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ゆっくり食べてね

アルフレッド視点→シュー視点です。

「――それから、今日で5日目になります。」

 洞穴で倒れてから今日までの経緯について説明を受け、私は愕然と姫を見つめる事しかできなかった。王国内で起こった紛争から姫を守るために、隣国に亡命させるのが今回の任務だった。それなのに、彼女がまだ国境の森にいる。

「もう、国境付近の街には反乱軍の手が伸びているでしょう。」

 姫は淡々と私の考えていることと同じことをを口にする。きっと、国王軍は反乱軍に白旗を振っただろう。近隣諸国には政権交代と唯一の直系王族である姫の指名手配の連絡が届いているかもしれない。隣国で名前を変えて市井に混じるつもりだった。その為に反乱軍が城にたどり着く直前まで粘って身分証やら世話人やら何やらと準備をしていたのに、何もかも無駄にしてしまった。

 

 目の前の美しくも幼い姫の今後を思うと言葉が出てこなかった。彼女を世話する人が居ない中でどうやって生活すればいいのだろう。浮世離れした美しさがあっても、そこらへんの大人より冷静でいられても、どれだけ聡くても、目の前の小さな女の子は6歳なのだ。城の中でたくさんの人に傅かれて何不自由無く育ってきた箱入りのお姫様なのだ。身の回りの世話をする人間が必要だろう。

「これからのことは、また後でお話ししましょう。目覚めたばかりでまだ体が辛いでしょう?」

 姫の気遣いに私はゆっくりと頷いた。口を開けば弱音ばかり吐いてしまいそうだった。今は少し冷静になる時間が欲しい。


 タイミングを見計らったかのように少年がが食事を運んでくる。彼はシューというらしい。先ほどレニアスの後にあっさりとした自己紹介をしてくれた。魔女の弟子とのことだ。彼が運んできてくれたのはパンをスープで煮たお粥だ。うす茶色でドロドロとしていて、食欲が出るような見た目では無いが、消化が早く栄養たっぷりの病人食だ。見た目に反していい匂いがする。

「はい。ゆっくり食べてね。」

「あ、あぁ。ありがとう。」

 私はそう返事をするがなかなか食べ始められなかった。漂ってくる匂いは美味しそうだと感じるものの、心の重さが胃を圧迫しているようななんとも言えない息苦しさに食欲がわかないのだ。しばらくじっとお粥を見つめていると、姫がスプーンを手にとった。粥をかき回して軽くひとすくいすると、ふーっと息を吹きかけ冷ましてから差し出す。

「はい。あーん。」

 姫に介助していただくなんてとんでもないと遠慮しようとして、姫の顔を見た瞬間、またしても何も言えなくなってしまった。先ほどまで落ち着き払ってほとんど無表情だった彼女が、困ったような悲しいようななんとも言えない表情でこちらを見ていたのだ。そのあまりに大人びた表情をポカンと見つめていると、自然と開いた唇にスプーンが入り込んできた。思わず飲み込んで、その優しい味と舌触りに隠れていた食欲が起き上がるのを感じる。

 もうひとすくい差し出されると、今度は自然と口が開く。パンと野菜の甘みにミルクのコク、薄めの塩加減とほんのり香るハーブ。気がつけば催促するかの様に口を開いていた。当たり前の様に姫が食べさせてくれる。3口目をきっかけにして、食欲が一気に暴れ出す。1週間ほどほとんど飲まず食わずで眠り続けていた空腹を実感すると、抗うことは出来なかった。私は姫からスプーンを受け取ると一心不乱に食べ進めた。

お腹を満たした私が「あーん」を思い出して恥ずかしさにのたうち回るのは、しばらく後のこと。やっと顔の赤みがとれた頃には夜になっていて、話の続きはまた明日という事になった。





 朝起きると庭で物音がした。レニアスが獣避けをしているから、この家の周りに獣や人が入り込むことはほとんど無い。恐る恐る窓から外を見てみると、つい昨日まで寝たきりだったアルフレッドが剣を担いでスクワットをしていた。

「何やってんのっ?」

 僕は彼を止めるため慌て外に出る。朝の外気が肌に冷たい。

「お?やぁ。おはよう。」

 アルフレッドは僕の姿をみても軽く挨拶を返すのみでスクワットを続けている。

「ちょっと、やめてやめて。病み上がりに運動とかあり得ないから。」

「ん?なんだ?君もやるのか?」

「いや、違うって、ってか、なんでそんなに出来るの?1週間も寝てた人が。」

「鍛え方が違うんだよ。」

「いやいやいやいや……」

 僕がどれだけ言ってもアルフレッドは聞かない。止めようと剣に手をかけたら凄い目付きで射抜かれた。

「私の愛剣に触るとは良い度胸をしている。」

「ひぇ〜。たんまたんま。」

 おどけて離れる僕にアルフレッドは憮然としていた。ちょっと怒気を込めたくらいで怖がると思ったら大間違いだ。でも騎士様の剣に触れるのはやめておこうと思う。アルフレッドが本気で怒ったら厄介に違いない。僕がのほほんとしていると彼はすぐに気を取り直して先ほどよりも熱心にスクワットを続けた。

