乙女ゲーの主人公のはずでしたが学園入学資金が溶けたので乙女ゲー始まりません
エレンは15歳の誕生日に、自分の顔を見て気づいた。
「ピンクブロンドの髪…アメジスト色の瞳…そして…エレン。エレン…?そう、エレンだった。私が好きなアニメのキャラの名前を私はいつもつけていたわ…」
この世界では両親がつけたはずの名前。
でも私は自分自身がそういう名前を自分で設定していた…ここではない別の世界の記憶を思い出していた。
私は恐る恐る目を閉じて精神集中させて、体を巡る温かさを手に集中させようとしてみる。
そして目を開けた。
あ、やっぱりこれ、ゲームの中だ。
手のひらからキラキラとした魔力が湧きだしてこぼれ落ちていく。でも、今は出したところで使い道がないのでそのまま空気に溶けて消える。
「エレン…それは…魔力かい?」
「あ、父さん…うん、なんか使えたっぽい」
「すごいぞエレン!!ちょっ母さん!母さーん!」
父が転びそうに足をもつれさせながら母を呼んで駆け出し…ズベシャアア!!あ、転んだ。そうだ力を使ってみよう。
キラキラキラ~
擦りむいた手のひらが綺麗に治った。
父と母と弟が「おお~!」ってなる。
ふふん、すごいやろ。主人公様やぞ。私は内心ふんぞり返る。エセ関西弁ですいやせん…へへっ!
なんせ狭い田舎である。私が魔力に目覚めたことはあっという間に近所に広がり…とある男爵家が養女に欲しいと願い出てきた。
「せっかくのお話ですが、エレンはうちにとっても大事な娘なので、養女に出すなんてできませんよ」
「父さん…」
素敵!ボロを着てても心は錦。
でもそんな天晴れな父にも苦手なものがあった。
「もちろんエレンさんを育てたご家族を支援します。これくらいでいかがですか?」
元商人から成り上がり爵位を賜ったやり手のマーシャル男爵は、慣れた手つきで電卓を叩く。
「エレンは大事な娘ですが…うう…大事だった…娘ですが…」
「お父さんがんばって!」
「あなた…!」
やばい!父さんが負けてしまう!
マーシャル男爵の目がキラリと光った。
「では、これは?」
ぱち。電卓を叩いた。
「エレン今までありがとう」
「エレン立派なレディになるのよ」
「お姉ちゃん元気でね。時々遊びに行ってあげるね」
父陥落、母陥落、弟陥落。
「ええ、みんな元気でね!私素敵な貴婦人になる!」
私陥落。こんなお金持ちの娘になれるなんて…!
そんなわけで私、エレン・マーシャルは男爵令嬢になりました。
「さて問題は、この世界がなんの乙女ゲームなのかが、さっぱりちっとも分からないことよね!」
なんせ私、乙女ゲーばかりしている前世でした。
有名どころからドマイナーまで幅広くやりすぎて、もうなにがなにやら分からない。
まあでも新お父様と話した感じだと、魔法が使える貴族は学園に通うらしいから、きっとそこが乙女ゲームの舞台なはず!
そして、悪役令嬢に意地悪されたりしつつも、聖女的な光の魔力でいい感じに主人公っぽくなって、素敵な王子様とか、闇を抱えた公爵様とか、人間のふりした魔王様とかを夢中にさせて、大恋愛の末に卒業してからのハッピーエンドになるのかもー。デュフ!デュフデュフ!
「あー早く学園に行きたいなあ!」
と、思っていた時期が私にもありました。
「すまないねえ、エレン…。私がふがいないばかりにお前に苦労ばかりさせて…ゴホゴホ」
「いいのよ、お父ちゃん。ほら、水と薬」
豪邸に住んでいたのが遠い夢のよう。今や風呂なし1Kのあばら家に住んでいる私達である。
新お母様は貧乏に耐えきれず実家に帰ってしまった。
新お父様がたった一度、事業に失敗した日を境目に、転げ落ちるように悪いことばかり起きるのだ。
思い返すと、お金が10倍になるというおいしいもうけ話に全運命をかけて、私の学園入学資金をがっつり人に預けた日が一番幸福だったなあ。
あの日は「これでまた優雅な暮らしに戻れるわね、お父様!」「そうだなエレン!」なんて言いながら、お金持ちになったらなにしようと色んな夢を描いていた…なのに!騙すなんて酷い!
渡る世間は鬼ばかりなのね。
血も涙もない金の亡者どもめ!
