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自分のことは自分で

アルフレッド→ヴィティ視点です。

 野菜と長いままのソーセージをパンに挟んでかぶりつく……姫はもとより、私もそんな食事はした事がない。サンドイッチは知っているが、これまで一口大に切られているものしか見た事がなかった。ソーセージはナイフとフォークで切って食べるもののはずだ。騎士の訓練生時代に演習で食べた炊き出しのごった煮だってスプーンで食べられる一口大のものしか入っていなかった。

 つまり、何が言いたいかと言うと、かぶり付くという行為はとても野蛮で行儀の悪い食べ方と習ってきたし、物心ついてからしたことがない。だから、今日のランチの食べ方についてレクチャーを受けた時は唖然と聞いた。にもかかわらず、今は無言で幸せを噛み締めている。

 シャキシャキの野菜とプリっとしたソーセージ、ふわっと温かいパンにじっくり煮込んで甘みを引き出したトマトのソース、アクセントには粗目に引いた黒コショウ……間違い無い。時折挟むオレンジジュースの爽やかさもまた良い。ソーセージの油もソースのコクも喉の奥に洗い流すから、飽きずにまた食べたくなる。

「ほら、そんなに頬張ると喉に詰まるわよ。」

 レニアスは姫の口の端についたソースを指ですくって拭ってやると、そのままペロリと舐めた。もう男だとしっているのに、その姿から母性的なものを感じるのは何だろうか。もぐもぐと咀嚼したまま小さく笑った姫を見てクスリと笑ってジュースを飲んでいる。先ほどまで、私たち以上の勢いでソーセージサンドにかぶりついていたなどとは微塵も感じさせない優雅さだ。それを横目でみながら、私は三つ目のサンドイッチを作る。もうソーセージは無いがその分ソースをたっぷりかければ、ただの野菜がなぜか無性に美味しい。

「よっぽど気に入ったんだね?」

 シューがそう言ってから最後の一口をパクリと食べる。パンの柔らかい部分とソーセージと野菜がちょうどバランス良く残る様に調整した一番美味しい最後の一口だ。彼は好きなものを最後に食べる派なんだろう。普段の食事でも最後の一口はこだわって選んでいるのが見て取れる。そして、よく噛んで飲み込んだ後に、満足そうに小さな息を吐くまでがセットだ。

「ん。んあい。」

 私は返事をするが、口を閉じたまま話すので何を言っているか聞き取れない。が、言いたいことはわかだろう。美味いのだ。

「ほんとに、シューは料理が上手いな。」

 姫はそう言いながらまたひとくち嚙る。姫が3分の2を食べるうちに、レニアスは4つ、シューは2つ、私は3つ食べ終わって一息ついている。

「あぁ、いつも美味いな。どうやって覚えたんだ?」

「料理はレニアスに教えてもらった。」

 シューの返事に目を丸くする。姫も同じように目を見開いてパチパチと大きく瞬きをしてからチラリとレニアスをみた。

「レニアスは料理もするのか?」

「長い間一人で暮らしていたからね。大体何でもするわ。」

 レニアスは頬杖をついてニヤリと笑う。その妖艶さに男と分かっていても息を飲んでしまって、全くもって面白く無い。空咳をひとつついた後、「ふーん」と気のない返事をした私にシューは目を細めた。その目はからかいを含んいる。

「そ、唯一出来ないのが掃除。」

「掃除だってしていたわよ。」

「見えるとこの埃とるだけが掃除じゃ無いの。」

「シューは潔癖ね。」

「レニアスがズボラなんだ。」

 姫は師弟のじゃれ合いを見ながら姫は最後の一口を食べ終わる。カリッと焼けたパンの端をゆっくりと味わった後、グラスの底に残っていたジュースを一気に飲み干し、ふーっと息をついた。

「美味しかった!馳走になった。」

「アルフレッドの時代がうつってるわね。」

「ん?そうか。えっと……ご馳走様でしたっ。」

「はい、お粗末様でした。」

出来の良い犬でも撫でるかの様に、レニアスは姫の頭を撫でる。姫は目を細めてそれを満喫している。

「ではでは、午後の予定を立てよう。」

シューが手早く食器をまとめてから、小さな黒板を出した。






 まずは外に出せる家具は全部庭に運び出す。部屋に残るのはベッドフレームと衣装棚だけにしてから、天井やカーテンレール、家具や窓の埃を落としていく。上から順番にしないと二度手間になってしまうから気をつけないといけない。埃が床に落ちたらサッと集めて捨て、今度は水拭きする。水拭きも上から順番に。ベッドや衣装棚は壊れて無いか確認し、床も極端にたわんだり腐ったりしていないか注意しながら拭いていく。しっかり磨くとツヤツヤとした板間が現れて、随分部屋の空気が良くなった。庭ではベッドマットを叩いて干したり、中型以下の家具を拭いたりと、シューの計画通り部屋は着々とキレイになっていく。

