死んでも嫌なんだが(死んだけど)。
「―――はっ!」
ぱちりと目を開く。
跳ね起きて、あたりを見渡した。
白く透き通った色の、建築物。
大理石で作られているのだろうか(実物見たことないけど)。神秘的な光景だった。
雲ひとつない真っ青な空と、どこまでも広がる湖。その水面は、鏡の様に空模様を映していた。ウユニ塩湖を彷彿とさせる場所の真ん中に、神殿と思しき建物が建てられている。そこに俺はいた。
「――――」
その、素晴らしいとしか言い様のない光景に、俺は息を飲んだ。
ぼんやりとしていた思考が、少しづつ加速していく。爽やかに翔ける風が、とても心地よかった。
……ここは、どこだ? 死んだのか。俺は。
記憶を巻き戻す。
旅行中、乗っていたバスが崖から落ちた。それが最新の記憶だった。結構な高さだった筈だ。恐らく、俺は死んでしまったのだろう。もしウルトラ・ミラクル・ハッピーが起こったとしても、重体は免れまい。
と、すれば。
今俺がいる“ここ”は、死後の世界だろうか。それとも、生と死の狭間だろうか。
「はっ……! 陽菜は……っ!?」
いくら辺りを見渡しても、妹の姿は見当たらない。大声を出して呼んでみても、返事は返ってこなかった。
孤独による不安も相まり、嫌な方へ、嫌な方へと思考が回っていく。ただただ、緩やかな静寂が満ちていくばかりだった。
そんな中。
祭壇の真ん中、その空間が、スパークするかのような音を立て、円状の穴を作る。まるでワープホールのようだ。
「やぁやぁやぁ! 待たせたねぇ、一夜くぅん! みんな大好き、女神たんの登場だヨ!」
ワープホールから現れたのは、夕陽のような色のロングヘアーをたなびかせた1人の女の子。なかなかにテンションが高いが、なんだコイツは。
「いやぁ〜、君をここまで呼ぶの大変だったよぉ〜。でも、これも世界平和の為! 仕方ないよネッ!」
「…………」
女の子は、ヘラヘラした様子で頭の後ろを掻いている。
彼女の頭上に浮かぶ光る輪っか。そして、背中の翼から、彼女の正体は用意に想像することが出来た。
……なるほどぉ。だいぶ状況が飲み込めてきたぞぅ。
で、あれば。俺がやるべき事は定まっている。「あ、自己紹介が遅れたね! ボクは女神ラヴィ。ラヴィにゃんって呼んでにゃん♪」兎にも角にも最優先するべきは、妹を見つけることだ。「……ねぇ、聞いてる?」恐らく、この神殿のような場所を探したところで見つかりそうもないが、やらないよりはマシだろう。「おーい……、聞いてますかぁ〜?」さて。この湖はどこかに繋がっているのだろうか?「無視ですかぁ……?」孤立した空間だとしたら割と詰みだが、何とかするしかないだろう。「おぉーい……」取り敢えずは、あの柱辺りから探すか。
俺は、妹を見つける為歩き出す。
しかしその足に、だばだばと涙を流すクソ女神が抱きついてきた。
「ね゛ぇーっ!ぎい゛でよ゛ーっ!!」
「うるさい邪魔だ汚い離せ。お前に構っている暇はない」
「普通に酷いっ!!」
鼻水垂らしながら抱きつくな。
これがフワモコわんこであれば話は変わるだろうが、相手は何処ぞとも知れない赤の他人だ。不愉快でしかない。
「い゛や゛だ離゛ざな゛い゛ー! 一夜君にとっても得な話なんだよー!?」
「興味無い。俺は妹を探すので忙しい話しかけるな」
「だったら妹さんも一緒でいいからー!」
ぴたり、と。足を止める。その反動で女神がしこたま地面に顔をぶつけた様だが、そんな事を気にしている場合ではなかった。
「……どう言う事だ?」
「いでで……。だから、妹さんも一緒でいいから!ボクの話を聞いてよ!」
じわりと、胸の中に黒い靄が広がっていく。
「一緒って……。妹はここには居ないのか?」
「妹さんについては分かんないよ。どうしてもって言うなら、連れてくることはできるけど!」
「連れてくる? お前が俺をここに呼んだんじゃないのか?」
「呼んだのはボクだよ。そうなるように色々手を回したのもボク! ほんとに大変だったんだよー」
「――詳しく聞かせろ」
「ほいきたっ!」
女神が満面の笑みで答える。漫画とかなら、彼女の後ろに満開の花が咲いているカットになりそうな、そんな笑みだ。
そのまま、ニマニマ笑っている女神。何か勘違いしているのかもしれない。が、そちらの方が都合がいい。俺は、黙って彼女に喋らせる事にした。
「実は、本来君はまだ、本来死ぬべき運命じゃ無かったんだ。でも、この“ハザマの世界”にボクが無理言って呼んでもらった」
ピースが、ひとつひとつ。
