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死がふたりを分つとも

 趣味をぎゅうぎゅうに詰め込んで、ついでにヤンデレに挑戦してみました。


 少しですが、人類の敵たる黒いあの虫の話が出てきますので苦手な方ご注意ください。


 直接的な描写はありませんが死亡する人がいます。怖くはないですが、おばけの話もあるのでご注意ください。

 ――窓辺に少女の亡霊が佇んでいる。

 ――襲ってくる様子はなさそうだ。


 話しかけますか?


 ▶︎はい

  いいえ



 ◆



「ギリギリセーフ‼︎」


 これはレイナが前世の記憶を思い出した時に思わず発してしまった言葉だ。

 幸い、人里離れた古城にひとりきりだったので、変な目で見られることはなかった。

 レイナは生まれ変わった世界で三百年ほど生きているが、それでも人に不審なものを見る視線を注がれるのは辛い。


 そう、レイナは生まれ変わりだ。いわゆる異世界転生というものをしてしまったらしい。

 ただ、今の寿命はあと一ヵ月に迫っているので、これから世界を救ったり、スローライフを始める時間はない。



 ◆



 この世界は前世にあった、あるオープンワールドゲームそのものだ。

 ゲームそのものは大ヒットと言うほど売れてはなかったが、作り込まれた良作だった。

 前世の彼女からすると主人公の目や鼻の大きさまで細かく調整できるのはやや面倒くさかったが、好感度を上げられるキャラが多くいたのが楽しかった。

 モンスターをほったらかして、人見知りの町娘に貢いだものだ。


 何故ここがそのゲームの世界だ、と断言できるかというと彼女が登場人物のひとりだからだ。


 但し、ゲーム開始時点で死んでいる。

 今の彼女はメッセージウィンドウで「亡霊の少女」と称されるただのモブだ。

 ゲーム内ではモンスターの一種である亡霊ながら人を襲わず、意思疎通が可能という少し特殊なモブだった。

 

