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魔法の のの~Black Is The Colour  作者: みみつきうさぎ
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第二話「よるの魔法」

☆登場人物紹介☆


■柊 のの(ひいらぎのの:本名Nono.W.Holy)

過去の異国から逃げてきたアカザの杖を持つ魔法使いの少女。ある過去の事件で多くの人命を奪ったことから、「蠅の王」より、その命を狙われている

■スッケ

ビー玉遊びが大好きなののと同居する人語を話す白フェレット。元はグースのペット

墨染雪子すみぞめ ゆきこ

ののが初めてこの街で出会った天然系の心優しき少女

餅草月美もちぐさ つきみ

雪子の親友。バドミントン部に所属する活発な少女


(五)


 北上市街から県道百二十二号を西進していくと、夏油川を主にエンガ沢やオポガ沢といういくつもの小さな沢を集めた『入畑ダム』という堰止め湖がある。その湖を見渡せる展望台の小さな駐車場に老夫婦は立っていた。


 この一帯は秋の観光シーズンが終了し、初冬にかけた今の季節が一番静かである。だからこそ彼らの乗ってきた所々に錆の浮き出た古い乗用車が、人気のない駐車場で一際目立っていた。


「お父さん、きれいですねぇ」


 長い石段を登った展望台から見える自然の美しさ。水量が少なくなったとはいえ、暗い空をそのまま映したかのような群青色の湖水は色の少なくなった山々の景色の中で、一際その存在を際立たせていた。


「ああ、ダムが出来ていたのは知らなかった、兎森山は大きなスキー場になってその面影もないな」


「この道の先の古い温泉は、もうやってないのでしょうか」


 老婆は連なる西の山々を望むように、遠い目をして言った。


「ああ、若い頃、登山の帰りに寄ったな。もう冬だし……行きたかったか」


「いいえ、もうそんな元気はありませんよ」


「すまないな」


「何で、お父さんが謝ることがあるのですか」


 二人の会話はそこでしばらく途切れた。夏であれば、野鳥の声が満ちあふれている場所であるが、今は風の音だけが耳に付く。昼下がりの時刻とはいえ、山から吹き下ろされる風は冷たかった。



(六)


 あれから、雪子は何回も月美と学校の帰りに神社に寄ってみたものの、「のの」という名の少女や白フェレットの姿を見ることはできなかった。

 そのうちに月美も飽きてきたのか、「のの」の話題に触れることは次第に少なくなってきた。その分、お気に入りの俳優が出演する新作の映画の話に興じていた。


 寒さをものともしない犬のチコは、寝癖で後ろ髪の立ったままの雪子がねぼけ眼でいるのにもかかわらず、朝の散歩に連れて行ってほしいと甘えた声を上げている。


「わかった、わかったから静かにして、つなげないでしょ」


 雪子がつないでいる鎖から散歩用のリードに付け替えようとした時には、半狂乱になって喜びを全身で表していた。


「よし、行くよ」


 雪子が走るとチコも嬉しそうに走る。雪子が止まるとチコは手持ちぶさたになったように周囲の草わらに鼻を入れ、ありとあらゆる匂いを嗅ぎまわっている。いつも散歩はその繰り返しであった。


 白い綿毛のついた小さく黒い虫が、雪子の目の前を音もなくゆっくりと飛んでいくのが見えた。


「あっ……雪虫」


「雪虫」は別名『トドノネオオワタムシ』と言って、アブラムシのような身体に羽根と蝋に似た物質でできた綿のようなふわふわした飾りを付けているのが特徴である。雪虫が飛ぶと一週間もせずにすぐに本当の雪が降ると言われており、冬の使者の代表的な生き物である。


 雪子は、ふわふわと飛ぶ雪虫の向こうに見える奥羽山脈の高い山々の雪の冠が、次第に大きく立派になっていることにあらためて気付いた。


 今日は曇りなので、朝から気温はあまり下がっていない。


「もう、冬なんだ」


 雪子は自分の名前に「雪」という字が付けられているので、冬自体嫌いな季節ではない。ただ、しんしんと降り積もる雪が、蒼く輝く山々を黒色と白色のみの世界に塗りかえてしまうことに、少しうら寂しく感じている。



「すいません、お嬢さん、『瀬美温泉』はこの道で良いですか」


 老夫婦の乗った見慣れぬ車が、雪子の側に静かに止まり、雪子に話しかけてきた。助手席に乗った老女の物腰の柔らかなその言い方に雪子は好感を抱いた。


「瀬美温泉ですか、この道をもっとまっすぐ行くと県道にぶつかるので、そこを右に曲がって下さい。しばらく行ったら、また右に看板が出ています。入畑ダムまで行ってしまうと行き過ぎなので、その時は戻ってください」