「なんでかって? それは勿論、君にしか出来ない、重要な任務を頼みたかったからさ!」
頭の中で嵌っていく。
「そう。救済難易度SSS。難攻不落のこの世界を救えるのは、一夜君、君しかいないんだよ!」
「――何故、俺なんだ」
一呼吸置き、問う。
「これを見て欲しい」
ラヴィは、スワイプするかのように空中で指を走らせた。
その行為に連動して、俺の目の前にウィンドウが現れる。見れば、それは何かのステータスの様だった。ほとんどの項目に、90以上の数値が並んでいる。
「これは、君の潜在的なステータスだよ。そしてこれが、今の君が発揮出来るステータスだ」
もう1つ、別のウィンドウが現れた。先程の数値に反して、今度はそのほとんどが50を切った数値だ。
「はっきり言おう。潜在的な面だけで言えば、君は他の追随を許さない程の実力を秘めていた。でも、今の君どうだい? 潜在的に持ちうる実力を、全て殺してしまっている。その理由に、心当たりがあるんじゃないかな?」
他よりも秀でた自分。幼い頃、その優越感を誇らしく思っていた時期もあった。
だが、あの世界では。いや、少なくとも日本という国に於いては。“出る杭は打たれる”。俺だけに限った話じゃない。実力に見合った、正当な評価をされる者など、運のいいひと握りしかいないのだ。
物事の成果が、“努力”による産物だと他者に視覚化する。それが、成果そのものよりも重要視されるという事実に、俺は向き合うことが出来なかった。結果、孤立、そして疎外。平均でいる事を覚えた。
「我慢しただろう? 窮屈に思うこともあっただろう? でも、それは今日でおしまいだ! これから君は、君の持ちうる全てを自由に使っていい! そして世界を救うんだ! 君が! 君だけが救える世界がある! 人々がいる! 安心してくれ、必要な物は全て、ボクが用意してあげよう」
高らかに彼女は唄う。
その姿は、人々を導く女神のそれだった。
「……お前の言いたいことは分かった。ただ、幾つか確認したいことがある」
「うむうむ、なんでも答えるよん」
「世界と言うのは、幾つもあるものなのか?」
「そうだよ。世界は数え切れないほど沢山ある。ボクらのお仕事は、ひとつでも多くの世界を、生命が滅びないように管理することなんだ。新人の女神はひとつの世界しか任されないけれど、ボクみたいなベテランになれば、沢山の世界を管理する。救った世界は一つや二つじゃないからね、大船に乗った気でいてよ!」
「なるほどな。その様子だと、俺のように異世界から呼ばれた人間も少なくはないんだろ?」
「そうだね。基本的には管理する女神だけの力で解決するんだけれど、それじゃ手が足りなくなったら、別の世界から呼ぶこともあるかな」
「ってことは、女神だけじゃ対処できない理由があるって事だな?」
「うん。世界を短期間で劇的に変える、って言うのは難しいんだ。一度に与えられる影響には上限があるんだよ」
「ふむ。大体分かった」
現状を把握する為に必要なピースは、大方揃いつつあった。
「……ところで余談だが、俺が乗ったバスの乗客はどうなった? 皆死んだのか?」
「君達の世界はボクの管轄じゃないから……。ただ、少なくとも乗っている皆が不幸に思うことは無いはずだよ」
「…………そうか」
俺は、短く言葉を切った。
「じゃぁ、最後に素朴な疑問を2つほど。俺の世界も、女神が管理しているのか?」
「うん。といっても、ボクじゃないけどね。新人の女神が担当しているよ」
「魂についてだが。やっぱり輪廻転生してるのか?」
「そうだよ。ひとつの世界にある魂は一定だからね。新しく創ることもできるけど、影響力を使っちゃうし、あんまりしないかな」
「理解した。質問は以上だ。ありがとう」
ラヴィの答えを以て――。
俺のジグソーパズルは、完成した。
俺は、質問はもう無い、と。手を挙げて、掌をブラつかせジェスチャーする。
「さぁ、めくるめく冒険の世界へ、いざ旅立とう! 君にとっておきのチート能力も用意しているよ! 潜在能力をフル活用して、世界の救世主になってくれたまえ!」
ラヴィは、踊るようにくるくると舞う。
「君の、君だけの物語へ、さぁ! 旅立とうーー!!」
両手を天高く空に掲げ、女神は満面の笑みで俺にそう告げた。
だからこそ、俺は。それに返答しなければならない。
肺いっぱいに空気を吸い込む。その空気をいっぺんに吐き出すように、俺は叫んだ。
「だが、断るッッ!!!!」
俺は、俺だけの物語を、終わらせるつもりは無いのだから。