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閑話②:地面も空もつながっているもの

ディオ視点の閑話です

「ディオ、ガリオンの墓参りに行くわよ。」

 森の家で過ごして数日、ビックリするほど豪華な朝食の後、レニアスがそう声をかけてきた。あの派手な化粧を落としたにもかかわらず、目鼻立ちのはっきりした顔面は華やかな印象だ。黒いローブではなく白いシャツを着た彼はとてもあの薬師とは同一人物には見えないが、簡単にまとめられた髪は確かに見覚えのある赤だ。彼の素顔にはまだ慣れない。美形が過ぎると冷たく見えるのだなと妙に納得してしまう。

「墓参りって……ルテノの?」

「そうよ。他にも少し用事があるし、ルドルフに乗っても日帰りは大変かしら。どこかに1泊しましょう。」

「そんな簡単に……。」

「何を難しく考える必要があるのよ。その髪を隠す帽子とお金さえ持てば、後の物は街で調達できるでしょう。」

 当たり前のようにそう言われて、そんなわけあるかと突っ込みたくなる。旅にでるなら、たとえ1泊だったとしても、少しの食べ物と着替えと自衛のための小刀くらいは準備するだろう。

「ガリオンの旅装束じゃ少し小さいでしょう?いくらか町で服を買った方がいいわ。」

 確かに、手持ちの服はしばらく前から窮屈だ。それに、教会の墓地に行くのにサイズの合っていない旅装束では悪目立ちするかもしれない。しかし、服を買って、宿に泊まるには懐が寂しい。

「う~ん。墓参りに行きたいのは山々だけど……。」

「お金のことは心配しなくていいのよ?」

「そんな訳にはいかないだろう。」

 レニアスは俺やシューもヴィーやルッカとほとんどかわらずに扱おうとする。レニアスからしたら成人したての俺たちは子どもみたいなものなのかもしれないが、こちらとしてはそれに甘んじる訳にはいかない。少なくとも当たり前のようにレニアスのお金を使う気は無い。

「気にしなくていいのに……そうねぇ。」

 施しを受けとる気の無い俺に、レニアスは1か月で木彫りの小物入れを10個作れるかと尋ねた。

「小物入れ?」

「そう。アクセサリートレイとして使うためのもので、このくらいの大きさで中に女性の好きそうな意匠を彫り込んでほしいのよ。」

「まぁ、材料があれば作れるだろう。」

「じゃあ、それ依頼するわ。これは前金ね。」

 硬貨の入った巾着袋を押し付けられる。

「多くないか?」

「多くないわよ。」

 そんなこんなで強引に取引を成立されて、俺はレニアスとルテノに向かうことになった。


 ルドルフに乗ってしばらく歩くとあっという間に繁華街……という便利さに慣れ無いように気を付けなければと心に誓う。既にシューの作るご飯に慣れた舌は森の家を出てしまえば宥めるのに苦労するレベルで甘やかされている。今の生活に慣れてしまうとこの後の一人での生活が辛いに違いない。

 俺はまだ森の家に住むか旅に出るか決めそびれていた。レニアスもゆっくり考えればいいと言ってくれている。宙ぶらりんなまんまでレニアスの所に居候する訳にはいかないが、「旅に出るんだ!自分の力で生きていくんだ!」と勇んで村を出た手前、森の家に住むと決めきれない。たった一人で生活していたのに、同居人の多いあの家で上手くやって行けるかも不安だった。美味しいご飯も、快適な寝床も、温かな家族も、欲しい物が全てそろっているからこそ手を伸ばすのが怖い。

 久しぶりのルテノの町は賑やかだった。父と旅をしている頃は何度か来たことがあるはずだけれど、記憶には残っていない。見覚えのない通りをレニアスについて回る。レニアスは馴染みの無い場所だといいながらも、迷うことなく突き進む。街行く人に声をかけて良い店を教えてもらいながら、服屋やら雑貨屋やら、あっという間に目的地にたどり着いた。

 今日の彼は街に馴染む装いをしている。目深に被った帽子と伊達メガネで顔はほとんど見えない。あの綺麗な顔は人目を引くだろうから、隠しておくことに異論はない。俺も髪が目立つ色だからと帽子をすっぽりかぶらされた。茶色いキャスケットは少し子どもっぽいような気がするけれど、案外しっくり馴染んでいた。町で買った服に着替え、いくつか日用品を調達し、安くてうまい定食屋で食事をしてから、花屋を経由して墓地に向かう。恐ろしく順調で、このままだと宿を取る必要は無くなるかもしれないと思う。日帰りで父の墓参りに行けるなんて、どんな奇跡だろう。

