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VS人形屋敷の主


 金曜日。

 金曜は一限早く終わるから、帰りに土日に備えて食材を買ってから帰宅した。

 帰ってきて晩ご飯の支度を終わらせて、まだ夕方だけどお風呂も済ませてからログインした。


「アシュリーおはよう」

「……」


 挨拶もほどほどに済ませHP、装備、ステータスの確認をすると覚悟を決めて、ボスがいるであろう三階の豪華な扉へ向かった。


 道中のモンスターを軽く倒し、目的の扉の前までやって来た。いよいよだ。

 理想を言えば、もっとレベルを上げてからの方がいいのはわかっている。特にアシュリーはまだレベル8だ。地下にいたマリオネットと比べても低い。

 だけど本音を言わせてもらうと、この屋敷でのレベル上げに飽きてきたのだ。MESOを始めて早一週間ずっとこの屋敷の中にしかいない。ようは私も他のプレイヤーのように新しい場所を冒険したいのだ。


 そんなどこか不純ともいえる覚悟を持って、私は扉を開いた。


 中に入るとそこは、ベッドもタンスも何もない空虚な広いだけの部屋だった。その中でただ一つ置いてある椅子に、女性がそばにいる二人の子供の頭を撫でながら座っている。

 女性はややくすんだ金髪に整った顔立ち、黒を基調としたドレスを着ている。子供は男の子と女の子で、男の子が金髪で女の子が茶髪。男の子の方が背が高く顔はどちらも嫌に整っている。男の子が白シャツに黒のベスト、女の子が可愛らしいドレスを着ている。


 ざっと観察して警戒しつつ私達が数歩歩みを進めると、突如その女性が語り出した。


『あら、久しぶりのお客さんね。最近は誰も来なくて私達だけでは寂しかったの。新しいおもちゃが来てくれて嬉しいわ』

「……」

『貴方の金の髪は綺麗ね、肌も白くて……、まぁ貴方もお人形なのね! それなら手間が省けてちょうどいいわ。あの作業も好きだけど、やってる最中うるさくてかなわないですもの』

「……」

『ふふ、どうせもうここから出られないのだから私の使用人に、お人形にしてあげるわ。さぁ、大人しく私に支配されなさい』


 なんとまあ自分勝手なことを言うものだ。元々こんな性格なら旦那さんが不憫でならない。こんな人の下になんて誰が望んで行くのかしら。


『さぁ、早くいらっしゃい』

「お断りよ。私はこの屋敷から出るためにここに来たの」

『あらそう。でもそれは出来ないわ。なぜなら私が外への扉を封じているから』

「そう。なら貴方を倒せばいいだけね」

『はぁ、そんなこと出来るわけないわ。まぁいいわ。それなら実力で、貴方を支配してあげるわ。さぁ愛しの子供達、久しぶりの遊び相手よ。可愛がってあげなさい』


 女性がスッと手を上げると、今まで微動だにしなかった横の子供が立ち上がり私達に向かって一気に突っ込んできた。


愛しの我が息子のマリオネット Lv13

 ボスモンスター アクティブ


愛しの我が娘のマリオネット Lv12

 ボスモンスター アクティブ


 来るまでの間に子供型の人形の【識別】をする。それぞれの武器は、息子が剣を娘はナイフを持っている。そして、


 マッドネスマダムマリオネット Lv15

 ボスモンスター アクティブ


 婦人だったマリオネットの識別結果がこれだ。武器は何も持っていないように見える。


 レベルが上のボスモンスターが三体。確実にパーティー向けの相手だが、マッドネスマダムマリオネット、長いのでマダムと呼ぼう、は座ったままなので、まずは二対二の状態で戦えそうだ。でもいつ参戦してくるかわからないから気をつけて行こう。


