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チートなんて要らなくね?


「はぁ……」


 レクサスの助手席で揺られながら、俺はため息を漏らした。


 窓から見える景色は、東京のそれとは全く違う。海が広がっていたかと思えば、いつの間にか山ばかり。最初は多かった住宅地も、今やたまに見かける程度になっていた。


 車に揺られる事、2時間。遂に、目的地へと到着した。


 空港のある宮崎市内から北上し、現在は西臼杵郡にしうすきぐん高千穂たかちほ町。山と田んぼと時々民家の、人口1万2千人程の町だ。人口密度で比較すると、東京都全体のおよそ127分の1と言うのだから、その田舎っぷりが想像出来る。


 車が止まったのは、最近風の新築一戸建て。土地が安いからか、都内であれば目を見張るほどの敷地の広さだ。


「さ。今日からここが、君らの我が家だ。遠慮せずに入るといい」


 ドアをくぐった瞬間。

 俺とミコは口を揃えた。


「「うっわぁ……!」」


 感動の「うっわぁ」じゃなかった。

 俺たちが口にしたのは、ドン引きの「うっわぁ」だ。


 というのも、この家、新築だと言うのにとても汚い。床には至る所に洗濯物が散らばり、一升瓶も寝転がっている。

 恐らく、入居してから掃除という掃除をしていないのだろう、うっすらとホコリが積もっているのが分かる。


「…………」


 俺は、黙って千亜希を見る。

 彼女は、困ったような、乾いた笑いを浮かべながら、頭の後ろをかいていた。


「……ミコ」

「……はいです」

「とりあえず、拠点の整備から始めるぞ」

「……はいですっ!」


 荷解きもそこそこに、家の掃除から新生活が始まった。



 そうして。

 日が傾き、空がオレンジ色になる頃には、パンパンに詰まった10ほどのゴミ袋と、外には大量に干された洗濯物があった。


 見違えるほど綺麗なった部屋を見渡す。すると、俺のお腹が空腹を訴えだした。

 今日は朝から軽食しか食べていない。流石に何か食べたいところだ。


「夕食を作る。冷蔵庫開けるぞ」


 借りてきた猫のようにソファに座って大人しくする千亜希に一言断って、俺は冷蔵庫を開ける。


「……げ」


 その中身に、俺は絶望を感じた。見事に酒と、酒のツマミしか入っていない。コンビニ弁当の容器がやたら多いと思ったが、この女、自炊はほとんどしないらしい。

 恐る恐る、キッチンを物色してみる。

 味醂や調理酒と言ったものはもちろん無く、塩や砂糖も、料理用にはならないサイズの物しかない。


 俺は何度目かわからないため息をついて、ミコを呼んだ。


「自転車借りますね。食材買いに行ってきます」

「あぁ、それなら車出す」


 ついに出番か、と言わんばかりに張り切る千亜希。


「いや、スーパー行くだけなんで、わざわざ車じゃなくても……」

「いいのか? 最寄りのスーパーまで、自転車だと片道25分程だが」

「…………」


 まじか。

 スーパー行くのにも車がいるとか、大丈夫か?

 早くも田舎暮らしに挫けそうになる。


「……お願いします」


 流石に買い物に体力を使いすぎるのもバカバカしい。

 俺はがっくりと肩を落とし、千亜希にお願いすることにした。




「いやー、結構買ったなぁ……!」


 千亜希は、満足気に言葉を漏らす。

 買い物終わり。トランクには、買い物袋が5つほど並んでいた。

 食材だけでなく、キッチン周りの消耗品も呼び含め買った為、かなりの荷物になっている。

 ポケットに突っ込んだ1万円も、今や何枚かの小銭しか残ってなかった。


「……さて、帰るか。今晩は冷や汁だぞ」


 女神に食事が必要かどうかは甚だ疑問ではあるが、チョコチーノも飲んだんだ、食べれないことも無いだろう。


「冷や汁、です?」


 ミコはきょとん、と小首を傾げる


「そう。宮崎の郷土料理らしい。スーパーにレシピがあったんでな。暑いし、ちょうどいいかと思って。」


 焼き味噌を伸ばした冷たいスープに、焼いたアジ、イワシの身、豆腐やきゅうり、青じそなどの具材を入れ、ご飯にかけて食べる。言わば冷たいねこまんまだ。


「ほえぇ……!!」


 じゅるり、とヨダレを垂らすミコ。意外とこいつ、食い意地が張っているのかもしれない。



トランクのドアを閉め、車に乗ろうとした時だった。



「……やぁやぁ、こっちの世界はどうだい? 意外と居心地が良さそうじゃないか」


 随分と聞き覚えのある声が、唐突に響く。

 その声がした方を向いた瞬間――――。


 ぞくり、と。


 世界がひっくり返ったかのような、妙な感覚が全身を襲った。

 夕焼け色に染まる建物。穏やかな風に揺れる木々。道を行き交う色とりどりの車達。


 それらは、一瞬のうちに色を奪われ、皆一様に灰色へと変色する。そして、まるでレコーダーの一時停止ボタンを押したかのように、全ての動きが止まった。


「思った以上にお早い事で。それほどまでに執着されるとは、喜んでいいってことかな、クソ女神サマ」


 俺は、電柱の上に座ってぶらぶらと足を遊ばせるラヴィに言葉を投げる。


「鉄は熱いうちに打てってね、そっちの言葉にあるんだろう? ボクもそれに倣おうと思ってね」


 電柱から飛び降りるラヴィ。普通なら怪我するだろう高さだが、彼女は軽やかに着地した。


「それで? 女神サマ単体で俺を殺しに来たってわけか?」

「ふふ。君を殺すのはボクじゃないよ。それに、君には異世界転生の素晴らしさも知って欲しいしね。殺るのはこの子達さ」


 ラヴィが指を鳴らすと、彼女の後方に本のような物が10冊程現れる。

 それらは勝手にページが捲られ始め、発光しだす。本の形が分からなくなる程光った後、ゆっくりと人の形になりだす。そのまま、立体的な影になった。


一体一体、姿が違う。剣やナイフを持っている者や、銃を持っている者。はたまた、何も持っていない者まで。パッと見ただけでも、各々がそれぞれの戦闘スタイルを持っている事が想像できた。


「ボクが手がけた異世界転生者のコピーだよ!」

「なるほどぉ……? ところでミコよ、違う世界で能力行使ってのは、簡単に出来るもんなのか?」

「自分の管轄外の世界で能力を使う、となると、通常の倍以上の影響力を使うです。そうならない為に、今みたいな特別空間を使う事がある、と聞いたことがあるです」


 ミコの言葉に、ラヴィは満足気に答える。


「正解っ! この空間は、言わば一時的に切り離された別次元。ここで起こった出来事は、空間消滅と共に、基本的にリセットされるよ。勿論、リセットしたくないものは、影響力を使ってそのままに出来るけれど」


 ラヴィは、俺をみて舌なめずりをした。

 それは言外に、俺が殺されれば、そのまま俺が死んだと言う事象を消滅後も適用するということを意味していた。


「なるほどなー。って事はだ。ここなら、影響力を使わずに、俺に力を与えることも出来るってことか?」

「はい、出来るです。どんな力が欲しいです?」


 俺は、ミコに耳打ちをする。


「ふえっ!? そんなのでいいんですか!?」

「充分」


 ミコに頼んだ能力が、俺に備わっていくのを感じる。


「準備はいいカナ? それじゃ、早速。…………死んでネ?」


 ラヴィが、影達に指示をだす。



 それに対して、俺は。

 ただただ、ニヤリを笑うだけだ。



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