装備品のお買い物
夜の中央街へやってきた私とアシュリーは、とりあえずドドドンさんの所へ向かい武器と防具を調達することにした。
「おう、また来たのか。いらっしゃい」
「お邪魔するわ。早速だけど、初心者用の剣と斧、槍に杖に弓矢、それと防具ってあるかしら?」
「そりゃ、随分多いな。何に使うんだ?」
「新しい子を召喚したからその子達の為よ」
「ほぉ。ちょっと待ってな。中身見てみる」
それだけ言うとインベントリでも見始めたのか、ドドドンさんの視線が忙しなく動き出した。
そして少し待つと、露店の上にいくつかのアイテムを取り出した。
「俺が出せるのは剣と斧と槍だ。こっちが筋力値が10以下、これが12以下、15以下の物だ。防具は重いのしかねぇ。それでもいいなら出すがどうする」
「いえ。これで十分よ」
並んでいるのはそれぞれ三つずつ。剣はどれも似ている見た目をしているが、斧と槍は両刃だったり持ち手も鉄だったりと様々だ。
私は皆の筋力値を確認しつつ、それに合う物を選んでいく。
普通の鉄剣、片手持ちの両刃の斧、先端の刀身が鉄の槍。この三つを選んだ。
「これにするわ。はい、代金」
「おう、まいど」
「それにしてもこの剣って何が違うの?」
先ずは三人の武器を購入し、ついでにほぼ同じ見た目の剣の違いが気になったので興味本位で聞いてみた。
「これか。これは見た目同じだが、ちゃんとしたのはこの重いのだけだ」
「あら、どういうこと?」
「軽いのは木剣の周りに鉄を付着させそれっぽくしてるだけだ。クリスが買ったのはそれの中心に鉄棒が刺さっているだけだ。まぁそれでもただの木剣よりは威力が出るから筋力値が低い内はこれをオススメしている」
「そうなの。ならあなたを信じるわ」
「おう」
どうやら色々と工夫して作っているようだ。装備に重量制限があるから商売としてはこうしないと売れないのかもしれない。
「ところで聞きたいのだけど、他の装備ってどこだと買えるかしら?」
「あー杖と弓矢と防具だったな」
「ええ、そうよ」
「杖と弓矢は住民の店に売ってんのが無難だろうな。それと防具となるとあいつが優秀なんだが、あーっと……」
言い淀むドドドンさんを不思議に思いつつ、こちらを見てきたので先を促すように視線を送る。
すると、一つため息をつき、マップを開くとある一点を指さし言った。
「ここに“オトメエンジェル”って奴がいるんだけど、そいつなら色んな防具を取り扱ってる」
「へー、オトメエンジェルね。ならその方を訪ねてみるわ」
「あぁ、やべー奴だけど裁縫の腕は確かだ。行くならマジで気をつけろよ」
「? 一応気をつけるわ。教えてくれてありがとう。では、ごきげんよう」
「失礼いたします」
「おう、また来いよ」
ドドドンさんの露店を後にした私達は、教えてもらった情報を元に、杖と弓矢、それに忘れていた靴を調達してから、マップにポイントした場所を目指した。
その場所はメイン通りの十字路から一本外側に入った静かな通りだった。
お婆様の家の周りも静かだったが、一本入っただけで随分違うものだと思っていると、どうやら目的の露店へとたどり着いたようだ。
その露店には、まるでフリーマーケットのように纏まりが無くしかし丁寧に整頓された鎧や防具、服が並んでいた。
その露店の奥には裁縫をしているのか、背を丸めたそれでも大きな体の人が座っていた。
明らかに男性、しかもゴツイ体を持っているのがここからでもわかる。それなのに着ているのは無理矢理フリフリのレースをくっつけた何かの毛皮の防具というなんともチグハグなものだった。
……この人がどんなタイプの人か察しがついてしまった。
「もし。防具が欲しいのだけれどいいかしら」
「はぁい、いらっしゃー……って、今話題のお嬢様とメイドちゃんじゃなぁい! 来てくれて嬉しいわぁん。それで何が欲しいのかしらぁ?」
「初心者用の……」
「クリス様! 逃げましょう! この人ヤバいです!」
こちらを振り向いた露店の店主、オトメエンジェルさんは案の定そっち系の人だった。
多分だが、始めのキャラクリエイトの時に顔を女性のものになるように弄ったのだろう。部分ごとに見れば女性に見えなくは無いのだけれど、全体で見たときのバランスが非常に悪い。顔の骨格が大きいから余計にそれが気になってしまう。
その顔から繰り出されるオカマ口調がさらにインパクトを強くしてしまっている。
ドドドンさんが言っていた気をつけろとはこの事だろう。現にアシュリーがパニック状態に陥ってしまった。
だけど、私が過去にやったVRゲームにもこんな人は何人も見てきたし、歩く犯罪者のような人も見てきた。それと比べればこの人は会話が出来るしおふざけじゃなく本気の方だと思うので全然マシだろう。
なので気にせず防具の買い物をしたいのだが、先ずは私のことをグイグイ引っ張るアシュリーを落ち着かせないとまともに話もできない。
