スタート地点は呪いの屋敷
扉を抜けた先は、書斎みたいな部屋だった。
「えーっと、ここどこ?」
ユフィちゃんの説明で中央街の近くのマップに転移とは思っていたけど、まさか部屋の中に転移するとは思っていなかった。
とりあえず、ここがどこなのか散策しようと一歩踏み出した私は、盛大にコケた。
「いたた、何が起こった」
もしかしていきなり敵が現れたのかと思ったけど、追撃がなかったのでそうではないようだ。
何だったのかと思いつつ、身体を起こして、その原因がなんとなく理解できた。
それは今の私の身体と現実の私の身体にズレがあるからだ。
今の私は、関節という関節が全て球体になっているのだ。そのせいなのか身体を動かすにも若干の違和感が生じ、思っていた動きと違って転んでしまったのだろう。
ついでに今私の姿は金髪碧眼の色白の球体関節人形で、服装は所々破れているワンピースだった。
「これはいきなり戦闘するのは大変そうだわ」
仕方ないので身体を慣らすついでにこの部屋の散策でもしよう。幸いここは書斎のようなので調べる物はたくさんあるだろう。
意識して身体を動かし部屋を歩き始め、慣れてきたら走ったり跳んだりシャドーボクシングしたりと身体を動かした。
で、私が書斎と言っているようにこの部屋にはいくつも本があるんだけど、そのいくつかを読んでみてここがどういう場所かわかった。
かつてこの場所は、裕福な夫婦が暮らす屋敷だった。
だがある日、夫を事故で亡くすと子供達も病や事故で次々亡くなってしまった。
一人生き残った婦人は、その家族を失った悲しみと周りからのあられもない噂話の憎しみから逃げるために、彼らの代わりを作った。
作ったそれらを愛していた婦人は、次々に自分の理想へと作り替えた。そして、ある禁忌に手を染めてしまった。
その禁忌を用いて、婦人は元のような素晴らしい家庭を作ろうとしたが、失敗しその代償を自ら払うことになった。
それからこの屋敷は、侵入する者を拒むようになり、やがて人々はこの屋敷を『呪いの人形屋敷』と呼ぶようになった。
私のマップにも『呪いの人形屋敷・書斎』って書いてある。
完全にお化け屋敷じゃないですかー。
しかもこの話を鵜呑みにするなら、この婦人って実質私の生みの親とも言えるんじゃないの。うわーなんて所に転移しちゃったんだろ。これ序盤に来ていい場所じゃないでしょ。
でもまぁ、来ちゃったものは仕方ない。それに本を読んで思わぬ収穫もあった。
それは新たなスキルが取得可能になったことだ。
そのスキルは【操糸術】と【付与術】、そして【死霊魔術】。
SPがないのと前提のスキルを取ってないから取得はできないが、どれも見るからに面白そうなスキルなので、条件がそろい次第取得したいと思っている。
本にはどうして婦人がこれらのスキルを取るに至ったかも少しだけ日記のように書いてあって、それが狂気の中にも慈しみやら悲しみがあって、読んでて悲しくなるようなこともあって……。って今はそれよりこの部屋の外も調べてみないと。せっかくの初日なのに本読んで終わっちゃうわよ。
「武器装備よし、アイテム確認よし、スキルは実戦で確かめてみましょう」
今更だけどこの部屋は、私がやられた時に復活するリスポーン地点になってるみたいで、ここにはモンスターが出てこないようだ。
だけどこの部屋を出ると違う。どんなモンスターが出るかわからないから、ある意味お化け屋敷よりもドキドキする。
さてと、では行ってみますか!
