勇者達の動向2
女帝の言った通り、謁見から二日後には【試練の迷宮】へ挑戦できる準備が整っていた。
ルーは早速、用意された寝台に横になる。ミリアとシルバは、その傍らで待つことにした。
女帝曰く、この寝台にも【修練の塔】の技術が使われており、どんなに攻略に時間がかかっていても、およそ一時間程度で目覚めるらしい。
心配そうなシルバに、ミリアが手を握って「ルーなら大丈夫ですよ」と言ってくる。
シルバはそれを信じ、ただルーの成功を祈った。
【試練の迷宮】は、これまでのダンジョンとは全く違う作りだった。ルーが今まで体験したダンジョンは、洞窟型、森林型、遺跡型、塔型、山岳型、平原型といった、人気があまり無いものだった。
しかし、この【試練の迷宮】はどうだろうか。
多くの建物が建ち並び、どこかの街のようだ。名前をつけるとしたら、都市型、だろう。実際の街のような多くの人々の行き交いは無いが、建物からは人々の気配があり、通りを歩いている人もちらほら見受けられる。
そして、地面からモンスターが突然湧いてくるところが、ダンジョンであることを改めて認識させられるのだ。
ルーは目の前の光景に驚くが、突然出現するモンスターが偶然近くを通った人に襲いかかるのを見ると、無意識にディジェクターを抜いて斬り伏せる。
ルーは普段の冒険者スタイルだったので、夢の中とはわかっていても、自分がいつものように戦えることに安心感を覚える。
助けた人から感謝されると、その人は煙のように消えていった。
「……なるほど、そういうダンジョンなんだね」
女帝から予め説明を聞いていたものの、やはり実際に体験してみると、理解度が全然違う。
地図も無いので、周囲を警戒しつつ、通りを進んでいく。
遭遇するモンスターを倒しながら、ルーはふと気付いたことがあった。モンスターは、決して建物には近付かず、襲うのは外を通りかかった人のみなのだ。
そして、外にいる人にだけ声をかけられ、頼まれごとを解決していく。その内容は、とあるアイテムを持ってきてくれ、とか、とあるモンスターを倒してくれ、とか、様々だ。
さらに、解決数が増えていくと、不思議と新たな道が現れるのである。
この【試練の迷宮】は、そうやって奥を目指していくのだが、新たな道ができると、モンスターもこれまでより強いものが現れるようになってくるのだ。
ただ、疲労感は蓄積されていくので、時折建物内へ入り、休憩もしながら探索できるところがありがたかった。
そうしてルーは数えきれないほどの依頼をこなしていき、いくつもの新たな道を進んだ先に、ついに一振の白銀の剣が刺さった岩の前に到達した。遠目からでも、その剣が強力な力を秘めているのが分かる。
「いよいよ、最奥か……」
ルーが岩に近付くと、剣が黒い光を放つ。
「…………?!」
思わず剣から離れ、様子を窺っていると、新たに剣の前に二つの光が現れ、ルーのよく知る二人の人物へと姿を変える。
「ミリア?!それにシルバまで?!どういうことだ?!」
光は、ミリアとシルバだった。
その目には光が宿っておらず、何かに操られているようだった。
すると、ルーの頭に女帝の声が流れてきた。
『その剣は、間違いなく聖武器。しかし、今は呪いが掛かっていて、そこにいる仲間の命を捧げることで、その呪いが解け、岩から抜くことができます。どうしますか、勇者殿?』
「……僕に、彼女達を殺せ、とでもいうのですか?冗談にしては、趣味が悪すぎですよ?」
『これは、勇者殿の覚悟を確かめるための選択です。その剣を抜けなければ、勇者殿はこのダンジョンから戻れませんよ?』