 理路の整った雪子の説明に老婆と運転席に座る老爺は微笑みながら頭を下げた。


「どうもありがとう」


 軽くクラクションを鳴らして、乗用車が過ぎていった。ナンバープレートに記された街の名はこの近在のものではなかった。雪子の住む街には、良質の湯があふれる温泉を求めて、多くの観光客が訪れる。そのような観光目的の二人連れなのだなと雪子は何の疑問も持たなかった。



(七)


 「天狗森神社」の前にさしかかった時、チコが急に境内の方を気にしだした。


 切妻造きりつまづくりと呼ばれる本を伏せた山型の屋根をもつ小さな社殿が、いつもと変わりなく、太い杉の木に囲まれた中にひっそりとしたたたずまいを見せている。


「どうしたの?」


 チコはふんふんと地面の臭いを嗅ぎ出し、突然一声吠えて、境内の方に向かって走り出した。


「待ってよ、どこ行くの?」


 裏山に続く道の笹藪を過ぎた辺りの、いつもとは違う場所にもう一本、四角く平らな石が敷き詰められた石畳の道ができていた。その道はいつもの右の方に行くのではなく、大きく左に湾曲し、神社の裏にもう一度降りている。


 時々振り向きながらどことなく自慢げに走るチコが止まった先、小さなおもちゃのような煉瓦造りの家が森の中にひっそりと建っていた。煙突からは木を焼いた懐かしい匂いのする煙が細く立ち上っている。半円の出窓の内側にはかわいい色取り取りの鉢植えの花が飾られてもいて、一見するとまるでヘンゼルとグレーテルのお菓子でできた家のようにも見えた。


「この家……?」


「ワン!」


 チコは玄関の木でできた扉を軽くお手をするような仕草の前足で何度も叩いた。


「うるせぇなぁ、また狸の三五郎かい、ミミズ詰め合わせセットの押し売りならごめんだぜ、それともフクロウの奴、忘れ物したのかな」


 扉が開くと、玄関の真ん中で白フェレットのスッケが眠そうに目をこすっている。


「何だい、迷い犬か。悪いな、犬用の飯は用意していないんだ、晩まで待っていたら、それまでにののが何かつくってくれる。行儀よく表で待ってな」


 スッケは右前足の短い指を一本立てて、左右に軽く動かした。


「おはよう…………」


「おはようって……お前、人の言葉の発音上手いなぁ…………」


 スッケは感心して、犬のチコを見上げた。チコは嬉しそうに「ワン」と吠えた。


「けっ、また、犬の言葉に戻したのかよ。まぁ、ころころ忙しい野郎だ」


「あの……ここ……ののちゃんの家ですか」


 雪子の声に家の中へ戻ろうとしたスッケは面倒くさそうに振り向いた。


「まぁた……犬から人間の言葉かよ、お前も器用な奴だな、あたりまえだろ、ここはののの家だ……って……えっ……」


 スッケは上からのぞき込む雪子と視線をあわせた。


「スッケちゃん、やっぱり人間の言葉を話せるんだ…………」


 興味深そうに目を丸くしている雪子の言葉に、驚いた口を大きく開けたままのスッケは「いいや」と否定するように首を横に振った。


「どうしたの?スッケ、動物のお客さん?」


 奥から水色のパジャマを着た「のの」があらわれた。


「ののちゃん、やっぱりののちゃんの家だったんだね」


「あっ!」


 顔を真っ赤にして、ののは部屋の奥に走って隠れた。スッケも慌てて後を追うように部屋の奥の小さな隙間に飛び込むように隠れた。


「ごめんね、突然お邪魔しちゃって、すぐ帰るから」


「いいの、着替えるからちょっと待ってください」


 ののが光の砂を自分の頭の上に振りまくと、来ていた服があっと言う間に、いつものラフな服装にかわった。


「お待たせしました」


 ののの着替えのはやさに驚いた雪子であったが、それ以上にすぐに聞きたいことがあった。


「ののちゃん、どうして、この子しゃべれるの?」


 雪子は、フェレットの鳴き声に戻っているスッケをまだ不思議そうに眺めている。


「スッケのことですか?鳴き声の出し方によって、人間の声そっくりに聞こえることがあるようです」


 のののごまかした返事を聞いたスッケは、すぐさま「キュー、キュー」と、酔った人の鼻歌のように音程を微妙に変えながら鳴いた。

 このごまかし方もいつまでもつのかと、表情にこそ出さなかったが、ののの不安は募った。


「今日休みだし、午後からつっきと遊びに来ていいかな?」


「あ、……いいです……よ」


 ののは少し思案したが、雪子の問いかけに、小さい声で了承した。その答えを聞いたスッケは、あたふたと、ののの表情を見たり、ぐるぐると雪子とチコの足下を走り回ったりしていた。