~~~~~~~~
書斎から廊下に出ても、やはりというかこの屋敷の印象は変わらなかった。
薄暗く広い廊下に、穴の開いた天井、家主のいない蜘蛛の巣に、枯れ果てた花が残った花瓶。まさにお化け屋敷だ。
「ドッキリ系ならまだいいけど、日本風のホラーはちょっと嫌だなぁ」
なんて言っているとカタカタという音が聞こえた。その音のする方へ視線を向けると、同族、ドールがいた。
「見た目はドールっぽいけど名前は違うわね。味方って訳じゃない。とりあえず【識別】!」
朽ちたドール Lv3
通常モンスター アクティブ
名前は朽ちたドール。見た目はメイド服のような物を着たマネキンで顔も髪の毛もなく名前の通り至る所がボロボロだ。レベルは上だけど、動きが遅いから負ける気がしない。
短剣を手に取り、相手も反応して私を攻撃しようと腕を振るうがやはり遅い。
補助システムのおかげかもしれないが、難なく躱すことが出来、背後に回った私は【短剣術】の技を使ってみた。
「ダガースタブ!」
技名を言うとシステムに引っ張られるように身体が動き、短剣が相手に深々と突き刺さった。
それでも相手のHPはまだ七割以上残っている。私の攻撃力だと格上の相手だとこの程度か。これは少しずつ削るしかないね。
…………。
「これで、終わりよ!」
あれから相手の攻撃を躱しながら、技も交えてダメージを与えること数分、何とか倒すことが出来た。
途中、相手が転倒したから馬乗りになってメッタ刺ししてたんだけど、首が180度回転して腕も逆関節になっても平気で動いてもろにパンチを受けてしまった。
一気に三割近くもHPが減ってギョッとしたけど、それからはより慎重に戦って、やっと倒すことが出来た。
《種族レベルが上がりました。任意のステータスに2ポイント追加してください》
《職業レベルが上がりました。スキルポイントが2ポイント追加されました》
《スキル【短剣術】のレベルがあがりました》
今の戦闘でレベルも上がったし、ドロップアイテムも取得できた。
だけどそれを確認する前に私は、速攻書斎に戻った。このHPで出歩く勇気がないから、書斎で回復するためだ。
MESOの回復方法は他のゲームと変わらない。アイテムや魔法を使って回復する方法と、歩いたり座ったりして自然回復を待つ方法だ。私はより早く回復するために座って待っている。
その間に、レベルアップの確認をして、2ポイントで【鑑定】を取得。ついでにアイテムも【鑑定】してみた。
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名前:クリスティーナ
種族:ドール Lv2
職業:ドール Lv2
生命力 8
筋力 12
知力 10
精神力 8
器用 14
俊敏 10
スキル 残りSP1
短剣術Lv3
木工Lv1 錬金Lv1
識別Lv2 鑑定Lv1 解体Lv2
状態異常耐性Lv1 火属性弱点Lv1
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【素材】人形の木片 レア度1 品質F
ドールの欠片 一応木材であるため火に焼べることは出来るがそれ以外の用途が思いつかない 品質は元から良くない
【素材】人形の腕 レア度2 品質F
ドールの腕のパーツ 木材であるが加工には向いていない メンテナンスがされてなく品質が悪く火に焼べる他ないだろう
ステータスは、筋力と俊敏に振ってみた。【短剣術】の上がりがいいのは何回も格上を攻撃したからだろう。
アイテムの方はどちらも燃やすしかないようだ。私の腕と比べるとその劣化具合がよくわかる。腐ってはいないがわざわざこのアイテムを何かにする必要もないだろう。
ついでに始めから持っていたアイテムも【鑑定】してみた。
【武器:短剣】初心者の短剣 レア度1 品質C
攻撃力10 重量5 耐久値∞/∞
誰でも扱いやすい初心者用の短剣
注意:種族レベル20以上でステータス低下
【防具:服】破れた初心者のワンピース レア度2 品質C
防御力7 重量3 耐久値∞/∞
女性の人型魔物が始めに着ているワンピース 破れているため防御力がやや低下している
注意:種族レベル20以上でステータス低下
【貴重品】パーソナルカード
プレイヤーのゲーム内の情報が記されているカード 様々な用途で用いられる
売却不可 譲渡不可 破壊不可 廃棄不可
以上が始めから持っていたアイテムだ。靴がないのは私が裸足だし、下着はそもそも見ることすら出来なかった。他にあるのはゲーム内のお金がいくらかあるだけだ。
このパーソナルカードというのがユフィちゃんが言ってた門番に見せるカードのことだろう。【鑑定】による確認はこれぐらいにしておこう。
で、今は私はとある実験を試みている。
「おお! 痛くないわ」
それはさっきのドールがやった人間には出来ない動きだ。
首は一回転するし、腕と足の関節もほぼ反対まで動かせる。感覚としては凄く気持ち悪いけど、痛みもないしHPも減っていない。
とやってみたけど余り活躍する場面もなさそうなので、HPもほとんど回復したことだし、再度探索をしに行こう。
