反逆は計画的に。
「――――はっ!」
ぱちりと目を開いた。あ、なんかこの状況デジャビュ。
気が付くと、俺は仰向けに寝転んでいた。前回と違うのは、背中が柔らかいもので支えられている事だ。
俺の目には、とても見慣れた光景が映っている。毎日毎朝眺めている光景だ。どうやら、自分の部屋に戻ってきたらしい。
ベッドに寄りかかるように突っ伏して寝ているミコを起こさないように、俺はベッドから立ち上がった。音を立てないように慎重にドアを開ける。
亡くなった両親が、生前奮発して購入した3LDKの一室。もう、俺しか持ち主が居ないそこは、いつも以上に広く感じた。
リビングのテーブルの上にあるリモコンをとり、テレビを付ける。ニュースをやっていた。リポーターが、海水浴場で楽しそうにはしゃぐ親子に取材をしている。
俺は1度、自分の部屋へと戻る。本棚と一体型のパソコンデスクの上には、あの日に持って行ったリュックが、そのままの形で乗っていた。
そこから、スマホとポータブル充電器を出し、充電を始める。そこまで電池は消費されていなかったようで、ぱっと、ホーム画面が表示された。
日付を確認する。妹と一緒に家を出てから、もう、2週間が過ぎていた。
「…………」
黙って携帯を見つめる俺の後ろで、もぞもぞと衣擦れの音が聞こえる。
「ふぁぁ……。おはようです……」
「おはよう、女神サマ。着地ご苦労さん。女神でも睡眠はとるんだな」
スマホを充電器ごとポケットに突っ込みながら、俺は女神に声をかける。
「はっ! そうだったです! ここはどこですか!? もしかして、かずやの世界です!?」
「正解。と言うより、あんたの世界、って言った方が正確だろ」
俺の解答に、ミコは顔を真っ青にした。
「な、なんてことするですか! 大女神様の許可なく下界に降りるなんて……! 下手したら天界を追放されてしまうです……!!」
「お疲れさん」
あわあわと焦るミコに素っ気なく返事をして、俺はリビングへと再度向かう。
俺の反応にぷんすかと腹を立てながら、ミコも着いてきた。
「お疲れさんじゃないですぅ! 今この世界は、魂の管理者が居ない状態です! このままじゃ、滅亡の一途をたどる可能性だってあるんですよ!?」
「安心しろ。そうならないように手は打つ」
ミコをソファに座るように促し、キッチンに向かう。コーヒーメーカーを起動させ、カフェラテを作った。
ミコはコーヒーで大丈夫なのだろうか。ちょっと怪しい。チョコチーノを作るとしよう。
「言ったろ。戦略的撤退だって。お前をこっちに引きずり込んだのも、ミコをこの世界の絶対的管理者にする為だ」
ローテーブルにマグカップを置く。ソファに腰掛け、足を組んだ。
「その為に、まずはあのラヴィとかいう女神を今の地位から引き摺り堕とす」
マグカップを傾けた。ミコも両手で持ちながら、チョコチーノに口をつけた。
ミコは舌先で転がすように味わった後、足をバタバタとしだす。口端の上がった表情。どうやら好評だったようだ。
チョコチーノを飲み干し、ミコは口を開く。
「……引き摺り堕とすって、どうやってです?」
「そりゃお前、“殺されない”ようにするだけだが」
「…………?」
俺の答えに、ミコは子犬のように首を傾げた。全然理解していない様子に、俺はガックリと肩を落とす。
「いいかよく聞け1から説明するぞ? ラヴィは、滅亡ちょい手前の世界すら任されてしまうほどの、超やり手の女神だ。そうだな?」
「はいです」
「そして、お前に無茶な注文を付けていても許される程の地位にいる。会社で言うなら、課長くらいのポジションのはずだ」
ミコは「かちょー?」と、また頭にハテナマークを作った。
「なおかつ、他の女神に、俺らの世界の人間を斡旋している。その事から鑑みるに、女神内の間でもかなり重宝されている奴だろう」
「確かに、ラヴィさんの周りにはいつも女神だかりが出来ていたです」
……女神だかり?
