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喧嘩のお作法知ってる?

 端っこの小屋で変装を解き、小屋の整理をしてから大急ぎルドルフの所へ向かう。約束の時間を過ぎてしまっていたけれど、ルドルフは朝私を下ろした場所でじっと待ってくれていた。濃い緑色の木々のすき間を縫って差し込む、ジリジリと焼き付けるような木漏れ日の中、ペタリと地に伏せて、昼寝でもしているかのように目を閉じている。パタパタと走り寄るとゆっくりを目を開き、曲げていた首をヒュイっと持ち上げた。

「ルドルフごめん。おまたせ~。」

 そう言って近づいて来た大きな顔の長い鼻を撫でると、気持ちよさそうに瞬きする。良かった。怒ってないみたいだ。ひとしきり謝った後、ルドルフに乗って森の家に帰る。真夏の一番暑い時間なのに、ルドルフの背中は快適だ。雨どころか太陽の熱でさえ、遮ってくれるのか。寝苦しい夜は一晩中背中に乗せてくれないだろうか?絶対に気持ちよく寝られると思う。


 快適な空の旅を終え、むわりと暑い森を抜け、魔女の家まで帰ると丁度レニアスが玄関から出てきた所だった。

「ただいま。」

 私がそう声をかける前にレニアスが目の前に走ってくる。

「大丈夫だったの?」

 大急ぎでそう聞かれてコテンと首をかしげる。そんな私にレニアスは呆れたように小さなため息をついた。

「遅いから、心配してたのよ。」

「ごめんなさい。向こうの森で人と出会って、少しおしゃべりしていたんだ。」

 いつも通り「仕方ないわね、無事ならいいのよ」と言われるつもりでそう謝ったのに、レニアスは切れ長の目を(すが)めた。まるで睨んでいるかのような鋭い視線にピクリと身体が震える。

「誰と何のために会っていたの?」

 レニアスの口調に咎めるような響きを感じて、反射的に「嫌だ」と思う。

「え?どうして?なんでレニアスに説明しなくてはいけないんだ?」

 その気持ちのまま口をついて出た言葉にレニアスは目を見開いた。その驚いた顔を見て、酷い言い方をしてしまったかなと思うが、もう口から出たものは取り消せない。それに最初に剣呑な雰囲気を持ち込んだのはレニアスだ。私から謝るのは違う……と思う。

「私だって友達とおしゃべりくらいする。薬はちゃんと売ってきた。お代の中からトマト2個とキュウリ2本を昼ご飯として食べた。その分はお小遣いから払うから。」

 そう言って持っていたかごをトンっとレニアスに押し付ける。受け取ったかどうかも確認せずに、レニアス脇を通り抜けて家に入った。家に入るとアルフレッドとシューがいて、唖然とこちらを見ている。私たちのやり取りが聞こえていたらしい。

「……おかえり。」

 一瞬迷ってからシューがそう言って笑顔をつくる。ぎこちない笑みが気まずい。

「ただいま。疲れたから部屋で休む。」

 私は二人と目を合わさないままにそう呟いて、逃げるように自室に入った。


 窓が開いていても部屋の中は暑かった。私は長袖のワンピースを脱いでタオルで顔や体を拭く。本当は濡れたタオルを使いたかったけれど、今、井戸まで行くのは億劫だ。とりあえず汗を拭いてからノースリーブのシャツとひざ丈の短パンを着る。どちらもシューのおさがりだから、少し大きめで涼しく感じる。そのままベッドに寝転がる。南向きのこの部屋は特に暑い。いつもなら窓もドアの開けて風を通すけれど、今はドアを開けられない。

 はぁ~っとため息が出る。衝動のままにレニアスに反抗してしまった。ビックリだった。私はただの居候でレニアスの厚意でこの家に住んでいるという事をあの瞬間すっかり忘れてしまっていた。今からでも謝った方がいいだろうか。でも何が悪かったと言えばいいのだろう。帰宅が遅れたこと?人と話していた事?レニアスの質問に答えなかったこと?冷たい言い方をしたこと?レニアスの言い分を聞かずにその場を離れたこと?全部悪いかもしれないが、レニアスだってなんかちょっと変だったじゃないかと言いたい。

「出てけとか言われたらどうしよう。」

 口をついて出てきた悲観的な言葉は天井でグルグルと回っていて、いつまでも消えてくれない。


 コンコンっと扉を叩く音がする。ハッと目を開けると辺りは薄暗かった。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。背中は寝汗でぐっしょりと濡れている。

