見るだけにしとく方がいい
ヴィティ視点が続きます。
朝、この部屋で起きることに違和感が無くなってきた。帝都にきて3日目だけれど,もうずっとここで寝起きしているような気持ちになっている自分にびっくりする。森の家での生活が何故か遠いところのことようで早く帰りたいなと思う。でも、もう旅も残り半分なんだなとも思う。
昨日の東区観光では帝都に来てはじめて思いっきり体を動かした。東区はだだっ広い土地が広がっていて、舗装されていない田舎道には人も馬車もほとんど通らなかったから、たくさん歩いたり走ったりできた。ラリマー湖の周辺では人気の無いのを良いことに3人で組手をしたりもした。アルフレッドはもちろんだけれど、シューも体術の心得がある。素早くて予想のつきにくい動きが持ち味で、アルフレッドに有効打を入れることも増えてきた。最近、背が急に伸び始めたせいで、自分の手足に振り回されている時もあるけれど。私はシューに捕まらないように逃げるだけで精一杯。そのうち鬼ごっこみたいになって、天色に輝く美しい湖のほとりを駆けまわった。久しぶりだったせいか足がパンパンだ。欲張って詰めすぎたソーセージみたいだと思う。
「ヴィーちゃん、おはよう。」
サンドイッチ屋の女将さんに名前を呼んでもらえるようになった。顔なじみと認めてもらえたみたいで嬉しい。私も昨日のレニアスを見習って「女将さん」と呼ぶことにする。「奥さん」と言うより親し気な感じで良い。
「おはようございます!女将さん。今日は白パンにチキンと野菜のサンドにしてもらえますか?」
「まいど。マスタードはちょびっとだけ?」
「はい!ちょびっとだけ!」
確実に私の好みを把握しつつある女将さんが、テキパキとサンドイッチを作る。その手際の良さを惚れ惚れと眺めているうちに、アッという間に出来上がる。
「はい。落とさんように気ぃつけて。今日も何処に行く予定なん?」
「今日は西のリバーサイドストリートを回ろうかって言っているんです。ルフスさんが仕入れたいものがあるらしくって、職人さんを訪ねるついでです。」
私の返事に目を細めながら、女将さんはどこか浮かない様子だ。
「……楽しみに水を差しとぅ無いんやけど、西の方は治安の悪い通りもあるからね、一人になったらあかんよ。」
少々躊躇いがちな助言に私はキョトンと目を丸くする。女将さんは小さなため息を一つ飲み込んでから、そっと私の頭をなでた。
「お節介でごめんやで。メイン通りのストラ製菓店のクッキーはおいしいよ。」
「ありがとう女将さん。ちゃんと気を付けて一人にならないようにするわ。」
私は女将さんを安心させようと、ニコッとほほ笑んだ。
「ヴィーちゃんはいい子やなぁ。気ぃ付けて、楽しんでおいで。これお詫び。堪忍な。」
そう言って女将は小さなリンゴを私に持たせた。
「わぁ~!ありがとう!いただきます。」
私はお代を払うと、サンドイッチとリンゴを抱えてアルフレッドの待つテーブルへと戻る。
途中で女将さんの「暗なる前に帰って来ぃや~」という声が聞こえたので、後ろを振り返ってリンゴを持つ手を上げて返事をした。
「あぁ~こりゃだめっすね。」
アルフレッドが耳慣れないトーンでしゃべっている。いつもの静かな騎士然とした話し方ではなく、商家の従業員風の気安い話し方だ。明るい声色と裏腹に、状況はあまりよろしく無いらしい。
「あぁ~あかんかぁ。えらいこっちゃなぁ~。」
アルフレッドのとなりでは八百屋のおじさんが頭を抱えている。彼は目の前の荷馬車の持ち主で、彼の馬車の車輪は妙な方向に歪んでしまっている。
西のリバーサイドストリートに向かって歩いていたアルフレッドとシューと私だっただが、途中でレニアスの店のご近所にある八百屋さんが運転する荷馬車とすれ違い、ご厚意で荷台に乗せてもらうことになった。そこまでは良かったのだが、あと少しで西地区に入るというところで馬車の車輪が何かに乗り上げ、変な風に歪んでしまったのだ。幸い誰にも怪我はなく、乗っている物も傷ついたりしなかったが、このまま走り続けるのは難しい。
「車輪交換するしかないでしょうね…。荷車借りて、荷物移動させましょう。」
「いやいや、ルフっさんも用事があるんやろう?わしはなんとかするさかい、3人で行きぃ。」
