覚悟をきめて市場に行こう
ヴィティ視点です。
朝起きると、やっぱり良い天気だった。窓の外を見ていると下でレニアスの声がする。
「ちょっと~。食材こんだけしか残ってないの?」
「昨日、飲みながら食べたのは2人じゃないか。僕は止めたよ?」
着替えて降りるとシューが腕を組んで口をとがらせていた。レニアスはテーブルの上に残った食材の少なさにため息をついている。パンがひとかけ、チーズもひとかけ、半分に切って種をとったすももが3こ。なんというか少し乾いてパサついている。
「はぁ~。これじゃ、おやつにもならないわね。」
レニアスは赤い毛をガシガシと掻いた。
「しょうがないよ。覚悟をきめて市場に行こう。」
シューの言葉にレニアスは嫌そうに眉をしかめた。
「レニアス心配するな。美味しいサンドイッチ屋さんを教えるから。」
私の言葉にも困ったようにほほ笑むだけ。
「お嬢ちゃんあの人と知り合いなん?」
私の頼んだ3つのサンドイッチを手際よく作りながら、屋台の女将さんが遠くに座るレニアスに視線を送る。
「はい。お兄ちゃんがお世話になっているお店の店主さんです。」
私はそう答えながらレニアスを見る。生成りのシャツに茶色いズボンというごくごく一般的な服を着て濃い茶色のキャスケットを目深にかぶったレニアスは足を組んで座っている。いつもは目立つ赤い髪はキャスケットの中に上手く隠していた。
「そうかぁ。あぁいう目立つ人が連れやと大変やねぇ。」
女将さんの言葉に首を傾げる。レニアスは目立つのだろうか?
「お嬢ちゃんにはまだわからんかぁ?あの人めっちゃ男前やろう?まだ朝早いから大丈夫かもしれんけど、若い娘が集まったらきゃあきゃあ騒ぐやろう。」
「あんなに顔が隠れてて男前ってわかります?」
「帽子かぶったくらいじゃ隠れへんよ~。変に嫉まれんように気ぃつけいや。」
そういって女将さんは3個目のサンドイッチを渡そうとして困った顔をした。
「お嬢ちゃん、落とさんと持っていけるか?」
私の手は2個のサンドイッチでいっぱいになっている。
「一回席に置いておいで。待っててあげるから。」
女将さんの言葉に慌てる。私の後ろに並んでいる人もいるからだ。急ごうと振り返ったところでふわりと抱き留められる。
「ヴィー。慌てると転ぶよ。女将さん、ありがとうございます。私がもっていきます。そちらの方もすみません。」
座っていたはずのレニアスがニコリとほほ笑んで女将さんと並んでいたお客さんに声をかけた。そのまま私の持っているサンドイッチを受けとると女将さんの持つサンドイッチもうけとる。レニアスは危なげなく商品を受けとると、私に行こうと声をかける。私はレニアスがいつもの言葉遣いじゃないことに衝撃をうけて、返事もろくにできずに首を縦にふった。
「ヴぃーちゃん!これ!」
後ろから女将さんの声がする。振り返ると女将さんがトマトを1つ差し出している。私は両手を出してうけとった。真っ赤に熟れて美味しそうだ。
「ヴィーちゃんって言うんやね。かわいい名前。これおまけ。またきてね。」
「ありがとうございます。」
いつもとかわらないニコニコ顔の女将さんだが、心なしか頬が赤い。
席に戻るとレニアスはもうすでに座っていた。シューとアルフレッドもそれぞれに買い物を済ませたみたいだ。買ってきたものをテーブルに並べると、いつものように食事がはじまる。私はサンドイッチとジュース、シューはホットドックとポテトのフライとジュース、アルフレッドとレニアスはサンドイッチとホットドックとポテトフライとスープを食べている。
「やっぱり美味しい~。」
私がそういうとみんながコクンとうなづいてくれる。私以外の3人は食事中はあまりしゃべらず食べる事に集中する。口の中に物が無いタイミングが無いからだそうだ。シューがたっぷりトマトソースをつけたポテトフライを目の前に差し出してくれる、一つ分けてくれるらしい。「ありがとう」といいなが口を開けると、コロンと放り込んでくれる。ホクホクとあったかくて、ソースの酸味と芋の甘味が口いっぱいに広がる。レニアスが腕をのばして私の口の端を拭う。そのままペロリと指を舐めるから、多分ソースがついてしまっていたのだろう。モグモグしながらペコリと頭を下げる。
