さて、そろそろいいかしら
引き続きディオ視点です。
「やだ、ちゃんと手当てしたの?」
赤毛の美人はそういうと俺の頬に手を伸ばす。そっと口端に触れられて、ビクリと肩が揺れた。顔の形が変わるほどでは無かったにせよ、ゼットンに殴られた跡は顔にも体にもあって、治るまでにしばらくかかりそうだ。
薬のせいではっきりとは姿形を覚えているわけではないが、昨日ヴィーを迎えに来た人も同じような赤毛だった。この人がヴィーの師匠の薬師なのだろうとは思うけれど、それでも首を捻りたくなる。旅をしていても滅多に出会えないような鮮やかな色彩の髪は同じなのに、纏う空気が違い過ぎて、同一人物だと確信が持てない。
「冷やし足りないわ。」
小さな子を叱るような声色で言われて、反射的に申し訳ない気持ちになる。俺が「すみません」とうつむくと、仕方ないなぁと言いたげな軽いため息が聞こえた。そのため息には嫌悪感なんかは含まれて無くて、むしろ好意的な雰囲気を伝えて来るから不思議だ。ヴィーの師匠に次会う時は、昨日の出来事について罵倒されるものだと思っていた。
「あの……ヴィーのお師匠さん?」
「なあに。」
「ヴィーは……。」
なんと聞いたら良いか分からなくて言葉を探していると、俺が聞きたいことを汲み取ってくれたようで、赤毛の人は小さくうなづいた。
「心配いらない。家で元気にしているわ。」
「そうですか。」
ほっと溜息が出る。目をギラギラさせたゼットンに迫られて相当怖い思いをしただろうと思う。体が動かず助けてやれなかったことが悔しくてならない。
「すみませんでした。俺が上手く立ち回れなかったばかりに、ヴィーを危険な目に合わせてしまった。」
「えぇ。……でも、あなたも被害者の一人でしょう。謝る必要は無いんじゃない?」
「いや、でもっ!俺がもっとよく考えて行動してたら、あんな事には……。」
「それは、私も同じよ。女の子一人におつかいをさせるにはこの村は遠すぎたのよ。」
「……。」
赤毛の人の顔に後悔の色がありありと浮かんでいるのを見て、俺はもう何も言えなくなってしまった。謝らずにいられない気持ちに変わりはないのだが、今それを表に出すのはただの自己満足なのかもしれない。
「田舎だから安全って、勝手に思い込んでいたの。それがいけなかった。『田舎の人は素朴で善良』なんてそんな事無いって知っていたのにね。……だから、あなたは自分を責めたりしなくていいわ。」
そう言われて、もう一度だけ深く頭を下げた。肩にポンポンっと優しく手を置かれてゆっくりと顔を上げる。派手な紫色に彩られた瞼の下で金色の瞳がフニャリと弧を描いた。
「話は後にして、まずはお参りしましょう。」
赤毛の美人は母さんの墓に向かって祈りを捧げてくれた。供えられたコスモスがユルユルと揺れている。
「あの、花……。」
「森に咲いてたものよ。ちゃんとした花束でなくてごめんなさいね。」
「いえ、ありがとうございます。」
お礼を言って頭を下げると、良い子良い子と撫でられた。もう、ずいぶん久しぶりの感触に思わず固まってしまう。俺はもう大人のだからと拒否できないのはなぜだろうか。
「リーサはあなたが誇らしいだろうね。ガリオンがきちんと育てたのだから当たり前だけれど。」
両親の名を久しぶりに聞いて思わずガバリと顔を上げる。赤毛の人は母さんの墓の周りをキョロキョロと見ている。
「ガリオンのお墓はどこなの?」
「父と母を知って……?」
「えぇ。昔世話になったのよ。で、ガリオンのお墓は?」
「こっちです。」
母さんの墓の後ろに隠れるように置かれている石を指し示す。本当は母さんの隣に同じように墓を建ててあげたかったが、村長がそれを許さなかった。だから、父さんの墓は母さんの墓の後ろの目立たない場所に定めた。俺にしかわからないように程々の大きさの石を目印にしている。
「そう。」
赤毛の人はその小さな墓にも先ほどと同じように祈りを捧げると、持っていた篭から酒瓶を取り出し、惜しげも無く石にかけた。ふわりとワインの香りが漂う。
「あの、父にまですみません。」
「ガリオンがよく飲んでいたような上等の物ではないけれど、彼が好んだ産地の物よ。」
「……父さんにも好きなお酒があったんですね。」
「そうよ。……ディオが知らなくても不思議はないわね。行商をはじめてからはエールやなんかの軽いものしか飲まなようにしていたみたいだから。」
赤毛の人が当たり前みたいに俺の名前を口にするから、もう何が何だか分からない。
「俺の事も……。」
「知ってるわよ。小さな頃に会ったこともあるわ。」
ヴィーの師匠が父さんや母さんと知り合いだなんてどんな偶然だろう。けれど、嘘では無いと確信できた。元々知っていなければ、村人も来ないような村はずれの我が家の墓地に花をもって訪れることは出来ない。
「……本当はもっと早くあなたの元を訪れて、ガリオンの弔いをするべきだったのに、こちらの事情でこんなに遅くなってしまって……ごめんなさい。」
「いえ、あの……。どういうことですか?」
「そうねぇ……。」
詳しい話は追々と前置きをして、赤毛の人はもともと父と知り合いだったこと、父と母が結婚した後、身体の弱い母の為に薬を届けていたこと、母が亡くなって父と俺が行商をしている間も時々交流はあったこと、父が亡くなった後俺の様子を時々見に来ていたこと、少しでも俺の生活環境が良くなれば良いとボービ村で薬を売り始めた事などを説明してくれた。
