第十話「魔を踏み静めし剣舞」
(二十八)
雪子と月美は、会えても会えなくてもののの側にいてあげたかった。大人がもつ打算や見返りなどはなく、ただ、友達であるののの顔をそばで見ていたかった。
「つっき、チコ連れてきてないから迷っちゃうかもしれない」
「追いついちゃえばいいんだよ」
「そっか」
「ののの奴、本当はめちゃめちゃ寂しいんだよ。あいつ、いつも一人だったじゃないか」
月美の表情からいつもの笑顔が消えている。
「そうだね、お母さんがいるって言っていても会ったことなかったし、その話もしていなかったし」
雪子も、ののとの出会いからいくつか思い当たる節があった。
「私は雪がいてくれたから、今の私があるんだ」
二人が小学校の低学年であった頃、活発で負けん気の強い月美はいつも周囲の子から嫌われていた。月美が近付くとわざと無視するように避け、男子から浴びせられる言葉は幼児特有の遠慮のしない露骨なものであった。
はじめは強がっていた月美も、毎朝、家を出る時ぐずって母親を困らせていた。
そこへ近くの街から、のんびりとマイペースな性格の女の子が転校してきた。それが雪子であった。
子供の世界では、はじめこそ転校生はちやほやとされるが、自分たちの関心が違うことに移ると何もなかったように忘れ去られる。
雪子は転校してきたばかりの不安な気持ちを引きずったままで教室にいると、窓の外をいつも面白くなさそうに見ている月美と少しだけ目があった。
「何、見ているんだよ」
「ううん、何見ているのかなぁって」
最初は意味のない会話でも、月日が経つと心が通う意味のあるものに姿を変えていく。
初めて「一緒に学校から帰ろう」と声をかけてきたのは月美の方からであった。
それから、二人が仲良くなるのにたいして時間はかからず、次第に雪子の柔らかな雰囲気が月美にも影響し、学級の中で二人が仲間はずれにあうようなことはなくなっていった。
「私だって、つっきがいたから一人じゃなかった、だから……」
「そう、だから、ののには独りぼっちの寂しい思いをさせたくないんだ」
二人の走るペースは落ちない。
夏油川の川岸に沿うゆるい坂にさしかかった道のすぐ横に小さな赤ら顔をした子供が、薄着で立っていた。
「あの……すいませんけろ川に流されていたら道に迷っちゃったんだけろ天狗森神社ってどっちか教えてほしいけろ」
「ちょっと、その格好寒くないの?」
月美がすました顔で道を尋ねる子供に驚いた。
「温泉がまじっていたから、気持ちよかったけろ泳いでいるうちにあつくなってきたけろ、その理由は、温泉に含まれる有効成分でご覧のように肌もつやつやけろ、そこで見ているお姉ちゃんもいかがけろ」
「何か、コマーシャルみたいな言い方ね」
「テレビは大好きだけろ、うちのお寺の和尚さんもよく母屋で婆ちゃんと一緒に見ているけろ」
「あの……天狗森は私たちも行くところだから」
「それは偶然だけろ良かったけろ、不思議な出会いだけろぉ!」
子供はその場で両手を挙げたまま跳ね回りながら喜んだ。
「雪、このけろけろって、どこの方言か知っているか」
「ううん、でも蛙みたいでかわいいけろ」
舌を出してふざけて笑う雪子であったが、すぐに自分達の今するべきことを思い出し、駆け出そうとした。
「あれ?何だろう?」
数十メートルも走った所で地面の感触が二人の靴底から無くなった。
雪景色が消え、蝋燭の火のうつる何千枚もの鏡で覆われた広い部屋、そこに雪子と月美、そして赤ら顔の子供が立っている。
「ここが天狗森けろ?随分、鏡がある神社だけろ、鳥居がどこにも見当たらないけろ」
子供は不思議そうに月美と雪子の顔を振り返って見た。