 ルテノの町の商店街からは少し外れた通りを歩く。住宅地の間を抜けると、でんっと大きな教会が見える。教会の周りは花壇や街路樹で彩られていて、住人たちの憩いの場として開放されているのが見て取れる。その教会の裏手には父さんの眠る墓地がある。華奢な塀で囲まれた墓地は遠目から分かるくらい手入れが行き届いていて、清潔で明るい場所だった。墓地というより公園や植物園のような雰囲気だ。

「こんなところだったかな。……久しぶりすぎて覚えてないな。」

 ポツリとつぶやくと、レニアスが励ますように背中に手を置いた。その手に促されて教会の脇にある案内所へと向かう。案内所の小窓をノックすると、修道士が顔を出した。

「こんにちは。」

「こんにちは。」

「本日はどのようなご用向きでしょうか?」

「お墓参りにきました。」

「承知しました。どなたのお墓ですか?」

 穏やかにほほ笑みながらもテキパキと対応してくれる修道士に父さんの名を告げる。修道士は「少々お待ち下さい」と言い置いて、一度奥にひっこんだ。そして、しばらくの後に「ご案内します」と案内所の建物から出てきた。

 濃いグレーの修道服を着た修道士は今日は天気がいいだとか、お墓参りは故人が喜ぶとか、私の持っている花が綺麗だとか、当たり障りのない世間話をしながら、父の墓の前まで案内してくれた。お墓の前で簡単な祈りを捧げた後、帰る時にもう一度案内所に声をかけるように言い置いて、今来た道を戻っていく。

 その後ろ姿を見送った後、俺はゆっくりと父さんのお墓に向き直る。半円の墓石には羽根つき帽子の絵とガリオンの文字が彫り込まれている。苗字を持たない人たちは名前だけではお墓の見分けがつかないから、出身地名や職業、生前好きだったものなど縁のあるものを彫り込むのだ。といっても父さんがいつも羽根つき帽子を被っていたという訳ではない。旅人だったことを示す図案が羽根つき帽子だったからこの絵になった。行商人だと言い張っていた父さんには悪いけれど、行商人を示す荷馬車の絵はなんだかしっくりこなかったのだ。

 お墓は良く管理されているようで、汚れはおろか、雑草ひとつ生えていない。父さんが亡くなった時は何も考えられずに、面倒を見てくれた商人に言われるがままに葬式を済ませたけれど、それで良かったんだと思う。あの人たちは本当に誠実に父の死を悼んでくれて、未熟な俺がきちんと弔えるように、力を貸してくれていたんだと感じられた。

 お墓の状態を確認した後、チラリとレニアスに目を向けたけれど、彼は微動だにしないでじっとお墓を見つめていた。引き結んだ唇が彼の心の内を表しているように思えて、声をかけることは控える。俺は帽子を脱いでお墓に近寄った。挨拶や食事の時は脱帽がマナーだと教えてくれたのは父さんだ。ならばお墓参りでもそうするべきだろう。作法などはっきりとは知らないけれど、父さんが母さんの墓にしていたように、黙礼をした後花を手向ける。俺もレニアスの隣で黙ってじっと墓石を見つめる。父さんに語り掛けたい言葉はたくさんあるけれど、実際に声に出す必要は無いだろう。

 レニアスに世話になったこと、2人の指輪を俺が持つことにしたこと、今までの生活、ヴィーとの出会い、ボービ村を出たこと……心に浮かぶままに父さんに報告する。どうせ母さんと一緒に見守ってくれていたはずだから、詳しい説明なんかはすっとばしていいだろう。ただその時の気持ちを受け止めてもらいたくて心の中で語り掛けた。「ねぇ、これからどうすればいいと思う?」そう問いかけても返事はない。それなのに、その瞬間「ディオはどうしたいんだ?」と聞き返してくる父さんの声が聞こえたような気がする。あぁ、そうだった。父さんは良くそうやって俺のやりたいことを丁寧に聞いてくれる人だった。思わず目を閉じると、目じりに皺を寄せて父さんがほほ笑んでいた。こんな穏やかな表情の父さんを思い出すのは久しぶりだった。


