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「あのさ、僕勇者として魔王討伐の旅に出るんだ。……それで、戻って来たらぼ、僕と結婚してください!」
イケメンが真っ赤な顔をして勢いよく目を瞑っている。
私からの返事が怖いのだろう。
この姿を見ていると健気でうっかり了承してしまいそうになるが、今までの彼との日々から彼と一緒になる様子が思い描けない。
この国の王子で勇者の求婚を断って、我が家に被害は出ないだろうか?一抹の不安はあったが、彼が人々の前で言えば私はもう断る事は出来ないのに人気の少ないところで言ってくれた事実と今までの彼に対して一定の信頼からちゃんと私の気持ちを伝える事にした。
「……ごめんなさい。殿下。私、殿下との結婚生活が想像出来ません」
私のような平々凡々な子爵家の娘では告白なんて生まれて初めてだ。だからどう言えば良いのかわからなかった。
「……嫌だ。嫌だ!僕はこれから何年君のそばを離れるのかわからないんだ。その間に君が結婚してたら、僕は生きていけない!」
殿下は私の断りの言葉に納得出来なかったのか逆上してしまった。
身の危険を感じて離れようと踵を返す。
その瞬間、己の体が光り輝いているのを最後に私の記憶は途切れた。
***
「スフィア。ナターシャ嬢を呼び出していたようだが、彼女はどうしたのだ?」
意識が戻って最初に聞いたのは壮年の男性の声だった。壮年で殿下をスフィアと呼び捨てに出来る人は少ない。
私の視界には数度見たことのある国王陛下が写っていた。
しかし、変だ。私の視界には陛下が写っているのに陛下は私がどこかと聞いている。
私嫌な予感がして手を視界に写るように上げてみた。
しかし、視界には手は写らず相変わらず見えるのは陛下だけだった。
これはどういう事だろうか? まさか、殿下に手にかけられた……とか?
意味のわからない状況に悪い方悪い方に思考がよっていく。
しかし、解答は思わぬ方から出てきた。
「殿下は勇者の準備として封印石を所望しました。……まさか」
ここはどこかの部屋だったらしく陛下のそばにいた宰相が言った。
封印石。見たことはないが、これを用いれば何ものも石の中に封じる事が出来るという石。
これは自我のあるものを封じるのはよっぽどの術者でないと成せないと言われているが、勇者に選ばれる程の者の術なら人間でも封じる事が出来るだろう。
私が気付くのだ、陛下や宰相だってすぐに気付いただろう、視線が私とうかおそらく私を封じている石に向く。
「……そのペンダントにナターシャ嬢がいるのか?」
陛下は恐る恐る尋ねた。
息子の罪を知りたくなかったのだろう。
「‘陛下’私はナターシャがいなければ勇者になんてなりません。彼女を取り上げるのなら私は全力を持って逃亡いたします」
先ほどまでの私との会話が嘘のようなハキハキとした喋りだった。
私はおどおどした殿下しか知らなかったから少し驚いた。
「わかった。ザイール子爵には上手く伝えておくからその代わりナターシャ嬢の無事をザイール子爵に定期的に手紙を送りなさい。それから絶対にナターシャ嬢を傷付けないように」
「もちろんです。彼女のいるこのペンダントには私が用いる最固の結界が施してあります。たとえドラゴンでも壊せないでしょう」
……それは国の防衛に回すべき力ではないのだろうか? そうは思ったが石の中では私の意志を伝える術はなかった。