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責任とってくれるんだろう

レニアス→ヴィティ→アルフレッド視点です。

 高い方のバスタブのお湯が良い加減になったら低い方のバスタブに移して、もう一度水を入れ、今度は熱めに沸かす。それが出来たら竃の火を落として、風呂の準備は整った。

 風呂を沸かす間に、ヴィティとアルフレッドに街で買ってきた服をプレゼントした。下着とパジャマ、動きやすい普段着と柔らかな室内履き、当面の生活に必要なものを数枚ずつ。最初から2人が家に残ると分かっていたかのような準備の良さに、アルフレッドが訝しげな目を向けていたけれど、まるっと無視した。もちろん、2人が家に残るようにあの手この手を考えていたのだけれど、そんな話はしない。魔女たるもの素直に生きては名が廃る。

 風呂の準備をする間も、パジャマを抱えて風呂小屋に向かっている今も、ヴィティは頬をゆるめっぱなしだ。今まで城で着ていた服とは比べるまでもない安物だろうけれど、文句は無いらしい。シンプルで飾り気の少ない、けれどもそれなりの質で肌触りのいいものを選んだ。それは正解だったらしく、服に顔をうずめてこすりつけてはムフムフと笑っている。

「嬉しそうね。」

 思わずそう尋ねると、ヴィティは満面の笑みで頷く。

 今朝までの控えめな態度が嘘のように、ヴィティの表情はクルクルと変わる。アルフレッドが回復した事と住処が決まった事に加え、祖国から指名手配された事も彼女にとってはいい事だったらしい。改めて指名手配書を眺めながら「状況はわからんが、指名手配されたということは、私の血や名を必要とする者が祖国の中枢にいないということだ。それなら私が逃げて隠れているのが正解だろうな」というものだから、ヴィティの背中にはチャックがあって、中から小さなおじさんが出てくるのではないかとマジマジと見つめてしまったのはほんの数分前の話。何にせよ、ここでのびのびと彼女らしく生活できるのなら、それ以上のことは無い。

 ヴィティは私が抱えているかごに興味津々だ。

「これは、何に使うんだ?」

「ふふっ、後で教えてあげるわ。」

 そう答えるとワクワクと瞳を輝かすのだから、好奇心旺盛な質なのだろう。





 風呂小屋に着くと、レニアスは重ねて持ってきたかごを並べて脱衣所の隅に置いた。空の方は着替えを入れておくのに使うらしい。いろいろなものが入っているかごから、小瓶と手のひらサイズの匂い袋の様なものを取り出して、浴室に入っていく。私は手招きされるままレニアスの後に続く。

「これは、ハーブが入っているの。そしてこっちは香油よ。どちらもお湯に入れると肌を潤すし、匂いもいいのよ。」

 レニアスは説明しながら、匂い袋を湯に投げ込み、香油を数滴垂らした。浴室全体にふわっと草花の匂いが広がる。

「いい匂い。」

 私はくんくんと鼻を動かした。

「そうでしょう。さぁ、服を脱いで。」

 そう促されて脱衣所に戻ると、私は多少もたつきながらもどんどん服を脱ぐ。たくさんの使用人に入浴を手伝われていた私には肌を晒すのが恥ずかしいという感覚は無い。アルフレッドとの入浴を嫌がったのは「男性に肌を見せてはいけない」と教えられて育ったからだ。いけないことだと学んだことはしない方がいい。レニアスは浴室で湯加減を見ながら私を待っている。

