屋敷の外と唐突の激戦
2章開始です。
扉の先に広がる光景は、屋敷のサイズにふさわしいお庭、レンガの塀と鉄の門、そしてその先に広がるのは、人の出入りが感じられない未開拓の森だった。
今のゲーム内の時刻はお昼前で、太陽も眩しく輝いている。にもかかわらず森の中までは余り光が届いていないのか、レースをした室内のような明るさしかない。
だけど私の気分は上々だ。なんせ外に出られたんだから!
「あぁ、太陽の光が気持ちいいわ。それに空気もおいしい」
「そうですね。ぽかぽかしてます」
このまま日なたぼっこしていたい気にもなるが、今は目に映る全てが新鮮に見えて仕方がなく、否が応でも興味がわいてしまう。
「ここは庭だったのかしら。今は雑草だらけだけれど」
「そうみたいですね。ハート草に埋め尽くされていますね」
「ハート草? 何それ?」
「薬草です。多分【錬金】の素材にもなりますよ」
そう言われてみれば、【錬金】の下級回復薬のレシピにハート草って書いてあったかもしれない。ハートの形をした葉っぱ。これがそうなのか。
……目の前にあるのだけでかなりの数あるのだけど、婦人ってハート草でも育ててたのかしら。
「こんなにあるのなら少しだけ採っていきましょうか」
「いいですね。そうしましょう」
「それにしても、言われなかったら雑草だと思うくらい繁殖してるわね」
「ハート草は生命力が強いですから。だから回復薬が出来るんです」
確かに納得がいく説明だ。
では何株か貰っていこうと手を伸ばしたら、アシュリーがあっ、と声を上げ提案してきた。
「どうせなら【採取】スキルがあった方がいいですよ。このスキルがあると採取出来る場所がわかる上に、僅かに採取した時に恩恵があるようなので」
「あら、そうなの。それなら取得してみようかしら」
早速、スキルの一覧を開き、探すとちゃんと目的のスキルが見つかった。ついでに必要そうないくつかのスキルも取得して、今のステータスを確認してみた。
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名前:クリスティーナ
種族:マリオネット Lv12
職業:マリオネット Lv12
生命力 10
筋力 19
知力 15
精神力 8
器用 20
俊敏 20
スキル 残りSP46
短剣術Lv17 操糸術Lv11 投擲術Lv1
光魔法Lv10 闇魔法Lv10 死霊魔術Lv5
木工Lv5 錬金Lv7
魔力操作Lv7 糸操りLv5
識別Lv13 鑑定Lv13 解体Lv13
採取Lv1 伐採Lv1 採掘Lv1
状態異常耐性Lv10 気配察知Lv1
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取得したのは【採取】の他に、【伐採】、【採掘】、【気配察知】、そして【投擲術】を取った。ポイントは【採取】、【伐採】、【採掘】が2ポイント、【投擲術】、【気配察知】が3ポイントだった。
なぜこれらを取ったかというと、【投擲術】はマダムとの戦闘で魔法のような詠唱がなく、即座に出せる遠距離攻撃が欲しいと思ったからだ。ついでに始めから使える技はパワースローという通常よりも高いダメージを与える技だ。
【気配察知】はこの先が森だから目視以外での索敵方法が欲しかったのと、前にやったゲームであると便利だったからだ。
【採取】他二つは、勢いで取ってしまった感もあるが、【伐採】は【木工】に、【採取】と【採掘】は【錬金】で素材を使う場面があるから、無駄というわけじゃない。と自分に言い聞かせている。
他にもステータス強化系のスキルを取ろうかと考えたけど、5ポイントとそこそこしたので保留にした。
その後、ハート草をいくつか採ってから、ついにこの敷地、門の外へと足を踏み出した。
薄暗い森だがワクワクしていると、ピコンという電子音とともにメッセージが流れた。内容は、
『最初の街 中央街へ行ってみよう!』
というものだった。初めて外に出たから何かが発動したのだろう。
「街! プレイヤー! やっとMMOらしくなってきたわね!」
「クリス様、楽しそうですね」
「ええ、とてもワクワクしているわ! えっと街の方向は、あっちね。さぁアシュリー、明るい内に向かうわよ」
「はい」
マップを見るとこの屋敷は、中央街の北東にあたる森の中に建っているようだ。