「道に迷うかもしれないので、チコちゃんに案内をしてもらってください」


 ののに頭をなでてもらったチコはしっぽを振って、甘えるように鼻を鳴らした。


「うん、わかった」


 神社の裏手はそう深い山ではない。しかし、先日の月美との道を見失った一件があったので、雪子は何の疑問ももたずに返事をした。

 訪問の約束をした雪子とチコは足取り軽く、落ち葉が少しだけかぶった細い石畳の道を戻っていった。



「まずいんじゃないか、のの……」


 ののの左肩に上ったスッケは、心配そうに雪子の去った方角と、ののの顔を見比べた。


「うん……でも、ちょっと……」


「かぁーっ、だから、ののは甘いって言うんだよ、ぐみの実よりも、うんにゃ、すぐりの実よりも、あけびの実よりも甘いぜ、この場所は静かで良い所だと思ったんだけどな、こうなりゃ、また引っ越しの準備だよ。面倒くせぇよ、あっそうだ、まずは拾ってきたあの宝物からしまわなくちゃな」


 スッケの寝床の枕元には、ぴかぴかに磨かれたビー玉が置かれている。前に街をこっそりと散歩した時に拾ってきた緑色の模様の入ったビー玉がスッケの今の宝物である。彼は最初にそのことを心配していた。


「スッケ……」


「うん?」


「お菓子を作る準備手伝ってくれる?」


「ええっ!」


「おにぐるみのクッキーがいいな、殻を割ってほしいの」


「うぇーっ、おにぐるみなんて固くて割るの大変なんだぞ」


「だって、ドングリはもう飽きたって昨日も言っていたでしょ。それとここはリンゴのおいしいところだから、リンゴジャムとアップルティーも一緒に。この子たちにも手伝ってもらう」


 ののが、右腕を前に差し出すように伸ばすと、雪子のやりとりを枝の上からこっそり見ていた三匹の雀がさえずりながら、降りてきてその腕に止まった。


「前から見てたの、後から見てたの、わかっちゃったぁ!」


「お菓子を僕たちにもくれるんだよね。クッキーだよね」


「私、何を手伝うの?何を手伝うの?」


 雀たちは甲高く、早口でしゃべりたてた。


「うるせぇ連中が来やがった」


「そういうことを言わないで。それとスッケ、前にも言ったけど雪子さんたちの前で絶対に人間の言葉をしゃべってはダメ」


 ののに注意されたスッケに雀たちは,さらに調子に乗ってさえずりの声を大きくしていった。


「そうだよ、そうだよ、言ってはいけないよ」


「いいもんね、お菓子は僕たちで食べちゃうからね」


「ののちゃんに怒られたぁ、やぁい!やぁい!」


「なにぃ!」


 スッケは立ち上がり、腕まくりするような仕草で雀に向かい合った。雀はののの腕から飛び上がり、彼女の頭の上で翼を忙しなくはためかせた。


「怒った、怒ったぁ、ののちゃん、怒ったよ!」


「もう、スッケ、けんかはいけません。さぁ、みんなも入って」


 面白くなさそうな表情をするスッケを肩にのせたまま、ののは雀たちを部屋の中に招き入れた。

 はるか空の上では冬の女神の美しい娘たちが、厚い雲を機織り機でつむぎだし、灰色の冷たい氷の染料で染めていた。



(八)


「本当に、この道でいいの?だって、こっちの方に曲がると行き止まりになっていたじゃない」


 月美と雪子はお菓子とジュース入った袋を手にしたまま、神社裏への道の入り口で立ち止まった。


「チコについて行けばわかるってののちゃんが言っていたよ、チコ、道を教えて」


 雪子にそう言われたチコは明るく一声吠えた後、まるで案内するかのように二人の先をすたすたと歩いた。冷たい北東からの風が枯れた葉が目立つ笹藪をざわざわと揺らした。


「雪ぃ、チコちゃん、道を間違えたんじゃないの?何もないよ……あら……」


 笹藪が切れた所に石畳の道がのびていた。


「あっ、本当だ」


 山に続くもう一本の道は斜面をまだ上らなければならない。しかし、この石畳の道はゆるやかに下っている。


「ねっ、言ったでしょ」


「うん、言った通りだ……と、するとあの美少女とまた会えるんだな」


 月美は陽気な声を上げて、走ってチコを追い抜いた。チコも月美が自分と遊んでくれるのかと勘違いし、よろめきそうになった雪子にお構いなく、犬と人間の徒競走をはじめた。


「ああ、つっき!お菓子が落ちたよ!」


 雪子の手から離れたリードを引きずりながら、チコは石畳の横の落ち葉でふかふかになった道を駆けていった。


(大切なお客さんの到着です。でも、もう待ちくたびれちゃったよ!)