これが、夢だということは分かっている。だからといって、二人が偽物と断ずる証拠はない。なぜなら、ここは紛れもなく、何が起こってもおかしくないダンジョン内なのだから。
『勇者は、時に小を犠牲にして大を救う選択に迫られます。魔王を倒すには、その聖剣が必要。そのために、仲間の命すら犠牲にする覚悟を持ちなさい。でないと、この世界を救うことはできませんよ?』
「いや、しかし……」
ルーは、どうすべきか完全に迷っていた。
このダンジョンから出るには、聖剣を得るか、戦闘不能になるかしかない。
後者は論外だ。となると、どうにかして聖剣を手に入れなければならない。
しかし、その聖剣も、呪いにより、岩から抜けない、という。
「……いや、待てよ……」
もしも、女帝の言葉が嘘ならば、そもそもの選択すら間違っていることになる。
そんなルーの考えを否定するように、また女帝の声がしてくる。
『私の言っていることが嘘だと思うのであれば、自分で確かめてみなさい』
「……やってやる」
ルーは岩へと走り出す。
だが、それをミリアが結界で阻んでくる。
「……っ、ミリア?!邪魔しないでくれ!」
動きが止まったところに、シルバの魔法が飛んでくる。その威力は、完全にルーを殺しに掛かるほどのものだった。
「シルバまで?!くそぉぉぉぉっ!!」
一度後退し、唇を噛み締め、ルーが焦ったような声を発する。
『戦いなさい!さもないと、勇者殿が逆にやられてしまいますよ?』
女帝の宣告。
それでもルーは、腹を括って二人と戦うことができない。
ルーが本気を出せば、おそらく二人を圧倒できるだろう。
だが、そうしなかった。
例え相手が紛い物だったとしても、大切な仲間の姿を傷つけることなど、ルーにはまだ無理だったのだ。
(まだまだ、僕は甘いし、未熟者だ……)
そんなことを考えつつ、二人の妨害をどうにかやり過ごす。
そうしていると、シルバがしびれを切らしたのか、最上級魔法の詠唱を開始した。
「…………っ、マズい!!」
咄嗟にステップで現在の立ち位置から離れる。
その直後、シルバの【灼熱の獄炎】の余波が頬を掠める。
「はは……やっぱシルバの魔法は凄いよ……」
ルーなりの強がり。
実のところ、仲間からこんな殺意の込もった攻撃を向けられたことで、ルーの精神は大きなダメージを受けていたのである。
それでも、ルーの心は折れなかった。
それは、勇者としての矜持。
それだけではない。
『……もういいでしょう?勇者殿には失望しました。あなたには、世界を救うために、仲間を犠牲に出来る覚悟がない。……最後のチャンスです。覚悟を決めて、仲間と戦うか。仲間の手で敗れるか。選択は2つに一つです』
女帝による、最後通告ともとれる宣言。
「……僕は……」
――――勝手に諦めてんじゃねぇ!!
ふと、彼から言われた言葉を思い出す。
――――勇者なら、死んでも諦めんな!
諦めかけた心に、再び火が灯る。
彼の言葉は、いつもルーが壁にぶち当たった時、その先へ導いてくれた。
「……決して、諦めない!!」
ディジェクターを再び構え、岩に向かっていく。
何度も、ミリアの結界に阻まれた。
何度もシルバの魔法で吹き飛ばされた。
全身は、かなりボロボロになってきている。
それでもルーは、岩への歩みを止めない。
何度でも向かっていく。
――――お前は一人じゃねぇ!
いつしか、ミリアの結界を斬れるようになっていた。
――――仲間を信じろ!
いつしか、ディジェクターでシルバの魔法を受け止められるようになっていた。
――――仲間なら、お互いを信じきるのが当然だろ!!
