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聖女様よっ

ヴィティ視点です。

 今日は夏至。一年で一番お日様が長く出ている日。この辺りでは女神の目が良く見える日とも言われる。朝、みんなで店の前に風車を飾ると、ご近所さんたちが声をかけてくれる。

「ヴィーちゃんは十歳(ととせ)なんかぁ。おめでとう。女神の御目に留まりますようにぃ。」

「ありがとうございます。女神の守護がありますように。」

 教えてもらった定型の挨拶を返す。パン屋のおばさんも八百屋のおじさんも店の準備で忙しいのにわざわざそう言って自分の店の前に飾ってあった風車を一本レニアスの店の前に飾りなおしてくれる。私に良い運気がたくさん集まるようにという意味でしてくれるらしい。レニアスの用意した5本の風車もあるから、店前のフラワーボックスはもう花と風車でいっぱいだ。

「もっと多くても良かったんちゃうんですか?」

「いや、増えるだろうからさ。」

 モクレンの小さな不満にレニアスが答える。今の彼はニアさんモードだ。目立つ赤毛はギュッときつく三つ編みにしてあるし、いつもはボサボサの前髪も後ろに流されてコンパクトだ。白いシャツに黒いズボンという何でもない格好だけれども、美麗な顔が惜しげもなく晒されているからか、辺りにいる若い娘さんは遠目からポーっと眺めてたりする。それでもご近所さん達はレニアスの美貌に慣れているのか、無駄に秋波を送ってくることも無く、少しするとそれぞれの仕事に戻っていく。

「それもそうですねぇ。」

 モクレンは納得したのか店の前の掃除をシューに任せて店の中に戻った。今日はお祭りの初日なので店は午前中だけ開けて、午後からは市場の方で出店を開くらしい。レニアスが化けたスイレンが占いをし、モクレンが雑貨を売る。レニアスが作った制汗作用のある練香水はお祭り限定品で女性たちに大人気だそうだ。

 私はアルフレッドとシュー付き添ってもらい、中央区の教会に十歳参りに行くことになっている。


「いい?もう一度言うわよ?」

 出かける準備が整った私を椅子に座らせて、レニアスは床に膝をついて目線を合わせる。

「2人とはぐれないこと。」

「2人とはぐれない。」

「教会の中には入らないこと。」

「教会の中には入らない。」

「教会の人と関わらないこと。」

「教会の人と関わらない。」

「魂名は絶対誰にも言わないこと。」

「魂名は絶対誰にも言わない。」

「魂名をもらったらすぐ帰ること。」

「魂名をもらったらすぐ帰る。」

「いいわね。」

「わかった。」

 真剣に頷いた私をじっと見つめてから、レニアスは良しといった。それでも不安は拭えないようで、ソワソワと私の髪や服装を直している。

「やっぱり私も行こうかしら。」

「お前が来ると余計な注目をあびるからやめてくれ。」

 呆れたようなアルフレッドの言葉にレニアスは自分の頬に手を当てて「無駄に美形なのも困ったものよね」と呟いている。シューとアルフレッドは呆れたような顔でレニアスを見ているけれど、事実なので否定のしようもない。

「あぁ、本当なら教会なんて行かせたくないのに。」

 余裕のないレニアスは珍しい。ハンカチでも噛みそうな勢いでイラついている。

「そんなに心配なら行かなくてもいいのではないか?」

「あ゛ぁ?」

 アルフレッドの素朴な疑問にも不機嫌な様子で噛みついた。

「魂名をもらわなかった者がどうなるか知っているの?」

「早死にするんだろう?」

「そうよ。しかもろくでもない死に方でね。」

「でも、それは教会の方便だろう?」

「……そんなわけないじゃない。」

 レニアスの返事にアルフレッドが目を見開いた。

「まさか。」

「そのまさかよ。それに関しては教会の教えにウソは無いわ。」

 元々女神への信仰心も薄いアルフレッドは、教会の言うことをほとんど信じていない。

「教会なんて嘘ばかりだと思っていた……。」

「そうでもないから厄介なのよ。あんたも魂名はもっているんでしょう?」

「あぁ。あの儀式は聖女の力による呪い(まじない)か何か気休め程度の類のものだと思っていた。」

「教会がそう思うように仕向けてるのよ。昔はどこからでも祈りが届いて名を授かれたけど。媒介となる女神の像を教会が囲って隠して独占しているから、ここ10年は教会の近くに行かないと名がもらえない。」

「そんなことをして何になる。」

「金儲けでしょうね。教会の求心力が強くなればなるだけ、儲けられるのでしょう。」

 レニアスの言葉に思い当たる節があるのかアルフレッドは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「まぁ、目に見えるものではないし、アルフレッドが信じられないのはしょうがないとしても、今日は必ず教会広場で祈りを捧げてきて。」

