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仕上げはこれよ

新章に突入です。

ヴィティ→アルフレッド視点です。

 朝は東の空が白んでくる頃に自然と目が醒める。パパッと身じたくを整えると、庭に出て軽くストレッチをしてから森に出る。レニアスがついて来ることもあるが最近は大体1人だ。徐々に気温が高くなってきた今の季節、森は青々としている。あちこちにある小鳥の巣ではヒナが餌をねだる声が聞こえる。  

 ルドルフのおかげで大型の獣が近寄りにくいこの辺りは、小型の動物の楽園みたいになっている。畑や庭を荒らされないように、家の周りには小型の獣を近寄らせないための仕掛けがいくつかある。木の間を走り抜けたり跳んだりしながら家獣避けに異常が無いが調べて回る。これが私の毎朝の仕事。

 朝の清々しい空気を体いっぱいに取り込んで家に帰ると、庭でアルフレッドが朝の鍛錬をしているから稽古をつけてもらう。体術の時もあるけれど、今日は剣術。私が扱うのは短剣で、アルフレッドはその時々で色んな得物を使う。今日は同じように短剣だった。

 アルフレッドの攻撃は一撃が重い。それは短剣でも変わらない。攻撃を真正面から受け止めてしまえば、一発で手がしびれてしまう。それを逸らせていなして避け続ける。もちろんすごく手加減してくれているけれど、それなりに打ち合いの形にはなる。最近やっと剣を握ってもマメが潰れにくくなってきた。随分手の皮が厚くなったものだと思う。


 朝の稽古が終わるとすぐに朝食だ。シューの作るご飯はいつも美味しい。そして、日に日にレベルアップしている。一番好きなのはパンケーキ。シューの焼くパンケーキはふわふわでボリュームと食べ応えがあるのに、しっとりとしていて口当たりが優しい。トロけたチーズとメープルシロップをタップリ絡めて食べると、食べているはずのこちらまで幸せにとろけてしまう。水切りヨーグルトと杏ジャムをつけるのも良い。シュガーバターも捨てがたい。家に入ると美味しそうな匂いが充満していた。手を洗ってから配膳を手伝う。

 今日の朝食は小さく切ったパンにほうれん草とベーコンが入ったクリームソースとチーズをかけて焼いたパングラタン、温野菜とゆで卵のサラダ、きのことオニオンのコンソメスープ、フルーツヨーグルトと紅茶だ。パンケーキじゃないけれどシューの料理は何でも美味しいから早く食べたくてお腹が鳴る。配膳が済むのと皆が揃うのは同時だった。短い祈りを捧げてからいただく。やっぱり美味しい。


 朝食が終わると自室に戻ってお出かけ用のスカートに着替える。いつもは動きやすいズボンで過ごすけれど、今日は違う。この魔女の家に来てから初めて、森の外に行く予定なのだ。

 スカートは先日レニアスが買って来てくれた。白のティーシャツに茶色い膝下丈のジャンバースカートと同じ色の編み上げのブーツを履けばあっと言う間に街の女の子だ。赤くて丸いポシェットを斜めにかけると、すごくかわいい。部屋に置いてある鏡台のカバーを開いて、鏡の中の自分を覗いていると、ノックの音が聞こえた。この音はたぶんレニアスだ。さっとドアをあける。

「どうぞ。」

「入るわよ。……あらっ、可愛いわね。似合ってるわ。」

「そうか。」

 すぐさまの褒め言葉に思わず笑ってしまう。レニアスがもう一度体をひいて全体を眺めるから、私はその場でクルリと一回転する。彼は目を三日月型に細めて、満足そうに頷いた。スカートを軽く持ってなんちゃってカーテシーで新品お披露目会を締めくくる。この3年、新しい服に袖を通す度にしてきた、お約束のやり取りだ。

「さて、ちょっと座ってくれる?」

 レニアスの言葉にうなずいて鏡台の前に座ると、レニアスは私の髪を梳かしはじめた。6歳の時に切った髪は相変わらず肩のあたりで切りそろえている。アルフレッドは伸ばしてほしいと思っているようだが、短いのが気に入っていて定期的にレニアスに切ってもらっている。城にいたときより太くなってコシの強くなった髪はレニアスの香油のおかげでつるつるで、櫛通りも滑らかだ。

