かたじけない
アルフレッド視点です。
アルフレッドが目を覚ますと目の前に天使が居た。それは全くの主観で事実では無いけれど、陶器のような滑らかな白い肌にキラキラ光る緑色の瞳、艶やかな桃色の唇を持つ目の前の少女はそう誤解されても仕方ないくらい愛らしかった。
肩口で切りっぱなしになっている黒髪に申し訳なさを感じる。その髪が腰まで垂らされ、光を集めて波打つ様を私は知っている。
「ひ、姫っ!?」
急に意識がはっきりして、目の前の天使が天使以上に大切な人物であると理解すると、慌てて飛び起きた。そしてクラクラとふらつく頭を抑え気持ち悪さをやり過ごす羽目になる。
「アルフレッド……大丈夫?」
勿体無くも姫が名前を呼んで心配してくれるが、自分の目の前にいる筈が無いという思いが焦りを量産するばかりで、有り難がる余裕はない。最後まで見送らなければ……そう思いながら途中で力尽きた。幼い彼女が1人で森を抜けられるかとか、ちゃんと迎えが来ているかとか、主の最後の命令をやり遂げなくてはとか、思いはいくらでもあったけれど、私の体はどうにもならない状態だった。
姫に護身用の短剣を託してその場で意識を無くした所まで覚えている。そのまま死ぬ筈だったのだ。なのに、どうして生きているのか。そして何故姫が目の前にいるのか。ここは何処か。今はいつか。追っ手は?城は?王国は?主は……?聞きたいことがあり過ぎて何も言葉が出てこなかった。
間抜けなことに口をはくはくさせて姫を見つめることしか出来ないでいると、不意にオデコに何かが触れる感触があった。数瞬後にそれが人の手だと理解して、全力で後ずさる。姫の他に誰かいる気配を今の今まで全く感じていなかったからだ。
「うん、微熱。体は動くみたいね。自分の名前分かるかしら?」
投げやりに問いかける目の前の人物は、何故気付かなかったと自分を殴りたくなるくらい派手な色彩をまとっていた。
腰までの熟成したワインの様な深い赤の髪はボサボサとあちこちに跳ね、髪と同じ色に染められた艶めく唇は大きな弧を描いている。金色の瞳をはめ込んだ切れ長の目に長いまつげの影を落とし、まぶたは鮮やかな紫で彩られていた。着ているものが全身をすっぽり隠す黒のマントで無ければ、色を売る類の女だと思っただろう。そう思わせるくらい分かりやすい色気を振りまいている。
「だ、誰だっ!」
女の異様な迫力に嫌な汗が出てくる。慌てて姫を引き寄せ、剣を掴もうとして愛用の剣が近くにない事に気づいた。もう長く寝ても覚めても剣を傍らに意識する生活を送ってきた筈なのに、完全に忘れていた。そんな私の焦りを鼻で笑って、女は両手を挙げて害意が無いことを示した。
「わたし?わたしは魔女よ。」
「まじょ……。」
私は女の態度とその突拍子もない言葉の真意を探りたくて視線を巡らせ、自分が裸だと気がついた。素っ裸の自分が薄いシーツ越しにとはいえ姫を腕の中に閉じ込めていた。サーっと血の気が引く。
「とりあえず、取って食いはしないから落ち着けば?」
バカにした様にそう言われると、その言葉は思いの外すんなりと信じることが出来た。とりあえず、すぐに殺されることはない筈だ。なんせ私はほっておけば死ぬような体だったのだから。ようやく安全が保証されていることを理解して、慌てて姫を放して謝り倒した。姫はキョトンとした顔をして何を謝られているのかさえわかっていないようだ。その無垢さが更に罪悪感を生む。
そうしているうちに魔女はどこからか私の剣を持ってきてシーツの上に置いた。
「これで安心できるなら持ってたら良いわ。その代わりうちのもの壊さないでね。」
使い慣れた剣に触れると気持ちが凪ぐ。
一つ深呼吸をしてから辺りを見回すとなんの変哲も無い民家だった。魔女の家といっても怪し気な釜や壺はなく、明るい日差しが降り注いで小ざっぱりとしている。区切りの無い広い空間にリビングとダイニングがあり、玄関脇の微妙なスペースにベッドを無理やり置いて私を寝かせてくれていた。ベッドの周りには水の入った手桶や包帯や薬のようなものが所狭しと並んでいる。
「とても世話になったようだ。」
「そうね。否定しないわ。」
「かたじけない。」
「やぁね。あなたいつの時代から来たのよ。」
そういって魔女はコロコロと笑った。屈託のない物言いは慣れないが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「私はアルフレッドだ。」
「そう。私はレニアスよ。記憶も確かならもう心配いらないわね。といっても、2、3日は安静にしないとだめよ。」
私が頷くと、魔女は満足気に頷き返した。その隣で姫がほっと溜息をついている。私は一呼吸置いてから、姫の方に向き直った。
「どうしてこのようなことに?」
聞きたいことは山ほどあった。
「説明します。」
白雪のようだと称えられていた儚げな美少女は、年に似合わぬ強い眼差しをもって頷き返した。




