。

「あんまり、無理はするな。」

「はい。善処します。」

 そういうアルフレッドはやっぱり優しい笑みを浮かべていて、私はほーっと息を吐いた。背中を撫でる手が温かく、硬い胸から聞こえる心音は規則正しい。腫れぼったいまぶたが重くて自然に閉じた。

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