「ぬげた。」

「脱げた?じゃあ、小さいタオル持っていらっしゃい。」

 私は言われた通りにハンドタオルを持って浴室に入った。レニアスはまだローブを着たままだ。

「うちのお風呂はね、入る度に水を変えたりは出来ないから、後の人の為に浴槽は汚さない様に気をつけて入るのよ。」

 私は神妙にうなずいた。城のお風呂とは随分違うからちゃんと覚えなくてはならない。

「こっちに来なさい。」

 呼ばれてレニアスの側に寄る。しゃがむ様にと手で合図されそれに従うと、バスタブから桶ですくった湯を全身にゆっくりとかけられた。

「ローブが濡れてしまうぞ。」

「洗うからいいわ。」

 話している間も暖かいお湯がするりと体を落ちていく。

「今日は久しぶりのお風呂だから先に洗いましょう。」

 レニアスはそう言うと髪と体の洗い方を丁寧に教えてくれた。持ち込んだハンドタオルはからだを洗うのに使った。レニアスが差し出した真っ白い粉に水を含めながらタオルで揉むとモコモコと気持ちのいい泡がたくさん出来て、それを全身に塗りたくると、あっと言う間に汚れが落ちツルツルスベスベになった。背中や髪など洗いにくいところはレニアスが手伝ってくれる。泡を流してさっぱりした私は、レニアスの手を借りながら、ゆっくりと浴槽に入った。

 待ちに待った暖かさにほーっと長い息をつく。体がお湯に慣れると少しぬるいと思ったが、何も言わなくてもレニアスが上の浴槽からお湯を足してくれて、すぐにいい温度になる。浴槽が深めのため、膝立ちになっている私を見て、レニアスは小さな椅子を浴槽に入れてくれた。それに座るとお尻をついても水面から顔が出る。私はゆっくり目を閉じた。たっぷりのお湯に全身を投げ出すとフワリと浮き上がるような気がした。私は手足を遊ばせながらじっくりと温かさに浸る。

「じゃあ、私も入るわよ。」

「うん。」

 レニアスは私の様子に注意しながら、脱衣所に戻った。


 しばらくして、レニアスが浴室に入って来たのを感じて目を開けた私はビシリッと目を見開いて固まった。腰までの赤い髪に妖艶で美しい顔はレニアスなのに、首から下がおかしかった。湯殿で私の世話をする薄い湯着越しにみた女性の体とは似ても似つかない体つき。線は細いのにがっしりした肩、膨らみの無い胸、筋の多い腕、腰回りはタオルが巻かれているが大人の女性特有の丸みはどこにもない。

「レニアス?」

「うん?どうしたの?」

「レニアスは女性よね?」

「何言ってるのどっからどうみても男でしょう。」

 それを聞いて、私はえーっと叫んで立ち上がった。勢いで湯船のお湯がザバリと音を立てる。

「ちょ、ちょっと。ヴィティ?」

 呆然と立ち尽くす私の目の前でレニアスが手を振る。私はハッとしてから、あわててお湯に浸かり自分の体を隠すように縮こまった。レニアスは、しらっとした目でこちらを一瞥しただけで、素知らぬふりで化粧を落とし始る。

 フワリと花とオイルの甘い香りが辺りに立ち込める。しばらくしてらお湯でオイルを流すとレニアスの素顔が現れた。私はそれを恨みがましく見つめて居たが、顔をあげたレニアスと目が合うと、はーっと小さく息を吐いた。

「私の国では女の子は夫以外の人に裸を見せてはいけないんだ。」

 私はレニアスに背を向けバスタブの端にもたれて足を投げ出した。もう一度見られたら何度でも一緒だと思った。ただ、なんだか悔しいので背を向けた。

「この辺はみんなそうね。」

「じゃあなんで?」

「ひとつは私がその慣習を馬鹿馬鹿しく思っているからね。そしてもう一つはそうしないとヴィティはお風呂に入れないからね。」

「そうなのか?」

「そりゃそうよ。お風呂って危ないのよ。特に子供には。」

「そういうものか。」

 何人もの介助をうけてお風呂に入っていた私に風呂が危ないという認識は全くなかった。レニアスは手早く髪と体を洗いながら私の疑問には丁寧に答えてくれる。

「そういうものよ。少なくともうちのお風呂は設備も入り方も独特だし、浴槽も深いからね。慣れるまでは誰かは一緒に入らなきゃヴィティ1人では危ないわ。溺れる時は一瞬なのよ。」