「クリス様! ねぇクリス様ってば!」
「落ち着きなさいアシュリー。この人に失礼よ」
「だって顔がぁ……」
「止めなさい! はぁ、オトメエンジェルさん、うちの子がごめんなさい」
「……!」
こういう人を初めて見るアシュリーにとって見れば、確かに強い衝撃を受けた事だろう。だからと言ってそれで相手を傷つけるようなことは、この子達にはして欲しくない。
だからこそうちの子がした過ちは私が正さないと行けないと思っている。
そのためなら頭の一つや二つ下げるのは惜しくない。
「あぁら、慣れてるから気にしなくていいのよ」
「良くないことをしたらしっかり正すのが私のやり方なの。それに慣れていても傷つくものでしょ。だからアシュリーは色んな人がいることをよく学び、しっかり謝りなさい」
「! も、申し訳ありませんでした!」
「いいのよ。二人とも頭を上げて。そう言ってくれるだけであたしは嬉しいから」
目尻を拭きながらそう言ってくれたので、私達は姿勢を戻した。有り難いことに許してくれたようだ。
今のご時世、人間関係についてはVRの世界はもう一つの現実だ。まだ曖昧な部分があるがVRの法律だってあるし、VRを通じて現実で結婚した人だって何人もいる。
だからこそAIであるアシュリーがそう言ったのに、正直私は驚いたぐらいだ。
とにかくこの話はもう終わりにして、買い物の続きをしよう。
「改めて、私はクリスティーナ。クリスと呼んで」
「クリス様の従魔のアシュリーです。先ほどは本当に失礼しました」
「もうその話はなしよ。知ってると思うけどあたしはオトメエンジェルよ。呼び方はオトメちゃんでもエンジェルちゃんでもいいわよ」
「ふふ、それならオトメちゃんと呼ばせてもらうわ。それで、防具を注文してもいいかしら」
「そうだったわね。クリスちゃんは何がお望みかしら」
私は新しい子達のメイン武器と筋力値、性別を伝えると、オトメちゃんはそれに見合った防具を見繕ってくれた。
「はぁい、これらが今初心者にオススメの防具よ。サイズは多少ならシステムが自動で調整してくれるから、アシュリーちゃんを基準に選んだわ。こっちが男性用が、こっちが女性用。でこれが女の子用ね」
「確認させてもらうわ」
オトメちゃんが出してくれた装備は、普通のトップスやボトムスに所々に何かの革で補強してある防具だ。女性のものと女の子用はスカートのように腰部分にフリルまでついて可愛らしくなっている。
まさに初心者装備の次の装備という見た目にぴったりだ。……褒めているかは別として、今のあの子達には丁度良い防具だ。
うん。サイズも問題なさそうなのでこれを買うことに決めた。
「どれも素敵だわ。いくらになるかしら」
「全部で一万マルくらい。……なんだけどぉ、お願いを聞いてくれたら半額にしてあげるわぁ」
「あら、何かしら?」
一万ならギリギリ払える金額だけれど、安くなるならお願い次第では受けるのもやぶさかではない。変なお願いだったら払えばいいことだし、聞くだけならタダだ。
「是非とも、その素敵なドレスとメイド服を見させてくれないかしらぁ? 実は昨日初めて見たときからすんごく気になってたのよぉ!」
「なんだ、そういうことでいいなら構わないわよ。だけど壊さないでね」
「そんなことしないわよぉ!」
そういうことで、私達はモデルとしてその場に立ち留まり、オトメちゃんがキャーキャー言いながら時に私達を周って眺めたり、時に服を触って生地を確かめたり、時に私に質問して真剣に考え出したりと言う奇妙な空間ができあがった。
オトメちゃんのことを、私はむしろ面白く思い見ていたけど、アシュリーは露骨にゲンナリしていた。
まぁ、いずれ慣れるだろう。
「うーん、やっぱり素材から全然違うわねぇ。形だけならあたしでも作れるけど、性能が段違いねぇ。あっ、もう自由にしていいわよぉ、二人とも本当にありがとね! とっても参考になったわぁ」
「お役に立てたなら良かったわ。お代はこれでいいかしら?」
「おっけぇよぉん。むしろ詳細まで教えてもらっちゃったからあたしが貰いすぎなくらいよ」
「それくらい構わないわ。私も自慢できたことですし」
「うっふん。とても有意義な時間だったわぁ。今度はその服を元にしたものも作ってみるからまた見に来てねぇ」
「楽しみにしているわ。それでは、ごきげんよう」
「失礼いたします」
「じゃあねぇん」
くねくねと手を振るオトメちゃんに見送られ、私達は裏路地からメイン通りに出てきた。
これで皆の分の装備が手に入った。PKを撃退したときに増えた所持金が一気に減ってしまったが、それ以上の見返りは手に入った。
「さぁ皆の元へ帰るわよ」
「はい」
さて、街での忘れ物がないことも確認したし、今から屋敷に戻って皆のレベル上げを始めましょうか。