 緑にあふれる墓地は小鳥のさえずりが聞こえ、木漏れ日が降り注ぐ温かな場所だ。静かだけれども静かすぎることも無く、遠くに街の営みを感じられる。死後眠るなら、こんなに良い場所は無いだろう。村にある母さんのお墓と比べてしまうと少し母さんが不憫だ。

「2人を一緒に眠らせてあげたかったな。」

「……墓標が少し離れているだけよ。地面も空もつながっているもの。」

 ポツリと口をついて出た言葉を拾い上げて、レニアスが慰めてくれる。返事があるとは思っていなかったから、俺は目を開けてレニアスを振り返った。レニアスは真剣な顔で父さんのお墓を見つめたままだ。壮大な話ではあるが、確かに同じ地面と言えなくもない。そう思えば少し救われる気がする。

「レニアスがそんな詩的な事を言うとは思わなかったな。」

「詩的かしら?ま、情緒豊かなのよ。」

 堂々と自分を褒めて、レニアスはニヤリと笑った。俺もつられて口角を上げる。その時、

「もし……。」

 と控えめな声が聞こえた。声の方を振り返ると若い貴婦人が一人、こちらを見て目を丸くしている。腰よりも長いオレンジがかった金髪がサラリと風に揺れた。後ろに護衛と侍女が居る事から貴族の婦人だと判断してサッと目を伏せた。両膝を付こうとすると慌てて止められた。

「おやめください。敬礼など不要です。」

 その声に膝を着くのを止めると、婦人は「ふぅ」と小さなため息をこぼした。

「私はジョージアナと申します。つかぬ事をお聞きしますが、そちらのお墓の方とのご関係は?」

 平民の俺にも丁寧に話しかけてくれる婦人ではあるが、身なりや立ち振る舞いが貴族っぽい。後ろに控える護衛の静かだが隙の無い雰囲気といい、妙に緊張してしまう。

「ディオといいます。……これは父のお墓です。」

「あなたが……っ!」

 俺の返事にジョージアナは口元を両手で覆って息を飲んだ。出会った時からまん丸だった瞳が零れ落ちそうなほど見開かれている。光に透かした琥珀のような綺麗な瞳なのだから、落としたら勿体ないですよと言いたい。しばらく驚いて、その次に躊躇って、ようやく口を開く決心をした彼女は涙を堪えながら俺を見ている。

「あの、わたくし、こちらの方に……ディオ様のお父様に命を助けて頂いたのです。でも、そのせいで……。本当に申し訳なくて……。ディオ様もお怪我をされたと聞いております。あの節は本当に申し訳ありませんでした。」

「い、いえ。私は、もう、大丈夫ですので、お気になさらず……。様とつけていただくような身分ではありませんので、どうぞ呼び捨てにして下さい。」

 俺の言葉に琥珀の瞳からホロリと涙が零れた。貴婦人を泣かした罪で投獄されたりしないよな……とか考えてしまうのは、身分の高そうな女性に頭を下げられている現実から逃げ出したいからかもしれない。けれど、ジョージアナがあの時助けた娘であるなら、彼女は商人の娘のはずだから、庶民ということになる。お金持ちだと貴族みたいに振舞えるようになるものなのだろうか。

「あの、えっと……父がお役にたてて良かったです。その後、大丈夫でしたか?」

 そう返事をすると、ジョージアナは涙を零したままハッと顔を上げた。

「あ、えっ、はい。あれからは特に何事も無く、恙なく過ごしております。」

「そうですか。良かったです。あなた様がご無事であれば父もうかばれます。」

「そんなっ……。私のせいであんなことになってしまって……きっと恨んでいらっしゃると……。」

 ジョージアナはポロポロとこぼれる涙を拭いもせずに顔を歪ませた。あぁ、父が助けた人がこんなにも優しい人で良かったと思う。きっと彼女なら、周りの人達皆に無事を喜ばれただろう。

「恨んでなどいませんよ。本当にご無事で何よりでした。」

 彼女に向かってほほ笑みを浮かべられる自分に安心する。俺の言葉は嘘だけれど、きっとついていい嘘に違いない。少なくともジョージアナが申し訳ないと言って泣き暮らすことを、父さんは望んでいないだろうから。今度は「ありがとうございます」と繰り返しながら泣く彼女に侍女がハンカチを渡している。護衛も痛まし気な表情を浮かべていた。

