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閑話:これはいったいどういう事です

城に残った,シュネージュのお話です。

 つかつかと音を立てて城の廊下を歩く。無作法だと眉を顰める侍女たちは今はもういない。反乱軍が城を占拠した時にはもう逃げ出していたらしい。その忠誠心の無さに呆れるが彼女たちの心根がそんなものだということは昨日今日分かった事ではない。この国に嫁いでから数年、私に対する忠誠心などカケラも感じたことはないのだから。


「これは、いったいどういう事です?」

 王の執務室に入ると、挨拶もせずに本題に入る。パシンっと音を立てて広い机の上に2枚の紙を置く。目の前の人物は自分の持つ書類に目を落としたままこちらを見ようともしない。黒い髪に濃い緑色の瞳の人物は、先日から姿が見えない夫とよく似た顔をしている。王弟なのだから当たり前なのかもしれないが、造作が似ているのに受ける印象が全く違うせいで、私は彼が苦手だ。

 私を無視したまま書類に最後まで目を通し、サラサラとサインを書いた後、彼はゆっくりとこちらに顔を向けた。

「これはシュネージュ様、ご機嫌麗しく。」

 ニコリとほほ笑みの形を作った顔は年頃のご令嬢ならほんのりと頬を染めるような美男子ぶりに思えるが私は背筋にぞぞっと悪寒が走る。

「麗しくなどありません。どうして、こんなものが発行されているのですか?」

 私は机の上に置いた紙の上を再度叩く。この国が発行した私の可愛い義娘と信頼する騎士の手配書だ。

「おやおや、二人を探す御触れを出せと言ったのはあなたではございませんか。」

「私が言ったのは、捜索願いを出せという事です。手配書なんて犯罪者扱いではないですか。ゆるされることではありませんわ。それに『生死問わず』とはどういうことです。国王陛下のお姿が見えない今、一刻も早く第一継承権をもつ姫を探さなくてはいけないのですよ。」

 だんだん大きくなっていく声を抑えることができない。こんな書類のせいで万が一あの子に何かあったらと思うと焦りと憤りで胸が苦しくなる。

「おやおや『生死問わず』ですか、何か手違いがあったのかもしれませんね。」

 ゆったりとした話し方を変えないまま王弟は目を見開いて驚きの表情を浮かべている。

「ですから、即刻手配書の回収と訂正を――……」

「必要ありませんね。」

私の言葉を遮った声の冷たさにビクッと体が震える。

「な、なにを……」

「手配書で良いのです。国を捨てた王女など。」

「ですから、それはっ!」

「それにね。第一継承権を持つ彼女がいては困るのですよ。」

 王弟はいつの間にか立ち上がり、私のすぐそばまで近づいていた。距離を取ろうとする私の腕をつかみグイっと顔を近づける。

「第二継承権を持つ私が国王になれないじゃないですか。」

 そう言う彼の瞳にやどる冷たい光に目を見開く。


 なぜ気が付かなかったのだろうか。容易く破られた城門、民の寄せ集めにしては良い武器を持つ反乱軍、戦場となった城内から逃げおおせた侍女たち、王座まで攻め入られた割にあっという間に反乱軍を抑え込んだ王弟ひきいる騎士団、処刑の決まらない反乱軍の幹部たち……全部、全部この男が仕組んだことだったからなのだ。ようやく理解してポロリと涙がこぼれた。

 あの時、戦火のせまる音を聞きながら、自国から連れてきた数人の側仕え達と、死ぬ覚悟で王妃の間に立てこもった。そこに届いた反乱軍制圧の一報に安堵して喜んで、目の前のこの男に何度も何度もお礼を言った。自分が馬鹿みたいで、馬鹿すぎて、許せない。

「へ、陛下は。陛下はっ!!」

 行方不明と聞かされて信じていた。全てこの男が仕組んだことならば、陛下はもう生きていないのだろう。それでも、尋ねずにいられなかったのは、わずかな生存の可能性を信じたかったかもしれない。