『『……』』

「アシュリーは左の娘をお願い。マダムが怖いからなるべくダメージは受けないように戦って」

「……」

「適宜フォローするわ。……バインド!」


 カタカタと音を鳴らして向かってくる二体に対し、アシュリーに軽く指示を出して娘のマリオネットにバインドを使い拘束した。

 動けない娘にすぐさま攻撃を仕掛けたアシュリーを横目に見つつ、兄妹が攻撃されているにも関わらず気にした素振りを見せず剣を振りかぶった息子の攻撃を難なく回避する。


 反撃に後ろに回り込みダガースタブを突き刺してすぐ離脱。人形特有の関節のない動きで背中にいる私に無理矢理斬りかかって来たからだ。

 だか剣が大振りだからか、私の方が俊敏が高いのか、回避は難しくない。こういう変な動きさえ気を付けていれば、ダメージは余り受けずにすみそうだ。


 アシュリーも今のところは大きなダメージを受けずに戦っている。

 拘束からすぐに抜け出した娘は、アシュリーと同じサイズのナイフで攻撃してくるが、こちらも動きが大きく、ソウル避けで特訓したアシュリーには直撃はしていない。

 だが完全には回避しきれず腕や脇腹などに小さな切り傷をいくつか作っている。それもドールの特徴故か出血もなくたいした影響にはなっていないようだ。


 そんな私の一方的な、アシュリーのほぼ互角な戦闘をしていると、突然マダムが手を叩き驚いたようなだけどこちらを小馬鹿にしたような声で話し出した。


『凄いわ凄いわ! 子供達をここまで追い詰めるなんて。少し手を貸してあげようかしら』

「何かしてくるわ! アシュリー気をつけて!」

「……!」


 マダムが宣言した途端に、子供達の動きがグンと良くなった。

 剣もナイフも鋭さを増し、私はまだしもアシュリーの攻撃が当たりにくく、逆にダメージを受けるようになってしまった。何とか避けているが掠った時のダメージも増えている。


「何をしたの? ……あれは! 【糸操り】!」


 息子の対処をしながら何かしたであろうマダムをよく見てみると、手から糸が出ているのが見えた。

 マダムは【糸操り】を使って、子供達を自分のステータス分上乗せして強化したんだわ。このまま続くとアシュリーがマズいわ。アシュリーが大きなダメージを受ける前に助けに行かないと。


「バインド」


 剣を回避し側面から接近し手を伸ばして息子に触れながらバインドを発動する。いくらステータスが上昇していてもこれでは動けないだろう。

 すぐさま転倒させ馬乗りになり、心臓、おそらく核にしているであろう魔石がある場所に向かって、短剣を振り下ろした。


「急所突き」


 アシュリーを創ったとき、ここに魔石があるのは見ていたから同じ場所にあると踏んで狙ったが、どうやら合っていたようだ。


 息子のHPバーを見るとまだ三割近くあったがこの攻撃でゼロになっていて、魔石に刺さった短剣を引き抜くと、カタカタ震えた後にピクリとも動かなくなった。


『壊してくれてありがとうお姉さん。どうか、妹も、そして母様も、助けてください……』

「えっ?」

『あああぁぁぁ! なんてこと、オリバーがやられるなんて! あぁ、今度はもっと丈夫な身体を創ってあげないと! オリビアは壊させないわよ!』

「今のは何なの」


 息子のマリオネットから漏れた小さな光から声が聞こえたと思ったら、マダムが叫び声を上げ魔法を放ってきた。

 片方のマリオネットを倒したから、攻撃パターンが変わったと予測できるが、今の子供の言葉が何を意味しているかはわからない。助けてと言われてもこのまま倒すのではダメなのだろうか?


 兎に角、今はアシュリーを助けに行くのが最優先だ。

 息子くんの想いに応えられないかもしれないが、娘のマリオネットもさっさと倒してマダムとの戦いに集中しよう。


「ヒール。アシュリーは回避を専念して、隙を見て攻撃を続けて!」

「……!」


 【糸操り】でアシュリーのステータスを底上げしながら回復して、私も娘への攻撃に参加する。幸いと言っていいのか、マダムは未だ立ち上がらずに魔法を撃ってくるだけの固定砲台と化しているので、【糸操り】していても躱すのは難しくない。