(あの子の持っているお菓子もおいしそうだね)


(そんなことはないよ、何たって私たちのは手作りでしょ)


 空からの甲高い声に雪子が見上げると、葉をすっかり落としたクヌギの樹の枝に三匹の雀が肩を並べるようにしてとまっていた。


 朝のスッケといい、今の雀といい、人間の言葉に聞こえてしまう自分の耳に雪子は首をかしげた。


「昨日……夜中までテレビ見ていたからかな……」


 雀は「チュンチュン」とかわいい声で鳴きながら、のの家の方に一斉に飛んでいった。


「おぅい!雪ぃ!もうののが待ってるぞ!」


 道の先からいつもより力のこもった月美の声が聞こえてきた。



「すごぉい!高そうな家具ばかりじゃない、まるでグリム童話に出てきそうな家よ、ここ!」


 チコと一緒に先に部屋へ案内された月美は、黄色い声を上げた。


 通された部屋は小さなキッチンとかわいいベッドが置いてある寝室が一つになっていて、壁沿いには洋書が詰まった本棚が並んでいる。天井からは銅色のランプが吊され、脚に装飾がほどこされたテーブルの上には銀色の燭台とクッキーが皿の上に山盛りになって載っていた。


「雪子さん、いらっしゃい」


「こんにちは」


 ののが丸いフリルの付いた白いシルクのエプロンを着けたまま雪子を出迎えた。肩にはスッケが少し緊張した顔で乗っている。ののが、固まって動かないスッケの横腹を指でつつくと、スッケは「ぶっ、ぶっ。」と思い出したように短く鳴いた。


 雪子ははじめ、土足で家に上がるのをためらったが、西洋式の住居だと聞いて、靴を履いたまま部屋の中に入っていった。


「雪、遅かったぞ」


 既に月美とチコは幅広い背もたれのついた椅子に座っていた。チコは焼きたての良い匂いを漂わせるクッキーから視線をそらしていない。


「もう、つっきったら、いっつも先に行っちゃうんだから。あっ、ののちゃん、これおみやげ。どうぞ、食べてね」


 雪子は持っていたお菓子とジュースの入ったレジ袋を渡した。


「ありがとうございます」


 ののが受け取った瞬間、スッケがするすると肩から腕に伝わり、レジ袋の中に入っていった。そして、お目当ての自分の身体よりも大きいポップコーンの袋を手にすると、抱えるようにして、袋から飛び降り、のののベッドの下にある自分の寝床に持って行った。


「スッケ!またお行儀悪いことをして!」


「ののぉ、いいって、いいって、それよりもさぁ、このクッキー食べてもいい?これ、手作りだろ?すごいよなぁ」


「ごめんなさい。せっかくいただいたお菓子なのに」


「雪、たいしたことないよね」


「うん」


 月美の明るい声に雪子も同意した。


 小さな鏡がはめ込まれたサイドボードの上に、手描きの絵が飾ってある。雪子と月美は近付き、中腰の姿勢になってその絵をのぞき込んで見た。クロークのような外套をはおった椅子に座る老婆と美しい女性がたどたどしい線で描かれていた。


「父は、私が小さい頃には、もう亡くなっていました」


 ティーポットにお湯を注いでいた手を休め、急に元気のなくなったののの様子を見て、月美と雪子はすぐに別の話に切り替えた。


「これ、ののちゃんの手描き?ののちゃんはお母さん似だね」


「小さい頃描いた絵だね、上手いなぁ」


「あの……この街に来て描きました……」


 ののは、月美の言葉に怒ることもなく顔を赤くした。自分の言葉のまずさに気付いた月美はすぐにまた話を変えた。


「あっ、雪、お前の所の隊員のチコがクッキーを狙っているぞ。これはまずい!」


 雪子もすぐにおどけて、月美の演技にのった。


「はい、隊長。私が代わりに味見させてもらいます」


「それは許さんぞ、雪!」


 雪子と月美はわざとおどけて、テーブルに戻り、ののに食べて良いかどうか尋ねた。


「どうぞ、食べてください。口にあうかどうかわからないけれど」


「やりぃ、いただき!」


 月美は口の中にクッキー一個を丸ごと頬張った。


「おいひい!」


「口に入れたまましゃべっちゃダメでしょ!」


 雪子はそう月美をたしなめながら、クッキーを少し口の中に入れた。バターの濃厚な香りと香ばしいクルミの粒の食感が相まって、二人の頬はとろけ落ちそうになった。


「こんなにおいしいクッキー食べたことないよ、これ、お母さんが作ったの、ののちゃんが作ったの?」


 雪子が思わず聞きたくなってしまうほどの、極上の味であった。


「私が……つくりました」


 頬を真っ赤にしたののが、ティーカップを配りながら小さい声で答えた。


 雪子の視界に床の上をころころと転がっていく物が入った。

 その後をあわててスッケが追いかけていく。ポップコーンを隠そうとした時、宝物のビー玉が転がってしまったのだ。スッケは飛びついて、自分の腹の所にしっかりと押さえ込むように抱えた。


「へぇ、このフェレット、ビー玉遊びが好きなんだ」


 その様子を見て、興味の引かれた月美が、椅子から離れ、スッケからビー玉を取り上げた。宝物を取り上げられたスッケは一体、何が起きたのかわからないまま、呆然と立っていた。