「おやおや、生殖機能のないお年頃の少年もご一緒ですか、さっきからあなた方のお友達もお待ちのようです」
正面の鏡の中に、ののと貴族のような姿の青年がうつる。
「のの!」
「この男の目を見てはだめ!だめ!お願い!見ないで!」
ののの泣き叫ぶ声が、狭い部屋の周りにさらに大きな空間が存在しているかのようにこだまが続いていく。
「ようこそ、お待ちしておりました、あなた方の探している方も既にお待ちです」
青年の薄い唇の端から唾液が首筋まで細く垂れていくのが、雪子の位置からもよく見えている。三人の前に姿をあらわしている彼の笑顔は薄汚く醜かった。
「蛇に睨まれた蛙」とは、今の月美や雪子の状態を指す言葉であろう。二人とも青年の顔を凝視したまま、自由に動くことができなくなっていた。
「身体が動かない……動かないよ」
雪子たちは必死になって、身体の一部を少しでも動かそうとしたが、思い通りにならず、その場所で釘付けになった。
「ふふふ、この二人も私に抱かれる運命にあるようです、助けようと甘い考えをもっては、いけませんよ、何ですか、その目は、私は貴女を助けようとしているのですから、感謝してもらいたいくらいです」
ののは、魔法の言葉を口にしようとした。
「貴女の力を、ここのいる方々にも見ていただくというのですね、よろしいでしょう」
雪子と月美が、のののことをすがるような目で見つめているのに気付き、ののは言葉をつまらせた。
「ほら、ほら、貴女も私は化け物だぁーって、もう普通の人間じゃないんだぁーって全て彼女たちに見せてあげれば良いでしょう、では、わたしの口づけがはじまりの合図ですよ」
宙を瞬間に移動した青年は動けない雪子に近付き、彼女の頬を冷たい両手で撫で、彼女の無垢な唇に自分の唇を近付けていく。抵抗できない雪子の頬に涙が流れた。
二人の唇が近付いた瞬間、バスケットボールの三倍くらいの大きさをした赤い玉が、青年の身体を横から吹き飛ばした。青年がぶつかった箇所の鏡に蜘蛛の巣状の細かいひびが走り、同時に雪子と月美の身体の呪縛がとけた。
「助平な男は和尚様に怒られるけろ」
ボールは、赤ら顔の子供の身体に戻り、ぺたぺたと跳ね回った。
「ただの子供だと思ったらあなたも妖魔だったのですね」
悔しそうな顔をした青年の眉間に深くシワが刻まれた。
「へ、おいらは良い馬じゃないけろ!おいらの名は!」
割れた破片が、長い棒になって檻をつくり、名乗りをあげる前の子供はあっという間にかごの中の鳥となった。
「ここから出すけろ!名前くらい言わせてけろぉ!」
「未開地の低級霊は私の前で臭い口を開かないで欲しい……」
破片で作られた棒を手にした青年は立ち上がり、わめく子供に向かって槍のようにして投げる姿勢を見せた。その様子を見た雪子は月美の手を離し檻の方へ駆け出した。
「だめだよっ!」
とらわれた子供の前に立ちふさがった雪子の右胸に投げられた鏡の棒が貫いた。雪子の身体は棒ごと檻にぶつかり、どろりと流れ出した赤い血が鏡の間の床を濡らしていく。
「雪ぃ!」
月美のかすれた悲鳴は、赤色一面に染まった鏡の表面を震わせた。
(二十九)
騎士は、剣兵衛の身体を切断した感触を味わった。
騒々しさが去り、降り積もる雪に装飾された境内に騎士の勝利の声が辺りを占拠した。
「低級霊はみみずのように地中を這っているが良い」
「我らの地では、食する時『馳走』」という言葉がある、それは、たとえみみずであっても、食するときは相手に……命の恵みを与えてくれたものに対して感謝しなければならぬ」
聞こえてきた低い声に、騎士はゆっくりと振り向いた。
「お前は、確かに切ったはずだが……」