 ただ、当たったアシュリーのHPがゴリッと減ったから私が当たったらそれだけで致命傷になりかねない。HPが減ったらすぐにヒールを使っているが私のMPじゃ心許ないので、出来るなら娘も早く倒したい。


 アシュリーを狙っていた娘から標的を私に移して、マダムの魔法に注意してひたすら回避しながら二人でチマチマと攻撃すること数分。やっとマダムと娘の攻撃が重なり、それを避けることで大きな隙が出来た。


「ここっ、急所突き!」


 マダムの闇魔法のような攻撃は、クールタイムが短いのか短い間隔で連発してくるが、全くないわけではない。

 そして攻撃が重なったところで接近し、そのまま急所突きで娘の魔石を破壊した。


 すると先ほどと同じように倒れた娘のマリオネットから光が漏れ、そこからまだ幼さの残った声が聞こえた。


『ありがとうおねえちゃん。でもまだなの。おかあさまがまだなの。どうかわたしたちをたすけて。おかあさんにおとうさんをあわせてあげて……』

「また……、どういう意味なの?」

『きぃぃ、よくもオリビアまで壊してくれたわね! いいわ、私が直々に相手してあげるわ! 痛み付けてから支配してあげる!』

「! アシュリー、マダムが動くわ。十分に注意して、あなたは回避重視よ」

「……」


 娘ちゃんが何か言っていたが、いまいち要領を得ない。

 だが今は考えをまとめている余裕がない。マダムが立ち上がり、こちらに向かって一直線に走ってきたからだ。


『捕まりなさい!』

「っ!」


 てっきり魔法を使ってくるかと思っていたら、突っ込んできたマダムは糸を展開し、私にバインドを仕掛けてきた。

 自分が【操糸術】を使えるからか、即座にそれを見破ることができ、咄嗟に横に転がるように避けることで何とか捕まらずにすんだ。


『はっ!』

「くっ!」


 そこからは糸と糸の応酬だった。叶うなら接近し短剣の突きでも食らわせたいが、糸に阻まれ近づけず一定距離からつかず離れずの糸と糸の攻防になった。ここまでくると【糸操り】をしてる余裕がなかったから、即座に解除してアシュリーには遊撃に回ってもらった。


 私が【操糸術】のスイープを使えば、マダムは自身の左右の足下に二本ずつ糸を伸ばすことで、私が放ったスイープを絡ませて無力化し、バインドを使えば、自分を守るように格子状に糸を纏わせそれを小刻みに動かすことで、バインドするために伸びた糸がマダムにたどり着く前に絡み取られて終わった。

 このやりとりで初めて知ったが、糸は絡まっても意識すればそこから切断できるようだ。ただ耐久力は下がる仕様になっていた。


 対して私は、スイープはジャンプして、バインドは大きく飛び退いたり無理矢理絡ませたりして何とか対処していた。


 マダムは踊りながらピアノでも弾いているような綺麗な糸使いなのに、私は飛んだり走ったりと肉体的疲労があったらかなり疲れそうな動きをしている。

 そもそも私は練習してやっと六本まで糸を意識して操れるようになったのに対し、マダムは全ての糸を自在に操っている。謂わばマダムの糸使いこそが私の理想の形だ。

 だからこそマダムとの糸の応酬は有意義な時間にもなっている。バインドやスイープの効果的な使い方に対処法、糸を速く伸ばす手の動かし方や糸を使うための身体の使い方。それらを戦闘中だと言うのに私は、マダムを観察し操り方を盗もうとしている。


 そうしている間にも、隙を突いては魔力を込めて火属性になったナイフを使い、アシュリーが着実にダメージを蓄積させている。どうやらマダムは弱点を克服してないらしく、この攻撃がいいダメージを与えている。