 彼女の役割は魅了耐性をつけるアクセサリーのレシピを渡すことだ。勿論ただではない。

 「亡霊の少女」はある理由から自力で成仏ができず、苦しんでいる。

 だから破魔属性の武器で自分を攻撃してほしいと頼んでくるのだ。


 破魔属性の武器は普通の亡霊にも有効な攻撃手段である。

 多分古城に辿り着けるレベルのプレイヤーならひとつは持っている。

 なので、ほとんどのプレイヤーがその場ですぐ依頼を達成できるだろう。


 「亡霊の少女」はお礼を言って成仏し、彼女のいた部屋の机から「緋色の研究ノート」という名探偵が登場しそうなアイテムが手に入る。

 それをアクセサリーショップに持ち込むと、魅了耐性のつくアクセサリー、「ルビーのイヤーカフ」が店頭に並ぶのだ。


 フリーシナリオなので、彼女の頼みを断ってもいい。その場合のデメリットは「緋色の研究ノート」が入手できないだけだ。

 「亡霊の少女」は怒ったりせず、むしろ「変なことを頼んでごめんなさい」とあっさり引いてくれる。


 一度断っても再度話しかければ依頼は受けられる。

 ただ、期限があるのだ。

 依頼を達成するか、彼女と知り合っていなくてもある程度ストーリーを進めると、古城に深紅のドラゴンが出現する。

 そうなると、もう「亡霊の少女」はいなくなってしまう。


 彼女と交代で現れたドラゴンはまるで守るように古城を取り巻いて、威嚇してくる。当然、討伐可能だ。

 軽い気持ちで挑むと後悔するレベルの強敵だが、強いだけあって貴重な素材をドロップしてくれる。

 そして、それ以外に必ず「ルビーのイヤーカフ」をドロップするのだ。


 決して、ドラゴンがアクセサリーショップで買い求めたものではない。

 「ルビーのイヤーカフ」はプレイヤーが入手する以前にひとつだけ作成されているのだ。


 彼女から研究ノートを入手できることからわかるように、「ルビーのイヤーカフ」は「亡霊の少女」が研究して作ったものだ。

 何故魅了耐性かというと、生前の彼女がどう生きていたかに答えがある。


 彼女は生前、竜人の妻だった。

 竜人というのは、この世界において最強の生物でありながら、普段は世捨て人のように暮らす種族だ。

 不老不死と言われるほど長命で、普段は人型だが、ドラゴンにも変身できる。

 どんな毒も効かず、どんな刃も通らず、膨大な魔力は自然の摂理を歪める。


 それだけ飛び抜けた力を持つためか、種族の総数は少ないらしい。

 彼らは強靭な肉体のおかげで、他の種族が住めない場所に隠れ住んでいて詳しい生態は謎に包まれている。

 世の中にあるすべてのものに対して無関心で、基本的に同族以外には何も語らず、近づきもしない。

 ただひとつの例外を除いては。


 それが伴侶だ。

 竜人は生涯にたったひとつの愛と出会うため生まれてくると言われている。

 彼らの伴侶に対する愛は深く、すべての危険から遠ざけるために堅牢で安全な、巣という名の城を自分で建造し、生活に纏わるすべての事柄を己で行う。

 全身全霊でもって伴侶に尽くすのだ。

 そして、少しでも長く蜜月が続くように自分の魔力を伴侶に注いで寿命を伸ばす。


 「亡霊の少女」は元々ヒューマンと呼ばれる、ようするにただの人間で本来の寿命は八十年ほど。

 それが三百年、結婚当時の若い姿を保っているのだから竜人の桁外れさがわかる。

 ちなみにこの世界では短命な種族のヒューマンでも最長千年まで寿命を伸ばせるそうだ。気が遠くなる。


 かように一途なはずの竜人から彼女は捨てられてしまったのだ。

 何故か。

 研究成果からわかるように、魅了魔法のせいだ。彼女の夫は見知らぬ夢魔に魅了され、出て行ってしまった。

 竜人は精神魔法を無効にできるはずだが、絶世の美貌を持つ夢魔だったので、ついよろめいてしまったのだろう。男は美人に弱いものだ。


 捨てられた「亡霊の少女」はひとり彼女のために建てられた城に取り残され、寿命が一ヵ月に決定した。

 竜人の魔力による力技で若さを保っていたので、その供給がなくなってしまえば彼女は死ぬしかない。

 寿命はとっくに尽きているのだ。


 ゲームの「亡霊の少女」は残り僅かな時間で夫を失う原因になった魅了魔法を防ぐアクセサリーを作ったことを語る。

 もし彼女のことを思い出し、古城へ戻ってきた夫がもう二度と魅了魔法に惑わされないように。

 そして、彼女を捨て、死なせたことに罪悪感を覚えないようにと忘却魔法をかけた箱にアクセサリーを納めて死んだ。


 その後どうなったのか彼女は語らない。

 ただ、プレイヤーが彼女の部屋に辿り着いた時には完成品を入れたと思われる宝石箱が開いたままの空っぽの状態で机の上に置かれている。

 「ルビーのイヤーカフ」は夫の手に渡ったのだ。


 本懐を遂げたはずの彼女が成仏できずにいるのは長年注がれ続けた魔力の影響だ。

 自然の理を歪めて寿命を延ばした結果、魂も変質してしまったらしい。

 もはや攻撃して貰って、強制的に成仏するしか方法がなくなってしまった。


 しかし、彼女はそれで楽になったのだからよかった。

 プレイヤーはそうはいかない。


 彼女がいなくなったあとに現れたドラゴンを討伐したらドロップしたのが「ルビーのイヤーカフ」。

 討伐後、入れるようになった古城の中は一部が壊れたり、大きな爪痕があったりする。

 特に酷いのが「亡霊の少女」がいた部屋だ。

 古びていても女性の部屋らしく、かわいらしかった室内は爪痕だらけで、家具もすべて壊れている。

 そして、研究ノートがあった机はバラバラになっており、開いたままの宝石箱も形が歪んで床に転がっている。


 さらに、彼女の立っていた窓辺はぽっかりと大穴が開き、その周りで竜のウロコというそこそこ貴重な素材が四枚拾える。


 現場は古城の中だから、犯人はまだそこに入れる大きさだ。

 但し、石造りの城の壁を壊す力を持ち、爪痕があるということは強靭な長い爪を持っていると思われる。

 そして、「亡霊の少女」の部屋が特に荒れているということは、彼女に縁のある者の犯行だ。

 最後に窓辺の大穴。

 瓦礫が部屋の中にはなかったから内側から外に向かって開けられたと考えられる。

 そこに落ちている竜のウロコ。


 さっきのドラゴン、あの子の夫では?


 「亡霊の少女」と話したプレイヤーはそう推理した。

 しかし、ゲームの中ではそれ以上の情報は何もなく、なんとももやもやする。

 「亡霊の少女」の依頼を受けなかった場合はモブの冒険者が彼女を成仏させたことがわかるが、それだけだ。


 仲間にはならないし、好感度も上がらない、ひとりだけ登場する竜人の女性が「竜人は心を失うと完全にドラゴンとなってしまう」ということを教えてくれるが、真実は藪の中だ。