八百屋さんはそういうが、馬車一杯の野菜を積み替えるだけでも大仕事だ。そして帝都は馬車の駐停車に厳しい。手伝うというアルフレッドと遠慮する八百屋さんにシューがそっと声をかける。
「ルフスさん、約束のお店は僕が行ってきましょうか。事情を話してルフスさんが遅くなると言ってくるくらいはできますよ。」
「そうしてくれるか。場所は分かる?」
シューの申し出にアルフレッドは明るい声で応じた。元来親切な彼にはこの状況を放っておくという選択肢はないのだろう。
「ヴィーは僕と一緒においで。」
「はぁ~い。」
3人で話が付くと、八百屋さんは申し訳なさそうにしながらも、ホッとしたように肩を落とした。
「あぁ、かんにんなぁ。わしが声かけたばっかりにぃ。」
「いやいや、こういう時はお互い様ってやつですよ。」
二人はすぐにこれからどうするか相談し始めた。
シューと私は手をつないで歩く。それほど人通りは多くないけれど、時々馬車が行きかうから気を付けながら道の端を歩く。ほどなく西区に入った。大通りを真っすぐ進むと道幅と同じ広さの大きな橋があり、その橋の左右には幅20メートルほどの川が流れていた。川の水は濁っていて底は見えない。その川の両岸に道があり、その道にそって様々な店が軒を連ねている。急に人通りが増えた。私たちははぐれないように手をつないだまま人波に乗って歩く。
「リバーサイドストリートは人がたくさんいるわね。」
「そうだね。いろんなお店や工房がたくさんあるから、昼間は人が多いよね。」
リバーサイドストリートはお店が多いという割には整然とした印象だ。建物の壁がカラフルで店先に商品や植物を並べる南区の商店街と違って、グレーや茶色などの落ち着いた色合いの外壁に間口の大きい出入口がついた四角い建物が並んでいる。通りに商品を出す店は無く、何の店か確認するには壁に垂直に立てられた看板を見るか、お店を覗き込むしかない。一つ一つの建物が大きいいのは工房が併設されたお店が多いからだとシューが教えてくれる。しばらく歩くと人通りがまばらになる。リバーサイドストリートと呼ばれるエリアの外れの方に来たらしい。
「ここだよ。」
シューが指さしたのは濃い灰色をした二階建ての建物だ。四角い看板に剣と槍がクロスしたマークが描かれている。
「こんにちは。」
場違いな子供の高い声に、店の中にいた数名のお客さんがこちらに一瞬鋭い目を向けた。けれど私たちの姿を確認するとすぐに商品棚に向き直った。武器屋に子どもはミスマッチだが特段興味もないらしい。
「……おぉ坊主。よぉ来たな。」
しかし、店の奥から店主の声が響いたのを聞いて、今度は驚愕の顔でシューを振りかえる。そんなに驚くことだろうか。
「じいさん、ちょっとルフスが遅くなりそうなんだ。乗せてもらってた馬車が途中で壊れちゃって。」
「うちの若いのを向かわせるか?」
「ううん。木製の荷馬車だし、たぶん、役に立たないよ。」
シューのあけすけな物言いに店主は怒ることもなく、反対に眉間の皺を緩めて笑っているかのように目じりを下げた。その様子を見ていたお客さんたちは熊が逆立ちで歩いているのを見たかのようだ。つまり、目の前で信じらないことが起こって、怖くて不思議でちょっぴり面白くて、思わず声を上げないように必死に口元を隠しながらも、目を離せないでいる。それに気づいた店主は咳払いを一つして、ゆっくりと店内を見まわした。
「あ、今日は、決められへん日や……おやっさん、また今度。」
「俺も、今日はピンとこんわ……」
店主に睨めつけられたお客さんたちは口々にそんな事を言いながら足早に店から出て行った。私たち以外のお客さんがいなくなると店主はドアの鍵をかけ、案内板を「準備中」に変えてしまった。
「じいさん、ルフスも来られないのに、いいの?」
「まぁ、ええ。それよりこの嬢ちゃんは?」
「この子は僕の妹弟子のヴィーだよ。ヴィーこの人がジルさんって言って、ニアさんの友達?知り合い?の武器屋さん。ぼくはじいさんって呼んでる。」
シューの紹介でジルさんと挨拶を交わす。
「こんにちは、ヴィーです。」
「ようきたな。何とでも好きに呼んだらえぇ。」