 いつもなら梳かした髪にリボンを飾る。服は動き回り易さを重視して大抵ズボンを履いている。シューのお下がりを着ることも多い。だから、頭のリボンは女の子の証みたいなもんだと思って毎日つける。

 今日はいつものようにはしない。私の黒髪は市井の中では目立つから。手配書にも私の髪や目の色は載っている。印象を変えないとバレやすいらしい。私の髪をきっちりとまとめると、レニアスはカツラを被せた。これから行く帝国の街で一番多いこげ茶のまっすぐな髪。長さも背中まである。カツラがくついた事を確認すると、今度は2つに分けてゆるい三つ編みにする。赤くて細いリボンを結んで完成だ。

「リボン買ってくれたのか?」

「いえ、私のお下がりよ。ごめんなさいね。」

「いや、嬉しい。」

 出来上がった三つ編みの先を持ち上げて、細いリボンで出来た小さな赤い蝶々を見る。嬉しくてさらに口角が上がってしまう。

「さて、仕上げはこれよ。」

 レニアスはヴィティに眼鏡を渡した。もちろん度は入っていないが、瞳の色をわかりにくくする加工がしてある。眼鏡をかけると私の緑色の瞳は青く見えるようになるらしい。前髪とサイドの髪を整えてレンズの隙間から目が見えにくい様にすると、茶髪青瞳の眼鏡っ娘が出来上がった。

「うん。これで大丈夫よ。」

レニアスは私の変装が予定通り成功したから、鏡越しにウインクを一つ飛ばした。






 姫が街へ出るのは初めての事だが、私はレニアスの手伝いをする為に何度も街へ出ている。街に連れて行くにあたって事前調査もかなりした。

イーリス王国からの手配書は出た当時こそ破格の金額に話題になったようだが、3年の月日の中で色褪せている。特に追加報酬の知らせもなく、人々に忘れ去られているといっても過言ではない。今日の目的地である帝国ではそれが顕著だ。広く豊かな領土を持つ帝国の民は豊かな生活を送る者が多いから、どこにいるかもわからない金のガチョウを捜し歩く者は少ないのだろう。だからといって油断できる訳でもないのだが、レニアスの手がける変装の効果を身を以て知っているからか、あまり危機感を感じてもいない。

 私が初めて街に出たのはまだ時々手配書の件が街の人々の間で話題にのぼっていた頃だった。それなのに髪や目の色が違っているだけ誰も新参者の私を疑いもしないのだ。その時は驚いたが今ではそういうものだと納得している。現に、目の前の三つ編みお下げの眼鏡の少女は、変装を知っている私が見ても一見しては姫には見えない。顔の造作ひとつひとつは間違いなく姫なのに全体としての印象が全く違うのだ。なんというか、うまいこと高貴なオーラが消えている。

 ちなみに私は初めのうち髪を色々な色に染められていた。青やらピンクやら黄緑やらというド派手な髪の男が手配書の騎士などと誰も想像しなかったらしい。レニアスが「うちの店で扱っている染粉の宣伝の為に染めさせている」と説明すると、皆が面白いように納得した。今では地毛のまま帝都に行っても「派手な髪色の兄ちゃん」と認識されている。


 帝都まではルドルフに運んでもらうと早い。馬車で森を迂回すると何日もかかる道のりが、竜の背に乗れば小一時間でひとっ飛びだ。常人にはありえない高速の移動手段をもつレニアスだが、他人に竜の姿を見られるのは避けている。ルドルフで移動するのは森の深いところだけと決めているらしい。森から街までは普段は徒歩で移動しているが、今回は姫も居るし4人分の荷物もあったから、馬車を用意していた。なぜか徒歩より馬車のほうが時間がかかるのだけれど、のんびりした道中も悪いものでは無い。

 姫は天井の無い荷馬車の荷台で既に見えている街の外壁を眺めている。歓声を上げたりはしないが、その目はキラキラと喜びに輝いていた。最初にこのお出かけを提案された時は反対したけれど、こんなに喜ぶなら来てよかったのかもしれない。良い旅になるように……私は静かにそう願った。