「ねぇ、お兄さんたち、今日は観光ぉ?」
突然頭の上から女の人の声がする。振り返ると10代後半のお姉さん3人組がすぐ後ろにいた。フリルのついた流行りのワンピースを着て、髪をハーフアップにしている。その恰好から成人するかしないかの年で未婚の女性らしいと予想をつける。
「うちらこの辺詳しぃんよ。良かったら案内したげよかぁ。」
ちょいと高飛車なしゃべり方を聞いて、私は関わらないと決める。レニアスとアルフレッドに話しかけているみたいだし。後ろに向けていた顔をテーブルに戻して食事を再開する。
「必要ない。」
そう答えたのはアルフレッド。いつも丁寧な彼がビックリするくらい素っ気ない。
「お兄さん照れてるの?可愛いわぁ。」
「硬派なんやなぁ。素敵やわぁ。」
3人組は断られたことに気づいてないのかと疑問に思うくらい、猫なで声でアルフレッドに話しかける。話の通じない様子にアルフレッドが固まっているが、お姉さん達は気にした様子もない。
「こんな子どものお守りするよりも、うちらと遊んだほうが楽しいし。」
席に回り込んだ1人がレニアスの肩に手を伸ばそうとする。スパァンと音がするかと思うくらい素早く、レニアスがその手を叩き落とした。
「な、なによ。」
思わず後ずさりするお姉さん達の顔をじっくり一人ひとり見つめてから、レニアスがフッと鼻で笑う。長くて細い手を自分の頬に充ててニッコリとほほ笑むと、
「誰が私の相手をするってぇ?鏡見直して来た方がいいんじゃないのぉ?」
といつもの口調で言ってのける。
「それとも、本気で釣り合うとでも思ってる勘違いちゃんなのかしら?」
困ったわぁというように口を開いて、指先で軽く口元をかくす。レニアスの肩に手を置こうとしていた子は真っ赤になってプルプルと震えている。大丈夫かな、泣いちゃわないかなと心配になる。
「バァッカみたい。おねぇ言葉の変態やん。」
「親切にして損したわ!」
「いこう、いこう。」
私の心配は必要なかったみたいで、3人は手を取り合って市場の向こうに消えていった。それを見送っていると隣から「はぁ~」っと盛大なため息が聞こえる。レニアスだ。
「だから、市場まで来るのは嫌だったんだ。」
話し方が戻っている。先ほどいつもの口調に戻ったのは3人組を撃退するための技だったらしい。
「これにお懲りあそばしたなら、晩酌で食べすぎないようにされてはいかがでしょうか。」
シューの嫌味モリモリな丁寧語のツッコミにレニアスは唇を尖らせている。
「まぁ、昨日のは私もだ。すまなかった。気を付ける。」
アルフレッドも疲れた顔で謝っている。
「ニアさん、ニアさん。」
私が呼びかけるとレニアスは私の方を向いて、頭を撫でた。
「ごめん、ヴィー。ビックリしただろう?」
私はレニアスの手にぐりぐりと頭を押し付けながら首を横にふった。レニアスは笑みを深めて私の頭をもう一度撫でてくれる。
「ねぇねぇ、おねぇ言葉は変態なの?」
ゆっくりと頭を撫でていた手が、ビシリっと固まった。
朝食を終えると、レニアスは一人で店に帰った。店番と、昨日言っていた薬づくりがあるらしい。なんだかすごく落ち込んでいるみたいだったが大丈夫だろうか?残った3人で、今日は東区に行くことにする。東区は酪農が盛んらしく、田畑が広がるのどかな区らしい。牧場で動物を見て、果実園で果物狩りをして、ラリマー湖と呼ばれる美しい湖を見に行こうというプランだ。昨日は賑やかな通りを観光したのだから、今日は静かに自然と触れ合うのも気持ちいいだろう。
気持ちいいだろうが……隣でお腹を抱えながら笑っているシューと、涙をぬぐいながら肩を震わせているアルフレッドを横目で見る。何かすごく面白い事があったらしいが、私にはわからない。聞いてもはっきりとは教えてもらえない。まぁ目的地に着くまでには収まるだろう。
「レ……じゃない、ニアさんの顔……。変態なの?って聞かれた時の……ヒィ~可笑しいっ!!」
「シュー、も、もう、その辺で。わかったから……ふふっ……へんた……はははっ。」
「ひーっお腹、いったいっ。マジで痛いっ……くくくっ……。」
収まるだろう……か?