そんなわけでこの私、エレン・マーシャル元男爵令嬢は、今日も近所の八百屋さんで一生懸命売り込みしています。
「さーらっしゃいらっしゃい、あら素敵なストールのマダーム!これからパーティーですか?」
「あらやだ!お散歩の帰りよう!」
「まあ~素敵だからてっきり!これからお帰りならお野菜いかがですか?」
「そうねえ今日のおすすめはなにかしら?」
「今日はなすがお買い得なす!ありがとなーす!」
「いやあエレンちゃんが来てくれてから助かるなあ」
「いえいえ大将、こちらこそですよう」
いやあいい働き口が見つかって本当によかった。しかも廃棄間近の野菜をもらって帰れる。がんばって売るけど実は余るほうが嬉しいのだ。矛盾。
今日はちょっぴりしおしおになったニンジンをもらえたから、ニンジンシリシリとニンジンキンピラにしよー。あとニンジン味噌汁。真っ赤な食卓。
「…エレンさん?」
「ん?あら、あなたは…イアン様」
あらまあなんて懐かしいのかしら。騎士の家の跡取りそのもののような、きりっとした精悍なお顔立ち。
私が男爵令嬢だった頃、同い年で家も近いからと、何度かお茶をした気がしますわ!
イアン様を見て令嬢時代の話し方に戻った私である。
「なんでこんなところに…ずっと探してたんですよ。私も君の弟さんも。学園にもいないし」
「あらそうでしたのね」
そういえば半年ほど前に、お屋敷から夜逃げ同然に逃げた我が家である。旧弟もそういえばお屋敷にいた頃はちょくちょく遊びに来てたもんなあ。めんごめんご。
「もう会えないかと思いました…。今はこちらでお仕事されてるのですか?明日もここに来たら会えますか?」
「ええ、ぜひ買いに来てください。そうだ、お父様が家で待ってるし、お時間あるなら家でニンジン料理はいかが?あ、なにか用事でこの辺に来たのかしら?」
「いえなにもないです。喜んで!」
イアン様が笑って大量のニンジン袋を持ってくれたので、私は手ぶらだ。ラッキー。
「お会いできて嬉しいですわ、イアン様」
スマイル0円。ニンジンも0円である。
「お父ちゃんただいまー!イアン様に会ったよ!」
「ぎゃああ!い、イアン様!?」
「探しましたよマーシャル男爵…」
おや?なにやら不穏な気配。寝たきりだった新お父様がものすごい勢いで起き上がり「あへええ」と言いながら壁に這いずる。
剣をシャッキーンと突きつけるイアン様。
「借金をして夜逃げするとは卑怯なり!」
「ひええあへえええ、す、すいやせん」
なるほど!借金だからシャッキーン!?
まあそうよね。八百屋で恋愛が始まる乙女ゲームはさすがにやったことなかった!あちこちに借金して夜逃げした我ら親子はとても恨まれているのだ。
ってやっべえお父ちゃんがこのままだと亡きものにされる!私はわたわたと新お父様の隣に行って一緒に土下座した。へへー!!
「…エレンさんは、顔を上げてください」
「いえいえ、ご迷惑をおかけしまして…でも日々の暮らしに精一杯でとても返せないので、今は頭を下げるくらいしかできませぬ」
「それは今夜の食卓がニンジン料理ということからわかりますよ…はあ、わかりました。借金のことはしばらく凍結するよう私から父に話してみますから」
「本当ですか!?」
「やったねお父ちゃん!!」
この日からなんと新お父様の病が治った。私の魔力でもダメだったのに。そして借金取りも来なくなった。なにこれすごい奇跡ってあるのね。
ついでにイアン様は学園帰りに毎日八百屋に立ち寄るようになり、旧弟も私の居場所を知って会いに来たりするのである。
あとなぜか王子様っぽい雰囲気を醸し出してる男の子とか、悪役令嬢っぽい女の子とかも最近は時々八百屋に来るんだけど「これはなに?」とか言って、ゴボウとかも知らない。なにしに来たし。
「こんにちはエレンさん、今日は何時上がりですか?」
「あらまあイアン様いらっしゃいませー。もうすぐですよ、今日も家に寄って行きます?」
「はい、ぜひ。今日はなにがいいですか?」
「今日はですねえ、カボチャとナスと玉ねぎ買ってください。まーいどおおきにー」
なぜに家に誘うかって?家でご飯を食べるお礼に我が家用の食材を買ってくれるのである。お陰様で我が家の食事事情は大きく改善したであります!イアン家に足を向けて寝られませんね!
