中央街と犬と猫
森を抜け門へ近づいていくと、数メートル手前で門番さんから声をかけられた。
「止まれ! 人族に見えるが、こちらにはモンスターとわかっている。街に危害を加えるつもりならここでいなくなってもらう。もし来冒者ならそうと確認できる物を提示してゆっくり近づいてくれ」
ふむ、中央街の門番さんはしっかりしている。門番さんが言った“来冒者”というのは、この世界の住民が私達プレイヤーを呼ぶときの総称のようだ。
別段ここでいざこざを起こしても私に何のメリットもないので、ここは素直に応じた方が良いだろう。横でアシュリーがムッとしてるから、早めにあのカードを見せて対応しておこう。
「街に危害を加えるつもり何てありませんわ。街に入れるのを楽しみにしていたのですから。はい、確認するならこのカードでよろしいですか」
「ああ、パーソナルカードか。やはり君も来冒者だったんだな。で、そちらのお嬢さんのカードは?」
「そういえばこの子のカードってないわね」
「何?」
「この子は私の従魔なのだけど、創り出したときも契約したときも、カードなんてあったかしら?」
「私もそんなの見たことありません」
二人して首をかしげ、どうしようかと悩んでいると、一瞬気を張った門番さんが力を抜いて答えてくれた。
「なんだそういうことか。従魔なら問題ない。ほらパーソナルカードの裏に従魔の記録がされているだろ」
「あら、本当ね。気付かなかったわ」
「へーこんな風になってるんですね」
「知らなかったのか。このパーソナルカードは、その持ち主の様々な情報が記録されているからこういう場面に便利だ。だが知らない人や怪しい奴に不用意に見せたらダメだからな。注意するように」
「わかったわ」
パーソナルカードは、そのままだと一部の情報しか載っていないが、魔力を流すと追加で情報が見られるように出来ているみたいだ。
門番さんはそれの確認を終えると、親切に使い方まで教えてくれた。どうやら私に問題はなかったようだ。そしてついに、
「長く引き留めて悪かったな。ごほん。我々は君を歓迎しよう。ようこそ中央の街、セントガルドへ!」
「ふふ、ありがとう」
「ありがとうございます」
私達は中央街へと足を踏み入れた。
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ここはアースガルズ大陸にある街セントガルド。聖霊達の願いに応じてやってきたあなたの物語は、この街から始まる。
彼女達の願いは多岐にわたるがその本質は一つ。あなたの物語を楽しんでもらうこと。
これからあなたには様々な物語が待ち受けているでしょう。それはあなたの選択で変わる未来。
最良を見つけるか、真実を見つけるか、はたまた悪い結果になってしまうか。それもあなたにかかっています。
さぁ、この世界があなたを待っています。冒険をするもよし、商売をするもよし、ただ風景を眺めるもよし。
あなたの物語が良いものであることを私達は見守っています。
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「あれ、クリス様どうかしたんですか?」
「……いいえ、何でもないわ。それより先へ進みましょうか」
街へ入ると突然ムービーが始まり、ユフィちゃんに似た人がプロローグ的な事を話してくれたけど、正直今更感が半端ない。私の物語はもう一週間前から始まっているのだけれど……。
まぁそれは置いといて、街を見て回ろう。
中央街セントガルドは、女神像のある広場を中心に円形に発展した町で、その中心の広場から十字にメイン通りがあり、東西南北にある門からそれぞれのフィールドに出ることが出来る。ということはマップを見てわかった。なお例の中央街に行こうというメッセージは入った瞬間になくなった。
そして街の中の様子は、
「うわー、人がいっぱいですね!」
「そうね! これぞMMOって感じよね!」
中世風な街並みの中、色んな姿形をした人達が闊歩していた。東門の方はほとんど住民しかいなかったけど、今私達がいる女神像の広場にはプレイヤーと住民が色んな事をして動き回っている。
人族にケモビトにエルフ耳、かなり少ないが魔物型もいる。露店もいくつかあり、果物や野菜を売ってたり、食べ物を売ってたり、よくわからない物まで売ってる店もある。プレイヤーがやってる店も少数だがあった。
チラチラとこちらを見てくる人もいるが、きっと私達の格好が冒険者に見えないから、不思議に思って見ているだけだろう。
そうやってアシュリーと二人で周りを見ていると、突然メッセージがポップした。
《プレイヤー『忠犬ポチ』があなたの下着を覗いています》
「あら?」
「どうかしましたか?」
その内容が看過出来る物じゃなかったからぐるりと周りを見渡すと、正面のすごく近い距離に一匹の犬がスカートの中を見上げているのに気がついた。そしてその犬が、犬とは違った息づかいではぁはぁしてるのにも気付いてしまった。
どうしてこんなにプレイヤーはいるのに、まともな人と出会えないのか。強盗の次は覗き魔なんて、どうなってるのかしら。