「ヴィティ?入るよ?」

 廊下からルッカの声がする。

「あ、ちょっと待ってくれ。」

 返事をしてから起き上がる。ズボンもしわしわだけどシャツがひどい。とりあえず薄手のカーディガンを羽織ってから「いいよ」と声をかける。ゆっくりと扉が開いてルッカが入ってきた。手には小さなトレイと明かりを持っている。

「のど渇いてないかと思って。レモン水作ったんだ。」

 そう言ってお盆を差し出してくる。レモン水の入ったグラスが2つ、一口大に切ったスイカが入ったお皿が一つ乗っていた。

「ありがとう。」

 私はコップを受けとってからベッドに座った。ルッカには鏡台の椅子を勧める。

「いただきます。」

 二人で同時にそう言ってから、ゆっくりとレモン水を飲む。レモンの酸味とほのかな甘みが美味しくてゴクゴク飲めてしまう。半分ほど一気に飲んで一息つくと、ルッカがスイカにフォークをさして差し出した。

「こっちもどうぞ。塩ふってあるからね。」

 言われるがままに受け取って口に入れる。最初にフワッと塩のしょっぱさが舌先に広がって、口の中が狭くなった感じがする。その後に舌で潰れたスイカからじゅわりと甘い果汁が出てくる。噛めばシャリシャリとした食感が気持ちよく、冷えた甘い果肉がスルンと喉を通っていく。

「美味しい。」

「良かった。もっと食べる?」

「ルッカは?」

「うん。ぼくも食べる。」

 ルッカはひとつだけスイカを取ると、お皿を私に差し出した。私はそれを受けとってスイカをもう一つ口に入れる。

「レニアスとアルフレッドがなんだかすごくショック受けてたよ。」

 今日は暑かったから畑の水やりがたいへんだったよと当たり前のことを報告するみたいにルッカが言う。その声に私を責める色は無い。私はコクンと頷いた。

「レニアスと喧嘩……したのは、はじめてだ。」

「あぁ、そうか。ヴィティもショックなんだね。」

 ルッカがそういうから私はぽかんと口を開けてルッカの顔を見る。そうだ。あんな些細なことで喧嘩になって私はショックだったんだとやっと気が付いた。

「うん。」

「ぼくも、ヴィティいつも怒んないし、レニアスはヴィティには激甘だし、2人は喧嘩なんか一生しないと思ってたよ。」

 そう言われて頷く。私もレニアスと喧嘩する日がくるなんてこれっぽっちも想像していなかった。

 レニアスはアルフレッドやシューと良く喧嘩をしているけど、私やルッカとは喧嘩にならない。今までは私に対して怖い顔をすることも馬鹿にしたように揶揄うことも話を聞かずに頭ごなしに否定することも無かったから、反発することも怒ることも無かった。でも今日はレニアスの鋭い視線と威圧的な声にイラっとして、それがそのまま態度に出てしまった。

「でも、それってさ。成長ってことだよね。」

 続いた言葉の意味が分からなくて、首をかしげる。成長っていうのは良い事で、喧嘩というのは悪い事だ。大人になって人間が成熟すれば喧嘩なんかしなくて済むようになるんじゃないだろうか。私の中でその二つは相容れない。

「レニアスとぼくたちが喧嘩しないのは大人と子どもだからだよ。大事に守ってくれる分、その間には分厚い壁みたいな膜みたいな、とび越えられないものがある。一線を引かれているっていうのかな?でも僕たちが成長して大人同士になれば、そのラインは無くなっていくでしょう。それがひとつ目の成長。」

「ひとつ目……。」

「そう、ふたつ目の成長は家族としての成長。嫌われたらどうしよう、出て行けって言われたらどうしよう、いなくなったらどうしよう……なんて思っている人とは喧嘩なんかできないでしょ?」

「……今思ってるよ。」

「でも、喧嘩した瞬間は忘れてたんでしょう?」

 ルッカはそれを一応疑問形で聞いてはいるけれど、答えはすでに確信しているみたいだ。

「うん。すっかり忘れてた。」

「血のつながりなんて誰にも無い、寄せ集めの家族だってことを忘れちゃうくらいちゃんと家族になってきたってことだよ。一緒にいるのが当たり前だと思ってるから喧嘩もできる。だから、喧嘩は悪い事じゃないよ。」

「ルッカはすごいこと考えるんだな。」

「それはほら、最近読んだ本の受け売りだったりする訳だよ。」

 ルッカが冗談めかして片目を瞑るから、私はクスクスと笑う。

「ねぇ、ヴィティ。喧嘩のお作法知ってる?」

「……あぁ。もちろん。」

 それはレニアスの言い回しだった。ルッカやシューとくだらないことで喧嘩して互いにそっぽを向いていると、いつもレニアスがそっと囁やく言葉がある。この家に来てから何度となく聞いた。「どんなひどい喧嘩もね、最後は仲直りで終わるのがお作法なのよ」と。