「うわぁイアン様毎日来る…暇なんですか?」
「そういう弟くんも毎日来てるじゃないか」
「ぼくは最近ここで働いてるんですー」
そう、旧弟も八百屋でアルバイトを始めたのでついでに我が家でご飯を食べて帰るのだ。最近新お父様が働きに出てくれるようになったのはいいものの、帰っても一人ぼっちで寂しい私は、2人が来てくれるので料理の作りがいがある。
ちなみに新お父様は、いつもイアン様が帰った後くらいにシュッと家に帰ってくるので、ちゃんと毎日、新お父様分のご飯は確保している。なのでそこは安心してほしい。
「お姉ちゃん今日のご飯なに?」
「今日はねえ…焼き肉よ!!」
「あー…えっと、肉なしの?あ、すみません」
「ふ…いいのよ。今までお肉を出したこと、なかったものね…。だがしかし!今日はお肉がくるの」
イアン様と旧弟がきょとんとした時、ちょうどドアがトントンと鳴った。私はとてとてと玄関のドアを開ける!ようこそお肉!
「いらっしゃーい」
「こんばんは、ご招待ありがとうございます」
「こんばんは、お邪魔、しますわ」
王子様と悪役令嬢がいらっしゃいました。
うわわ、なんか高級そうなお肉持ってますよ!
「それでは皆様との出逢いと今日のお食事に感謝を込めて…かんぱーい!!」
「かんぱーい!」
飲み物は、ニンジンを炒めて干して作ったニンジン茶である。
家の中で私と悪役令嬢が具材を切って飲み物を用意。男性陣には外でバーベキューの用意をしてもらう。
八百屋に遊びに来た王子様と世間話をしたところ、火の魔法が使えるらしくて「火…バーベキュー…肉…!」と言ったら「いいですね、バーベキュー。肉なら任せてください」と言ってくれたのだ。
なんという理解力!私は王子様の言葉を理解できなくてしばらく「え、肉?…肉?」って放心しながらよだれがたれた。
すると通りがかった悪役令嬢が「あら楽しそうなお話をされてますわね。私も参加していいかしら?」と言ってきて「…肉?」と聞いたら「…ウインナーはいかが?」と言った。悪役令嬢は女神様でいらっしゃる。
ちなみに王子様も悪役令嬢も、私が心の中で勝手にそう呼んでいるだけである。本物の王子様や悪役令嬢が本当に来るわけないじゃないですかー。
名前聞いたら、ウィリアム様とマーリン様という方で、2人とも学園に通ってるみたいですね。貴族様ですね。そして、さすが貴族様の選んだお肉とウインナー!うめえよう、うめえよう。
「バーベキューって初めてだなあ。みんなで食べるとこんなおいしいんですね」
「おいしいですねえ。私もこんなご馳走初めてですよう。皆様ありがとうございます」
持つべきものはお友達でやんすね!
悪役令嬢もといマーリン様がニンジン茶を気に入ったり、学園生活を聞いたり、逆に私の苦労話を聞いてもらったりと、みんなでわちゃわちゃと色んな話に花を咲かせて夜は更けていったのだった。
そういえば気になることが一つあった。
今年現れるはずの聖女がまだ出てこないらしい。
「50年に1度現れるはずなのに、学園にいなかったんですよ」
そう言いながらウィリアム様が私をじっと見ている。最後のウインナーをこっそり食べたのがばれたのだろうか?
「そういえばお姉ちゃん、癒しの魔力があって養女になったんでしょ?聖女じゃないの?」
旧弟が言って、みんながよくぞ言ったという顔をしている。
「さあ?私、癒し系かなあ?お父ちゃんの病気治らなかったよ?」
「あ、そうなんですか。病気が治らないなら、違うかもですね…」
「というか、癒し系っていうと違う意味になりますわ。言葉をもっと選んでくださいませ」
「そげんこつ言うても、選べる言葉を知らないっちゃ」
「なら仕方ありませんわね」
「え、今なんて言ったの?」
そんなこんなで、この日以降も、闇を抱えた公爵様風の人とか人間に変身中の魔王様っぽい人に会ったりもするわけだけど、出会いは常に八百屋である。
そんな高貴な人が八百屋に来るわけないし違うかー。
そのうち世間話する程度の仲になり、夕飯の食材をおごってもらったりもするけれども、これまで出会った友人達も入れ替わり立ち代わりやって来るから1Kアパートが狭い。
ちょくちょく学園への編入を薦められたり、入学資金の援助の話とかも熱心にしてくれるんだけど…友達同士でお金の貸し借りだけは、やっちゃなんねえ…。
そう骨身にしみてる私は頑なに断るのでごわす。
そんなわけで、乙女ゲーム始まらない。
2020/9/22 読んでいただきありがとうございます!続編作りました。今日から連載しています。こちらもぜひお願いします。
乙女ゲームの主人公ではなさそうですが聖女は確定です
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