魔改造
それから私は目的のアイテム、純血魔結晶を取り出すと作業台へと腰掛ける。
「さて。どうなるかわからないけど、やってみましょうか。ベル、セル手伝ってちょうだい」
「「はい。何でしょうか?」」
「これから、私の手術をするわ」
『えっ!?』
聞こえていたのか皆が驚いた顔でこちらを見ている。
その中からアシュリーが心配した声をあげた。
「クリス様、何で手術を? どこか悪いんですか?」
「そうじゃないわ。やることは手術だけど、そうねぇ、言うなれば改造かしら」
「改造? 何をするんですか?」
「地下で手に入れた純血魔結晶を私に埋め込むわ」
そう。私がやりたいのは、純血魔結晶を私の新たな核にすることだ。
初めてこのアイテムを手に取ったとき得も言えぬ感覚、私の心臓と共鳴したような感覚に襲われ、何となく私の核になるのではと思いやってみたくなったのだ。
本来の使い方は違うのかもしれないが、魔石が核である私達なら魔石の上位版とも言えるこのアイテムを取り込むことが出来るのではと考えている。
ガーディアンに砕かれたときに私の心臓も魔石である事は確認出来てしまったので、アシュリーの時のように処置を施せば、私も何か変化が起きるのではないかと期待している。
「そう言うことだから。二人とも補助をお願いね」
「「わ、わかりました」」
「じゃあ始めるわよ」
私がログアウトしている間に矢を作っている二人は、【木工】と【錬金】のスキルレベルが6まで上がっている。レベル5を超えていればそれぞれ技が使えるようになっているので一人でやるよりは心強い。
流石に自分の胸を開いてあれこれするには難しいと考え、二人に補助してもらうことにした。いや、むしろこれはほとんど彼女達に委ねることになるかもしれない。
うん、彼女達には頑張ってもらおう。
「大まかな手順は、まず私の核である魔石が取り出せるまで胸部を削るわ。私もやるけど如何せん見えないから細かい除去はベル、お願いね」
「はい」
「核の周りを削ったら、それを取り出して純血魔結晶と合成していくわ。これも私もやるけど何があるかわからないからセルも補助をお願いね」
「わかりました」
「無事合成できたら戻して塞いで完了よ。いいかしら?」
「「はい、頑張ります」」
大まかな指示を出すと、私の手術を始めた。
装備を外し胸元を晒し、【木工】の切り出しと短剣を使い胸部の中央部分を切り取っていく。ここに核があるのはアシュリーの時に学んだ。
少しは気をつけつつ削っていくと魔石に触れたのか強烈な痛みが走った。
「くっ、ベル、ここからお願い。合成すると多分大きくなると思うから、それも踏まえて周りを余裕があるくらい削ってちょうだい」
「わ、わかりました」
ベルが慎重に、それに懸命に私の内部を切り取っていく。それを視界に入れつつ、私は純血魔結晶を手に取り次に備える。
こんなに体を削っているからダメージも覚悟していたのだが、今の所HPが減ったのは核である魔石に触れたときだけだ。それなのに体の内側を触れている感覚があるのだから、MESOの処理に驚かされる。
切られたり刺されたりしたことはあるが、内側を弄られると言うこんなぞわぞわした感覚を他のゲームで味わったことがない。まぁ自分から胸部を開いたことも初めてだが。
「で、出来ました」
「えーと、うん、大丈夫そうね。ありがとうベル。次は合成をするからセル、お願いね」
「わ、わかりました」
しばらく待つとベルが綺麗に穴を空けてくれた。触って確認したが、これだけあれば合成してもちゃんとはめ込むことが出来るだろう。
次に合成をするために私の核を掴み見える位置まで持ち上げた。
その瞬間、強烈な脱力感と喪失感、それに異常な速さでHPが減少して行った。
これはマズい、とすぐに元に戻すと今のが嘘のようにピタリと無くなり、HPもじわじわと回復していった。
「はぁ、はぁ。……これは、相当きついわね」
「だ、大丈夫ですか?」
「何とかね。セル、HPが回復したら、速攻で合成するわよ」
「は、はい」
多分、いや絶対、核は心臓と同じ役割がある。だから体から外すと途端に体が死んでいくのだろう。
だけど、すぐに力尽きる訳では無さそうだ。おそらく時間にして全快の状態から一分掛からず死に戻りするだろう。
自分でなければ体に入れたままでも出来たかもしれないが、流石に見てない状態で合成するのはハードルが高すぎる。セルに全て任せるのも酷だ。
だが、その危険を冒してまでもやる価値があると私の勘が言っている。
「よし回復した。ふぅ、よし! セル始めるわよ」
「はい!」
もう一度深呼吸してから、核を取り出し、すぐに純血魔結晶を近づけた。
「合成」
「合成!」
即座に【魔力操作】で魔力を送りながら合成を始めたが、思いの外進みが遅い。
徐々に一つになっていくが、それ以上に頭痛と目眩が酷くなってきた。それだけじゃなく力も、いや魔力もどんどん減りこのままでは意識を失いそうだ。
(これは、マズいわね。まだ半分しか出来てない。もしこれで私が死に戻ったらどうなってしまうのだろうか?)