「わかった。」

 視線をふられて、私は大きく頷いた。

「あと、魂名は人に教えるもんじゃないからね。」

「うん。誰にも教えない。」

「あと、教会の人間が水晶玉持ってたら逃げなさいね。水晶玉は女神の加護の力を測る道具だから。

「私、加護もちじゃないぞ……?」

 加護をもつかどうかは生まれてすぐに調べられている。

「加護は後から授かることもある。十歳の祝いは取りこぼした聖女がいないか確かめる行事でもあるのよ。もし神力があるなら、問答無用で教会につれていかれるわ。」

 それは大変まずい事になると私でも想像できた。


 風車で飾られた街を歩く。私は少し緊張していた。シューと手をつないでいるし、アルフレッドはすぐ後ろをついてきてくれているけれど、私たちに会話は無い。レニアスとしては純粋に祭を楽しませたい気持ちもあり、はじめはあまり説明するつもりはなかったらしい。けれど、アルフレッドでさえ危機感がない様子に、やっぱりちゃんと最初から最後まで話すことにしたとのことだ。まぁ、確かに。最初に約束事を言い聞かされていた時に比べたら、今の方がはるかに警戒心をもっている。それに全く楽しめない訳でもない。

 目に入る彩り豊かな街並みに、自然と心は浮き立った。色とりどりの風車はその色によって込められている願いが違うらしい。赤は幸運、青は平穏、黄は豊穣、緑は健康、紫は結実、橙は良縁、白は清廉、黒は破魔というように。子どもの健やかな成長を祈る気持ちが作り上げたその景色はなんだかとても温かい。

「僕たちがついているから大丈夫だよ。」

 急にシューに話しかけられて振り返ると、シューはこちらを見て励ますような笑みを浮かべている。

「せっかくだから楽しもう。悪いことが起こると決まったわけじゃない。」

 私は相当固い顔をしていたのか、心配をかけてしまったらしい。意識してニコっと微笑んで見せた。

「そうだね、お兄ちゃん。ありがとう。」

 キュッと手をつないで歩く。


 市場の外れに何組もの親子連れが集まっていた。十歳参りの受付はここですと声を張り上げている祭を運営する役人に近づいて、カドイナ村のヴィーと名乗る。20ユラ払って花冠と花びらの入ったかごを貰って受け付けは終了だ。ここから時計台広場を通って中央区の教会前広場までパレードをしながら歩いて教会までいくらしい。

 3日間のお祭りのうち、十歳参りができるのは初日の今日だけだ。中央区の教会広場で行われる十歳参りの祈祷に子どもたちがパレードしながら向かうのが祭のイベントの1つになっている。もともとは子どもたちが遅れずに到着できるように地区ごとに集まって並んで歩いたのがきっかけとなってパレードに発展したらしいが、役人が他の通行人を整理してくれるので、非常に歩きやすい。もちろんパレードに参加せずに個別に行くことも出来るが、その場合教会広場でお参りの受付をしなくてはならない。各区で受付したほうが楽なのもあり、ほとんどの人がこのパレードに参加する。できるだけ目立ちたくない立場の私だが、「木を隠すなら森の中よ」とレニアスが言うから、堂々と参加することにした。


 ――タンタカタンッ タンタカタンッ タンタカ タンタカ タンタカタンッ――鼓笛隊の太鼓の音が鳴り響いたのを皮切りに、笛やラッパが元気に行進曲を奏でる。それに合わせてぞろぞろと列が動き始めた。南区のパレードは鼓笛隊が先導する後ろを花冠を被った子どもたちが花びらを撒きながら歩くというものだ。城の鼓笛隊の見事な演奏と子どもたちの愛らしい姿を楽しもうと見物客もそれなりにいる。

 周りの人々の話からすると東区では飾り付けられた屋根の無い荷馬車に乗って、リュートや角笛、タンバリンで演奏したり歌を歌いながら移動し、西区では何艘ものボートに子どもたちが乗って、旗を振りながら移動するらしい。北区は貴族街なので、飾り付けられた馬車で各々に中央区に向かうとのことだ。南区のパレードが可愛らしくて一番良いわというのは見物人のマダムの言だ。私は子どもたちの列の中央よりやや後方で周りに紛れて花びらを撒いて歩いた。

 市場から時計台広場までの間でだいたいの子たちが花びらを撒き終わり、時計台広場を出て中央区に入るとみんな花の入っていたかごをプラプラさせながら歩くだけになった。鼓笛隊も時計台広場までだったらしい。見物人も心得ているのか、時計台広場を過ぎる頃にはいなくなった。花を撒く間は子どもの後ろを歩いていた親たちも隣に並び手をつないだりしているから、私もシューとアルフレッドと並んで歩く。