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この屋敷の廊下を進み、部屋に入っては物色し、ドールが出ては撃退してをくり返してこの階の探索をほとんど終えた。
この屋敷の廊下はロの字の様にぐるりと一周できるようになっていて、所々に部屋がある作りになっている。その部屋を一つ一つ見て回ったがめぼしいものは何もなかった。
その間にレベルは二つほど上がった。ステータスには割り振ったけど、SPはそのまま残してある。
それとスキルレベルも上がるたびシステムメッセージが来てたけど、余りに色々と鳴るから設定から変更した。毎回通知と新しい何かを覚えるときのみの通知、そして全く通知しないとあったから、私は何かを覚えるときのみと設定した。
この階を探索してわかったことは、この屋敷がどうやら三階建てのようで、リスポーン地点である書斎が二階にあることや三階のどこかに屋敷の婦人の部屋があるということがわかった。
それを知ってたから、一階を先に探索しようと決めた。
だけどその前に私はある扉の前で、中に入るかどうかを悩んでいた。なぜならこの扉だけ意匠が異なるからだ。しかも後から歪められたように、扉の装飾がぐにゃりと変形して不気味になっているからだ。
「でも、このまま立っていても仕方がないわね。何かあってもリスポーン出来るから入ってみましょうか」
その扉は歪んでいるからか、やけに重いうえに不気味な音を立てて開いた。だが扉の先は今まで見てきた部屋と大差ない様子だ。
拍子抜けした気持ちを持ちながら中へ入った私は、すぐに油断したことを後悔した。
私が部屋の中央辺りに来た途端に扉が音を立てて閉まり、驚いて振り返る前に背中に強い衝撃が走った。
「いっつぅ……!」
「ケラケラケラケラ」
吹き飛ばされつつ攻撃した相手を見ると、そこには人型の黒い靄が宙に浮かんでいた。
その人型は、追い打ちをせずただ私を見て笑っている。だが私は笑っていられる状況じゃなかった。今の一撃で六割も減っているだけじゃなく、【識別】に表示されたこのモンスターを見て、どうやっても勝てないと思ってしまったからだ。
人形屋敷のポルターガイスト Lv7
固定モンスター アクティブ
ポルターガイスト、つまりは幽霊。物理攻撃しかない私の攻撃は果たして効くのだろうか?
そうこうしているうちにポルターガイストから黒い球状のものが飛んできた。
速度はそれほどではなかったので回避できた。多分あれは【闇魔法】のダークボールで、出会い頭に私に食らわせたのもその魔法だろう。
ここまで考えてダメ元で短剣で切りつけてみたが、やっぱりダメだった。相手のHPバーがドットすら減っていない。どうしたものか。
今私がとれる行動は、さっさとリスポーンすること。もう一つ考えつくのは、ポルターガイストの攻撃を避けつつメニューを操作して、どれか魔法を取得すること。
扉は開かないことを確かめたし、窓は多分壊せないだろう。となるとその二つぐらいしか思いつかないけど、仕方ない、ここは死に戻りましょう。
タイミング良く放たれたダークボールを避けずに受けた私は、一発では倒れなかったが二発目でやっとリスポーン地点の書斎に戻ってこられた。
「はぁー、初日から死に戻るとは。まぁでも情報は手に入れたし、次こそは倒してやるわ」
今の戦闘でこのステータスでもダークボールならギリギリ三発は耐えられることがわかった。ログを見るとさっき受けた一発目は、不意打ち扱いとなりクリティカルになっていた。
ついでに説明しておくとMESOのクリティカルは、生き物、魔物ごとに設定された急所を攻撃した場合と私の時のように不意を突いたときに起こりやすいようだ。
さて、探索するだけならポルターガイストはスルーして、他の所を見て回ればいいんだけど、やられっぱなしは性に合わないわね。
そのためにはダメージを与える方法が必要なんだけど、それには何か魔法を取得するか【付与魔術】を取得してみるかだ。
だがどんな効果かわからない【付与魔術】を取るのは正直躊躇われる。いざ取得して既に取得している魔法を武器に付与するとかだったら、今は取るだけ無駄だ。5ポイントとそこそこ重いのも躊躇っている理由だ。
となると魔法なんだけど、これも迷う。
単純にポルターガイストだけを狙うなら、【光魔法】一択だと思うけど、実は【死霊魔術】の前提スキルとして【闇魔法】が必要なのだ。
安定を取って【光魔法】にするか、不利とわかっていて【闇魔法】をとるか。いっそのことレベルを上げて両方取るか。うーん。
「まずはいい時間だからお昼食べにログアウトしましょうか」
と言うことで私は問題を先送りにしてログアウトした。
名前:クリスティーナ
種族:ドール Lv1→4
職業:ドール Lv1→4
生命力 8
筋力 11→14
知力 10
精神力 8
器用 14
俊敏 9→12
スキル 残りSP1→5
短剣術Lv1→5
木工Lv1 錬金Lv1
識別Lv1→3 鑑定Lv1→3(new) 解体Lv1→3
状態異常耐性Lv1 火属性弱点Lv1