 ◆



 その「亡霊の少女」に生まれ変わったことを知った彼女は発奮した。

 ゲーム画面で見たあの深紅のドラゴン、夫が竜化した姿そのものである。

 裏切られ、捨てられたとしても約三百年連れ添った仲だ。なんとしても夫を悲しい運命から救わねばならない。

 レイナは夫が発狂した上討伐されるなんて嫌である。


 そのためにはもっと詳しくゲームのことを思い出さねば、と思った瞬間、どっと頭の中にゲームの情報が溢れた。

 初級の魔法から、前世の彼女の推しだった町娘の好感度を上げるプレゼントが栞だということまで、すべてだ。


 前世を思い出したからといってこんなに都合の良く、ゲームのことだけピンポイントで思い出せるものだろうか。

 レイナは試しに前世の自分の記憶すべてを思い出したいと念じた。


 今度は気絶しそうなほどの情報が頭の中に雪崩れを起こす。

 彼女はしばらくじっとしてそれに耐えた。

 生まれたその日から、若くして病気で亡くなる最後の日まで順番に、整然と記憶が蘇っていく。

 すべてを思い出すとむしろ頭がスッキリしていた。

 そして、自分の身に何が起こったのか分析する。


 これは明らかに魔力が作用している。

 人間の記憶なんて曖昧なものだ。

 特に前世の彼女はぽやっとしたタイプだったので、昨日の朝食も思い出せない有り様だった。


 なのに、今は幼稚園の時、初恋だった保育士のお兄さんのことすら思い出せる。

 そして、高校の時に初めてお付き合いした青木君に「あなたが初恋だ」と言ってしまったことも思い出した。

 初恋詐欺だ。青木君には誠に申し訳ないことをした。

 でもお兄さんのことは忘れていたので許してほしい。実質初恋だ。


 ともかく、こんなにすべてのことが明確に思い出せるのは普通、ありえないことだ。

 魔力によって思い出したということで間違いないだろう。

 彼女自身の魔力ではそんなことはできないので、確実に夫の魔力の効果だ。


 これは、危険な行為である。


 今のレイナは残った夫の魔力で生きながらえているのだ。

 その魔力を消費するというのは、当然、あと一カ月の寿命を縮めている。

 夫の魔力を温存しようと思っても、元は他人の魔力だ。コントロールは不可能で、意識しても勝手に消費されてしまう。

 魔力の使用は最低限に抑えないと、夫を救うどころではない。


 とりあえず、ゲームの知識は隈なく思い出せた。

 ついでに前世も玲奈と書いてレイナという同じ名前だったことも思い出した。

 異世界転生すると名前も引き継ぐのだろうか。


 ともかく、寿命を縮めて得た知識の中に夫を救う手立てがあるはずだ。

 こういうときは書き出したほうが頭の中が整理できると、机に向かった。


 ゲームでも登場した机の上には例の宝石箱がある。

 この宝石箱は、この城の中でたったひとつのレイナの私物だ。亡き母の形見である。

 深い青色に金で縁取られた宝石箱は、父からの贈り物だったそうだ。

 もう身内と呼べるものを失って久しい。そして、今は常に一緒であった夫もいない。


 感慨深く宝石箱を撫でてから、おもむろに引き出しを開けた。中には文房具とノートが数冊入っている。

 緋色のものは今後のために避けて、使いかけのものを開いた。

 筆記具は万年筆である。使いにくそうな羽ペンの時代でなくてよかった。

 

 まず、ゲームで「亡霊の少女」が話す内容を書き出し、次にドラゴン出現から討伐までについてまとめる。

 そして、悩んでから、ゲーム内に唯一登場した竜人の女性に関するイベントについて書いた。


 直接夫と関係はないが、同じ種族である。

 何かヒントがあるかもしれない。


 竜人の女性のイベントは単純にして難しいものだ。

 彼女は伴侶となる相手を見つけているのだが、相手はエルフの、女性なのだ。

 様々な種族がひしめく世界だが、同性カップルは少数派だ。

 相手の女性も同性に求婚されて戸惑っているので、主人公が説得して百合カップルを成立させるのだ。


 その説得方法は、エルフの女性からの五つの問いかけに対し、三つの選択肢から正しいものを選んでいくだけだ。

 ただ、間違った回答をすると竜人の女性はエルフの女性に殺されてしまう。


 完全無欠の竜人を殺害するなんて、とんでもなく強く思えるが、違う。

 これは竜人の特性で、彼らの弱点は伴侶なのだ。

 伴侶にされたどんな攻撃も絶対に防げないし、竜人たちも伴侶からの与えられるものなら例え攻撃でも喜んで受け入れる。


 あのイベントでもあっさり死んでしまった竜人の女性を見て、エルフの女性は「まさか死んでしまうなんて……! そんなつもりはなかったの!」と叫ぶ。

 牽制か、強い拒絶を表すために攻撃しただけだったのだ。

 レイナもプレイしたとき、あまりにあっさり死んでビックリしたから気持ちはわかる。


 主人公の説得が成功すると、ふたりは晴れて恋人になり、竜人の女性から報酬として珍しいドラゴン素材をたっぷり貰える。

 それ以降、二度とふたりには会えなくなる。

 愛の巣に引きこもってしまったのだろう。


 竜人の女性のイベントをまとめ終わって、筆が止まる。

 他に関係ありそうなイベントや情報が浮かばない。

 たったこれだけの情報から夫の発狂の原因を導き出さねばならない。


 夫が発狂したきっかけはおそらく「亡霊の少女」が成仏したことだろう。

 多分、彼女が死んだときにかけた忘却魔法が解けたのだ。

 