「『陛下』は私だ。民に反乱を起こされた愚王など、生きていても邪魔なばかりだろう。」

 私の小さな希望はあっさりと打ち砕かれた。この男は王座を手に入れるために実の兄を殺したのか。

こぼれる涙を止めることもぬぐうことも出来なかった。目の前の男を滅多打ちにしたくて叫びながら腕を振り回すが、非力な私には自分の腕を取り返すことさえできない。

「シュネージュ様がご乱心だ。側仕え諸共、北の離宮に閉じ込めておけ。」

 私は王弟の騎士たちに取り押さえられ囲まれて、あっという間に離宮に閉じ込められた。



 北の離宮というのは、何代か前の国王が愛妾を囲う為に作られたものだ。大きな寝室と明るい居間、温泉を引き込んだ風呂場、高級なブティックをそのまま持ち込んだかのような衣装室、テラス付きのサロン、本格的な厨房と専用の井戸、四季の花が楽しめる庭には小さな温室まである。王の愛情と財力を注ぎ込んで、当時の最先端をふんだんに取り入れて作られた愛の巣は、けれども高い鉄の塀で囲まれている。

 逃げ出せないように作られた北の離宮はいつからか罪を犯した王族や高位の貴族の牢として使われれるようになった、一番最近使われたのは、先々代の王子だか王女だかの一人だと国の歴史を習う中で教えられた。奇行にはしり、他国との交易に支障をきたしたとかなんとか。自分が入れられる身になって思うのはそれが真実だとは限らないということだ。

「シュネージュ様」

 気遣わし気に声をかけてきたのは共に離宮に入ったアンニだ。彼女は私が嫁ぐときについてきてくれた侍女の一人。

「大丈夫よ。」

 返事をすると同時にそっとお茶が差し出される。準備をしてくれたのはエイラ。彼女もずっと昔らかの侍女だ。彼女はこの部屋のドアの前に立っている騎士のラリと夫婦だ。気心知れた彼らと共にいられるのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 自国から連れてきたのは侍女二人、騎士二人。騎士の一人、アルフレッドにはヴィティについて行ってもらったからここにはいない。二人は無事だろうか?信じることしか出来ない自分が悔しい。残った3人はこれからこの離宮で私と共に過ごすことになる。私のせいで不自由な生活をさせてしまうと思うと申し訳なさが募る。

「案外、ここの方が居心地がよいかもしれませんよ。」

 エイラの声にハッと顔をあげる。私はずいぶんと項垂れて見えたらしい。

「そうですよ。偉そうに指図してくる侍女もいやらしい目を向けてくる騎士もいませんもの。」

 続いたアンニの言葉に全員がふっと小さく笑った。たしかに、イーリス王国の侍女や騎士の半数は私たちに対して礼を欠いた態度だったと思う。

「食事は運ばれてくるそうですし、井戸も温泉もあるので、水回りも苦労はなさそうです。2人で掃除するには少し広いですけれど、代わりに他の仕事はありませんからね。こんな状態でお茶会に招待されることも無いでしょうし。」

「なんとかなりますよ、シュネージュ様。」

 侍女たちがなんとか私を励まそうとしてくれていることに心の中が温かくなってくる。

「えぇ、そうね。ありがとう。ねぇ、ラリもこちらでお茶しましょう。」

「いえ、私は……」

「離宮の塀の内側は私達だけでしょう?今は廊下を通る人なんていないもの。警護はメイドやコックが派遣された時にお願いするわ。あなた一人しかいないのだから、休める時は休みましょう。」