「バインド」
「ぎゃあ!」
「クリス様!? いきなりどうしたんですか!?」
「アシュリー、そいつは女の敵よ。コテンパンにしてやりなさい」
「えぇー」
アシュリーはよくわかっていないのか困惑しているが、この駄犬の悪行をこのまま放って置くことは私には出来ない。ということで簀巻きにした。
「な、何で決闘でもないのに街中で武器スキル使えるんだ!?」
「犬がしゃべった!?」
「アシュリー。見た目は犬だけどこいつはプレイヤーよ。そして私の下着を覗いた変態よ」
「……極刑ですね」
「そういうことよ」
アシュリーと意見が一致したところで、この犬にはご退場願おう。
その意思が伝わったのか、犬もことさら慌て始めた。
「や、ヤバい! この二人、マジでヤバい! でも縛られて蔑んだ目で見られるのは、いい。何かに目覚めそう……」
「最後に言うことはある?」
「……女王様と呼んでも良いですか?」
「お断りよ。じゃ、さようなら」
「ぎゃあああ、ちょ、待って、街じゃ、死に戻り、しないから、こんな事しても、意味ないって! でも、角度的には、最高」
「ならずっと痛めつけられるわね」
「いやぁぁぁ、誰か! ああ、痛いのが、だんだんと……」
二人で簀巻きにした犬を足蹴にしていたが、バインドの方が先に解けてしまった。
今回はこの辺で許しておいてあげるか。
「ちっ」
「わふん、あふん」
アシュリーはまだ気が済んでないみたいだが、私が止めたから足を出すのを止めた。
それでこのビクンビクンしてる犬を放っておくかどうするか考えていると、後ろから声をかけられた。
「お見事です! よくぞやってくれました!」
「あら?」
「あっ、こっちです、下です」
「あらあら。これは可愛い猫ちゃんですね」
振り向き下を眺めると、そこには一匹の黒猫が座っていた。ただ大きさは中型犬ぐらいある大きな猫だ。ちなみにビクンビクンしてる犬は、中型よりは大きい狼犬のような姿をしている。さらにちなみに、どちらもペット用の洋服みたいな物を装備している。
「あっ、いきなりごめんなさい。私はハイキャットという種族の『ネコーニャ』といいます。その犬から女性を護る警備のようなことをしている会の会員です」
「これはご丁寧にありがとう。私はマリオネットのクリスティーナ。この子が私の従魔でマリオネットメイドのアシュリーよ。よろしくね」
「えっ! 魔物型だったんですか! 魔物型って少ないから仲間に会えて嬉しいです! こちらこそよろしくお願いします!」
ネコーニャと名乗ったこのプレイヤーは、私の事を魔物型とは気付いていなかったようだ。まぁ私の場合、関節をよく見ないと人族と区別がつかないし、見分ける方法も……門番さんは出来たけど、多分プレイヤーには出回ってないと思う。
だからといって魔物型であると言ったところで害があるわけでもないから、聞かれたら素直に答えることにする。
「それにしても素晴らしい手腕でした! そいつ犬だけに逃げ足だけは速いからなかなか捕まえられなかったんですよ! 殴っても蹴っても直ぐに逃げるから二、三発しか殴れないし。でもクリスティーナさんがそいつをボコボコにしてる姿見て、とってもスッキリしました!」
「それはよかったわ。でも確か下着って見えないんじゃなかったかしら」
「設定を変えない限りそうなんですが、その犬はスカートの中を妄想しながら覗いてるからそんなの関係ないんです」
「それは、質が悪いわね」
「全くもってその通りです」
「それでこの犬はこのまま放置で良いのかしら?」
一応聞いてみたが私に出来ることは特にないし、これ以上どうこうしたいとも思っていない。それに周りのプレイヤーや住民もいつものことなのか、特に気にする素振りも見せていない。
「はい! 街にいればすぐに回復して動けるようになるので、こんなの放っておいて結構です」
「そう、ならそうしておきましょう。教えてくれてありがとう、可愛い猫ちゃん」
「ふわぁあ」
しゃがんで目線を合わせ、お礼のついでに触ってみたかったから頭を撫でると、ネコーニャさんは耳をピコピコさせながら変な声を漏らした。
耳の動きまで本物の猫のようにしか見えない。こんな所にも補助システムが働くとか、運営のすごさが伝わる。きっと猫好きがいるに違いない。
「それじゃ、ネコーニャさん。ごきげんよう」
「あ、あの! クリスティーナさん、街に来るの初めてですよね?」
「クリスで良いわよ。そうよ、さっき着いたばかりなの」
「それなら私がこの街の案内しても良いですか!?」
ふむ、ありがたい申し出だ。当初は適当にぶらつきながら見て回ろうかと思っていたぐらいだから、案内してくれるなら非常に助かる。
「アシュリーはそれでいいかしら?」
「クリス様に従います」
「それなら、案内をお願いしても良いかしら」
「わかりました! この街の行くべき場所やとっておきのお店まで全部案内しますね!」
「ふふ、ほどほどでいいわよ」
張り切って歩き出したネコーニャさんの案内の元、私達は中央街を見て回ることになった。