 捨てられたとは言え、正式な伴侶は彼女である。

 夫は彼女の魔法に抵抗できないし、死んでも効果を発揮した魔法が成仏ごときで解けるとは思えない。

 元々何か欠陥があったのだ。


 レイナは今の自分の状態を思い出す。

 この、意識せずとも使われてしまう夫の魔力。これが原因だ。

 「亡霊の少女」も今のレイナと同じだったはずだ。

 つまり、忘却魔法は夫の魔力を使ってかけられた。

 伴侶が使った魔法だったので、一応効果を発揮したが、魔力は夫、すなわち自分のものなのできっかけがあれば解けてしまう状態だったのだ。


 そうとなれば解決方法は単純である。

 夫の魔力を使い切り、忘却魔法だけは自分の魔力でかける。

 しかし、これが難しい。

 今の彼女は夫の魔力で体が保たれているのだ。使い切った途端、塵になってもおかしくない。


 どれくらいで魔力を使い切れるか彼女には把握できないし、かなりのギャンブルだ。

 それに、彼女はこれから「ルビーのイヤーカフ」を作らなければいけない。

 アクセサリーの作成には魔力を消費するのだ。

 細心の注意を払って物事を進めていく必要がある。


 それだけではない。

 レイナに「ルビーのイヤーカフ」が作れるのか、という問題がある。


 彼女は夫と知り合う前、錬金術師をしていたので、本来なら問題なく作れる。

 しかし、今の彼女は三百年夫に甘やかされ続けたほぼニートだ。

 結婚後、一度も仕事道具に触れていない。


 幸い夫が彼女のための作業部屋を作ってくれていたはずだ。

 一度も入ったことがないので何があるのかさっぱり知らないが、あとは彼女の腕が鈍っていないかにかかっている。


 レイナは引き出しを開けて、緋色のノートを取り出した。

 彼女がこれからやろうとしていることは確実に主人公に損をさせる行いだ。

 夫がドロップする素材は入手が限られる、レアアイテムなのだ。


 夫を助ける以上、せめて彼女のほうはちゃんと用意しておきたい。

 正直、魅了を防ぐだけのアイテムの価値は低いが、ないよりはあるほうがいいはずだ。

 まずは設計からだ。


 レイナは運命のノートに一筆入れた。





 彼女の腕は思ったよりは錆びついてはいなかった。

 「ルビーのイヤーカフ」の設計は順調に完成した。

 素材や魅了耐性をつける術式などの細かい調整が終わったところで、やっと夫が用意してくれた作業部屋に向かう。


 そして、呆然とした。

 道具どころではない。

 作業部屋の隣が倉庫になっていて、そこがぎゅうぎゅうになるほど様々な素材が詰め込まれていた。

 ゲームではひとつしか入手できない希少な品が三つもあって目眩がする。


 改めて、夫の愛の深さを思い知った。

 こんなに尽くしてくれたのに、彼女ときたら三百年、立ち入ることもしなかった。

 元々生活のために錬金術師をやっていただけなので、そこまで情熱がなかったのだ。

 しかし、こんなに揃えてくれていたならちょっとくらいこの部屋を使って見せればよかった。


 むしろこの部屋を解放しておけば、夫の討伐がなくなってもお釣りが出るのではないか。

 主人公のためにくれぐれも鍵は締めずにおこうと決意する。

 早速アクセサリー作成を始めて、作業の合間に夫へ思いを馳せた。


 深紅のドラゴンに変化する彼は、人型だと赤毛赤目の飛び抜けた美形だ。竜人は完全無欠な上、容姿端麗なのだ。

 その上、立っているだけでラスボス臭を放つので、平凡な彼女にとって夫からの求婚は戸惑いしかなかった。


 周囲からもレイナでは竜人に相応しくないと言われたこともあって、交際には消極的だった。

 彼女が結婚を決意できたのは、ひとえに夫が彼女だけを見つめ続けていてくれたからだ。

 ほかの誰かではなく、レイナの気持ちを教えてほしいと請われたときに彼女の心は決まっていた。


 今、何をしているのだろう。

 彼女にしてくれたように、新しい伴侶のための城を建造中だろうか。

 嫉妬で胸がムカムカしてしまうが、許してほしい。

 夫が彼女を忘れても、レイナはまだ夫を愛しているのだ。


 そこで、ふと思い出した。

 夫を魅了魔法で惑わした夢魔に見覚えがあるのだ。

 しかも、がっつりゲームに登場した敵キャラだ。


 彼女はいわゆる中ボスというやつだ。

 あのゲームのラスボスは、多様になりすぎた世界の有り様を嫌い、一部の種族以外の虐殺を目論む、要するにテロリスト組織だ。

 彼女はその組織の幹部で何度か戦う機会があるのだが、最後以外ははすべて負けイベントになってしまう。


 夢魔というと魅了魔法などの精神系の魔法が得意だ。あのゲームでは他人の夢に侵入して操ることができるという設定もあった。

 その分、物理攻撃に弱いはずなのだが、彼女はまったくダメージを受けない。

 それどころかどんな攻撃も通らないのだ。


 竜人の伴侶に収まったなら当然、と言えるスペックだが、竜人が伴侶をあんなに自由にしておくのはおかしい。

 テロ組織に所属するなどもってのほかだ。


 あの中ボスは実に悪の組織の女幹部らしく、ラスボスに心酔し、片想いをしていた。

 だから別人だと思いたいが、彼女はラスボス以外、味方のこともゴミクズ程度にしか思っていない。


 彼女ならボスのために竜人を利用することも躊躇いなくしそうだ。

 伴侶に納まってしまえば、竜人は伴侶に抵抗できない。魔力だけ注がせて拘束し、監禁しておくことも可能だ。

 ドラゴンの夫はゲームに登場するのに、人型の夫は影も形も見えないのだ。


 ゲーム本編は今から百年ほど先になる。

 もし、もしも本当にあの女幹部と夫を惑わせた夢魔が同一人物なら夫は少なくともゲーム本編の間、監禁された可能性がある。

 竜人なら飲まず食わずで監禁されても少しの間ならなんともない。

 「ルビーのイヤーカフ」が夫の手に渡る以上、現在は自由にしているだろうが、もし、入手直後だと、百年監禁されることになる。

 頑丈な竜人も流石に弱る年月だ。


 女幹部との最終戦が発生するのは古城に深紅のドラゴンが出現したあとだ。

 そのときの彼女は負傷していて、今までの無敵さが嘘のように一撃で倒せてしまう。

 しかし、負傷や弱体化の理由は説明されず仕舞いだった。