ここからだとどのくらい時間が掛かるかわからないから、急いで森を抜けて街に行こう。
と考えていたけど、森を歩くとすぐに頭から抜け落ちた。
だってこの森、いろんな物が採れるんだもの。
ハート草に毒草、マナ草などが【採取】できて、木材にする前の丸太や枝が【伐採】できた。ごく稀に岩もありそこでは石と鉄鉱石が【採掘】できた。
それにモンスターも私にとっては嬉しい素材を落とした。
私がこの森で倒したのは、芋虫、蛾、蜘蛛、そしてスライム。どうやらこの森は虫系のモンスターが多いようだ。どれもレベル8前後で強くはなかったが、蜘蛛だけは巣を張ってたり糸を飛ばしたりと食らうと厄介そうな技を使ってきた。
出てくるモンスターはとてもリアルだがもっと気持ち悪い敵が出るゲームをしたことがあるので、それと比べると私は平気だった。アシュリーは気持ち悪がっていたが。
手に入れたアイテムは、蛾とスライムは微妙だったが、芋虫と蜘蛛からは糸が取れた。これで糸の補充が出来るようになったからウハウハだ。
この森はまさに素材の宝庫だ。どこに歩いても素材が手に入る。
そんなふらふらと歩いているのがいけなかったのだろう。気付けば、やや拓けた場所に足を踏み入れてしまった。そして、
《フィールドボスエリアに入りました》
《この戦闘は逃走不可です》
そんなメッセージと共にエリアの真ん中にある大樹から二メートルはありそうな一匹の巨大蜘蛛が降ってきた。
ポイズンジャイアントエイトレッグ Lv14
ボスモンスター アクティブ
「アシュリー気をつけて! マダムレベルのボスモンスターよ!」
「! わかりました」
「来るわよ!」
蜘蛛はその場で半回転すると、私達に向けて糸を飛ばしてきた。
直線的な攻撃はすでにマダムで経験してるから、今更当たる私達ではない。私達は左右に避けることでそれを躱し、反撃に魔法を打ちつつ、蜘蛛へ駆け出す。
私に狙いをつけた蜘蛛は、近づく私に向かって二本の足を上げ振り下ろした。それを横に飛んで躱し、即座に反撃する。
「バインド」
振り下ろした足を拘束すると、まさか蜘蛛である自分が糸で拘束されるとは思っていなかったのか、不格好のまま牙をギチギチとならし引きちぎろうとしてか攻撃の手が止んだ。
「ダブルエッジ!」
「ここです!」
「ギヂッ」
そんな隙を見逃すはずがなく、私は拘束した足の関節を、アシュリーは腹部を切りつけた。
与えたダメージはそこそこ、だが足を切断するまでは至らなかった。ならばと拘束が続いている間にもう一度攻撃することで、なんとか左前足を切断できた。
それから攻防が続き切断こそ出来ていないが、アシュリーと共にいくつもの傷を蜘蛛に負わすことができている。対してこちらはアシュリーが後ろ足の引っかきを受けたぐらいで回復が間に合うぐらいのダメージしか負っていない。
サイズの割に蜘蛛の動きは素早いが、噛みつきと足による引っかき、それと口と腹部から糸を飛ばすことしかしてこない上に、前足を切断したことで動きがわかりやすくなったのがダメージが軽くすんでいる要因だろう。
そしてHPが半分になったときに、突然蜘蛛が中央の樹に登り、姿が見えなくなった。
「何かしてくるわ。警戒して」
「はい」
【気配察知】のおかげでなんとなく樹のどこにいるのかがわかる。そのいるであろう場所を睨んでいると、そこから懲りもせず糸が飛んできた。
しかしどうやらただの糸ではなく、名前の通り毒が付与されているみたいだ。
「毒は牙からじゃなくても使えるのね」
「この糸で拘束されると大変そうですね」
「身動きできず毒でじわじわと。確かにそれは嫌ね。絶対に当たったらダメよ」
「気をつけます」
蜘蛛は次々と場所を変えては毒糸を飛ばしてくるが、【気配察知】がよく働いているので余裕を持って躱すことが出来ている。
それが十回ほど続くと、蜘蛛は樹からジャンプして私に飛びつこうとしてきた。が、そんなの当たるはずもなく軽々と避けると、硬直中だった蜘蛛に再度バインドをしてから、二人で足に斬りかかり、もう一本切断するまでに至った。
その後は最早一方的になりつつある攻撃を続けて僅か数分、またもや蜘蛛が樹に登っていった。
「またなの? 今度は何をするのかしら」
「油断は禁物ですよ」
「あら、しっかり警戒はしてるわよ」
「それは失礼しました」