「ようし、フェレット君、この月美様が遊んでやるぞ」


 月美はそう言って、ビー玉を床に勢い投げた。ビー玉は床を二、三回跳ね、玄関の方へころころと転がっていった。


「やめてくれよぉ!」


 驚声が部屋中に広がった。スッケの声だった。


「?」


 月美と雪子は思わず顔を見合わせた。


「あっ、スッケがまた鳴いたんです。気にしないで下さい。興奮すると不思議な鳴き方をするんです。あのガラス玉を宝物のように大切にしているんです」


 スッケはビー玉を抱え、半立ちの姿勢に立って警戒しながら月美を見ている。


「なぁんだ、そうか、ちょっとかわいそうなことしちゃったかな」


 スッケはうんうんと頷いている。


「でもこのフェレット、本当にビー玉大好きなんだね、弟のヒコがいっぱい持っているから、今度他の色したやつも持ってきてあげるよ」


「月美さん、この玉をいっぱい持っているんですか?」


「うん、私の弟のだけどね。今度のこの子のおみやげはこれに決まりだな」


 スッケは月美の最後の一言に、警戒していた表情を嘘のように変え、嬉しそうに月美の周りを駆け回った。


「あれ、すごい鳥」


 窓の方を何気なく見た雪子が思わず声を上げた。外には、いつの間にか小鳥たちやネズミなどの小動物が、おやつにあずかろうといっぱい集まってきていた。


「部屋の中に入れてあげていいですか、今、この時期、山に食べるものが少ないので」


「のの……あんたんち……獣医か何かしていたの?」


 月美は集まってきた小動物達を眺めながら不思議そうに聞いた。


「ううん、あっどうぞ、アップルティーを入れました」


 りんごの芳醇な香りが濃いオレンジ色をしたお茶からあふれ出している。

 それを合図に窓をこじ開けて、雀やちょっと身体の大きなカケスが入って来た。

 警戒心のない鳥たちの様子を見て、はじめは驚いていた月美と雪子であったが、おいしそうにクッキーをついばむその姿を見て、思わず笑みがこぼれた。


 それから辺りが薄暗くなるまで森の中のちょっと不思議でにぎやかなお茶会は続いた。




(九)


 朝方の天気予報の通り、夕方から急激に気温が下がり、北風がさらに強くなってきた。


 楽しい時間を過ごし、ののの家から帰ってきた雪子は、家の中が大騒ぎになっていたのに驚いた。雪子の父が地元の消防団の制服に着替えながら母親に何か指示を与え、言われたとおりに彼女は関係する近所の家に電話でその内容を伝えていた。


「お父さん、どうしたの」


「夏油高原の奥の山で行方不明者が出たそうだ。ああ、母さん、ケイさんの携帯にも連絡入れておいてくれ」


 父親は、首のボタンを締め、帽子を深々とかぶった。


「誰か山で遭難しちゃったの」


「県外からの人みたいだな、老人らしい」


 雪子は、今朝出会った優しそうな老夫婦の顔が急に頭に浮かんだ。


「お父さん、もしかして二人?」


「ああ、聞いているところではな。雪子、お前何でそんなこと知っているんだ?」


「あっ……うん」


 壁掛け時計の針が午後六時を指した。


「おっ、遅れそうだ、それじゃ行ってくる」


「いってらっしゃい」


 父親の車はエンジンがかかったと同時に慌ただしく出発した。雪子はカーテンと、サッシの窓を開け、外の景色を見た。飛び込んできた冷気は部屋の残り少ない枚数のカレンダーを揺らした。

 老人の消えた遠くの山はもう暗闇の中に溶けており、近くのなだらかな山だけが暗いシルエットの稜線を描いていた。


(おじいさんたち、あの暗い山の中にいるのかな)


 雪子は急に恐怖心がふつふつとわき上がり、昼間の楽しかった出来事のことをすっかり忘れていた。



(十)


 ののは遊び疲れたのか、椅子に座ったままテーブルに顔と腕を乗せてすうすうと寝息をたてていた。ぼんやりとオレンジ色に光る部屋のランプが室内を温かそうに照らしている。


 風の精がののの家の窓の外に次々と舞い降りては、こつこつと窓ガラスをたたいた。その音にスッケがはじめに気付き、すぐにカーテンを閉めに行った。


「すきま風がうるさいや」


 ぶつぶつと文句を言いながら、スッケがカーテンに手をかけた時、女性の悲鳴のような声が戸外の天上から聞こえてきた。


 スッケは、反射的に窓枠からランプに飛びついて、その火を消した。


「あちっ、あちっ」


「どうしたの……?」


 騒がしさに少しだけ目を覚ましたののが、まだうつ伏したまま聞いた。


「のの、たいへんだ!バンシーだ……バンシーが空から近付いているよ」


 スッケの震える言葉に飛び起きたののは、ベッドの横から立てかけてある『あかざの杖』を手に取り、紫色のクロークを羽織った。


「一を十となせ、二を去るにまかせよ、三は闇をただちにつくれ……」


 ののが早口で呪文をとなえると、音もなく、ののの小さな家の上に闇のベールがおりていった。スッケは一目散にベッドの奥に逃げ込んだ。天からの女性の金切り声は段々と大きくなっていく。