にこりともしない店主だが、私を見る目は穏やかだ。ジルはがっしりした体つきの中年男性だ。後ろに撫でつけているグレーアッシュの髪の毛には半分くらい白髪が混じっているが「じいさん」というには若い印象だ。
「よろしくお願いします。おじさま。」
そうほほ笑むと、彼は僅かにうろたえた。隣でシューが「そうきたか」とつぶやきながらクツクツ笑っている。
「お、おぅ。よろしく。」
おじさまは指先で頬を掻きながらこちらを見ないでそう答えた。
「頼まれてたもんは奥にあるけど、今持って行くんか?」
おじさまの問いかけにシューは一度小首をかしげてから、首を横に振った。
「やめておくよ。ルフスがいる時にした方がいいと思う。」
「それもそうやな。」
シューの返事に納得したおじさまは、けれども二人を店の奥へと誘った。
奥は工房になっているようで、私は見たこともないような道具がたくさんあった。壁際はまだ持ち手のついていない剣や槍の先端、色とりどりの石や布、羽ペンや金槌のような馴染みのある道具から何に使うかわからないような奇怪な形のものが所せましと――でも秩序を持って――並べられていた。その逆にどんと真ん中にある大きな作業台の上は、一切何も置かれておらず、チリ1つ無いように磨かれている。
「おい、おまえら休憩してこい。」
壁に向かって何か作業をしていた若い男の人が2人、おじさまの指示に威勢のいい返事をして手元のものを片付けると部屋を出ていく。おじさまはその間に木の丸いスツールを二つ作業台の脇に並べると、シューと私を座らせた。そして、工房のさらに奥の部屋に入ると、すぐに戻ってきて、白い木綿の布を作業台に広げ、その上にカップを3つ置いた。何か金属でできているらしいマグカップの中には、薄茶色の液体が入っている。
「いただきます。」
飲んでみると、ミルクティーだった。熱くも冷たくもなくごくごく飲めるそのお茶はほんのりと甘い。
「ルフスに『夕の鐘まで店にいるし、札が準備中でも入れ』って伝えてくれ。」
「わかった。」
おじさまとシューの会話は短くあっという間に終わってしまう。うっすらと届く外の喧騒を感じながら、3人は黙ってお茶を飲む。不思議と沈黙が心地いい。
「あ、そうだ。」
シューが突然思い出したかのように声をあげ、鞄を探り出す。
「これ、お願いします。」
そうして差し出したのは3丁の包丁だった。
「ったく、うちは金物屋や無いで。」
ぞんざいな言葉とは裏腹に、おじさまはさっと包丁を受け取って、丸い機械の前に移動する。
「じいさんに研いでもらうと、料理が3倍上手くなるんだもん。」
シューは一切悪びれることなく、ニコニコと笑顔を浮かべている。牛刀包丁と出刃包丁とペティナイフ、それはシューが森の家で毎日料理に使っているものだった。どうやら包丁を研いでもらうらしい。剣並みの切れ味の包丁……なんという贅沢だろう。
「本当は筋切包丁も持ってきたかったんだけれど、ちょっと長すぎて持って来られないよ。」
「ニアはあぁ見えて食道楽だからな。そのうちその辺のコックより腕が良くなっちまうな。」
「もうなってる。」
シューがニヤリと笑うとおじさまもニヤリと笑った。
包丁を研いでもらって武器屋を出ると、もうすぐお昼時といった頃合いだった。シューと私は途中で昼食を調達しながらアルフレッドの所に戻ることにする。きっとお腹が空いている頃だろう。南区と違って屋台のような店は無い。お昼時だからといって店先で軽食を売る店も無い。代わりにほとんどの飲食店には、テイクアウトできるような商品があるらしい。
色々と考えた結果、とてもいい匂いを放つパン屋さんでパンを買う事にした。ソーセージやゆで卵を包んで焼いたパンが人気らしい。パンを売る店の中はもちろんのこと、買ったパンをすぐ食べられるように併設されたテラス席もいっぱいだ。
人の多い店にはシューが代表で入り、私は店の前で待つ事になった。最初のうちは店の中で商品を選ぶシューを眺めていたがテラス席の人たちと目が合うような気がして、街並みに視線を移した。道の上空に浮かぶ看板を眺めて、ふと2件となりに屋台の女将にお勧めされた製菓店がある事に気付いた。ちょっと外からのぞいてみようかなと思って近づいていく。
