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楽しそうでワクワクするわ

ヴィティ視点です。

 私は違和感に身じろぎした。ベッドの感触がいつもと違う。部屋の空気も、外から聞こえる微かな音も……そう思って目を開けると見慣れない天井が目についた。一気に目が覚め飛び起きる。辺りを見回してやっと、帝都に旅行に来ている事を思い出す。あぁ、なんだとため息をつく。この数秒に感じた不安の余韻でまだ胸はドキドキしていた。

 気を取り直してカーテンを開けると、東の空が白んできた頃だった。私は窓も開いて朝の空気を吸い込んだ。朝露を含んでしっとりと冷たい森の空気とは全く違う、軽い吸い心地の街の空気。あぁ、旅をしているんだと実感が湧く。街の子たちは朝早くから体を鍛えたりはしないらしく、帝都に居る間は訓練を止められている。この軽い空気の中ならどこまででも走れそうな気がするが試すことはできない。

 ぼんやりと窓の外をみていた。私の「いつも」はもう森の家での日常なのだと思うと何だかくすぐったかった。ふと、父様やネージュ様と過ごした時間を思い出すことはあっても、城での生活を思い出すことは無い。綺麗なドレスも食べきれない程のご馳走も毎日洗い立てのシーツに替わる広いベッドも、懐かしいことはあっても恋しい事は無い。けれどたった一晩離れただけで、森の家の「いつも」がもう恋しかった。1週間の旅行は楽しみだけど、お土産をもって家に帰るのをその何倍も楽しみにしている。

「どうしても外の街に行きたいと言ったのは私なのに、変なの」

 と独り言をつぶやきながら、それでいいと思って口角が上がる。


 いつの間にか空が先ほどよりも明るいことに気づいて、窓を閉めてからハシゴの下を覗いた。レニアスの店は一階が店舗、二階がワンルームの住居になっていて、二階には屋根裏を利用した広いロフトがある。昨晩、私の寝床はロフトの上に定められた。皆で雑魚寝で良かったけれど、アルフレッドがダメだって言った。珍しくレニアスもそうねっていうから私はロフトをひとり占めすることになった。

「銭湯もトイレも男と女で分けられているでしょう?寝室もそういうものなのよ。」

 そう教えられたがピンとはこない。ピンとこないが文句も無かった。下では珍しくレニアスもシューもアルフレッドもまだ寝ている。私は着替えて、ハシゴから降りた。



 今日は街中をウロウロと見て回る予定だ。帝都は大雑把に東西南北の4つの区と中央区に分かれていてだだっ広い。とても一日で全体は回り切れないから、今日はレニアスの店もある南区をまわる。観光と買い物の仕方を覚える為の実践練習も兼ねている。レニアスは仕事があるし、店の周辺以外ではどんな格好したって悪目立するとかで、シューとアルフレッドと3人で行くことに決まっていた。皆の身支度が済むと朝食がてら市場に向かう。朝からたくさんの人が行き交っていた。

「市場ってたくさんの人がいるのね。」

私は約束通り口調を変えて村娘を演じている。シューと手を繋いでキョロキョロと落ち着き無く辺りを見回す。シューは髪を私のかつらと同じ茶色に染めている。シューの綺麗な金髪も街の中では目立つらしい。同じ髪色にすることでより兄妹らしく見えるだろう。

「ほら、ルフスさんについていかないとはぐれちゃうよ。」

「あ、お兄ちゃん、ごめんなさい。」

「う、うん。」

 シューは私が「お兄ちゃん」と呼ぶと照れてしまうのか、ほんのり頬が赤くなる。いつも淡々としている所のあるシューの変化が面白くて、私はできるだけ「お兄ちゃん」と呼ぶようにしている。

 注意されてすぐは前を歩くアルフレッドの背中をしっかり見据えて追いかけるのだが、しばらくするとまた周りに目を奪われ、歩くのが疎かになってしまう。シューは呆れた顔をしている。申し訳ないなとも思うのだけれど、見たことないものがたくさんあって、どうしても気になってしまう。

 いろいろなものに気を取られてはシューに引き戻されるのを繰り返しているうちに、目的の屋台が集まる一角に着いた。そこは道幅が広くなっていて、ちょっと広場みたいだ。道の端に屋台が所せましと並んでいて、真ん中の空いたスペースには食事が出来るようにイスとテーブルも置いてある。