 私は南向きのレニアスの隣の部屋を、アルフレッドは私の部屋の廊下を挟んだ向かい側を私室として使えることになった。それぞれ好みの家具を部屋に配置して、私物を片付けると案外居心地の良さそうな部屋ができあがる。

「本当にこのうちに住むのだな。」

 自分の部屋の入り口に立って、私はポツリと呟いた。

「気に入った?」

 乾いたシーツを持ってきたシューがそうきくから、私は自然と笑ってしまう。

「気に入った!」

 シューは私の勢いにびっくりしたのか一瞬目を見開いてから、クシャっと目を細めて微笑み返してくれる。

「……よし、じゃあ、ベッドメイキング教えてあげる。次から自分でするんだよ。」

「分かった。」

 洗いたてのシーツをバサリと広げると青葉のさわやかな香りがふんわりと広がった。


 掃除も終わり、お茶を飲みながらゆっくりと休憩した後、レニアスと私は庭の畑で草むしりをしていた。レニアスの畑は大きくは無いが、たくさんの種類の野菜やハーブ、薬草が育てられていた。教えられた通り、小さな雑草を根っこから引き抜くと丁寧に土を落としてからバケツに入れる。抜いた草は生ゴミや落ち葉と一緒に集めておいて肥料にするらしい。隣ではレニアスが葉裏についた虫を退治している。もうすでに日は傾いていて、木々に覆われた森の家は夕日の影に隠れてうすぐらい。家からはシューの作る夕食のおいしい匂いがほんのりと漏れ出てきている。

「疲れたでしょ。終わりにしていいわよ。」

「うん。もう少しだけ。」

 私の返事にレニアスは「無理しないでね」といって自分の作業に戻った。確かに朝から仕事をして疲れてはいるのだけど、なんだかすごく晴れやかな気持ちだった。こんな風に体を使った事はない。ダンスや護身術の授業で息を切らせて動き回ることもあったけれど、基本的に座っているだけで生活できる環境にいた。食事やお風呂の用意も掃除も洗濯も大変だけれど楽しかった。疲れが心地いいものだと今日初めて知ったのだ。朝から家事をし続けてくたびれた体の重さがとても愛おしい。

 残りわずかな体力をフル活用していると、アルフレッドとシューが庭に出てきた。畑とは反対の何にもないところに向かい合って立ち、何やら体を動かし始めた。

「どうしたの?」

 レニアスが声をかける。2人は夕食の支度をしているはずだった。

「夕食の準備は終わったから、ちょっと訓練。」

 シューは視線も合わせずに答えた。私とレニアスは顔を見合わせて、とりあえず2人を見に行く事にした。草むしり用の手袋や草の入ったバケツを片付けてから側に寄る。2人はこちらを気にすることなく向かい合って何かブツブツと呟きながら手を上げたり下ろしたりしている。

「……ねぇ、何かのまじない?」

 その異様な動きと静けさと真剣な様子にレニアスが思わず尋ねた。

「違うよ。自分の体を思った通りに動かす練習。あと、普段鍛え損ねている筋肉の確認。対レニアス用の訓練だよ。」

 シューはクスリとも笑わないで答える。私にはどんな意味がある訓練なのか分からなかった。けれど2人が真剣なことは分かった。だから、アルフレッドの隣に立って見よう見まねで腕を動かす。

「ヴィティ?」

「これやれば、レニアスに勝てるのだろう?」

「いや、うーんと……さぁ、どうかしら。」

 レニアスは返答に困っている。シューとアルフレッドが動きを止めて私の方を向く。

「ヴィティもレニアスに勝ちたいの?」

「うんっ。」

 そう聞かれて私はすぐさま首を縦に振った。

「どうして?」

「強くなりたいんだ。私お尋ね者だから。」

 私の言葉3人がわずかに目を見開いた。

「姫は私が守ります。」

 すかさずアルフレッドが宣言してくれだが、それに首を横に振って応える。

「もちろん頼りにしてはいる。が、ずっとじゃない。レニアスに勝てるくらいになれば、だれが来ても自分の身をまもれるだろう。私は自分の事は自分でできるようになりたい。」

それがかなり困難で壮大な目標だと分かっている。私が言っているのは、つまり、国を相手取れるレベルになりたいとそういう事だ。何を無謀な事をと笑われるかと思っていた。

「……そう。なら訓練してあげないとね。」

私の頭をクシャっと撫でて、レニアスは微笑んだ。

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