 溺れる心配があるのかと驚いたが、そういうものかと納得もした。

「そうか。それに1人では上手く洗えなかったと思う。」

「そうね。入る前に私は男だけど大丈夫かなんて確認したら、アルフレッドが大騒ぎしてきっとお風呂に入れなかったわよ。」

「うん。それはいやだ。」

「でしょう。」

「じゃあ、ありがとうだな。」

私はくるりと体を回転させて、レニアスに笑いかけた。

「お礼を言われるとなんだか悪いことした気になるわね。」

「いやいや、レニアスは悪く無いぞ。それに、責任とってくれるんだろう。」

「ぶっ!!」

私の言い回しにレニアスは盛大に吹き出した。それだけで、何だか仕返しができた気がして楽しくなってくる。

「それ、意味分かって言ってるの?」

「いや、知らん。」

自信満々の私が面白かったのか、レニアスは顔を綻ばせた。

「いいわ。大人になっても責任とって欲しかったら、ちゃんととってあげるから、安心してお風呂を楽しみなさい。」

私もつられて笑った。





「ヴィティ。大丈夫?ヴィティ?」

 焦ったようなレニアスの声にかまどの火を確認していた私はその場で立ち上がり大声で話しかける。

「おい!どうした!」

「あ、アルフレッドちょうど良かった。ヴィティが湯あたりしたみたいなの。」

 最初に聞こえた声よりもレニアスの声は落ち着いていて、大したことは無いのだろうと胸を撫で下ろす。だが次に聞こえたセリフに耳を疑った。

「ねぇ、入ってきて、服を着せるのを手伝っくれない?」

 風呂に入る前のやり取りといい、レニアスは女児への配慮にかけている。それとも庶民の感覚はそんなものなのだろうか?

「いや、それは姫のためにやめたほうがいい。」

「またそんな事言って。女の子だって言ってもまだ6歳の子どもなのよ。貴族の馬鹿げたこだわりをいつまでも引きずっていると暮らしていけないわよ。」

「……そうかも知れないが。」

「ま、いいわ。ちょっと出入口でまってて。着替えが終わったら家まで連れて行ってくれるかしら。」

 あきれたようにそう言われるといたたまれない。私は頬をかきながら風呂小屋の出入口の方へ回る。女性の肌を見ることは女性を傷つけることだと教えられて育ってきたのだ。急に考えは変えられない。


「アルフレッド、ちゃんと服着せたから入って大丈夫よ。」

 しばらくのちにレニアスがそういうから、私はドアを開けた。レニアスが姫を横抱きにしてドアの前に立っていた。姫はパジャマを着ているがレニアスは腰にタオルを巻いただけで裸のままだ。反射的に目を逸らそうとして、目に映る違和感に私はゆっくりと視線を戻した。暗闇に浮かび上がる白くて滑らかな肌はしかし、鍛えられた男性の体を形どっている。

「何してるの。早くして。今度は湯冷めしちゃうわよ。」

 レニアスにそう促されて、あわてて姫を受け取った。姫はツルンと頬を光らせながら、気持ちよさそうに眠っている。姫を受け渡すと、レニアスはさっと背を向けて服を着はじめた。その背中はロウソクの明かりでも分かるくらい古傷がたくさんある。均整のとれた引き締まった背中はどっからどうみても男の背中だ。私はそれを確認すると静かに小屋を出た。


 星空の下、闇の中に浮かび上がる美しい姫の顔は記憶にあるよりあどけない。寝顔だからというのもあるだろう。だけれど、この魔女の家に来てから明らからに子どもらしい表情を浮かべる事が増えた。王族の責務から解放されたから……だけでなく、安心しているからこそだろう。この喜ばしい変化をもたらしてくれたレニアスとシューには、感謝してもし足りないと思う。だがしかし、

「あいつ、絶対一発殴りますから。」

 先ほど負けて落ち込んでいたことなど都合よく忘れて、眠る姫に誓いをたてた。

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