「のの、早く隠れろ」


 スッケは、ののの長い裾を右手だけ伸ばして引っ張った。杖を両手に握った彼女の姿が段々と透明になっていく。



 『バンシー』は、人が死ぬ直前、意味不明の言葉で嘆いたり、泣き叫ぶ別名「死の婦人」と呼ばれる幽霊である。ぼろぼろの緑のドレスをまとい、長い黒髪を引いている骸骨のような女性が、ののの家のはるか上空を西に横切っていった。


「何でこんないちばん東の国までバンシーなんかが来るんだよう」


 スッケの震えは止まらない。


「私たちを捜しに来たのは間違いないと思う……ただ、その間に誰か、この近くで自ら命を絶とうとしている人の気配にひかれたのかもしれない」


「死の狩人ハーンも来るってこと」


「うん、それが森の中だったら……」


 ののは、自分の透明になった身体を元に戻し、部屋の隅の箒に光の砂をかけた。箒は水を得た魚のように大きく床を跳ね、ののの目の前で横に倒れ空中に浮いた。窓が大きく開き、灯りのない部屋に冷たい風がなだれ込んできた。


「のの!どこ行くんだよ!」


「死にそうな人を助けに行く!」


「バンシーやハーンに見つかったら殺されちゃうよ。何の為に、こんな訳の分からない異国に隠れてきたんだい」


 ののはスッケの忠告を無視し、箒に飛び乗るようにしてまたがった。


「もう!のののわからずや!」


 スッケは、表に飛び出す寸前のののの箒の先に飛びついた。箒の先が発光し、ののとスッケを乗せたまま闇の中に消えていった。


 その下には、捜索にあたる消防団や警察の車が狭い県道を数珠つなぎになり進んでいく。サイレンの音が、街の人々の不安な心を煽るかのように山間にこだましていった。



(十一)


 道路パトロール車からの第一報が警察に入った時、その乗用車は広いスキー場の駐車場の片隅に、ひっそりと停められていた。


 ゴンドラが備えられたこのスキー場も、来月のオープンまでにはまだ日があるので、普段であれば人や車の影はない。パトロール車に乗務していた職員二人が、降車し、乗用車に近付くと懐中電灯で照らされた座席のシートの上に「皆様へ」と書かれた白い封筒が乗っていた。


 そのうちの一人の職員は、ロックのかかっていない扉を開け、もう一人の職員と確認しながら封筒を手に取った。そこには、迷惑をかけて申し訳ないという謝罪と自殺をほのめかす言葉が短く書かれているだけで、身元を表す事柄は一切書かれていなかった。



 数時間もたたないうち、山中の駐車場はにわかに騒々しくなった。古い乗用車の周りでは、岩手県警の警察官が遺留物やナンバーの照会を携帯無線で行っていた。


 行方不明になった者の身元は、埼玉県在住の老夫婦であることだけは確認できたが、関係する家族とは連絡が全くとれていない。地元の温泉旅館に宿泊する予定であったが、今朝キャンセルの連絡があったとの些細な情報も入ってきていた。


 ゲレンデに沿った登山道の入り口では、雪子や月美の父が所属する消防団が、いくつかの班に分かれて山中の捜索にあたる為の電灯や棒などの点検を互いに行っていた。 


 一見なだらかそうに見え、山の初心者やハイキングにもよく利用される高原ルートではあるが、簡単であるがゆえ、山に不慣れな人間はどんどんと奥へと進んでしまい、道に迷ってしまうこともあると言われる場所であった。


 高原の後ろには峻険な奥羽山脈が連なっており、余程の経験者でなければ、この時期と時間に立ち入ることは無謀ともいえる。


 その恐ろしさを知っている地元の警察や消防関係の代表者は、捜索本部となったスキー場の事務所内で、今晩の捜索の終了時刻と明朝の開始時刻などを綿密に打ち合わせていた。


「オガラ森山や鷲ヶ森山までは、この天気と短時間の捜索では無理だろう、入っても一キロ未満だな、九時には切り上げないと二次遭難が起きる可能性が大だ」


「鷲ヶ森までなんて、行けるはずがない、近場だ、近場」


「この風のあんばいだったら、すぐに雪がつくにちげねぇ」


「案外、ゲレンデの途中にいるかも知れねぇな。和賀分団さんは左から、新田分団さんは右から回ってみようや、行ってもゴンドラの終点だ。明朝、自衛隊さんが来ることが決まったんで、無理だけはすんでね」