 中央区の街並みはサッパリとしていた。南区よりも広い道はレンガで色分けされており、人と馬車で通る場所が決まっている。道の端には街路樹が並び、その奥は高い塀が続く。一つ一つの敷地が大きいのか塀が長く続いている。時折、門があるが、金属で作られた華やかなデザインの門には詰襟を着て槍を持った無表情な門番が立っており、塀の中を覗き込むことは躊躇われた。時計台広場から教会前広場まではそう遠くなく、街並みを眺めているうちに到着する。

 教会は中央区の中でも出入り自由な場所にあり、特に検問所などを通ることなく広場に出る。教会前広場は名前の通り、聖ノルニエラ教会の大聖堂の目の前にある広場だ。一番奥にお城のように大きくて真っ白な壁にとがった屋根の教会がどんとそびえたっている。その前にだだっ広いレンガで舗装された広場があって、中央よりも教会よりに大きな女神の像がある。右手を上に左手を前に差し出したドレス姿の女性が真っすぐ前を見据えているのが女神ノルニエラの像だ。私たちはぞろぞろと並んだまま広場を突っ切って女神の像の周りに案内された。女神の像の横には私の目線の高さくらいの台が置かれており、その上には白と赤の布が重ねてかけられている。その台や女神の像に触れないようにと案内の役人から注意があり、みな一歩下がって立ち止まった。

 教会前にはズラリと馬車が並んでおり、そのすき間からドレスアップした人々が修道服を着た人に案内されて教会内へ入っていくのが見える。貴族の子女は教会の中で祈祷を受けると決まっているのだろう。美しいドレスを身にまとう貴族令嬢の姿が見える度に、周りから控えめに歓声が上がる。特に女の子たちがキラキラと羨望の眼差しを向けている。庶民の子たちからすると貴族令嬢はみんなおとぎ話のお姫様のように見えるらしい。

 しばらく待っていると西区の旗をもった子どもたちが歩いてやってきて、東区の荷馬車に乗った子たちも広場の端で馬車から降りて走ってくる。帝都中の10歳になる子たちとその付き添いの大人が集まったとあって、女神の像の周りに集まる人はかなりの数だ。密度を増した人だかりで周囲の様子は見えなくなった。

 ふと視線を感じて顔を上げると、大人の人たちのすき間から男の子がこちらをじっと見ていた。ドーナツ屋さんの子だと気づいてニコっと笑いかける。すると彼もニコッと笑い返して片手を振った。同じように手を振り返すと、シューに「どうしたの」と気かれる。

「ドーナツ屋さんの男の子がいたの。」

「あぁ、そうか。」

 少し身をかがめて私の視線の先を見ると、シューも笑顔を送っている。男の子はシューにも手をふってから顔を上げて隣の大人に話しかけている。アルフレッドが会釈をしたから、付き添いの母親に私たちの事を話したのかもしれない。

 ガランゴローンと大きな音がして、ハッと顔をあげる。教会の鐘が鳴らされたらしい。周りの人の背中で何も見せないのでうーんと背伸びをしていると、アルフレッドが脇をもって少しだけ持ち上げてくれた。彼の胸の辺りまで持ち上げてもらうと、女神の像の横に2人の女性が立っているのが見えた。置かれていた台の上に立つ女性はそろいのドレスを身に付けている。

「聖女様よっ!」

 前の方で誰かが小さな声をあげた。その声は喜びの色に染まっていて、聖女って慕われているんだなと思う。そりゃそうだ。聖女は教会で修行をしながら、治療や教育や福祉活動を通して庶民とも交流をもっている。時には豊穣祈願や雨ごいなどで農家を救ったり、先見の力を使って大災害を予言したりもする。慕われない方がおかしい。

 しかも彼女たちは美しい。きめの細かい滑らかな肌やツヤツヤの髪からはきちんと栄養のあるものを食べ、規則正しい生活を送り、美しくなるために手をかけられているのが見て取れる。着ている衣装もシンプルで清楚ながら良い品なのだろう。生地の柔らかそうな水色のドレスは胸の下に切り替えがあるエンパイアラインだ。首も腕も清楚なレースで覆われていて、この陽光の下では少々暑いだろうなぁと思う。けれども汗一つかいていない聖女たちは穏やかな微笑を浮かべている。神秘的ながらも親近感も感じる絶妙な装いだ。

「ただいまより十歳の祈祷をはじめます。祈りの姿勢をとりましょう。」

 前の方から良く通る男性の声がした。女神の登場で多少ざわついていた人々がぴたりと静まり、姿勢を正した。私もアルフレッドに下してもらって、左胸の前で手を重ね、姿勢を伸ばしたまま軽く腰を折り、祈りの姿勢をとった。

いつも読んでいただいてありがとうございます。

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