「きっとね、レニアスも知ってると思うよ。」

 ルッカはこれ以上ない秘密を打ち明ける時のように小声で囁いた。


 レモン水もスイカもきれいに食べ終わると体がシャッキリしてきた。ルッカもレモン水を飲み終わるとグラスとお皿をトレイに戻す。いつの間にか窓の外は真っ暗になっていて、ルッカの持ち込んだ明かりだけでは部屋の中が暗い。私が部屋のランプに明かりをつける。

「レニアスね。ヴィティが帰りが遅いなんて初めてだからすっごい心配してたんだよ。」

「うん。」

 反射板のおかげで部屋全体がほんのり明るくなる。脱ぎっぱなしのワンピースを見られるのは少し恥ずかしい。けれど今たたみ直すのはもっと恥ずかしいような気がする。

「アルフレッドだったら日付が変わっても心配なんかしないし、シューも暗くなるまでに帰っていれば怒られることも無いのにね。」

「それは、私が頼りないから……。」

 ルッカは立ち上がると、トレイをもってドアに向かう。

「まぁ、ぼくたち一番年下だし、成人前の子どもだし。でもね、ヴィティは女の子だから10倍心配したってしたり無いんだって。」

「10ばい……?」

 私はルッカが何を言いたいのかわからずポカンとしたまま首をかしげた。

「レニアスはぜったりヴィティのこと放り出したりしないから大丈夫ってこと。もうすぐ夕飯だから、呼んだらおいでね。」

 そう言って、扉を閉める。残された私は何だか頬が熱くて、一度顔を洗いに行くことにした。



 魔女の家の食卓に緊張感が漂うなんてことは、今まで無かった。レニアスとアルフレッドが小競り合いをしていても、シューがプリプリ怒っていても、ルッカがずーんと落ち込んでいても、朝夕の食事は皆が集まっていつの間にか和気あいあいと進むのが日常だった。けれど今日の夕食はなんというか、皆が様子を伺って息を潜めているかのように静かで張り詰めている。

 寝て気分が落ち着きルッカと話して明るい気持ちを取り戻した私と違って、レニアスはまだどっぷりと落ち込んでいるみたいだった。背中を丸めて視線を上げようとせずモソモソと食事を進めている。それでも同じ食卓に着くのだから律儀だなと思う。チラチラと私に視線を寄越すアルフレッドと、会話を弾ませようと口を開いては失敗しているシューに申し訳なさが募る。食事が終わってから……と先延ばしにしていたが、さっさと仲直りしてしまった方がいいかもしれない。

「レニアス。」

 私が呼びかけると、レニアスとアルフレッドとシューの肩がピクンっと跳ねた。ルッカだけはいつもの通りニコニコとゆっくりご飯を食べている。

「今日は、帰りが遅くなってすまなかった。心配かけて、ごめんなさい。」

 私は一気にそう言うと、膝に手を置いて頭を下げた。

「あ、ヴィ、ヴィティ。私の方こそ急に問い詰めたりしてごめんなさい。」

 そうレニアスが言うのが聞こえて、ゆっくり顔を上げると、レニアスもテーブル越しに頭を下げていた。

「それだけ心配してくれていたってことだろう?」

 私がそう尋ねると、レニアスも下げていた頭を上げる。数時間ぶりに目が合った。いつもは自信満々な金色の瞳が不安気に見える。

「最初はね、全然気にして無かったのよ。村でおしゃべりな人に捕まっているのかなとか、急患でも出て相談されているのかなとか思っていたの。そのうちに怪我や熱中症で倒れてるんじゃないかとだんだん心配になってきて。様子を見に行こうにもルドルフは居ないし、待つしかなくて。でも、時間が経つうちに、獣に不意を衝かれたんじゃないかとか、賊が出たんじゃないかとか悪い考えばかり浮かんでしまって、気が気じゃなかったのよ。勝手に想像膨らませて心配して焦って……馬鹿みたいよね。」

 ふうっと小さなため息をつくレニアスに私は首を横に振った。

「馬鹿みたいじゃないよ。そんなに心配してもらってたのに気づかなくて。酷い言い方したのもごめんなさい。」

「いえ、それについては謝る必要は無いわ。私の過干渉よ。村の人たちとの付き合い方は任せると決めていたはずなのに、ごめんなさいね。これからは発言には気をつけるから。」

 そう言われて、思わず目に涙が溜まる。突き放されているような気がしたからだ。逃げられていると思った。レニアスが全力で私から離れていくようなそんな気がする。私の瞳にせり上がる涙を見てレニアスが小さく息をのんでいる。でも仲直りの話し合いで思い通りにいかないからと泣いてしまうのは違うから耐えなければ。泣くもんかと奥歯を噛み締めていると不意に