「言ったであろう、ここは我が地であると、土、樹、気、全てつながりおうておる、どのように小さきことでも互いに感謝し合い生きておるのよ」
「低級の邪神の配下が何を」
「邪神結構。その木々、大地の精より力を得ていたのよ、ためるのは時間がかかりもうしたがな、我が舞にて貴様の怨を往生させてくれよう」
雪煙の中に、先程と雰囲気が異なる剣兵衛が大刀を手に立っていた。さらに腕が太く、背丈も二倍ほどに大きくなっているが、白布の鉢巻きが巻かれた額から角が消えていた。
剣兵衛は九字を切り、雪の大地をしっかと両の足で踏みしめ、春の太陽の如く清浄な光を帯びる大刀を空に掲げた。
「我が剣舞は地に悪魔を踏み静め」
動きにあせりの見えた騎士に向かって激しく跳躍した剣兵衛は、大刀を一閃した。
「うごっ!」
厚い鋼に包まれた騎士の首が、まるで細い枝を切るように宙に跳ねた。
「この世を清らかにするものなり。貴殿ももう成仏致せ……」
地に降り立った剣兵衛の後ろで、騎士の巨体は地面に倒れ伏した。巨体は闇の煙を生じさせ、何事もなかったかのように、空に消えた。
「お見事、剣兵衛殿」
杉の木の上でシラが羽の生えた小悪魔の首ねっこを押さえて笑っていた。
「さあ、剣兵衛殿にお前も切られるか……我が手によって射貫かれるか……それとも怨と邪の命を捨て生きるか、好きなのを選びたまえ、お前とて、本来は戦う霊ではあるまい」
小悪魔はシラの言葉に抵抗していた力を弱めた。
シラは、すぐに首を掴んでいた手を離し、小悪魔の次の行動を静かに見ている。小悪魔はシラの顔を怪訝そうに見ていたが、空に逃げるように飛んでいった。
「逃がしたのか」
剣兵衛の声に、シラは軽く頷いた。
「うむ、我らは古より守ることが業であろう、さぁ、きょろり、剣兵衛、童子の後を追おうぞ」
木立に隠れていたきょろりが、剣兵衛の大きな身体に飛びついた。
「二人ともすごい、すごいや」
「この世にいるものには全て応じた役割がある、それは力の優越ではないぞ、きょろり。お前が先に我らに教えてくれたから、わずかにも備えができたのだ」
豪快に笑いながら剣兵衛は、きょろりの身体を左手に抱え、地を走った。
(三十)
血のあふれる雪子の口が小さく何かをつぶやいた後、動きを止めた。
「のの!雪が!雪がぁ!」
半狂乱になった月美が薄目を開けたまま息絶えた雪子に、駆け寄っていた。
「ああーっ!」
雪子の死に顔がののの心と髪を再び「黒」に染め、怒りを激流に変えた。
ののの悲鳴に、幻覚に操られていたスッケが覚めた。
「えっ、どうしたん……ああっ!のの!」
狼狽している少女達の様子に青年は拍手しながら喜んでいた。
「処女が性の喜びも知らずにこの世から去るのは忍びないが、怒りに呑まれる美しい貴女の顔を拝見でき愉快です、この処女も貴女に知り合うことがなければ、もっと長く生きられたのを……間接的に友を殺してしまった感想をお聞きしたいですね、ほら、血の匂いにひかれた飼い蟲も来ましたよ」
大型犬ほどのダニが牙をかちかちと鳴らし、鏡の間の奥からわいてきた。
ののの黒く変色した髪の毛が逆立ち、残された感覚が悲しみと怒りに凝縮されていった。
「殺す……お前を」
ののの右手から黒い炎が吹き上がった。その予想以上の勢いに驚いた青年は、床に転がって逃れた。
「十の月、十七の月、目は牛の蹄、山羊の頭は六十夜、二十日鼠の臓物を主に捧げよう……」
ののの呪文のつぶやきは止まらない。
「これ以上言うな!のの!ののまで闇に呑まれちゃうよ!」
スッケの叫びが炎の発する轟音に遮られる。
「あははは!受け止めるよ!貴女の愛を!」