 正気に戻った夫に攻撃され負傷し、伴侶の立場を失ったから弱体化したと考えるのは飛躍しすぎだろうか。


 もしかしたら、制作者が仕込んだ裏設定を見つけたのではないかという喜びと同時に怒りがメラメラ燃え上がる。

 人の夫を利用しようなんて、いい度胸をしている。

 レイナは貧弱なヒューマンでしかないし、錬金術師としても三流だ。

 夢魔よりずっと弱いが、夫に危害を加えられて黙ってはいられない。


 今手元には作りかけの「ルビーのイヤーカフ」がある。

 夫がたくさん材料を備蓄してくれていたおかげですんなり作業は進んでいたが、これは一旦破棄して、設計を練り直す。


 これだけのレアアイテムがあれば彼女の腕がちょっと残念でも、もっとすごいものが作れる。

 例えば、攻撃をすべて跳ね返すアクセサリーとか。

 そういうものがあれば、あの女幹部から夫を守れる。


 レイナは緋色のノートを閉じて別のノートを開き、猛然と筆を走らせた。

 彼女はいつ死ぬかもわからない身だ。何事も早くやらなくてはいけない。


 だから、あの夢魔をゲーム以外でも見たことがあるような気がしたが、アクセサリー作りに夢中になって忘れてしまった。




 感覚のない手でなんとか宝石箱にブレスレットを納めて、ホッとする。

 今の彼女は塵になる寸前だ。よくわからなかった夫の魔力も底を尽きる頃にはなんとなく残量がわかるようになっていた。


 夫のために作ったアクセサリーはイヤーカフでは大きさが間に合わず、ブレスレットと化したが、つけたい機能は全部つけられたのでよしとする。

 ノートのほうは緋色のものだけ残して処分した。

 こんなアイテムを主人公が獲得したらゲームバランスが崩壊する。

 これを手にするのは夫だけだ。


 気づくとくず折れていた。視界が下がって机の上の宝石箱を見上げる。

 今なら、自分の魔力だけで忘却魔法をかけられる。

 最後だし、絶対に彼女のことを思い出さないように全力を注ぐ。

 少しずつ暗転していく視界の中で宝石箱は魔力の光を纏い、輝いていた。


 終わりは寂しかったが、三百年大切にしてくれて、レイナは幸せだった。

 だから、死がふたりを分つとも、レイナは夫、オメガの幸せを願い続けるだろう。



 ◆



 幼馴染のリゼの顔を見た瞬間、前世を思い出した。


「リゼって栞集めてたよね?」

「……集めてるけど」


 リゼはいつもと同じように分厚い本を膝に乗せて、胡乱な眼差しで彼女を見た。

 なんでお前がそれを知ってるんだという顔だ。


 レイナは思わずキュンとしてしまう。

 推しの町娘は好感度が低いうちはいつもそんな顔をしていた。

 しかもゲーム内の年齢より幼い。推しの幼少期が見られるなんて最高である。

 その上、ふたりは幼馴染の関係だ。貢がなくても親しくできる。


 記憶を取り戻した瞬間、目の前に推しがいたので喜びのあまりすんなり前世を受け入れてしまった。

 レイナは前世と同一の世界にまた生まれ変わったらしい。

 また同じレイナという名前だ。やっぱり名前は引き継がれるらしい。


 レイナは今十一歳で、リゼも同じ年だ。

 ゲーム中の彼女の年齢ははっきりしないが、見た目は十代後半だった。

 そこから察するにあと数年でストーリー開始する時間軸のようだ。

 世界は動乱の時代を迎えるが、彼女の住む町はそれほど危険なイベントはないので一安心だ。


 前の彼女が死んだあとどうなったのか、今のレイナにはわからない。

 本来なら彼女はまだ亡霊として古城にいるはずだ。今ここにいるということは強制的ではなくとも成仏できたらしい。

 魂が変質してなかったことは喜ばしいが、元夫はどうなったのだろう。


 あれから百年ほど経っているが、無事なら余裕で生きている。

 元気で楽しく毎日を過ごしてくれていたらいいな、と思う。

 もうかつてのレイナとは違うレイナになってしまったので、再会は望まない。幸せを祈るだけだ。


 突然もの思いに耽りだした彼女にリゼが不審な顔をしているので、元夫のことを想うのはそれくらいにする。


 ふたりがいるのはいつもの場所、と呼んでいる表通りから少し外れた生地問屋の前だ。

 入り口前が階段状になっているので座るのにちょうどいいし、程よく薄暗く、本を読んでも目が悪くならない。


「今度からあそこの書店で本のおまけに色んな栞をつけてくれるんだって」

「……そう」


 まだ不審な顔のリゼに、ここへ来る前に小耳に挟んだ情報を教えると、反応が薄いが、嬉しそうに目をきらめかせる。

 あそこ、と指差しだ斜向かいにある書店のおまけ栞をゲーム本編でもリゼは集め続けている。入手し損ねた過去のレア栞を渡すと仲良くなれるのだ。

 ただ、栞コレクターは結構いて、レア栞ゲットのためには割と大金がかかってしまう。前々世の彼女がたっぷり貢いだ原因だ。


 ほかにも街の噂をポツポツと一方的に話し続ける。

 リゼは膝の上の本に目を落としているがちゃんと聞いてくれているので気にしない。

 リゼは本当に嫌なら隣に座らず立ち去ってしまうので、そっけなく見えてもレイナのことが好きなのだ。


 そうしていつもと同じように過ごすうちに日差しが傾き、町が茜色に染まり始める。

 そろそろ帰る時間だと、リゼに別れを告げようとして、表通りのほうが騒がしいことに気づく。

 複数の少年がひとりの少年を取り囲んでいるようだ。

 レイナはまただ、と思い、立ち上がった。


「……怪我、しないでね」


 ぽつり、と本に目を向けたままリゼが彼女に声をかける。

 またしてもキュンとしてしまった。

 このリゼが時々見せるデレが前々世から大好きなのだ。


「うん! ありがとう、リゼ。またね!」


 レイナの別れの言葉に控えめな手を振ってくれるのもかわいい。

 推しからの供給にスキップしそうなほど上機嫌で走り出し、勢いのまま揉めている少年たちに割って入った。

 ひとり、囲まれていた少年を背に庇う。


「あんたたちっ! やめなさいよ!」

「うげっ! レイナだ!」

「やめないんならゴキブリ背中に入れるわよ!」

「に、逃げろ!」


 レイナが仁王立ちをして一喝すると少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 彼らはいつもレイナが背に庇った少年をいじめている困った集団だ。