製菓店からはパン屋よりも甘い匂いがした。店の中をのぞくと出入口の近くにはクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子、色とりどりの飴、砂糖漬けの果物やローストしたナッツが所狭しと置かれていた。
さらに、店の奥の方には生クリームや果物で飾られたケーキやタルト、宝石みたいなショコラや瓶詰のジャムやコンポートがショーケースの中に整然と並んでいるのも見えた。
「うわぁ~。」
私は思わず歓声を上げる。その時、カランカランと軽快な音がしてお客さんがドアから出てきた。
10代半ばくらいの女の子は手には紙袋をもって、幸せそうにニコニコしている。きっと目当ての物が買えたのだろう。
ちらりと通りを見てもシューの姿は無い。まだパン屋の買い物に時間がかかるのだろう。幸いお昼時とあって製菓店は空いている。このすき間に女将さんおすすめのクッキーだけ買ってしまおう!そう思って私はドアのすき間に滑り込んだ。
店の中に入ると外で感じたよりも濃厚な甘い匂いが私に押し寄せてきた。スンと鼻をならして匂いをかぐとそれだけで頭の中がとろりと溶けるように甘い。私は迷うこよなくクッキーの並べられている棚の前に立った。
「うわぁ、思ったよりたくさんの種類がある。」
思わず声がでた。丸くて平たいクッキーだけでも、プレーン、クルミ、アーモンド、ココア、ジャム、紅茶の葉、チーズなど様々な種類がある。一枚いくらと決まっていて、何枚からでも買えるらしい。値段はだいたい3枚で朝食に買うサンドイッチと同じくらい。それが高いか安いかは味や個人の感覚によるだろう。私は特に美味しそうに見えた色々な種類のナッツが入ったものと、メープルシロップ入りのものを3枚づつ買うことにした。レジでお会計をすると、おまけだと言ってリンゴの砂糖漬けを一瓶もらう。今日はリンゴに縁がある日だ。
店を出てからシューが通りに居ないのを確認し、パン屋さんの前まで戻る事にした。手の中の紙袋が歩くたびにシャカシャカと音をたてるので気になってしまう。そうっと紙袋の中をのぞくと、私の掌より大きいクッキーが6枚、ちゃんと並んで入っている。とその時、私の足に何かが当たった。
ゆっくり歩いていたので躓くことは無かったが、慌てて前を確認すると人だった。痩せた少年が道の端にうずくまっていた。私はさらに慌てた。
「ご、ごめんなさい。よそ見をしてぶつかっちゃったわ。お怪我は無いですか?」
しゃがみこんでそう声をかけると少年はゆっくりとした動作で私に振り返る。
「……。」
少年はビックリするくらい細かった。年は私より少し下だろうか?ライトグレーの髪を無造作に縛った小柄な子だった。大きな紫色の瞳でこちらをじっと見つめている。
「大丈夫?どこか痛い?もしかして、具合が悪いの?」
少年の緩慢な動きと、ぼんやりとした様子に私は焦りまくっていた。具合が悪くて休んでいる人にぶつかってしまったのだろうか。
「……大丈夫……だよ。」
小さな返事が聞こえた時、あまりに小さな声すぎて、私は一瞬目の前の少年が出した声だとは思わなかった。
「本当?ぶつかってしまってごめんなさい。」
「……だいじょうぶ。」
表情も変わらず、口もあまり動かさない少年の声は聞き取りづらい。けれど大きな瞳はそらすことなく、じーっと私を見つめている。嫌がられてはいないらしい。私は放っておけずさらに声をかける。
「私ヴィー。あなたは?」
「ぼくは……ルッカ……。」
「ルッカ?ルッカね。ねぇルッカ、あなたおうちは……」
私がルッカの事をたずねようとした時にぐーっと大きい音が聞こえた。ルッカの声の何倍も大きい声で腹の虫が鳴いている。
「……おなかが、すいているの?」
「……う。」
「どのくらい食べていないの?」
「もう、3日くらい……かな……?」
「ちょっと待ってね。」
私は鞄の中をあさって、朝もらったリンゴを取り出す。朝は食べきれず、ハンカチに包んで入れておいたのだ。先ほど買ったクッキーもあるが、久しぶりに口にするものがバターや砂糖をたっぷり使っているクッキーでは体に負担がかかってしまうかもしれない。その点リンゴなら消化にもいいだろう。