興奮した青年の下半身ははち切れんばかりに膨張している。そこには、美しい貴族の立ち振る舞いはもう存在しておらず、醜悪な「魔」だけが息づいていた。
巨大ダニの大群が、雪子の冷たくなっていく身体を抱いて泣き叫んでいる月美と子供の檻を飲み込んでいく。
黒い炎が火柱を立てながら鏡の間を貫いていった。空気が激しく震動した。数秒後、ひしめきあっていたダニが炭化したまま、折り重なっている。
「ほらぁ、受け止めたよ、貴女の愛を!」
声を上げたのは貴族ではなく、皮膚が垂れ下がり、赤黒くどろどろに焼けただれた肉を剥き出しにした奇妙な人の形を残した塊であった。
「おっ……おっ……うぉっ」
付いている肉が細切れになって、ぼたぼたと落ちていく。白くなった目玉が骨ののぞく頭部から転がった。
「トゥートゥーレット様ぁ……お救い下さい、あなたからいただいた私の……私の身体がぁ!」
ののが前に差し出した右手の親指と人差し指を閉じると、その動きに合わせ青年の身体が岩に押しつぶされたように肉片を床に広がらせた。
「汚い……汚い……汚い、汚い」
大声を上げてわめくののの姿を月美は呆然としながら見ていた。
「のの……お前……魔女……魔女なのか……」
月美の声は震えていた。
飼いうさぎのような真っ赤な目のののは振り向いた。
「のの!お願いだよ!魔法で!魔法で雪を!雪を!」
「うふ……うふふ……生き返らせること何てできる訳がないでしょ……魔女の秘密を知った人間は殺すの……魔女のきまり……それをしなかったから、こうやって私はいつまでも逃げているの……友達もつくらず……全てを我慢して……可哀相だと思ってくれるなら……つっきも死んで……」
泣きながらののは右手に黒い炎をまとわらせた。
「のの!雪を助けて!助けて!」
涙を流し続けるののは、月美の嘆願にかぶりを思い切り振って、彼女に向けて炎を出す手を自分の胸にあてた。大きく一度発光し、ののの全身が音をたてて燃えあがっていく。
「私は魔女になんかなれない……どうか……どうか神様……私のできるかぎりの魔法です……私と雪子さんの命をひきかえにお渡し下さい、そして、罪深き私に地獄の責め苦を永遠にお与えください」
「のの!」
鏡の部屋のさらに奥深い内部から重々しい音が広がり、全ての空間がゆるやかに奥へとひきずりこまれていくように傾斜をはじめた。
蒼く揺れ輝く炎の一端が、月美に抱かれている雪子の床に垂れた指先に触れた。
(雪子さん……生きて……生きて)
「ののぉ!何やってるんだよ!何の魔法を使っているんだよ!もう二度と、もう二度と会えなくなっちゃうじゃないか!」
スッケは、黒い炎の周りをぐるぐると泣き叫びながら何回も何回も回り続けた。
「おいらを助けてくれたから、死んじゃったけろぉ!童子!助けに来てけろぉ!」
ひび割れた天井や壁が、輝くガラスのかけらを散らし雪子を抱いたままの月美の柔らかな頬を血の線を描いてえぐった。それでも月美は雪子の冷たくなった身体を離そうとはしなかった。
(雪子さん……生きて……生きて……お願い……神様)
檻の手すりをつかんで、赤い顔の少年もわんわんと泣いている。
誰もが絶望の淵に沈んだ時、天井の小さく亀裂した箇所からガラスの破片が粉々になって吹き飛び、外の冷たい空気が風となって崩れていく鏡の間に流れ込んできた。
何をしていいか混乱する月美の止まらない涙が、閉じていた雪子のまぶたの上に雨粒のように落ちていく。
次第に雪子の顔に赤みがさしていき、小さな胸が鼓動をうちはじめた。それに気付いた月美は大きな声を上げて何度も雪子の名前を呼んだ。
それまで全く動かなかった口から小さなうめき声がもらした後、雪子は首を少しもたげてうっすらと目を開けた。