 以前、あまりに腹が立ったので、全員の背中に捕まえたゴキブリの死骸を放りこんでやったのだ。

 よっぽど嫌だったらしく、それ以来彼女の顔を見るだけで全員逃げるようになった。


 レイナは前世で薬の材料にしていたので全然平気だが、異世界でもゴキブリは嫌悪の対象らしい。

 何が悪いのだろうか。あの予測できない動きか。


「レイナ……。いつも、ごめんね」

「あ、アル。気にしないで。

 いつも絡むあいつらが悪いんだよ。それより怪我はない?」

「うん、大丈夫。ありがとう」


 ゴキブリの嫌われる理由を考えていたら庇った少年に礼を言われた。

 彼は隣の家に住んでいるアルファという名の彼女のもうひとりの幼馴染だ。

 レイナよりふたつ年下で、子犬のようなつぶらな瞳をした小柄な少年だ。

 今はその小柄な体に見合わぬ大きなナップザックを担いでいる。


 彼は早くに父親を亡くし、母子家庭であることから何かとほかの子供たちにいじめられている。

 この町はヒューマンばかりが住んでいて平和なので片親家庭は珍しいのだ。

 それに小柄で大人しい彼は標的にされやすいのだろう。レイナは現場に遭遇するたびに助けてきた。


「アルは今日も薬草摘みに行ってたの?」

「うん。少しでも母さんの助けになりたくて……」

「偉いねぇ。そうだ、今度は私も誘ってよ! なんか楽しそう」

「えっ、で、でも、大変だし」

「いいから。次に行く時は私も誘ってね!」

「……うん。ありがとう、レイナ」


 少し強引だが、約束を取り付けた。

 薬草摘みは子供でもできるこづかい稼ぎだが、ひとりで森に入るのは危険である。

 レイナは前世で職業柄、嫌というほど薬草摘みをしてきたから、助けになれるはずだ。


 アルファはにこりと笑う。

 幼く地味な印象が強いが、顔立ちは整っている。

 この幼馴染、母子家庭という環境も合わせて、なんだかとても主人公っぽい生まれだ。

 容姿も主人公っぽい母性をくすぐるかわいい感じで、ゴールデンレトリーバーの子犬に似ている。

 名前のアルファもなんとなく主人公っぽい気がする。


 ゲームの主人公は種族から年齢、ゲームのスタート地点になる出身地まで自由に選べる。

 なので、前世の記憶があるレイナにも誰か主人公かはわからないのだ。

 もしかしたら、アルファが主人公でもおかしくはない。


「……どうしたの?」

「ううん! なんでもない! 帰ろ」

「……? うん」


 不思議そうな顔をする彼の手を引いて歩き出す。

 レイナは今度こそゲームに関係ないモブに生まれた。

 リゼのように好感度が上げられるキャラでもない彼女は主人公かもしれないアルファとその内、別の道を歩み始めるのだろう。


 でも、今だけでいいから一緒にいたい。

 初恋なのだ。

 今度は詐欺ではない。今のレイナには初めての恋だから初恋でいいはずだ。


 アルファは元夫とはまったくタイプが違う。

 オメガは絶対いじめられたことはないだろうし、頼りないレイナをいつも守ってくれていた。

 でも前々世、お付き合いしていた青木君は爽やかスポーツマンタイプだったので、好きになった人が好きなタイプというものなのだろう。


 レイナはアルファの優しいところが好きだ。それから、笑顔。

 笑ったときに八重歯が覗くのがとてもかわいい。

 そう言えば、オメガは竜人なので犬歯がやや長めで、笑うと絶対覗いていた。

 青木君は歯並びがよく、真っ白な歯で、にかっと笑うと眩しいくらいだった。

 もしかしたらレイナは歯フェチなのかもしれない。


 自分の意外な性癖に気づいて、まじまじアルファの顔を眺め、彼を戸惑わせてしまった。



 ◆



「またね、アル」

「うん、おやすみ、レイナ」


 茜色から紺碧色になり始めた空の下、家の前で彼は大好きな少女と別れた。

 家は隣だ。でも別の家というのがもどかしい。

 早く大人になりたいと切実に思う。


「アルファ、おかえりなさい」


 暖かな明かりが灯る家に入った彼を母が迎える。

 仕事は先に終わっていたようだ。

 背負ったナップザックを下ろし、今日の稼ぎを渡す。


「まぁ、今日も頑張ったのね」

「うん。家計の足しにして」

「うふふ、ありがとう。でもこれはアルファのお金だから、全部あなたのものよ」

「昨日もそんなこと言って受け取らなかったじゃないか」


 そっと、けれども頑なに金の入った袋を押し返す母に唇を尖らせる。

 母はやんわりと笑っている。一見優しげな表情だが、絶対に受け取らないという強い意志を感じる。


「僕が稼いだお金が僕のものなら、母さんが稼いだお金は全部母さんのために使うべきだ」

「それとこれとは違うのよ。わたしは母親で、あなたは子供。あなたを大きくなるまで養うのはわたしの使命だわ」


 きっぱりと断言され、完全に袋は彼の手にとどまることが決まった。

 不満そうなアルファの様子に、母はいたずらっぽく笑う。


「それに、お金貯めといたほうがいいわよ。レイナちゃんの誕生日、もうすぐでしょ? プレゼントは奮発しないとね?」

「……! や、やめてよ!」

「あらあら、照れちゃって」


 母はクスクス笑いながら、彼の頭を撫でた。