『……なぜ、戦わないのですか?あなたはもう、そんなにボロボロなのに』
女帝が戸惑いを越え、疑問をぶつけてくる。
ルーはとうとう、二人をみね打ちで気絶させることに成功する。
「……誓ったんだ」
『……えっ?』
呟くような答えに、女帝は思わず聞き返す。
「仲間を、必ず守ってみせる、と!魔王を、倒してみせる、と!」
ルーは岩に刺さった剣の柄を握るが、その瞬間に、全身に虫が這いずり廻るような不快感が押し寄せてくる。
「くぅぅぅぅっっっ!」
苦悶の顔で、思わず柄から手を放す。
『……言ったでしょう?その剣には呪いが掛かっている、と。呪いを解くには、仲間の命を捧げるしか方法がない。呪いが解けない限り、岩から引き抜くことができないのですよ?』
「そんなの、願い下げだね!僕は仲間を犠牲にしないし、聖剣も手に入れてみせる!」
『不可能です!まだわからないのですか?!』
「確かに、無理矢理引き抜くことはできないでしょうね。それは良くわかりました。だけど、まだ試してもいない方法があるのに、それを不可能と断じることはできない!!」
ルーは、ディジェクターで岩を攻撃し始める。
『そんなことをしても無駄です!その岩は、決して壊れない!』
「だから、なんだって言うんだ!」
つい大声を出すルー。
思えば、人の忠告に真っ向から反対するのは、ルーにとっては初めてのことかもしれない。
「無駄?不可能?普通ならそう判断されてしまう事項でも、それを容易く超えてしまう存在を、僕は知っている!セントなら!!僕の親友なら!!そんな常識なんて、軽くぶち壊してくれる!!」
そして。
ルーをここまで支えてきているのは、セントの言葉。
「セントの言葉と、セントから譲り受けたこのディジェクターがあれば!!」
――――打つ手は、無限にあるんだからな!!
「その幻想を、ブチ壊せるんだ!!」
響く轟音。
砕け散る岩。
残ったのは、一振の白銀の剣。
女帝は、何が起きたのか理解出来なかった。
『……なぜ……?』
「……このディジェクターは、受けた攻撃を蓄積できる。シルバの魔法に加え、何度も岩を攻撃することにより発生する衝撃を蓄積していけば、その破壊力は単純に2倍、4倍、16倍……となっていく。セントが持ちうる技術を総動員して造った武器で、頑丈さに関しては申し分無いディジェクターだからこそ、為せるんだ」
『そんな技術が……いえ、異世界人だからこそ、為せるのですね』
セントのことは、当然女帝も知っている。しかし、ここまでの力を持つようになっているところまでは知らなかった。さすがの【精霊眼】も、異世界人の潜在能力まで測ることは出来なかったらしい。
『……認めましょう、勇者殿。未だかつて無い方法で聖剣を手に入れるとは思いませんでした。あなたなら、もしかしたら……新たな世界の光となることが出来るかもしれませんね』
ルーの足元に、転移魔法陣が現れる。
一瞬の光に包まれたかと思うと、気付けば女帝が用意した寝台の上にいた。
「ルー!無事に戻ってこれたのですね!」
ルーが目覚めたのに気付いたミリアとシルバが、安心したような顔になる。
「……ミリア?それにシルバも。本物、だよな?」
「何言ってんのよ、ルー。私達は、ずっとここにいたわよ」
若干呆れたようなシルバに、ようやくルーは現実に戻ってこれた、と実感する。
そこで、ふと右手首に違和感を覚えた。
見ると、そこには白銀の腕輪が嵌まっていたのである。
「……お目覚めのようですね」
女帝が入ってきたことに気付き、つい居ずまいを正す三人。
女帝はルーの腕輪に目を向け、一つ頷く。
「その腕輪は、勇者殿の意思一つで聖剣にも腕輪にもなります。……まずはおめでとう、とでも言うべきでしょうか?」
「……これが、聖剣に?」
ルーは試しに、心の中で「聖剣になれ」と念じると、一瞬で腕輪が一振の白銀の剣へ変化する。
「おお……なるほど」
確認を終え、再び腕輪に戻す。
「聖剣は、手入れの必要が無いだけではなく、使うごとに強化されていきます。今後は積極的に使っていくといいでしょう」
「わかりました」
「聖剣を得た以上、これからツーベル採掘場跡へ向かうのでしょう?馬車を出します。遠慮なくお使いください」
そう言って、女帝は立ち去る。
「……それじゃあ、行こうか」
女帝は、自室でルーに起こったダンジョンでの出来事について考えていた。
「……異世界人セント・トキワ……。彼なら、もしかしたら、暗い未来を払拭してくれるかもしれませんね……」
その独り言は、誰にも聞かれることなく、静寂に消えていったのだった。