「つっき……私何をしていたの?……ののは?ののちゃんは?ののちゃんが……私の手を暗い所で握ってくれていたの……」
何事もなかったかのように目覚めた雪子の顔を見て、月美は一層大きな声で泣きながらこれまで以上に彼女の身体を強く抱きしめた。
「お姉様!早く!」
外界とつながった穴から、風にのった三人の女神の御姿が、鏡の間の床上へ早池峰の女神から順番に降り立った。
早池峰の女神にせかされた石上の女神は、炎の中に塵となって消えつつある小さな身体へ自分の羽衣を投げた。白蛇のようにするすると伸びていく羽衣は、蒼い炎を中心に据え螺旋状に回転し蓮花のつぼみのような形になった。
大きな蕾の上に浮いた六角牛の女神は、髪に挿してあった普通よりもずっと小さなヤマユリの花を手に取った。そして、その花を下にかたむけ、花の中にたまっていた露を丁寧にしたたらせた。
「あなた様の身体と魂は、まだ消える時ではありませんよ」
虹と同じ七色の光を伴った飛沫が、閉じた花弁の先に散っていくのを見届けると、最後に早池峰の女神が蕾の横に立ち、花の香りがする息を三回静かに吹きかけた。
蓮の蕾がゆっくりとねじれながら開き、花の上に生まれたままの姿をしたののが立っていた。気を失ったまま前にゆらりと倒れ込むののの身体を、早池峰の女神は包み込むように優しく抱き止めた。
「はい、おかえり」
頭をかいだきながら微笑む女神は、手で露に濡れたののの黒髪を何度も慈しむようになでた。
「これを」
再生の儀式を見ていたみくら童子は、自分の羽織っていた上着を女神に渡し、崩れていく部屋の奥に向かっていく。
「どこまで?」
「ああ、この崩れた時穴から流れる妖気の濁流を止めてくる」
「ついでに騒ぎの張本人のところまで挨拶に行くって?それなら私もぜひお連れ下さいませんか?」
「この地で女神がいなければ力不足やもしれぬ」
「大丈夫、お留守番の方がもう見えられました」
「童子!」
転がり込むように、シラと剣兵衛、きょろりが鏡の間へ落ちてきた。
「この時穴の障壁はまたぶ厚うございますな、よくぞ短時間で」
剣兵衛は感心しながらも、辺りの気配を慎重に探った。
「早かったな剣兵衛、このシロが割ってくれたおかげだ」
自分の話題に気付いたのか、床にいた小猿が童子の頭上にのり、頭を掻いた。
「すまぬが、剣兵衛殿、娘御を女神の姉様と守護していて下さらぬか」
「な、何と!拙者を連れて行っては下さらぬのか?」
「まだこの地に大きな異国の魔の気配が残っているのが気になる娘御たちを守るのには主の清浄なる強き力が必要なのだ、わかってくれ。」
「私も残ります、剣兵衛もいておくれよ、もう一度見たいな、あの剣術を」
剣兵衛の腕を強く引っ張りながら話すきょろりの言葉に、渋々彼は承知をした。
「剣兵衛ちゃん、異国のおみやげ買ってくるからねぇ!美しい姉様のお相手をお願いね!」
「女神は残って……」
「童子……私の再生の力が必要になる予感が致します、童子が断る理由はございませぬ」
動向の許しを得ていないにもかかわらず、早池峰の女神は行く気満々であった。
「私の分まで見事討ち果たしてきて下され」
あきらめ顔の剣兵衛の顔に力が戻ってきた。
「おそらく討ち果たすまではいくまいが、向こうの世から時穴の入口だけは塞いでおきたい、次の満月の晩には、この地に戻る」
そう言い残したみくら童子はシロ、早池峰、そしてシラを伴い、半分崩壊した部屋の奥の暗闇に颯爽と身を投じた。
真の幸福は穏やかなものであり、華美や騒音を忌み嫌う
真の幸福はまず自分自身を楽しむ所から始まり、次いで、
選りすぐったほんの一握りの友人との交際から始まる
ジョゼフ・アデイソン(一六七二 — 一七一九)