 方策が決まると、男達はすぐに各所属の団や機関に戻っていった。そして、落葉松の木の枝が風で大きくしなる下を、彼らは無言で山の中に列を組み左右に分かれて登っていった。

 ゴンドラのケーブルがヒュンヒュンと金属音を立てて揺れている。

 初老の男の言葉通り、はじめは、顔に当たったか当たらないかわからない程度の細かい雨粒だったが、しだいにみぞれまじりとなり、ついには全身を叩き付けるかのような強い雪となった。



(十二)


 ののは箒を器用に操りながら、樹間を高速で過ぎていく。ののが通り過ぎた後に笹の葉が波だった。


 箒の先にしがみ付きののに向かって何かを叫ぶスッケは、強い風切り音に言葉を遮られていた。ののの目は先のはるか上空をゆらゆらと飛ぶバンシーを見つめている。


 バンシーは突然、空中で止まり、喜びの歌声を上げた。とうとう目的の者達を見つけたのだとののは思った。周囲に精霊の気配を感じたが、邪悪な念はバンシーから発せられているものだけであった。カビがしみのように広がるバンシーの骨の指が伸び、地上のある一点を示した。


「ほっとけよ、せっかく良い隠れ家を見つけたんだぜ、じっとしてりゃ、どっか違う所に行くよ」


 スッケの投げやり気味の声はののの耳に入っていない。



「間に合って」

 ののは「クラインの壺」のように表裏や境目をもたない空間を呼び出す呪文を唱えた。


 バンシーは目に見えない罠をののがはったことを気付かずに、大木の根元で寄り添って座る二人の老人めがけ、直立した姿勢で降りていった。


「刻まぬ時間よ、包む大気の精霊よ、邪と闇のはざまに浮かびし、かの者を数の字の渦に飲み込め」


 バンシーの足下の空気が急にねじ曲がり、彼女はぽかりと空中にできた壺のようなものに飲み込まれていった。ゆがんだ時の狭間に墜ちたバンシーは、気付くことなく地上に降りていくことを繰り返している。


「のの、この魔法の効き目は五の指までだぞ、それまでに本当に助けることなんてできるのか、それを過ぎたら、あいつだけじゃない、魔力に気付いた他の仲間が押し寄せてくるぞ」


 ののの背中にようやくとりついたスッケは、短いひげをぶるぶると震わせ白い顔をさらに蒼白にさせた。


「わかってる」


 箒から飛び降りたののが近付くと女性はまだ弱い息があったが、男性の老人は既にこと切れていた。しかし男性の身体から淡く光る糸が伸び、その先に手鞠ほどの光る球体が空中に浮かんでいた。


「娘さん、私の妻はどうなったのか……待っていても来ないのだが」


 光る球体に老人の顔がぼんやりと浮かび上がった。


「まだ、生きている……でも……だめかもしれない」


 ののは静かに答えながら、老婆の前に立ち、あかざの杖の先で地面に模様を刻んでいる。


「そうか……ようやく二人で静かな世界に行けるのか」


「二人で一緒に行けるかどうかなんて、わからない、そんなの身勝手な幻想、このままだとあなたは冥王に従って闇の世界に行くし、この人も同じ運命をたどってしまう。この女性が大切な人だと思うならどうして、こんなことをするの」


 ののは冷たく言った。その話し方は雪子や月美達が耳にしたことのないほど、厳しい口調であった。


「苦しかった……苦しかったんだ……」


 男はぽつぽつと自分の身の上を話し出した。


 貧しい家で生まれたが、努力して進学し、会社勤めを行ったこと。子どもは成さなかっが、生涯愛し合うと誓った傍らの女性と出会ったこと、会社を興し一時は たいへん羽振りが良かったこと、横暴な身勝手さから周囲のものがどんどん離れてしまっていったこと、信頼していた友人に騙され会社の金を持ち逃げされたこと。最後の方はどれも怨みがかった言葉が連なっていった。


「あなたのことなんていい、それで、この人は幸せだったの?」


 ののは冷たくなっている老婆の頬に小さな手のひらをあてた。


「ああ、私はそう思う」


「気持ち悪いこと言わないで、そういうあなたに従って、この人は行くべき所ではない世界に引きずり込まれようとしているの、何もあなたに言わないで……何もあなたを恨まない……最低のあなたに幸福なんて語る資格はない、いつも身勝手に振り回されて何も言えない哀しい人が犠牲になっているだけ」


「何も事情を知らない子どものお前が言うな」


 球体の中の男の顔の表情が変わった。


「今、ここに伸びている線は命の蔓、これが切れたらあなたは闇か地獄へ、あなたが犠牲にしようとしている人ももうすぐ発芽する」


 老婆の身体の胸の部分から、光る細い線が芽のように伸び始めてきていた。


「命を無くしたくなくても、悲しむ人が誰もいない寂しいまま、冥王に召喚されてしまう人がいるのに、まだ、身体も冷たい海や土の下に見つけられないまま待っている人もいるのに……すごくあなたを信頼していくれる人がいてくれる、その人を道連れにするあなたの気持ち……」