「以上の情報を整理するぞ。ラヴィは、上からも下からも期待を受けた、所謂出世頭のエリート女神という事だ。俺達はそこを利用させてもらう」
「利用、です?」
「そう、です。例えば、ミコがラヴィの立ち位置ならどう思う? 周りから期待され、大きな仕事を任された訳だ」
んー、と。ミコは明後日の方向に視線を飛ばしながら思考する。途中、急にニマニマしだし、最後はぱぁっと顔いっぱいの笑みになった。
……考えている事が手に取るように分かるぞ。
大方、ほかの女神からチヤホヤされた後、上司の女神から肩をぽんと叩かれて「期待しているぞ、ミコ」みたいなシーンを妄想したに違いない。
その証拠に、ミコは歓喜に溢れる声で答えた。
「ちょーうれしいですっ!!」
ほらな。
「そうだなちょーうれしいなお前アホそうだもんな。……いいか、もう一歩踏み込んで考えろ。任された仕事は救済難易度SSSの世界だぞ」
俺の言葉を聞いた途端、ミコはうぐっと、苦しそうな表情になる。
「ぜ、絶対に無理です……」
「そう、ラヴィも同じ様にプレッシャーを、感じたに違いない。そんな中、その世界を救えそうな人材が現れた。ミコならどうする?」
「是が非でも協力して欲しいです……!」
「何故?」
「そりゃぁ、成功したらウハウハになるからですっ!」
ミコの言う、ウハウハ、と言うのがどういう状態か分かり兼ねるが。
「そ。奴は、成功と失敗の狭間にいた。そんな中、唯一の頼みの綱は脱走。ちなみにだが、今まで異世界転生で呼んだ人間が逃げたことは?」
「ないです。かずやが初めてだと思うです」
「なら尚更だな。前代未聞の大失態を起こした上に、新しい転生者も呼べない。だって、こっちの世界の女神がここにいるからな。結果、大恥かいた上、仕事には必敗する。で、あるならば。その状況を打破するためにどうする?」
「ぼくを連れ帰るか、かずやを異世界転生させるか……」
「そ。しかも、標的が一緒にいるとなれば、必ず狙ってくる」
空になったマグカップをテーブルに置き、俺は再度ミコに告げる。
「んで、最初に戻るわけだ。俺らが奴に殺されないように立回るだけで、あっちが勝手に自滅する。そういう事だ」
話は終わり、とばかりに、俺はマグカップを持って立ち上がり、洗い場へ向かう。
テレビは、時事のニュースを流していた。
『――続いてのニュースです。先日起きた、新宿・甲府間のバス転落事故について、警視庁は今日未明、被害者の氏名を公開しました』
足を止め、俺はテレビを注視する。
画面には、死亡者と行方不明者の名前が並べられたテロップが表示されている。30人近く名前の中には、確かに。
【龍城陽菜】。妹の名前が、見間違えようもなく載っていた。
「かずや……」
心配そうに、ミコが俺を見つめる。ニュースキャスターやコメンテーターの、凄惨な事故アピールが妙に耳障りだった。
「――なぁミコ。陽菜はさ。たった1人の家族だったんだよ。他の人も、きっとそうだ。家族や親友。恋人や仲間。亡くなった人は、きっと誰かの大切な人だったんだよ」
「…………」
ミコは、俺の言葉を黙って受け止めた。
「だからさ。俺たちで終わりにしよう。こんなこと」
俺は今、どんな表情で言葉を紡いでいるのだろうか。上手く、笑えているのだろうか。
「はい、です……!」
彼女の中で、響くものがあったのだろう。
少し潤んだ彼女の瞳は、力強く、輝いていた。