旅の醍醐味だよ
ヴィティ視点です。
「ねぇ、ルフスさん、お兄ちゃん、あれ見て!」
私が指さした先では大道芸人がボールを5個淀みなく投げ続けている。その巧みな腕さばきに周りにいた見物人からはワッっと歓声が上がった。
朝食を食べ終えてからゆっくり市場を見学した。果物の山や肉の塊、見たことも無い魚介類が所狭しと並んでいた。あれは何だろうと気になった眺めていると、どの店の店員も屈託なく声をかけてくれる。買う気が無くても会話を楽しんで良いと分かってからは、気になるものには自分から近づいていく。不思議な形の果物だったり、あんがい愛嬌のある顔立ちの魚だったり、目を見張るほど鮮やかな色の野菜だったり、一歩あるけば知らないものが目に入る。
シューは買いたい食材がたくさんあるらしく、いろんな店を真剣に見て回っているが、一度も財布を取り出さない。帝都に居る間は屋台や外食で食事を済ますことが多いから、今見ているのは帰る間際に買う食材だそうだ。時間をかけて店を選ぶことで、良い品を買えるらしい。
市場を出ると街を散策しながら屋台の女将さんが勧めてくれた時計台広場に向かう事にした。
「この辺は民家ばかりだから、街並みを楽しみながら行こう。」
アルフレッドはようやく言葉に慣れてきたらしい。
「はい。可愛い家がいっぱいね。」
「家が可愛いとか僕にはちょっとわかんない。」
シューはそう言いながらも、私がゆっくり歩くのに合わせてくれている。
色とりどりのパステルカラーの壁に茶色い屋根を乗っけた民家が並ぶ街並みは見ていて飽きない。しかも、窓の下にウィンドウボックスが付いている家が多く、こぼれた小花からふわりといい匂いが漂ってくる。南区はどこもこんな感じらしい。レニアスの店の周りでも建物の軒先にはお花があふれている。
小さい頃に経験した王族としての旅は華美で浪費と退屈の塊みたいなものだった。馬車に揺られて領主の館に行き、お父様より年上の領主に恭しく挨拶をされ、食べきれないほどのご馳走を並べられて、その土地の話を聞く、……旅ってそういうものだと思っていた。それに比べたら自分の足で歩いて、見るもの食べるもの全て自分で決められる今はなんて楽しいのだろうと思う。少しのお金と体力があれば何処へだって行けるし何だってできる。そんな気持ちになってくる。
時計台広場に近づくにつれて、お店が多くなってくる。八百屋や肉屋ももちろんあるが、洋服や靴、帽子などの店がいくつも並んでいる。
「なんだか、おしゃれな通りね。」
「ここは南区のメインストリートだからね。南区の人たちはこの通りで洋服を買うんだ。」
「カフェやパティスリー、劇場もあるよ。」
街を歩く人の雰囲気も華やいで感じる。皆が少しおしゃれをして訪れる街なんだと思うとそれだけでウキウキした。歩きながらお店の中を覗き見る。多くのお店が出入口の外にも商品を並べているから、看板を見なくても何を扱っているのか一目でわかる。
「気になる店には入ってもいいからね。」
今日は私が気になった店を優先的に回ってくれるらしい。
ふと可愛らしい小物がたくさん置いてある雑貨屋を見つけた。良いよと促されお店の中に入って商品をながめる。切り売りのリボンやお手軽な値段のイヤリング、小物入れに置物、刺繍の入ったハンカチや手鏡などがズラリとならんでいた。その可愛らしさに眺めているだけでウキウキと心が弾む。その一角で木彫り細工を施してある櫛が目に入った。マーガレットやスミレ、ツツジ、アジサイ、アサガオなどの春から夏の花を彫り込んだ櫛が良く見えるように平置きされている。デザインはよくある感じだけれども細工が丁寧で美しい。ひとつひとつ吟味するように眺めて、一番奥の目につきにくいところに花のようなレース編みのような不思議な模様のものを見つけた。
「すみません。これ、何の模様ですか?」
近くにいた店員さんに尋ねる。店員さんは私の指さした櫛を覗き込んで「あぁ」とため息のような声を出して困ったように笑った。
「それ、雪の結晶だそうよ。」
「雪の結晶……?」
「綺麗だと思って冬前に仕入れたんだけど、売れ残ってしまって……雪の結晶と言われてもピンとこないものね。」
「そうですか。触ってもいいですか?……ありがとうございます。」