「ヴィティ。」

 と優しく名前を呼ばれて喉の奥が震える。今優しくされるのは一番ダメだ。涙がぶわりとあふれてくる。一筋零れてしまうと、もう我慢は出来なかった。次々に流れる涙を止める術はない。唇を噛み締めていないと嗚咽まで出てしまいそうだ。

「えっ?ちょっと、ヴィティ?どうしたの?急にどこか痛いの?」

 慌てたレニアスの声に返事したのはシューとアルフレッドの大きなため息だった。

「えっ?何よ。あんた達。私が何したっていうのよ。」

 珍しく勘の悪いレニアスにフフっと笑い声をあげる。涙はあふれるし笑いはこみあげてくるし、もう訳が分からなくて、大きな声で泣きたくなる。わーんと泣き出した私にみんなが慌てている。ルッカだけは「あはは、ヴィティ大きい泣き声だねぇ」って笑ってるけど。

「姫、ハンカチをどうぞ。」

「ヴィティ、お茶飲む?」

「ヴィティ、おいで。」

 アルフレッドとシューとレニアスがほぼ同時にそう言う。私はアルフレッドからハンカチを受けとって、シューからコップをを受けとって、レニアスの膝の上に座る。そこで涙をふいてお茶をのむとふーっと一息ついてからレニアスにくっついた。昔は膝の上に乗っても顎の下にすっぽり収まったのに、今は身を屈めても頭が肩を超えてしまう。それでもレニアスはひょいっと腕を回して背中を支えてくれる。

「ねぇ、ヴィティ。どうして泣けてきちゃったの?全然分からないわ。」

 よしよしと赤ちゃんを寝かす時みたいにあやされて、トントンと心が落ち着いてくる。随分久しぶりに膝の上にいると気づく。一番最近こうやって抱っこされたのは半年ほど前だろうか。あの時はレニアスがかなり酔っぱらっていた。もう少し小さい時は、朝起きた時やレニアスの読書の時間や一緒にルドルフに乗っている時など、よく膝に乗せてもらっていたのに。

「レニアスは発言に気を付けなくて良い。全部レニアスが決めるのでも、全部私が決めるのでも無い。二人で相談しながら決めたらいい。その途中で喧嘩になってもいいから。」

「ヴィティ。」

レニアスは困ったように眉を下げたけれど、私の話を遮らずに聞いてくれる。

「家族なんだから、お互いにお互いの事を知って口を出す権利はあっていい。あんまりあれこれ口出し(くちだし)されても困るけど、レニアスに気にされないのも嫌だ。なんでもレニアスの言う通りにはできないかもしれないけれど、気になる事は教えて欲しいし、ちゃんと見ていてほしい。これからもずっと一緒に住んでいたい。」

 そう一気に言うとなんだか大満足だった。言いたいことがちゃんと言えた感触がある。泣きわめかなくても怒鳴り散らさなくてもちゃんと聞いてくれるから、ちゃんと伝えられる。ずっとそんな関係でいたい。レニアスは天井を仰ぎながらはーっとため息をつく。赤い毛がサラサラと揺れている。

「ヴィティは素直過ぎて怖いわ。」

 ポツリと誰に言うでもなく呟くと、勢いをつけて顔をもとの位置に戻す。

「わかった。ちゃんと正しく子離れするわ。」

 レニアスはニコリと笑ったけれど、その笑みがなんだか少し寂しそうに見える。「正しく子離れ」って言うのがどういうことかは良く分からないけれど、レニアスが私から逃げていかないことは分かった。今はそれで充分だと思う。私は彼の膝に乗ったまま姿勢を正した。

「親離れも頑張るぞ。」

 目を合わせてそういうと、力こぶを作って見せる。レニアスはアハハと笑う。レニアスの顔から寂しそうな色が消えていく。

「あんまり早く大人にならなくて良いわ。こんな風に抱きしめられなくなるもの。」

 そう言って、ぎゅっとだきしめてくれる。

「そうか。では今しばらく子どものままでいるとしよう。」

 私もぎゅっと抱きしめ返した。

ヴィティとルッカは喧嘩します。おやつをどちらが多く食べたとか、自分の本を相手が勝手に取ったとか。うるさいけど平和なやつ。ヴィティとシューも喧嘩します。シューのベッドで勝手に寝るなとか、お風呂上りに薄着すぎるとか注意されてヴィティが拗ねます。そんな話もうまく織り込める文章力(構成力?)が欲しい……。


本日も、お付き合いありがとうございます。

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