「どうして、静かに死なせてくれないんだ!お前の方こそ何もわかっていないだろ!」


「死ぬことで救われるなんて、本当は誰もわからないこと……」


「お父さん……すごく苦しいよ……どこにいるの……」


 老婆の弱々しい声が伸び始めた芽の先から聞こえた。


「大丈夫か!」


 男の声に焦りの色が加わった。しかし、球体の中の顔は何も出来ない。


「お父さん……寒いよ……苦しい……」


「あなたに、もう一度最後に聞くよ。本当に闇の世界に行っちゃうのね」


「おい……助けてくれ、こいつだけでも助けてくれ」


「だから、あなたは身勝手だと言うの」


 ののは短く言葉を吐き捨て、地面の魔方陣を光らせた。魔方陣から縦に光が伸び、二人の身体を包んだ。


「のの、もう時間だ……あと、二の指!」


 スッケは箒の上でぴょんぴょんと跳ねた。


「あとは、この人たちの気持ち次第……」


 突如、闇の中から黒い煙のようなもやをまとった矢が、ののの顔の脇をかすめた。


「!」


 布の袋から顔の部分がくりぬかれた帽子をかぶり、円筒の矢びつを背負った、長い体毛に包まれた巨大な男が、ののを見て笑っていた。

 頭の布から突き出ている鹿の角が笑う度に大きく揺れている。

 森の中の死の匂いを嗅ぎつけた者であった。


「狩人ハーンだ!」


 驚きの声を上げたスッケは、後ろも見ずに草むらの中に飛び込んだ。ハーンの連れてきた地獄の猟犬のけたたましい声が森に響いた。


 ののは、杖を天にかかげ雷の精を召喚しようとしたが、雨のように飛び来る矢が杖をはじき飛ばした。ののの小さい身体は勢いに地面を転がった。クロークが枝にひっかかってしまったため、ののは身動きがとれなくなった。


「スッケ……逃げて!」


 草むらの中のスッケは身を潜めながらその場を離れてはいなかった。


「だめだ、のの!ののを置いてはいけないよ!」


 狩人ハーンは、そのやりとりを見て、にやにやと笑いながら矢をつがえた。


「こんなにも早く隠れ魔女をこの東洋の小国に見付けるとは……我が犬どもの鼻のききめの良さは最高だ」


「あなたこそ裏切り妖精じゃないの」


「俺たちは、神の名において、誓っただけだ……狂い女が時の壺から復活する前に、お前の心臓をもらう。偉大なる神に捧げるためにな……ぐぅはははは」


 三匹の地獄の犬は焼けただれた皮膚をそのままに、動けないののの周囲を囲んだ。



 時が止まったとののが思った瞬間、藪の中からハーンよりも身の丈が大きな白猿が嬌声を上げて飛び出し、長い腕で地獄の犬を空にはじき飛ばした。


「!」


 ハーンが驚く表情を見せる間に、白猿は飛びかかり、頭からばりばりと大きな音を立ててかじっていった。狩人は黒い血を辺りに振りまきながら、その場から蒸発した。


 口から血をたらした猿はののの方に向き直った。


「やめろ、シロ、この子を傷付けちゃダメだ早く上にいる異国のあやかしをつぶしちゃって」


 年端のいかない少年の声が聞こえた。白猿は空へ高々と飛び、ゆがんだ空間を爪で切り裂いた。バンシーの断末魔が辺りに霧散した。かすり模様の着物を着た少年が宙に浮かんでいた。


「何が?」


 ののは、自分の置かれている状況をまだよくつかめていなかった。


「もう人が来るよ、君もここは逃げて……」


 少年はそう言い残し、大きな白猿と共に嵐の空に消えていった。



 ののは自分の動きを妨げていた枝を手折り、雨でずぶ濡れになった身体を引きずって箒に乗った。スッケも震えながらののの背中に乗った。


「のの……今の奴らは何なんだい……」


「人間じゃないみたい……この地の精霊……かな」


 捜索にあたっている人の声が段々と大きくなってくる。ののは箒で声のしない方向に滑るように飛んでいった。


「いたぞ!ここだ!」


「まだ、二人とも息があるぞ、救急車、救急車!」


「いそげ、いそげ、すぐ連絡だ」


 ののの首にぶら下がっている小さな銀の懐中時計がチャイムを二回鳴らした。


「命の時計が二分進んだな……。助かるんだな……あのおっさん……」


「うん……」


 スッケの声に、ののは元気なくうなずいた。

 ののは想像している以上に自分の周りの世界が変わってきているように思った。僅かな幸せの時がまた消え、再び暗闇がののの心を苛もうとしていた。



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