櫛を持ってその滑らかな手触りに「うわぁ」っと小さな歓声を上げる。ツルツルすべすべなのにしっとりと手に馴染む。ひとしきり触り心地を楽しんでから、もう一度、彫り込まれた柄を眺めてみる。松の葉が放射状に並んだような形を雪の結晶というのだろうか?花にも木の枝にも見えるその模様には不思議な美しさがある。レース編みのような繊細で静かな美しさにどうしてか放っておけない気持ちになる。こんな綺麗なものが売れ残り、お店の片隅で厄介者扱いされているのが無性に悲しい。持って帰りたい。でも、お金を持ってない。
「ヴィー、それが気に入ったの?買ってあげようか?」
アルフレッドが後ろから声をかけてくる。
「もう季節外れの柄だし、安くするわよ。」
と店員さんが言うと、アルフレッドは私の耳元で「値段は気にしないで好きな柄を選んで下さい」とささやいた。
随分悩んだが、結局アルフレッドに買ってもらってしまった。
「ルフスさん。ありがとうございます。大事につかいます。」
「本当にその柄で良かったの?」
「はい。これが気に入ったんです。」
「確かに、きれいだよね。」
「うんっ。」
私は大満足でスキップしながら歩いた。
時計台広場は街の中にあるのにとても広かった。名前の由来にもなっている大きな時計台はレンガの壁と円錐形の屋根のおとぎ話に出てくるような建物だ。時計の真下はくぐれるようになっていて、馬車も人も自由に行き来している。その下から続く道は真っすぐ行くと皇帝の城に続いているらしい。中央区に入るための門などもあるから、城までは見えないけれど、きれいに舗装された広い道がある。
時計台からつながった建物は広場の半分を囲んでいる。広場は石畳と芝生が敷かれていて、時折ベンチや背丈の低い木が時計台を中心に左右対称に置かれている。広場のど真ん中には女将さんお勧めの噴水があって、勢いよく噴き出す水柱が光を反射してキラキラと輝いていた。
「この噴水には仕掛けがあって、時計台の鐘が鳴る時に水の出方が変わるんだ。」
シューがそういうから時計台を見ると、鐘が鳴るまでは少し待たなくてはならない。
「残念。見たかったなぁ。」
「いやいや、もちろん見るよ。」
「あそこの店でちょっと休憩しながら待とう。」
時計台広場の端にある、カフェのテラス席に座る。すぐに給仕がメニューを持ってきてくれるからそれぞれが軽食と飲み物を注文した。まだお昼には早いけど、朝食が早かったからお昼ごはんだ。パンケーキを注文した私はその薄さに衝撃を受ける。シューの焼くパンケーキの半分ぐらいしか厚みが無い。味はパンケーキなのだけど、どこかパサパサしていて、いつもよりたくさんシロップを使って食べた。お腹が甘い。
「お兄ちゃん……お家に帰ったらパンケーキ作って。」
店を出た後に小声でそう伝えると、シューは苦笑いしながらも大きく頷いた。励ますようにポンポンと頭を撫でられる。
「いつも食べている物のおいしさを知るのも、旅の醍醐味だよ。」
アルフレッドの言葉になるほどと納得する。
噴水の仕掛けは見事だった。時計の鐘に合わせて中心の水が高く吹き上がり、池のふちからも水柱が飛び出す。お昼の鐘は一日のうちで一番たくさんなるから、ゆっくり楽しむことができた。その後もアルフレッドとシューの案内で、的当てや投げ縄で遊べる子供向けの遊戯場に行ったり、ふと気になった店に入ったりして南区を満喫した。
そろそろ帰ろうかという頃、揚げドーナツの屋台に並ぶ人を見て私たちも食べることにした。買い物の練習に私一人で列に並ぶ。シューとアルフレッドは少し離れたところでこちらを見ていてくれる。自分の順番が近づくとドーナツを揚げる女の人の隣で、私と変わらない年の男の子が売り子をしているのが見えた。親子だろうか?元気な男の子は慣れた様子で、お客さんに愛想を振りまいている。
「こんにちは。1袋下さい。」
「は~い。1ユラですぅ。」
お釣りの無いようにお金を渡すと手際よくドーナツを詰めてくれる。一口サイズの揚げたてドーナツが5、6個入って1ユラならお買い得だと思う。
「はいおまたせぇ~。うわぁ、あんためっちゃ可愛い顔しているなぁ。」
商品を手渡すために、踏み台から降りた男の子は、私の顔を見て感心したようにそう言った。面と向かって「顔が可愛い」なんて言われたことが無い私はどうすればいいのかわからない。
