とんぼ返りな件。
「……どういう意味かな?」
ラヴィは俺を睨む。「異世界転生ぇ? なにそれ、おいしいの?」に対する反応だ。
「どうもこうもねぇよ鈍感女神。異世界転生なんて、死んでもするか。って、もう死んでるけど。兎に角、お断りだね」
天と地がひっくり返っても俺が異世界転生するなんてことは無いし、億が1残された可能性すらも、ラヴィの話を聞いて潰えた。
「理由を聞いてもいいかな?」
「理由? そんなもん、俺が異世界転生モノアンチだからってだけで十分すぎるが……。まぁ、更に言うとするならば……」
俺は、ラヴィを指差す。
「てめぇが、悪魔的な詐欺師だから、ってのも理由の一つだ」
俺のいた世界から、何人がこいつの毒牙にかかったのかは知らないが。少なくとも、この女神は、自分の目的に他人を誘導することに長けていた。
「詐欺師!? 何を言っているのさ。ボクは嘘なんかついちゃいないよ」
「だろうな。だから、詐欺師と言っている。お前も自覚はしているだろ?」
俺の言葉に、ぐっ、とラヴィは詰まった。
「端的に言おう。お前は、意図的に情報を隠し、取捨選択し、都合のいい耳障りの良さそうな所だけを掻い摘んで話している」
そう。それこそ、まさに詐欺師の常套手段だ。
「俺は、お前に対する質問は、全てクローズドクエスチョン……、つまり、YESかNOかで答えられる物しか出していない。基本的にはちゃんと答えていたが……。一つだけ、明確に答えない質問があったよな?」
「……」
押し黙るラヴィ。俺は無視して話を続ける。
「バスの乗客は皆死んだのか。この質問にお前は、管轄外だ、皆が不幸に思うことは無い、と答えた。そして、俺をここに呼んだのは自分だ、とも言ったな? あれだけの事故だ。考えたくもないが、恐らく乗客は全員死んだ。お前が殺したんだよ、クソ女神」
俺は、ラヴィの整った顔を睨み付ける。
「…………そうだよ。ボクが殺した。君も含めてね。死んだ人間に関しては、転生適正のある者は君の言う通り他の女神に回して、なかった者は輪廻させてあげてる。だから、命が消えた訳じゃない。それに、新たな可能性、もっとより良い人生を与えてあげてる。これは、本人にとっても、救済なんだよ……!」
「――詭弁だぞッ! 反吐が出る!!」
胸の中で爆発的に膨らんだ感情が、抑えきれずに喉から飛び出した。
「俯瞰的に人の人生を語るな! どう言い繕おうと、あいつらがこれから掴む喜びや幸せ、経験は、あの時、あの場所で潰えたんだよッ!! 転生しようが輪廻しようが、それはもう、そいつの人生じゃない! 新しい“誰か”の人生だ!!」
全身を激情が駆け巡る。留まる気配はなかった。
「そんなやり方、俺は絶対に認めない! それが俺にしか救えない世界だとしても、俺は絶対に異世界になんて行かない」
「じゃぁ、助けられる命はどうなるのさッ! 君が救えるはずだった、多くの命を、君は見捨てるつもりなの!?」
確かに、俺が異世界転生すれば、多くの命が救われる結果に“なるかもしれない”。だが、そんな文句は通じない。
ただ、毅然とした態度で答えるだけだ。
「なんだ、その理屈。頭沸いてんのか? お前の管理する世界で多くの人が死ぬのは、俺の責任じゃない。俺に頼らなければ滅ぶ未来にしてしまった、お前自身の責任だ」
俺は、ラヴィから視線を外す。
もうこの女神には要はなかった。だが、これからを考えれば、まだここでやることがある。
俺は、虚空に向かって叫んだ。
「……おい! どうせいるんだろ、俺らの世界の女神! あんた、それでいいのかよ!?」
「ちょっと!? なんのつもりだい!?」
声を荒らげるラヴィに、俺は視線だけを飛ばして睨みつけた。
「お前の言葉から察するに、どうせ俺らの世界の女神を使って、自分達の言い様に俺らの世界を使ってたんだろ? さしずめ、転生者工場って所か。 であれば、多くの人間が輪廻の輪から外れて、魂のバランスが崩れ始めているはずだ。――そうだろ!? 俺らの女神サマッ!!」
ゆらりと。まるで陽炎のように、局所的に景色が歪む。そこから、1人の少女が姿を現した。
陽菜と同じくらいの、ちっちゃな体。頭上には光輪が。そして背中には、一対の小さな白い翼がある。服装は青色を基調とした、ラフな巫女服、というイメージだ。ボブカットの髪は、澄んだ水色をし、美しい湖を彷彿とさせた。
幼い女神は、大きな深緑色の瞳で、俺を見た。
「――はい。かずやの言う通りです。ぼくらの世界は、今、大きくバランスを崩しつつあります」
「ミコっ! ここは、君の権限では立ち入りが禁じられている空間だよ! 速やかに出ていきなさい!」
叫ぶラヴィ。対するミコも、負けないように叫んだ。
「――嫌ですッ! もう、嫌なんですこんな事! これ以上、ぼくの大事な子ども達を取らないで……! これ以上、ぼくの大切な世界を荒らさないでくださいっ!!」
ミコの叫びに、驚きと絶句の表情で押し黙るラヴィ。これを見るだけでも、ミコがラヴィからぞんざいに扱われていた事を想像できた。
「……よく言った。俺らの女神サマ。その言葉が聞けたんなら、俺も迷わず進めるよ」
俺は、ミコの隣に並び、彼女の柔らかな髪を撫でた。そして、ラヴィへと退治する。
「……と、いうわけで。だ。一先ず、俺らはここでお暇させていただくわ。こいつにも、やってもらわなきゃならないことがあるし」
こいつ、の所でミコの頭をわしゃわしゃと撫でる。すると、ミコは「ふわわわわ!」と変な声を漏らした。
「よいしょ、っと!!」
ミコをお姫様抱っこで抱えあげ、俺は走り出す。祭壇を飛び降り、ばしゃばしゃと水飛沫を飛ばしながら、空間の端を目指す。
「ちょ、ちょっと、なにするんですかぁーッ!?」
混乱するミコに、俺は笑顔で答える。
「なにするって? 決まってんだろ!? やられた分はやり返す! 10倍返しでな!!」
最終的には俺らの世界のバランスを元に戻さなければならないが、その前に、うちの女神をいじめた罰を奴には与えなければならない。とりあえずは今のポジションから降りて貰うとしよう。
「その為に! 今は戦略的撤退あるのみってね!」
空間の端から、俺は下も見ずに跳ぶ。奈落に吸い込まれるような浮遊感が、全身を包んだ。
「ちょ、え、ま、ふえええぇえぇぇえええっ!!」
涙目で俺にしがみつくミコを無視して、おれは叫んだ。
「んじゃま、着地は任せたぜ、女神サマ! さぁさぁ、お遊びを始めるとしますか!」
底も見えぬ亜空間に、体が吸い込まれていく。
さぁ。ここから――――。
俺たちの物語は、始まっていくのだ。