 それにしも、いくら金持ちでも庶民の娘に護衛なんてつくものなのだろうか。繁華街や人気のない場所に行くならまだしも、町中の教会のお墓に来るのに大げさなようにも思える。よその家の事なのだから気にしなければいいのだが、帯剣した騎士然とした人が近くにいるのは、何もやましい事が無くても少し緊張してしまう。

 しばらくして、泣き止んだジョージアナは「みっともないところをお見せしました」と困ったように微笑んだ。俺の持ってきた花より2,3倍大きな花束をお墓に手向けて、彼女が祈りを捧げる。その間、俺は黙って彼女の長い髪を見ていた。レニアスは俺の髪色を珍しいと言ったけれど、彼女の髪もオレンジ色だ。こんなところで偶然会うくらいだから、そう珍しくも無いのかもしれない。

 丁寧なお祈りの後、ジョージアナは俺にも再度頭を下げた。その様子に侍女と護衛は慌てている。やっぱり、俺に頭を下げていい身分ではないのかもしれない。なんだか申し訳なくなって、俺も丁寧に頭を下げる。身長差があるから、彼女より低くは出来ないけれど、父に教えてもらった最敬礼で頭を下げる。

「あの、お墓参りしていただいて、ありがとうございます。」

「いえ、そんな。とんでもありません。」

「何度も来ていただいているのでしょう?」

 案内の修道士が彼女には居なかったことから、案内を断るくらいにはここに通ってくれていたのだと予想して尋ねる。

「えっっと、はい。月に一度ほど……ご迷惑かとも思ったのですが……。」

 本当に申し訳なさそうなジョージアナにほほ笑みながら小さく首を振った。

「事情があって、私はお参りに来られなかったので、父も喜んでいたと思います。ありがとうございます。けれど、もし償いのようなお気持ちで通っていただいていたのなら、もう結構ですよ。謝罪はいただきましたから。」

 俺の言葉に、ジョージアナの瞳には再度涙が浮かんだ。泣かせるつもりは無かったけれど、彼女の罪悪感が少しでも軽くなるように、伝えておかなくてはいけないと思ったのだ。彼女にはお墓参りよりも、恋人や友達と街中にお出かけして欲しい。ジョージアナは少し空を見上げるようにして目を瞬かせた後、涙を零すことなくふわりとほほ笑んだ。

「ありがとうございます。実は……来月、他国に嫁ぐことが決まり、こちらに伺えなくなることが気がかりでしたの。ディオ様、いえ、ディオさんにはこの命や家門の名誉だけでなく、心まで救っていただいてしまいましたわ。」

 あぁ、なるほど、貴族家に嫁ぐのかと納得する。家を継ぐのは男性と決まっているブルリアでは女性の身分は結婚相手によるのだ。裕福な商家の娘が貴族家に嫁ぐことを目標に小さい頃から貴族のマナーを学ぶことはよくある。彼女の身のこなしがあまりにも自然で美しいから生粋の貴族令嬢にしか見えなかった。

「いえ、私はそんな立派な者では……。」

「いいえ。何かお礼を……。」

「そんな、とんでもない。」

 慌てて辞退する俺を無視して、侍女と何やら言葉を交わしたジョージアナは付けていたブローチを差し出した。オレンジ色のバラと小さな小鳥のモチーフは可愛らしいが、使われている宝石の量は可愛くない。

「いやいやいやいや、こんな高価なもの頂く訳には……。」

「いいえ。受け取ってくださいませ。どこかで売って頂ければ、それなりの値段になるはずです。」

「ほんとうに、勘弁してください……っ!!」

 何度かの押し問答の末にブローチを断ることに成功した。シュンと肩を落としたジョージアナの向こうで侍女と護衛が射殺さんばかりの視線を向けてくるが、どんなに睨まれたってあんな高価なもの受けとる訳にはいかない。