「これ、もらいものなのだけれど、食べる?」
「……いいの……?」
「えぇ、どうぞ。」
私はルッカの手をとって、リンゴを持たせる。
「よく噛んで、ゆっくり食べてね。」
ルッカは私の言葉に頷くと、カプリと小さく齧ってゆっくりと咀嚼した。
「……おいしい……。」
「そう?良かった。」
ゆっくりと少しずつリンゴをかじるルッカの様子を私はさりげなく観察する。薄汚れた髪や肌、すりきれてしまった服、細すぎる腕や足。栄養状態の悪さは一目瞭然で、誰かに保護されて生活しているようには見えない。
こんなところで動けなくなるほど厳しい生活を強いられているのだろうと思うと、どうにかしてやりたい気持ちが湧いてくる。小さなリンゴを半分ほど食べると、ルッカはほーっと息を吐き食べるのをやめた。
「もう、食べられないよ。」
「そう?このハンカチで包んでおけば、あとで残りを食べられるわ。」
私は返事も聞かないうちに、ハンカチでルッカの食べ残したリンゴを包んで、もう一度小さな手に押し付ける。
「……あ、りがとう……。」
ルッカがそう言って小さく頭を下げるから、私は満面の笑みで頷き返した。
「えっと……ヴィ……ヴィ?」
「ヴィーよ。」
「……ヴィー。……君は優しいからこれあげる。」
ルッカは自分の首にかけてあったネックレスを私に差し出した。
「そんな、いいのよ、大事なものでしょう?」
差し出されたネックレスを私はそっと押し戻す。けれどもルッカは意外な力強さで、もう一度グイっと私の目の前にネックレスを突き出した。革紐に小さな小瓶を括り付けたネックレスだ。瓶の中には濃い紫色の液体が入っていて、コルクの栓がしてある。
「……これはね、元気が出る薬だけど、……臭いしまずいから見るだけにしとく方がいい……よ。」
「元気が出るお薬ならルッカに必要なものでしょう?」
受け取る気の無い私に焦れたのかルッカはネックレスを私の手元に向かって投げた。落として割れてしまっては大変だと、私は慌てて受け取る。
「おいしいリンゴと……ハンカチの……お礼だよ……。」
ネックレスを見事受け取った私にルッカは目を三日月のように細めて笑った。その優しいほほ笑みに私は一瞬言葉につまる。
その時遠くから「ヴィー!!」とシューの声がする。ルッカに気を取られてシューの事をすっかり忘れていた。辺りを見回すと、なぜかシューはパン屋の方からではなく、私の背後から走ってきている。
「シュー……お兄ちゃん!」
いつものように呼びそうになって慌ててお兄ちゃんと付け足した。私を見つけたシューは人の間を縫うようにして、ものすごい速さで走ってくる。
「ヴィーっ!あぁ、良かった。見つかった。」
少し息を乱しながらシューがヴィーの肩に手を置いた。
「ごめんなさい。2件先のお菓子やさんで、クッキーを買っていたの。」
「そうだったの。急にいなくなるからビックリして、慌てて西地区の入口まで行ってきちゃったよ。」
心配させてしまった事に私は気落ちして、もう一度謝った。
「無事だったからいいさ。もしかしてと思って戻ってきてよかったよ。一人で心細くなかった?」
「次からちゃんと相談してから動くようにします。あのね、この子と……。」
シューにルッカを紹介しようと振り返った私だが、どこにもルッカの姿は無い。
「うん?誰かといたの?僕が着いた時にはヴィーは一人だったけど。」
シューの言葉に私ははーっとため息を吐いた。
「うん。ルッカという同い年くらいの男の子とぶつかっちゃって、そのあと少しお話していたの。友達になれたら良かったのに……。」
「そうか、急に用事でも思い出したかな?」
「……ううん。わからない。これもらったのにお礼言いそびれちゃった。」
シューにルッカからもらったネックレスを見せる。日の光に当たると、瓶の中身はルッカの瞳と同じ色に見えた。
「へぇ、きれいな色だね。」
「ルッカの瞳と同じ色なのよ。また、あえるかなぁ。」
私がそう言って少し背の高いシューを見上げると、シューはにっこり笑って頭をポンポンっと軽く撫でた。
「さ、アルがお腹を空かせて待っているだろうから、いそごう。」
「うん。」
二人は来た時と同じように手をつないで歩き出した。