死際
刹那的な快楽に浸っていたかった。そしてその後のことは、もう何も考えたくない。時は、私をどんどん置いていってしまう。
赤黒い血が、滴り落ちていくのがわかる。
遠くで聞こえる猫たちの慟哭。何かを訴えているようだった。
私は涕泣するけれど、容赦なく痛みは私を襲ってくる。
朦朧とする頭の中には、未だに拙い私の自意識が詰まっていて、もし、このまま死ぬことになれば誰かにこの脳みその中身を見られてしまうのではないかといたたまれない気持ちになった。死んだあとも、恥をかくことを恐れるほどプライドが高かった。拭えない羞恥の心がしつこく私にまとわりつくせいで私は、この世界で一度も自由になんてなれたことがなかった。私が、私でなければよかった。私が私でなければ、この世界の見え方も違っていただろうって思う。美しく見えただろうか。この痛ましい存在が、私の見えるものすべてを汚しているように思えた。私の目は、この世界を見るためにあるのだ。だけど、私は私の目で私自身を見つめすぎてしまい、疲れ果てている。自分の感情も感性もなにもかも、自分の中でしか生まれてこない陳腐な自意識の塊の感性なのだ。だから、私はいつも弱い心に負けるのだ。そんなものを、生産し続け、それを自分の中に貯蓄したって、歪んだ曲がったグチャグチャのものができてしまうだけ。もっと、外を見なくてはならなかった。私じゃない人たちを見つめなければならなかった。あなたも、君も、あいつだって
すべて私を見つめるための道具にすぎない。今だってそう。何かを介して自分自身で犯し続けた、愚かな心身を尖ったナイフで刺し続けている。痛みが痛みを超えてそこには、虚無しか残らない。すべてをリセットしてしまいたい。私の今まで生きてきた記憶とこの存在をリセットして、無かったことにしてしまいたい。もはや、私にはもう自分の選択や決断というものがわからない。何が正しいのかもわからない。
確たる自分は、ある。それをどう扱うかそれがわからないのだ。自我に犯され続けたこの身体を浄化する時間を私に与えてくれ。今は、もう何も見えない。何も語り得ない。存在だけが黒く冷たい闇の中を彷徨っている。
そして私は、真夜中の闇に駆け出すのだ。