「ディオさんは慎ましい方ですわね。……しばらくこの周辺にいらっしゃるの?」

「あ、いえ。明日には西の方に向かおうと思っています。」

「西というと帝国かしら?」

「えぇ、まぁ。」

「そうですか。お忙しいなら、晩餐にお誘いするのも迷惑ですわね。」

 そう呟いて小さなため息をついたジョージアナは気を取り直したように俺に向き直る。

「せめてこちらをお持ちくださいませんか。」

 差し出されたのは白い絹のハンカチだった。先ほどのブローチと同様にバラと小鳥のモチーフが刺繍されている。

「ディオさんに相応しい図案とは言えませんが、ご縁があったことの証として。」

「……こんなに綺麗なハンカチを手放して惜しくありませんか?」

「まさか。私が刺したものですので、必要ならばまた作りますわ。」

「……それでは、遠慮なく。」

 俺がハンカチを受けとると、ジョージアナは花のようにほほ笑んだ。 


 墓地を出ると、迎えの馬車がジョージアナを待っていた。木造りの箱馬車にはオレンジ色のバラが描かれていて、恐ろしく優美だ。墓地にいた人以外にも護衛が居てびっくりする。修道士達も見送りに並ぶようだ。こんなにたくさんの人たちに囲まれて、一挙手一投足を見つめられるなんて、貴族になるのも大変そうだと思う。当のジョージアナは大変さなど一切感じさせず、にこやかにほほ笑みながらもスッと背筋を伸ばして歩いている。墓地で涙を零していたのと同じ女性には見えない。場違いなほど美しい馬車がゆっくりと遠ざかっていった。

「ハンカチなんか貰っちゃって。」

 ずっと黙っていたレニアスがポツリとそう呟いた。

「あ……やっぱりまずかったかな?」

 昔は、貴族の女性がハンカチを送るのには「異性として好意をもっている」という意味があったらしい。手製の刺繍があるならなおのこと。今は昔ほど重大な意味を持たないようになったけれど、家族でもなければ未婚の男女で気軽に送りあう物じゃない。ブルリアの歴史を教えてもらった時に父さんがそんなことを言っていたような気がする。

「ブローチもらうのと大差ないわね。金銭的な価値はブローチの方が上かもしれないけれど、王女の紋章入りのハンカチなんて、近衛騎士でもなかなかもらえないはずよ。しかも手作りでしょう。人に見せたり落としたりしないように気をつけなさい。悪くすれば色々勘ぐられて捕まるわよ。」

「はっ?」

 レニアスの言葉の意味は分かるのに理解できない。王女の紋章……。

「でも、まぁ。これで謎が解けたわね。いくら裕福でも商家の一人娘を助けたくらいでルテノの教会墓地はやり過ぎだとおもったけれど、救ったのが王女だったのなら納得よね。商隊に扮して護送してたのかしら?それとも、お忍びだったのかしら?どちらにしても、責任者はガリオンのおかげで命拾いしたわけよね。預かった王女に何かあれば本人だけでなく、一族郎党首を差し出すしかないものね。」

「え?まさか、彼女はブルリアの王女様なのか?」

「あら、気付いてなかったの?髪も目もほとんど同じ色だったでしょう?あなたやガリオンのその色、王家の色なのよ。さすが王女様は髪の艶が違ったけれど、手入れすればあなたの髪ももう少しツヤっとするでしょうね。来月他国に嫁ぐって言ってたから、帝国に嫁ぐ第3王女様ってことよね。ガリオンのお兄さんの娘だから……あなたの従妹(いとこ)ってことかしら。王女にしては腰が低いけれど、彼女も妾妃の子だからか……あぁ、やっぱり、王宮って嫌な所よねぇ。」

 レニアスの言葉が理解できるに従って、俺はブルリと震えた。自分でわかるくらい血の気が引く。可愛らしい刺繍の施されたハンカチを持っておくのもポケットや鞄に入れるのも不安でワタワタと慌ててしまう。落としたらどうしようと思うとどうしていいか分からなくなる。そんな俺をサラッと無視して、レニアスは街に向かって歩き始めた。

「さて、そろそろ私達も王都に行きましょうか~?」

「へ?王都?」

「そうよ。この前の鍵持って来たでしょう?王都の銀行の貸金庫に行きましょう。オレンジのバラが王家の紋章と学んだようだから、次は自分の紋章を確認しないとねぇ。」

「ちょ、ちょっと、待って。」

 もう頭が爆発しそうな俺をレニアスは笑い飛ばして先を歩く。あわててその背中を追いかけながら、どこか安心している自分もいる。俺より華奢なはずの後ろ姿がなぜか父さんと被って見えた。

いつもお付き合いありがとうございます。

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