 アルフレッドの説得は諦めて,朝食を作ることにした。レニアスは朝食を1番大切な食事という。だから、僕の1番大事な仕事は朝食作りなのだ。この家にはレニアスの決めたいくつかのルールがある。それを守るのが弟子として一番に教えられることだ。


 今日は4人分の朝食だ。アルフレッドだってあれだけ動ければ病人食じゃなくたっていいだろう。土間のコンロに薪を入れて火をつけ、火が行き渡ったのを確認したら外の井戸から水を汲んでくる。水瓶に一杯汲むのは一仕事だ。その間にコンロの火はちょうど良いくらいに落ち着いた。

 庭の畑からいくつか青菜を摘んで水洗いし、適当な大きさに刻んでおく。レタスはサラダに、ホウレン草はオムレツに入れるつもりだ。食料庫から卵を出す。ベーコンやキノコやトマトの瓶詰めなど必要なものを合わせて取り出しておく。パンは昨日の夜に食べてしまったから、主食は発酵の要らないパンケーキだ。小麦粉と膨らし粉と塩と卵で作るシンプルな甘く無いパンケーキに溶かしたチーズとメープルシロップをたっぷりかけるのがレニアスのお気に入り。僕はチーズだけが良い。あの2人はどうだろう?ヴィティはともかく、アルフレッドにはまだチーズは重いだろうか。スープは昨日の残り物があるから、トマトの瓶詰めを加えれば味も変わって量も増える。

 隣のコンロに火を移して鍋を置いた。サラダは刻んだレタスにキノコとベーコンのソテーを乗っける。ドレッシング代わりのソテーには少しきつめに塩胡椒して、刻んだドライハーブで香りをづけ……今日はオーソドックスにパセリにしよう。頭の中で献立と段取りを組み立てて、さぁフライパンをという時にバターをたくさん使うオムレツでなくて、スクランブルエッグにしようと思い直した。あの無駄に頑丈な男は病み上がりだし、小さなお姫様もまだ本調子では無いだろう。

 大きなお皿を4枚出し、1番奥にサラダを盛る。こんもりと高さがでるように。次に手早くスクランブルエッグを作ってサラダの手前にふわっと盛る。手前の真ん中にパンケーキを乗せて、空いた隙間に果物を添えたら出来上がり。カップにスープを注げばちょうど7時だ。


「おはよう。シュー。」

「おはよう。レニアス。」

 いつも通りにレニアスが姿を現わす。この人は朝の似合わない風貌の割に朝に強い。今日も散歩にでも出ていたのか玄関から帰ってきた。そのまま手を洗って配膳を手伝ってくれる。そこに頬を蒸気させたアルフレッドも入ってくる。

「お、いいにおいだなぁ。」

 ほんのり汗ばんでいるアルフレッドにレニアスは心底呆れた顔をむけた。

「結局今までやっていたの?ほどほどにと言ったわよね?」

「このくらいでは鍛錬にならん。文字通り朝飯前だ。」

「いや、まぁそうなんでしょうけど。」

 珍しくレニアスが引いた。僕が起きる前にも一悶着あったのかもしれない。でも、気の強い魔女が負けたままでいるわけはなく、

「わかったわ。好きにしなさい。けど、もし傷口が開くようなことになってみなさい。麻酔なしで縫い合わせてやるんだから。」

「お、おう。」

としっかり脅していた。


「寝坊助を起こしてくるわ。」

「はい。」

 レニアスはヴィティを起こしに行き、アルフレッドは手を洗い席に着いた。僕はお茶を入れるためのお湯を沸かす。ミルクを温めておくことも忘れない。朝のティーオレにハチミツを垂らして飲むのはレニアスと僕の共通の楽しみなのだ。そうこうしているうちにヴィティが起こされてきた。大人びた表情の多い彼女に珍しくぼんやりと眠そうな顔を晒していた。ビックリするほど整った顔をしている彼女は少し気の抜けた顔をしているくらいが丁度いい。

「おはよ…ございます。」

 妹がいたらこんな感じなのかな?何だか訳ありみたいだけど、この家に留まれれば良いなと思う。妹弟子が出来たら、僕の仕事を教えてあげるのも楽しそうだ。

 ヴィティは顔を洗ってもまだ眠いみたいで、ふわりと一つあくびをした。そのあどけない様は穏やかな朝にお似合いで、僕はもう何年もこうしていたような気分でそれを眺めた。

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