「弟子がこの村に通うようにしたけれど、あなたたちが仲良くなるとは思っていなかったのよ。性別も歳も違うからね。でも、よく考えたら、それも偏見よね。」
いけないいけないと話を締めくくって、赤毛の人は立ち上がってうーんと伸びをした。俺もつられて立ち上がる。聞きたいことは山ほどあるけれど、今は聞いたことを整理するだけで頭がいっぱいだった。一人ぼっちだと思っていた村での生活を見守ってくれていた人がいる……それがくすぐったくて、けれども、お腹の中がほんのり温かくなった気がする。
村で生活し始めてすぐ、この人が俺の前に現れたていたら、俺はきっとどんな救いの手も拒絶しただろうと思う。オリバーにしたのと同じように。村を出た方が良い生活ができると頭ではわかっていても、この村を離れる決断は出来なかっただろう。だから、出会うのは今で良かったのだと思う。
「ずっと、見守ってくれていて、ありがとうございます。」
そういうと、赤毛の人は一瞬驚いたように目を丸くしたけれど、くしゃりと照れくさそうにはにかんだ。その伏せたまつ毛の長さに思わずドキッと胸が鳴る。
並んで立つと思った以上に顔が近くて俺は一歩だけ後ずさった。綺麗な顔を見ていられなくて少し視線を下げるとローブから首元が見える。顔と変わらない滑らかな肌ではあるが、案外太くて凹凸もある。
「え?男?」
思わずポロリとこぼれたつぶやきが聞こえたのか赤毛の人がニヤリと笑う。
「今、気づいたの?」
眉を上げてこちらを流し見る顔はさっきと打って変わって意地悪だ。俺のドキドキを返してくれと言いたいが、言ったらドキドキしていたことがばれてしまう。言葉に詰まってコクコクと首を縦に振った。
どうしてそんな恰好や言葉遣いをしているのかという疑問は口に出してはいけないような気がする。
「な、名前は?」
「私はレニアスよ。よろしくね。」
蠱惑的な唇が弧を描く様にゾクゾクと身体が震えた。
父の墓の下には、大小二つの指輪が埋まっている。一つは父の、もう一つは母の指輪だ。生前父は母の指輪を小さな巾着に入れて持ち歩いていたらしい。父を弔った後に鞄の整理をしていて見つけた。その時は父と一緒に埋めてあげられなかったことを愁いたけれど、今となっては良かったのだと思う。二人の遺品を俺が一緒に持つことで、親子三人一緒にいるような気持ちになれるから。
掘り出した指輪を丁寧に洗って土を落とすと、革紐に通す。その革紐を首にかけると二つの銀色の輪が胸元で光った。首飾りとしても悪くないデザインだ。
「遺品を掘り返すなら墓石にワインはもったいなかったかしら?」
レニアスが俺の一連の作業を見守りながらぼやく。掌を頬に置いて首を傾げるその仕草が妙に色っぽく思えて嫌だ。小さく深呼吸をして、気持ちを落ち着けると、俺はササっと荷造りをした。
父の愛用していた大き目の鞄に数日分の着替えや日用品を詰めていく。木彫り用の小刀、母のスケッチブック、オリバーがとっておけといったお金……どうしても必要なものはそのくらいだ。鞄のすき間に父の作ってくれた木彫りの人形を入れてあっさり準備は終わってしまった。
「もう終わり?忘れ物はない?」
レニアスの言葉に頷く。
村を出ていくと決めた。レニアスは俺の手助けをしたいと思ってくれているようだから、お願いすれば常備薬なんかを安く売ってくれるかもしれない。もし深い付き合いの商家があるなら、紹介状ももらえれば尚良い。俺の足では歩くのに限界があるから、早めに馬を手に入れたい。一人旅など不安で仕方ないけれど、父を見習えば一人食べていくぐらいはできるだろう。ボービ村の行商をするつもりはないから、気に入った町には飽きるまで滞在したって良い。木彫り職人の弟子になって家具や大型の彫刻を作ってみるのもいいかもしれない。
村長にこの話をしてしまったら、どんな反応をされるか分からない。落ち着いて荷造りなんて出来ないかもしれない。だから、村の人達と話をしようというレニアスに少し待ってもらって先に荷造りを終わらせた。
俺が荷造りをする間、レニアスはのんびりと家の中を見回していた。父の席だった食卓の椅子をじっと見つめている。
「この家も久しぶりだわ。あまり変わっていないのね。」
「特に模様替えをする気にもならなくてそのまま使ってるんです。……そこは父の席でした。」
「えぇ、ずっと、2人がこの家に住み始めた頃からそうよ。……あぁ、いけない。」
レニアスは急にテーブルの下にしゃがみこんで天板の裏を探り始めた。
「何を……」
「この辺りに……。」
カタリと音がして、レニアスは「ここね」とテーブルにもぐりこんだ。しばらくして這い出てきた彼の手には小さな鍵が握られている。
「これ、絶対無くさないように持っておきなさい。」
細かい細工を施された鍵はなんだか高価なもののように見える。
「これ……」
「説明は後。とにかくちゃんと持っておきなさい。ガリオンの大事なものなんだから。」
そう言われてしまうと手に取らない訳にはいかない。俺は指輪を通した革紐を一度解いて鍵を通した。少しだけ重くなった首飾りを今度は服の中に隠すように首にかけた。
「さて、そろそろいいかしら。」
レニアスの言葉にもう一度ぐるりと家を見回す。見慣れた部屋が少しだけ寂し気に見える。それでももう決めたのだ。俺はレニアスに頷き返した。
いつもありがとうございます。