 

 街に入るとまず宿に向かう。宿といっても宿屋では無い。レニアスは街にいる間、自分の店の二階を拠点にする。彼の店は薬草や薬、化粧品、ハーブ入り石けん、お守り、呪いの道具なんかを取り扱う雑貨屋兼占いの館だ。 普段は知り合いの占い師が店を切り盛りしているからお客さんの中には彼女を店主だと思っている者もいるが、実際は違う。

 レニアスの店ではあるのだが、「魔女の店」という認識は持たれていない。国との協定などもあって、あからさまに魔女が商売をするわけにはいかないらしい。男の姿で、ニアという偽名を使って、この店のオーナーになっている。薬などの商品を補充する時に時々ローブ姿で出入りすると、「ニアの店は魔女みたいな薬師が良く効く薬を卸している」というウワサになるという寸法だ。正体を隠したまま良く効く薬を売れる良い仕組みだと思う。


 店の前に馬車を付けて大急ぎで荷物を降ろした後、馬車は停車場に戻して預かってもらう。帝都内で馬車を路上駐車しておくと、自警団の連中にかなり怒られる。それでも続けると罰金を請求されたり、馬車をどこかに持っていかれたりするらしい。面倒ごとにならないようにすぐに片付けることにしている。シューが馬車を預けに行っている間、私は二階に荷物を運び、レニアスは姫に占い師を紹介した。今日の営業はもう終了したらしく、店に客はいない。

「ヴィティ、モクレンよ。この店の店長で占い師。」

「こんにちは。ヴィティです。」

「モクレンですぅ。よろしく。ふふ……あんたがウワサのヴィティちゃんやね。会いたかったんよ。」

モクレンの言葉にヴィティは小首を傾げた。ウワサのとはどう言うことだろう?

「ニアさんからあんたの話良く聞いてたんよ。めっちゃ可愛い子やって。」

「ニアさん……あぁ……」

姫が聞きなれない呼び名に一瞬だけ戸惑うと、モクレンはレニアスを指差した。レニアスはゆっくりと首を縦にふる。

「この街ではレニアスでなくてニアよ。シューはシューのままだけど、アルフレッドはルフス。あなたもヴィティのままではないのよね?」

と尋ねられて姫はこめかみを指で押さえて上目遣いに答えた。

「私はこの街ではヴィーだ。カドイナ村出身で両親の友人で商人のニアさんとルフスさんに街見学に連れてきてもらっている。シューとは兄妹で、シューは成人したらニアさんの店に奉公に出ることが決まっているんだ。」

「はい、よくできました。」

「なるほど。」

 事前に教えられた設定を姫が説明すると、レニアスが褒めながら頭を撫でた。得意気な顔の姫に自然と口角が上がる。モクレンも関心したように頷いている。

「あとは、シューの事をお兄ちゃんと呼んで、女の子らしい話し方をすれば完璧よ。」

「わかったわ。」

 姫はつっかえることなく町娘言葉で返事をした。言葉遣いは半年程の時間をかけて、レニアスと練習していたからばっちりだろう。

「むむ……才能ありね……」

 とモクレンが唸っている。


「よしよし。ヴィティ、この街で私達の事情を理解しているのは、モクレンだけよ。他の人間がいる場所では「ヴィー」として過ごすこと。いいわね?」

「はい。頑張る!」

「アルフレッドも。大丈夫ね。……姫とか呼んじゃ駄目よ。」

「善処する。」

 皆で確認しあっているとカランとドアが鳴って、シューが店に戻ってきた。

「今戻りました。」

「おかえり、ご苦労様だったわね。」

 レニアスの労いにシューはうなづき、モクレンに挨拶しようと口を開きかけたその時、

「おかえりなさい。お兄ちゃん!」

 満面の笑みで姫が放った言葉にその場の空気が停止した。お兄ちゃんと呼ばれる気恥ずかしさとなんともいえない嬉しさでシューの顔に熱が集まる。

「あ、は、はい。ただいま……」

 妹に兄と呼ばれてここまで照れる兄はいない。珍しく出来の悪いシューに、大人3人は小さくため息をついた。

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