 私の誘いに納得したのか、ラリがエイラの隣に座る。エイラがラリの分のお茶も入れてくれるのを待って、私が自分のものに手をつけると、3人も同様にカップを持ち上げた。

「アルフレッドは大丈夫かしら?」

「森に入ったという所までしか……もう少し状況が落ち着いてから帝国の協力者に連絡をと思っておりましたが、こうなってしまっては難しいでしょう。」

 ラリの返答に「そうね」とうなずく。こちらから連絡をとることでアルフレッドやヴィティを危険に晒すことは避けなければならない。

「ただ、王弟殿下にほんとうに彼らを始末する意思があるのかどうか……」

「どういうこと?」

 生死問わずの手配書を出しておいて、害意が無いなどと思えるはずもない。

「もし、王弟がほんとうに完全に亡き者にしたいのであれば、手配書など出さずに各国に行方不明届けと保護依頼を出せばいいのです。そうしてのこのこと帰ってきたところで手にかける……くらいのことは今の状況ならば可能です。」

「そうね。」

 彼の話も一理ある。そう考えると不思議なことがたくさんある。

「シュネージュ様はともかく、私たちは殺されても放逐されてもおかしくない状況なのに、共にここに逗留されている。」

「それは確かにそうよね。外交問題に対応するだけならシュネージュ様が生きてらしたら十分ですもの。」

「恐ろしい事を言わないで。二人とも。」

 ラリとアンニの言葉にエイラが青ざめている。ラリは小さな声で「すまない」とつぶやきながらエイラの背中に手を添えた。

「そうね、とりあえず今は命があることを喜びましょうか。」

 私はそう言って3人に微笑みかける。何をしようにもここには情報が無さすぎる。


「そうだ!」

 と手を叩いてアンニが立ち上がった。

「私、クッキーを焼いたんです。皆さん召し上がって。」

 そのいつもと変わらぬ明るい声に目を丸くしたのは私だけではない。

「クッキー?どうやって?」

 離宮にも厨房はあるが、しばらく使っていないのだからすぐに使えるはずもない。

「朝から作ってたんです。で、焼きあがったものを運んでいた時に騎士に囲まれて。そのまま連れてこられたのでそこにあります。」

「お茶もアンニが持っていたもので入れてますから、安心してお召し上がり下さい。」

 エイラの言葉に思わず目の前のカップを見た。長年使われていない離宮でお茶が出てきた事に何の違和感も感じていなかった。気心知れた侍女たちの出したものだから……という言い訳が出来そうだが、もう少し、警戒心を持ってもいいかもしれない。

「これです。」

 そう言ってアンニがテーブルに置いたかごから布巾をとると、大きなお皿にきっちりと並べられたクッキーが現れた。綺麗なきつね色のクッキーはチョコレートやドレンチェリー、ナッツなどで飾られている。

「相変わらず、上手ね。」

 アンニはお菓子作りが上手で、昔から私好みのお菓子をよく作ってくれていた。

「ありがとうございます。さぁ、どうぞ。」

 皿を取り出して目の前に置かれると、甘い香りが広がる。美味しそうねと思ってのぞき込んだが、その瞬間急にせりあがってくる気持ち悪さに口元を抑えた。

「シュネージュ様?」

 私の様子がおかしいことに3人が慌てている。

「ご、めん……なさい。少し、待って……。」

 私はそれだけ言うと、グルグルと回る気持ち悪さを抑えようと浅い息をしながら必死で唾液を飲み込む。

「アンニ、クッキーをしまって。ラリ窓を開けて。」

エイラの指示する声とパタパタと慌てたような足音が聞こえるが、顔をあげられない。

「シュネージュ様、洗面器を持ってきましたから、我慢なさらなくて大丈夫ですよ。」

近くでエイラの声がして、目を開けると目の前に白い洗面器が見えた。背中を撫でられて、我慢していたものがせり上がってくる。

「アンニ、白湯の準備を。十分冷めたものがいいわ。ラリはタオルか何か探してきてくれる?」

 エイラに助けられながら思うようにならない自分の体に不安が募る。

「エイラっ、私、どうしたのかしら?」

 気持ち悪さの波が少し小さくなった時に、思わずそうつぶやいた。

「大丈夫ですよ。シュネージュ様。」

「でもっ……」

「……月のものがしばらく来ていませんでしたから。」


 静かな静かなエイラの言葉がやけに響いて聞こえた。

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