「どれどれ~?」
男の子の声を聞いてドーナツを揚げていた女性まで身を乗り出してこちらを見た。後ろに並んでいた人たちもこちらを見ている……なんだか恥ずかしい。
「あら~ほんまやわ。ここいらでは見ぃへんくらい別嬪さんやわぁ。」
そういうと女性はあっさりと仕事に戻ったのでほっとする。
「あんた、見とれてんと仕事しぃ。」
その声にお客さんたちがアハハと沸く。
「そんなんちゃうわ。ごめんな、また来てなぁ。」
「ありがとう。」
手を振って仕事に戻った男の子に手を振り返して屋台から離れる。急いでアルフレッドとシューの元にたどり着くとはぁーっとため息が出た。
「どうかした?」
シューが心配そうに尋ねてくる。
「ううん。ちょっと話しかけられただけ。」
私はそう言って誤魔化した。「可愛いって言われた」なんて自分では言いづらかった。
「食べよう。揚げたてで美味しそう。」
差し出すとそれぞれにドーナツを摘まんだ。
「あ、美味しい。」
「これは並ぶね。」
シューとアルフレッドは満足気に頷きながらそう言った。ホックリと温かくて甘いドーナツは素朴で優しい味がした。
程よく疲れた体を引きずって、日暮れ前には店に帰った。帰りがけに買った夕食がガサリと袋の中で揺れる。甘辛いたれがかかった串焼きと夕方に焼けたばかりだというパンの良い匂いが漂ってくる。私の持つ袋にはオレンジと小さなすももも入っている。
「ただいま。」
「おかえりぃ。」
店の入り口から中に入ると、レニアスが占い師の姿で出迎えた。モクレンが休暇を取るときはレニアスが代わりに店を切り盛りするらしい。体をすっぽり覆うゆったりしたワンピースを着て薄いベールをかぶっていると、魔女の時以上に正体不明だ。
「ニアさん?」
と呼びかけると、目の前で人差し指を振って、
「この格好の時はスイレンやで。」
と帝都の訛りで流暢に答える。
この店でレニアスは3人の人物を使い分けている。占い師のスイレンと、オーナーのニア、不定期に薬を卸しに来るエリアスと名乗る薬師だ。
帝国は良く効く薬を持ち込む不思議な薬師エリアスは森の魔女レニアスではないかと疑って調べているらしいが、それ以上のことは分からないようになっているらしい。
「どうだった?」
「すっごく楽しかったよ。もっと色々見て回りたい!」
満面の笑みで答えると皆もつられたように微笑んだ。
「慌てんかても街は逃げへんから。明日もゆっくり楽しんでおいでぇ。」
ベール越しのレニアスにコクンと頷き返す。
店を閉めると、レニアスはスイレンの服を脱いでニアの恰好になった。帝都では基本的にはニアの恰好をするらしい。この店のオーナーでこの家の持ち主なので、常時居たって不思議はないからだそうだ。買ってきたもので夕食を済ませると、一日の疲れだドーっと出てくるのを感じる。
下の水場で簡単に身を清めてからパジャマに着替えて眠る準備をする。二階に戻るとレニアスは私たちが買ってきたワインをアルフレッドと一緒に飲んでいた。ちょいちょいと手振りで呼ばれて近づくと、膝に乗せらた。お酒が入るとレニアスは私を膝に乗せたがる。
「ジルの所は明日?明後日?」
シューがそう尋ねる。ジルって誰だろう。
「あぁ、そうね。来るように言われてたわ。明後日にしましょうか、頼まれてた薬がまだ出来てないのよ。」
レニアスの言葉にシューが頷いている。
「ヴィティも連れて行くの?」
「その方がいいでしょう?」
「危なくないか?」
「私出かけるもの、一人でここにいるより安全でしょう?」
私の話をされていることは分かるが何の話だろうか?首を傾げるとレニアスがよしよしと頭を撫でてくる。
「ヴィティ、明後日ね、ジルっていうちょっと怖いおじさんの所へ3人でお使いにいってくれる?」
「うん。」
「よろしくね。ジルは私の昔からの知り合いでね、私が魔女だって知ってるのよ。」
「へぇ~。」
「でも、ヴィティとアルフレッドの事は新しい弟子と同居人としか言ってないから、全部の事情をしっているわけでもないし、皆と同じように私の事もニアって呼ぶから。」
「ふ~ん。なんだか難しいな。」
「そう。でも付き合いのある店だから顔見せだけは行っておいで。」
「分かった。」
私が頷くとレニアスはまたよしよしと頭を撫でる。
私も旅に行きたい。