そんなネガティブな思考が頭を過った時に、ひんやりとしただけど不安が薄くなっていく手が、私の手に触れた。
「クリス様、もう少しでございます。クリス様なら絶対出来ます」
「アシュリー……。そうね、弱気になっている場合じゃないわね」
「はい。私も、皆も待っています。だから、頑張ってください」
いつの間にか私の周りに皆が集まり、ベルはセルの手と重ね、四人はアシュリーとベルの肩に手を置いている。
僅かに気持ちも症状も軽くなった。今なら、出来る気がする。
一気に魔力を込め、純血魔結晶に私の核と一つになるように促す。
どんどんどんどん魔力を込め、さっきまでの流れを考えるととっくに無くなっているはずなのにまだ魔力を込めていく。
それからどのくらい経っただろうか。実際は一分も経っていないのはわかっているが、この味わったことのない症状のため時間の感覚が狂っている。
それでも後のことなんて気にせず、必死に合成をしていく。見た目は完全に一つになり綺麗な球状になっているがまだ合成が終わった感じがしない。だが私ももう限界だ。
だからこそ、手放しそうになる意識を無理矢理掴み、全ての魔力を使うつもりで新しい核に込めた。
その直後、赤い強い光が目を差した。
「クリス様!」
「「きゃっ!」」
「っ!」
「えっ!」
「うわっ!」
「何!」
皆の驚く声が聞こえたが、私にはその原因がなんだかわかった。
合成が終わったんだ。
後はこれを体に入れさえすればこの状態から抜け出せる。と言う私の思考とは反対にHPが尽きてしまったのか指一つ動かせなかった。
「クリス様!」
そして、アシュリーの声を聞きながら、私は意識を失った。
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死に戻りを覚悟していたのに、目を開けるとそこは広場ではなく真っ暗な空間だった。
まさかバグでも起きたのかと不安に駆られたが、視界の端にあるギリギリ残っているHPやMPがあるバーに状態異常があるのに気づき、現状はこの状態異常のせいだということが判明した。
「気絶かぁ。死に戻らなかっただけマシだけど、あれからどうなったのか気になるから早く復活したいわ。あの子達も心配してるだろうし」
ここにいる内は意識はあるけどピクリとも動かせず、周りを確認することも出来ない。
気絶が治るには後四十秒ほど。さっきも長く感じたが、同じ長さでもこちらはじれったく感じてしまう。
それからあれこれ考えながら待つこと四十秒。気絶が治ったのか暗かった視界が鮮明になっていく。
「クリス様っ!!」
「何!?」
目を覚ました直後、アシュリーが抱きついてきた。
何かあったのかと周りを見てみたが、他の子はどこか呆れた顔をしていたから、いつものことかと察した。
そんなアシュリーを撫でているとグレンが説明するように口を開いた。
「おはようございますクリス様。アシュリーさんには魔力の使いすぎで気絶しただけだから大丈夫だと言ったんですが……、見ての通りです」
「本当に仕方ないんだから。心配掛けて悪かったわ。ほら、何ともないから離れてちょうだい」
「……わかりました、もう大丈夫です」
「お姉ちゃんなんだからもう少ししっかりしてよ」
「むぅ。ちゃんとしっかりしてますよ」
そう反論するが恥ずかしげに離れたアシュリーのことを皆して温かな目で見ていた。それに気付いていないのは本人だけだ。
一段落付いたところで自分の体を見てみると胸の穴は空いたままだった。
だが私の中からは今までとは比べものにならないほどの魔力を感じるから、合成していた核があるのはわかった。
「それはいいとして、あれからどうなったの? 穴はこれから塞ぐのよね」
「クリス様が核と純血魔結晶を合成していると、突然それらが光り輝いたんです。そしたらクリス様の魔力が尽きて気絶したんです。それで落としそうになったクリス様の核をアシュリーさんがキャッチしてすぐに填め込んだんです。それからは……、アシュリーさんが退かないからそのままです」
「助かったと言うべきか、もっと落ち着いてと言うべきか。とにかくわかったわ。ならさっさと塞いでしまいましょう。ベルまたお願いね」
「わかりました」
それから胸の縫合手術という名の接合、合成で元のように戻した。
と、このタイミングでメッセージが入った。
《種族『マリオネット』の特殊進化素材を確認しました》
《特殊進化素材の完全同調を確認しました》
《一部進化条件を満たしました》
《次回の進化で新たな進化先が追加されます》
何かと思ったら、その内容はとっても心躍るものだった。
何となくパワーアップすると思って改造したけど、特殊な進化まで出来るとは思わなかった。
そうとわかれば早く進化したい。
次の進化について掲示板で調べてみたら種族レベルが20になると出来るそうなので、大蜘蛛周回でちゃちゃっと上げてしまいたい。撃破報酬の装備も狙えるので一石二鳥だ。
でも行く前に頑張ってくれた二人をしっかりと褒めてあげないとね。
「ベル、セル、二人のおかげで私は強くなれるわ。頑張ってくれてありがとう」
「「えへへ、どういたしまして」」
「これからも戦闘だけじゃなくても頼りにすると思うけどよろしくね」
「「はい!」」
頭を撫でられて喜ぶ二人を同期の四人組は微笑ましく見ていて、アシュリーも妹達の頑張りを嬉しく思っているのか優しい表情を浮かべている。もしかしたら私の強化を喜んでいるのかもしれないが。
「さて、皆には悪いけど早く進化したい理由が出来たから、また大蜘蛛狩りに行きたいのだけどいいかしら?」
『大丈夫です』
「そう、ならしっかり準備を整えたら出発するわよ」
『はい!』
HPとMPを回復し、装備の耐久値を直したら、私達はまた大蜘蛛を狩りに出かけた。