「朝食はここにしよう。何か食べたいものはあるか?」

 そう聞かれて屋台をぐるっと見回す。朝も早いからか、今まで通ってきた生鮮食品の売り場に比べれば客は疎らで空いている。ここが混むのはもう少し後、市場一仕事終えた人たちが朝食をを買いに来る時間かららしい。ドーナツ、パンケーキ、サンドイッチ、スープ、ソーセージや玉子焼き、サラダなど朝食向けのメニューが立ち並ぶ中、串焼きや麺類、焼き菓子なども売っている。

 多彩な朝食メニューに目移りしながら、私はバケットにハムと野菜を挟んだサンドイッチと野菜たっぷりのスープに決めた。それを告げると、アルフレッドは私にコインを三枚渡した。

「ひ……じゃない、ヴィー。あの屋台のハムと野菜のサンドイッチは3ユラで買えま……るんだ。さっそくですが買い物の仕方を覚えま……よう。ついて行くから自分やって……ごら、ん。」

「はい。わかりました。」

 普段私を姫と呼び、未だに丁寧語で話しかけるアルフレッドは慣れないタメ口に四苦八苦していて、シューにあきれられている。けれど、私ははじめての買い物に緊張していてそれどころではない。お金を握りしめ屋台に向かう私の後ろからアルフレッドがついて行き、シューは席取りの為にテーブルに座る。

 サンドイッチの屋台の店主は恰幅の良い女性だ。赤い三角巾を頭に巻いている。私が近づくといらっしゃいと言って微笑んだ。

「おはようございます、奥さん。」

 私もつられて微笑み返すと女性は笑みを深める。

「おはよう、お嬢ちゃん。ご注文はお決まりやろか?」

「はい。ハムと野菜のサンドイッチを一つ下さい。」

「はいは~い。パンはどっちにする?」

「バケットで。」

 私の注文を聞いて女性は長いパンを手にとり半分に切った。そこにハムと野菜を詰める。私は黙ってその手元をみていた。テキパキとした手つきは見ていて気持ちがいい。

「お嬢ちゃんはじめて見る顔やね。」

 手は止めないまま笑顔で親し気に話しかけられる。

「はい。旅行に来ています。」

「そうかぁ。この街はどう?楽しいかぁ?」

「昨日の夕方到着したから、まだあまり知らないの。でも、楽しそうでワクワクするわ。」

 私が正直に答えると、女性はアッハッハと大声で笑った。

「そりゃええね。この先の時計台広場の噴水は絶対見ぃな。綺麗やで。」

「へぇ。きっと行くわ。ありがとう。」

 私が真剣にうなづくと出来立てのサンドイッチが目の前に現れた。

「はい。お待たせ。3ユラですぅ。」

「はい。とっても美味しそう!いただきます。」

 私がそう言って3ユラを渡すと女性は思わずといった様子で、私の頭を撫でた。その優しい感触にニコッと笑顔でこたえる。

「何日か居るならまたおいで。サービスするし……っとそうそう。今日はこれ持って行きぃ。」

 そう言って女性はゆで卵を2つ私に差し出した。

「いいの?」

「えぇよ、えぇよ。」

「ありがとう。」

「はい、こちらこそおおきに。」

 遠慮なく受け取ると、私はもう一度お礼を言って店を離れた。シューの待つ席に戻ると、シューに拍手で迎えられる。

「はじめてのお買い物大成功だね。お土産までもらうなんてすごいよ。」

 惜しみない賞賛に私はエヘヘと照れ笑いを返した。

「言うことなしです…だね。この調子で野菜スープも買って、みよう。」

 後ろからアルフレッドも追いついて、テーブルにコインを3種類出した。それぞれ1ユラ、5ユラ、10ユラ硬貨だ。

「スープは2ユラだよ。私も欲しいから2つ買ってきてくれま、る?」

「はい。わかりました。」

「どのコインで買いに行く?」

 そう尋ねられて私は迷わず5ユラを手にとった。

「4ユラで買えるから、5ユラ硬貨があれば足ります。」

 それにアルフレッドは満足気に頷き、シューはニヤニヤしながら首を横に振った。

「ん?どうしたんだ間違ってないぞ?」

「おつかいの釣りは小遣いになることが多いんだ。だから、正解は10ユラさ。」

 なるほどなとアルフレッドが笑った。

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