 夕食の準備ができたら呼ぶからそれまで自室で休んでいろと言われ、やや強引に部屋へ追いやられる。


 ぱたり、と自室の扉が閉まり、母の足音が遠ざかるのを確認した。

 明かりもつけずに暗い部屋の中を移動し、難なくベッドへ辿り着く。そこにナップザックを下ろした。

 中身を慎重に取り出して、やはりベッドの上に置く。

 部屋へ戻るまで、誰にも気づかれなかったことに、思わずにまり、と笑みが浮かんだ。


 彼がずっとナップザックで運んでいたのはひとつの宝石箱だった。

 深い青色に金の縁取りがある、懐かしい、彼の妻の愛用の品。

 そして今や彼女の彼への愛の証。


 前世のもので、これだけは手元に置いておきたかったので、かつての巣まで取りに行っていたのだ。

 転移魔法を使えばどれほど遠くであっても一瞬だ。

 戻ってきてから薬草採りをする時間もたっぷり取れたので、アリバイも完璧だった。

 彼はあくまでも母親想いの気弱なアルファでなくてはいけない。


 アルファは大切な宝物を愛おしみながら撫でる。

 残念なことに強力な忘却魔法がかかっているので開けられないが、外観だけでも十分だ。

 満足するまで眺めたら、偽装と守るための魔力でしっかり覆って、ベッドの下に隠した。


 彼は、前世でオメガという竜人だった。

 竜人は愛を果たせず死んだ魂が凝り、女の胎を介さずに生まれてくる特殊な種族だ。

 肉親はおらず、同族ともそこまで親密ではない。

 彼らはただ、果たされなかった愛を取り戻すために生まれてくるのだ。


 幸いなことに彼は比較的早く唯一の愛であるレイナと出会い、長い蜜月に浸っていた。

 しかし、あの無粋な夢魔のせいで幸せな日々は終わりを迎えてしまった。


 夢魔は夢を介して人を操る。

 あの女は彼すら入れぬレイナの夢に侵入し、魔力を媒介に彼女の魂と自分の魂を繋ぎ、伴侶と偽装してオメガを意のままに操ろうとしたのだ。


 不甲斐ないことに彼はレイナを守れず、夢魔の思惑通りにことが進んでしまった。

 大切な伴侶を長くひとりにした上、死なせてしまうなんて竜人にとって最大の汚点だ。


 それでも、レイナのおかげで助かった。

 彼女が彼の魔力だけでなく、媒介となっていた自分の魔力を使い切ってくれたことで、彼女と夢魔の繋がりが切れたのだ。

 正気に戻った彼があの忌まわしい夢魔を殺し、ふたりの巣に戻ったときには彼女の魂は輪廻の輪に戻ろうとしていた。


 オメガはあの夢魔に触れた穢らわしい体を脱ぎ捨て、急いであとを追った。

 竜人は自由に自分の体から魂だけ抜け出すことができるのだ。

 脱ぎ捨てた体は勝手に竜化して暴れるが、そんなことはどうでもいい。


 大切なことは先に逝ってしまった伴侶を追いかけることだ。

 少し遅れてしまったので、転生の際に二年の誤差が出たが、許容範囲だ。

 現にレイナは今も彼を愛してくれている。


 オメガとは正反対の、年下で弱々しく、母を大切にするアルファを彼女はお気に召したらしい。

 彼はレイナが愛してくれるならなんでもいい。

 レイナが愛するものが、彼なのだ。


 彼女は彼がオメガの生まれ変わりだと気づいていない。それでも愛してくれることに喜びを感じる。

 見た目も性格も関係なく、彼の本質である魂に無意識で気づいているということだからだ。

 これから先、器や立場が変わろうともレイナはきっと彼に気づき、何度でも愛してくれるだろう。


 それに、オメガではなくなったことで、レイナの新たな一面を知ることができた。

 前世のレイナは大人しく、彼に守られる儚い存在だったが、今のレイナは勝ち気で年下の彼を守ろうとする強さを見せてくれる。


 竜人の先達が、「我等の愛は死んでからが本番だ」と言っていたが、まったくその通りだった。

 こうして生まれ変わるたびに彼は彼女の新たな顔を知り、愛を深めていくのだ。

 そして、この宝石箱のような宝物が増えていく。


 前世から百年も経っていたので、放置していた巣に他人が侵入し、持ち出されていないか心配だった。

 だが、巣には彼が捨てた体がまだいたため、同じものである彼以外近づけなかったようだ。

 伴侶以外に触れた穢らわしい体だから、誰かに殺されたところで惜しくはない。

 しかし、次に死んで生まれ変わるまでの間、宝物を守らせるにはうってつけかもしれない。


 なんにしろ、彼の宝物を守る方法はいくつも考えておくべきだ。

 前回は咄嗟のことで後先を考えられなかったが、これから何度も宝物の側を離れる期間がどうしてもできてしまう。

 器が変わっても、竜人の魔力を保持する彼なら奪われても奪い返すのは容易いことだが、他人に触れられるなんて許しがたい。


 これから魂が擦り切れてなくなるまで、ふたりは輪廻を繰り返し、愛を交わし続けるのだ。

 尾を噛む蛇のように、終わりの先にまた始まりがある幸せが彼を待っている。

 安心してレイナとの愛に没頭するために、誰の目にも触れない隠し場所はどうしたって必要だ。


 アルファはベッドにうつ伏せで寝転ぶ。

 この腹の下に愛しい彼女の愛の証があるのだ。

 今はひとつだが、これからどれだけ増えていくのだろうか。