私もアシュリーも油断はしてないが、おしゃべりをするくらいの余裕はある。
どんな攻撃が来るか身構えていると、大樹の天辺から蜘蛛が出てきた。そして一度体を丸くした後、バッと元に戻すと大量の糸を口と腹部から出しながらその場で一回転した。
「ギチギチィ!」
「ふーん」
「なっ! これじゃあ逃げ場が!」
アシュリーが驚くのも無理がない。
大樹の上で蜘蛛が回転しながら糸を飛ばしたのだ。その蜘蛛の糸が及ぼす範囲は、ボスエリア全体。面で一様に降ってくる毒糸はまるで投網のようになり、どうやっても躱すことは出来ないだろう。普通なら。
「アシュリー。後ろにいなさい」
「でも!」
「大丈夫よ。あんな網、私の糸で突き破ってみせるから」
アシュリーを後ろにやり、即座に魔力糸を展開する。
今にも覆い尽くそうとしている毒糸の一点に、魔力を込めたナイフ付きの糸達を飛ばし、貫いた。そして、一本の矢のようになっていた糸を十方に広げることで毒糸の空間を引き裂いた。
紫に染まった地面の中で、私達の周りだけ太陽の光を浴びた生命力が満ちあふれている。
「ふぅ。なんとかなったわね」
「流石ですクリス様」
「そうでもないわ。だってこんなことしなくてもあの木の下なら安全だったみたいだしね」
「あっ、本当だ」
今言ったとおり、わざわざ【操糸術】で無理矢理突破しなくても、走って木の下まで行けば、あの全体攻撃を受けずに済むようだ。ただそうした場合別のこともしてきそうだけど。
一先ず拘束と毒のコンボは透かすことが出来た。だけど毒糸はまだ地面に残ったままで、私達が動けるのは直径八メートル程の僅かな空間だけだ。
そんな中、蜘蛛は平然と毒糸の上に降り立ち、こちらを警戒するようにじっと見ている。
そして私達を倒す算段でもついたのか、その場でまた毒糸を飛ばし始めた。
「くっ、面倒な事してくるわね」
「どうするんですか! このままではいずれこっちがやられてしまいますよ!」
「魔法は、いまいち。毒糸は、操れそうにないわね。うーん、蜘蛛との距離は十二~三メートルか。ギリギリね」
「クリス様? 何か糸口が見えたんですか?」
「一か八かとまでは言わないけれど、一つ思いついたわ。その方法は……」
私は、思いついた作戦をそのままアシュリーに伝えると驚愕した後、異を唱えた。
「えぇ!? そんなの無理です! 出来ません!」
「なら他の案を出してちょうだい。もう余り時間もなさそうよ」
「うー、でも……。わかりました。やりますよ! でも、何かあったらすぐに私を呼んでくださいよ!」
「大丈夫よ。多分ね」
話し合いが終わると、私は一旦動ける範囲の後ろまで下がり、そこから全速で駆け出し緑の範囲ギリギリで大きく跳んだ。それと同時に蜘蛛にバインドを仕掛ける。これが避けられたら作戦はおしまいだ。
だが蜘蛛は、私への攻撃を優先し空中にいる私目がけ毒糸を飛ばした。だが、毒糸が私を拘束する前にバインドが成功し、感覚でそれがわかった私は思いっきり糸を引いた。
するとどうなるか、当然空中にいる私は蜘蛛の方に引き寄せられ、毒糸も避けられずモロに掛かった。それでも確実に蜘蛛には近づくことが出来た。
だが、いくら糸で自身を引き寄せたとしても、蜘蛛にたどり着くにはまだ後五メートルはあり、私は届くことなく紫の地面に落ちた。
「……」
「ギチギチギチッ!」
蜘蛛はそんな私を見て、まるで嗤っているような音を出し私を完全に拘束するため口をガッと開いた。
その瞬間に魔法を発した。
「イルミネーション」
「ギチッ!」
使ったのは【光魔法】のイルミネーション。ただの光る玉を出す魔法だが、私はそれを蜘蛛の目の前に最大光量で出現させた。
結果、蜘蛛の目は光にやられ、口から出した糸も明後日の方向へ飛んでいった。
後は、あの子がやってくれる。
「クリス様、ごめんなさい!」
「……っ!」
「はああぁ! ダガースタブ!」
「ギヂッィィ!」
緑のエリアから【糸操り】でステータスを強化した状態で跳んだアシュリーは、紫の地面に伏している私を飛び石代わりにしてさらに跳躍すると、未だ目が見えないままの蜘蛛の頭に魔力を込め火属性になったナイフを深々と突き刺した。
急所への一撃を受けた蜘蛛は、叫び声を上げながら暴れたが、すぐにバタリと倒れ動かなくなった。
ステータスは次回に持ち越します。




