奴隷の家の訪問者
ごみを出しに行ってシロが転んでケガをしたとき思った。
バンドエイドは貼ってやったが、大きさが意外と合わない。
転んだときは広い範囲をすりむくし。
病気をした時も家庭用常備薬だけで間に合うかどうか・・・やはり家から一歩も出ない生活というのは無理があるのか?
転んだからか、シロもあれから落ち込んで静かだ。
明日はおいしいものでも作って元気づけてやるか。
たしか、ヨーグルトとフルーツがいくつかあったはず。
(とんとん)ドアがノックされた。
その音に驚き、シロが抱き着いてきた。
この家には、まったく誰も来ないということはないが、こんな夜中に来ることはまずない。
元々、訪問者やドアのノックの音に弱いシロにとって深夜の訪問者は恐怖だったようだ。
「かみさま・・・」
シロは不安そうだ。
「大丈夫だから、ここで待ってろ」
シロに声をかけて玄関に近づいてみる。
覗き穴から覗いてみると若い女性が立っていた。
知らない人だ。
開けない方が無難かな。
「夜分遅くにすいません、大家の姫川です。さっきうちの前ですごい音が聞こえたから大丈夫かと思って・・・」
大家さんだった。
たしか、大家は101号室に住んでいるということだったが、おばあちゃんだったはず・・・
(ガチャ)「お騒がせしてすいません。転んでしまっただけですので・・・」
とりあえず顔を出して安心してもらってすぐに帰ってもらう作戦だ。
「あ、すいません。私、先日祖母からこのアパートを引き継いだ新しい大家の姫川です。あら・・・」
新しい大家さんの視線は俺の後ろに向けられていた。
「かわいいっ!彼女さんですか!?」
どうやら、不安な顔をして、こちらを見ていたシロを見ていたらしい。
「え!?あ!?あの・・・」
突然の質問に答えに詰まる。
アパートの契約の時は一人で住むことが契約書に条件として書かれていた気がする。
2人で住んでいるとバレてしまったら追い出されてしまう可能性が!?
「あ、すいません。立ち入ったことをお聞きして。あの~、よかったらこれ、使ってください」
大家さんはガーゼを手渡してくれた。
確かに、バンドエイドだけでは足りない範囲だったのでありがたい。
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
俺はガーゼを受け取り、お礼を言って帰ってもらった。
*
「かみさま・・・大丈夫でしたか?」
大家さんが帰った後にシロが聞いてきた。
大丈夫も何もほんとに大家さんだったようだ。
「ああ、大家さんだって。ガーゼをもらった。貼りなおしてやろう」
「やっ!」
シロが床に体育座りの様に座っていたシロは両ひざを手で隠した。
「シロ、これでいいです!」
「でも、ほら、バンドエイド小さいやつしかなかったし・・・」
「や!シロこれでいいです!」
頑なにガーゼは貼らないらしいので、薬箱にストックさせてもらうことにしよう。
***
(トントン)
翌日、昼過ぎに再びドアがノックされた。
昼間のノックは100%セールスなので、そもそも出ない。
シロは、借金取りが家に来るというトラウマがあるので、ノックの音には敏感だ。
昨日、大家さんが来たこともあって、久しぶりにシロが落ち着かない様子で室内をうろうろしている。
すぐに帰っていただく必要があるので、顔を出すことにした。
(ガチャ)「はい」
「あ、いらっしゃった!よかった!あの~、これなんですけど・・・」
ドアを開けると昨日の大家さんが立っていた。
大家さんはタッパーを持っている。
中身は煮物だろうか・・・
「あの~、作りすぎてしまって・・・もしよかったら・・・あ、他人が作ったものって気持ち悪いですか?ごめんなさい」
「あ、いえ・・・大家さんですし・・・」
「よかった、じゃあ、これも良かったら・・・」
今度はお菓子の箱を差し出してきた。
スーパーで売っているようなチョコチップクッキー。
イマイチ意図が分からずに大家さんを見ると、目線は室内をちらちらと見ていた。
「あの・・・」
「あ、ごめんなさい。失礼かと思ったのだけれど、昨日、少しお見掛けしてかわいい子だなぁと思って・・・ちょっとお話してみたくて・・・」
変に隠すと逆に良くないかもしれない。
かといって、家にあげるほど仲が良いというわけでもない。
しかも、シロがどんな反応をするかも分からない。
ちょっと挨拶だけさせてみるか。
「シロ、大家さんがあいさつしたいって、こっちにおいで」
シロはおずおずという感じで玄関に近づいてきた。
俺の後ろまでくると、シャツの裾を掴んだ。
「大家の姫川 玲子です。よろしくね」
「・・・シロです」
「シロちゃんっていうのね」
「・・・」
「すいません。人見知りで・・・」
「私、急に祖母のアパートを引き継ぐために田舎から出てきたものだから、まだこっちに知り合いもいなくて・・・それでお友達になれたらって思って・・・」
「大家さん・・・前の大家さんはどうされたんですか?」
「もう、歳で・・・うちの実家で私の両親と暮らすことになっちゃって・・・」
「そうですか、大変でしたね」
「私が就職失敗して家でゴロゴロしてたから大家を任されちゃって・・・」
「ははは・・・」
大家さんは見た目が若いので、20代半ばから後半というところか・・・
肩まである黒髪が誠実な印象を与える。
ニコニコしていて、悪い印象はない。
「困ったことがあったら手を貸してください。あ、私が大家だから面倒見ないといけないのか」
「いや、困ったときはお互いさまってことで・・・」
「ありがとうございます」
大家さんはちょいと顔を横にスライドさせて、「シロちゃんもまたね!」と言って帰って行った。
「シロ、大家さんどうだった?」
「・・・」(コクン)
大家さんが帰った後に聞いてみたが、比較的大丈夫だったらしい。
ただ、何かの反動が来たみたいで、その後はずっと俺の横にいた。
テーブルの椅子に座って大学の講義を受けたり、バイトをしている時は横に座ってお菓子を食べたり、小物を触ったりして遊んでいた。
ただ、横にいるのに服の裾を握っていた。
トイレに立った時はトイレまでついてきた。
「シロ、トイレだから」と言っても、トイレのすぐ前で待っていた(気配がする)。
いや、出ないから。
そんな前で待たれたら・・・
ちなみに、昼ご飯にいただいた大家さんの煮物はおいしかった。
自分では煮物を作らないので、意外と良いものだと思った。
そう言えば、チョコチップクッキーは一緒に食べようと思って持ってきてくれたものかもしれないと後で思った。
そして、タッパーを返さないといけないと、頭の痛い問題が起きたことに気づいたのはタッパーを洗っている時だった。
家からなるべく出たくない俺としては、タッパーを返しに行くという行為は精神的に苦痛だった。
明日の更新も朝6時です。
よろしくお願いします。