 そう考えるだけでくふくふと笑いが漏れて、止まらなくなる。

 なんてしあわせなんだろう。




 例え死をもってすら、ふたりを分つことは決してできないのだ。

 ゲームの設定や裏話が読みたくて攻略本買ってました。


〈追記〉


・玲奈がやっていたゲームについて


 アクションRPGです。主人公は性別や種族、年齢については子供から老人まで選べます。顔の造作も細かく調整できるので、ゲーム開始までにすごく時間がかかるやつです。


・オメガは操られていたのにどうして魅了耐性のアクセサリーを入手できたの?


 流石に本来の伴侶が死んだので、本能的に察知して妻の元にかけつけました。ですが、伴侶偽装か解けていない+不完全な忘却魔法で妻のことを忘れてしまったので、アクセサリーだけ入手して、結局夢魔の元へ帰りました。

 そもそも伴侶偽装なので、アクセサリーは効果がなく、突然出奔してそんなものを持ってきたオメガに不信感を抱いた夢魔は自分のための巣ができ次第、そこにオメガを監禁します。つまりゲームのオメガは百年監禁されていました。


・ゲームの夢魔、なんでオメガに殺されてないの?


 百年、飲まず食わずで監禁されていたので、流石の竜人でもだいぶ弱っていたことと、一刻も早く伴侶のあとを追いたくて焦っていたため、仕留め損ねました。

 その後、古城をぼろぼろにするほど暴れていたので冷静さもかなり欠いています。

 伴侶が死んだ場所にわざわざ移動してくるのは伴侶の魂がどこに転生したのか追うために必要だからです。


・ゲームのオメガは素材集めてなかったの?


 集めてました。ただ、「亡霊の少女」はレイナほど精神的余裕はなく、あとに誰かが来ることも想定していないので、鍵が閉まっています。

 レイナはちゃんと鍵を開けておきましたが、オメガはゲームと違って万全の状態で体を捨てたため、ドラゴンはずっと強く、討伐難易度は相当上がっています。ハイリスクハイリターン。


・ゲームの内容変わってない?


 中ボスがまったく別人になり、キークエストの難易度が下がります。

 ただし、先程書いたように深紅のドラゴンが強くなっているので、倒そうと思うと死に覚えゲーになってしまいます。


・そもそも竜人ってなんなの?


 愛のために生まれ、愛のために死ぬ種族。

 西○記の孫悟○のように自然発生し、基本的には伴侶と出会うまでは絶対死にません。

 そういう出生なので、自我が薄く、本能が強い、亜人の皮を被った野生動物みたいな存在です。

 人間味がなく、生来の性格というものはないので、竜人の人格形成は伴侶と出会ってから始まります。伴侶が最も好むかたちになるのが竜人の幸せ。

 自分の魂なら思い通りにできて、その特性を活かして伴侶の魂をどこまでも追いかけます。

 伴侶より先に死ぬと側でずっと伴侶が死ぬまで待っています。呪い殺したりはしません。

 捨てた体がドラゴンになるのはご愛嬌。竜人だった最初の体だけの性質なので、邪魔な人は自力で討伐してください。

 自然発生するので、捨てた体は生物というより無機物に近いです。岩とかと同じで、少しずつ劣化していきます。捨てた時に元気な状態であるほど強いドラゴンになります。

 死んでしまった場合はドラゴンにはなりません。ご安心を。

 魂が本体なので、体は他種族にかわっても能力は竜人と変わりません。


・なんか性格ころころ変えるみたいだけどそんなんで伴侶はちゃんと竜人のこと愛せるの?


 伴侶は竜人が本能で選ぶので、竜人という存在を受け入れられる相手をちゃんと選びます。

 竜人の性格の変化は演技ではなく、伴侶に合わせて変わった結果だと思ってください。

 基本的に伴侶たちは死んだら全部リセットで、生まれるたびに違う性格になるため、記憶のある竜人がそれに合わせて性格を変えます。

 レイナは前世の記憶がありますが、環境によって性格は変化すると思うので、頼れるオメガから気弱なアルファになりました。

 こいつやだなぁ、と伴侶が思っても、死んだらリセットですし、竜人には伴侶しかいないので、絶対に心が折れることはありません。どこまでもついていきます。怖いピ○ミン。



 長くてすみません。

 こんなことばっかり考えてニヤニヤしています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても好きです!! 純真な愛…どこまでも着いていく執着心。殺されても伴侶の傍にずっといて守るように包み込んでいるのかな、とか考えてくふくふしてます。それに伴侶が出会う前に婚約者や好きな人が…
[良い点] 怖いような純粋なような、やべー世界設定やな!という話ですね。 討伐に挑戦するパーティーいい迷惑、かも。 [一言] 相手に愛されるような性格に変わるってところが凄いですねぇ。まず愛されるの…
[一言] 追記含め、設定を楽しく読ませていただきました。 自分はゲームが趣味嗜なので、こういうのを読むとニヤニヤしてしまいます。 竜人はつまるところ、精霊みたいなものと理解しました。なるほど純真。 …
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