 マダムの糸で私のHPもじわじわと削られてはいるが、元々攻撃力がない糸ではたいしたダメージになっていない。


 そして、マダムの扱い方を盗み、私の糸使いもだいぶ様になってきた頃に、それは起きた。


『嘘よ嘘よ嘘よ。ありえない、認めない、許せない。こんな結果私は望んでいないわ! そうよ! あの時のように、私が変えてみせるのよおぉぉ!』

「っう!」


 アシュリーがまた背中を斬りつけたのがトリガーになったのか、癇癪を起こしたようにマダムが喚きだし無茶苦茶に糸を振り回し始めた。


 何をしてくるかわからず接近もできないので、何が来ても避けられるように身構えていた私は、暴れ回っていた糸が全て下に垂れた次の瞬間、叫び声と共に放たれた攻撃に、反応は出来たが回避する方法が思いつかず、ただ呆然とその攻撃が私に到達するのを眺めてしまった。


 マダムが放ったのは全方位攻撃だった。マダムを中心にドーム状に広がる黒い魔力の奔流だった。

 一目見て、娘のマリオネットがいたときに放っていた魔法より、強力だとわかってしまった。この黒い魔力に私が耐えられる気が全く起きなかった。


(これは耐えられないわね。ダークウォールが間に合ったとしてもどのくらい防げるのやら。まぁやるだけやってみましょうか。これでアシュリーとお別れになるのかもしれないのだし、最後まで情けないところは見せたくないからね)


 この時私はほとんど諦めていた。

 もっとレベルを上げていれば、ステータスを防御面に振っていればと後悔が次々と湧き、同時に初見殺しだ、理不尽だとマダムに、いやマダムを設定した運営に苛立ちも溢れていた。


 負の感情がごちゃ混ぜになりそれを誤魔化すように、迫る黒い魔法にダークウォールを使おうとした瞬間、私の目の前に人影が舞い降りた。

 直後、私にそれがぶつかり、その勢いで私諸共突き飛ばされた。

 だが私は生きていた。疑いながら見たHPもまだ三割ほど残っている。


「何が……!」


 何故助かったのかわからずに、身体を起こすと私の横に転がるそれを見つけてしまった。

 それは両腕がもげ、両足も半ばからなくなっていて、顔も半分消え失せ、身体中がひび割れ欠けている、アシュリーだった。


「アシュリー!! 何で!? どうして!?」

「……」


 普段は伝わる意思が今は反応がない。

 すぐさまアシュリーのHPを確認すると、奇跡的にまだ僅かに残っていた。

 急いでヒールを唱えたが、ググッと回復した後はまた徐々にHPが減っている。


「どうして!」


 HPが減っていることに、激しい苛立ちと焦燥感に襲われるが、身体全体を見るとアシュリーの魔石がヒビ割れているのに気付いた。このせいで回復を掛けても減ってしまうのだと直感した。


 アシュリーを救うにはどうすればいいか? 先ずは魔石をどうにかしなければこのまま力尽きてしまう。魔石を直すにはどうする? 【錬金】して上手くいくか試すしかない。それなら地下室に行かなければ。そのためには、


「さっさとアイツをブチ壊さなければ」


 頭の中でグルグルと回る思考をまとめると、短剣を手に一気にマダムへと襲いかかった。


『あはは、無駄よ。貴方もあの人形ももう助からないわ。私の糸で貴方を捕まえておしまいよ。あはははは』

「っ!」


 まっすぐに突き進む私に糸が迫り今にも拘束しようとする。

 それを足を踏み込み前進することでやり過ごすが、マダムはそうするとわかっていたのか、自身の前方、短剣ではギリギリマダムに届かない距離にまるで罠でも仕掛けているかのように糸を張り巡らせ、そこに私が突っ込むのを狂気の笑みを浮かべ待っている。


 私もそれを視認した。だけど、もう減速して避けることも離脱することも出来ない。後ろからも糸が迫っている。このまま突っ込んでも短剣が届かない。短剣が、届かない? それなら、もっと長い武器を使えばいい。


 一歩踏み出す間に瞬時に思考した私は、無意識の内に短剣を捨てインベントリからより長い武器を取り出して、


『なっ!? 何故貴方がそれを!?』

「食らいなさい!!」

『ぎゃああぁぁぁ!』


 胸に突き刺した。

 取り出した武器、レイピアから手を離すとマダムはゆっくりと傾き、ガシャンと後ろへ倒れた。


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