元おっさん、ダンジョンを調査する
ツーベル採掘場跡までの道のりは順調で、予定通りの時間に到着することができた。
早速セントとネイは、ダンジョン調査へ向かうことにする。
ツーベル採掘場跡は、鉱山型のダンジョンだ。全三階層で、出現モンスターはGランクのクリアスライムのみ。ただ、臆病な性格なので、遭遇しても勝手に逃げていく。
セントはそのクリアスライムを、【大気檻】で捕らえ、撃破していく。
「セント、それ、わざわざ倒す意味ある?」
気になったネイが、セントに尋ねてくる。
「大アリだな。こいつのレアドロップの油が、巻物の材料になるからな」
「そうなの?」
その答えに、セントは呆れる。
「……ネイ、お前、俺が渡した素材リストをちゃんと見てないだろ」
「……てへっ」
舌をチロッと出してとぼけるネイ。
「……ったく。これを使って、ネイも素材集めを手伝ってくれ」
セントは収納から透明な球体を何個か取り出し、ネイに渡す。
「これは?」
「CSボールと名付けた。クリアスライム専用の素材収集道具だ。これをぶつけて倒せば、素材である僅かな油を吸収して集めることができる」
「へぇ〜……」
おそらく、クリアスライムの素材はセントくらいしか需要がないだろうから、売りに出すことはまず無いだろう。
試しに、ネイが見かけたクリアスライムにCSボールを投げる。すると、クリアスライムが弾ける瞬間にCSボールが光り、手元に戻ってくる。
戻ってきたCSボールの中を見ると、一滴ほどの透明な液体が入っていた。
「この中身が、クリアスライムの油?」
「そうだ。普通に倒していれば、ほぼ気づかないだろうな」
クリアスライムの油は、油としては燃えにくく、しかもすぐに無くなってしまうため、実用性に欠ける。しかし、バニシュモスの生糸を浸すと、ほんの僅かな衝撃に反応し、すぐに記憶した形状になるという特徴を持つようになるのだ。
「今回はたまたま油が採取できたが、いつも採れるわけじゃない。必要数まで貯めるのに、かなり時間が掛かる」
「そうなんだ……」
「今は無理に探す必要はないが、遭遇したクリアスライムは、確実に倒していこう」
「わかった」
二人は遭遇するクリアスライムを倒し、ドロップを集めながら探索を進めていく。
「うーん……やっぱり罠とかはないみたいだけど、なんていうんだろ……奥から嫌な感じがチクチクしてくるみたい」
ネイが獣人特有の鋭い感覚で、ダンジョンの僅かな異変を感知し、そんなことを言ってくる。
「そうか……やはりネイを連れてきて正解だな。俺の魔力感知や気配察知では気づけない異変を感じ取れるなんて」
さすがはネイだ、と思いつつ、セント達は奥へ向かっていく。
そして、ついに最奥の空間へ到着する。そこで、二人が見たものは。
「……何にもないね」
「ああ、何もないな」
部屋の真ん中に、外への脱出魔法陣があるだけだった。
「おかしいなぁ……確かに奥から嫌な感じがしたんだけど」
首を傾げるネイ。
「俺の魔力感知や気配察知にも特に反応は無いな……いや、ちょっと待て」
セントの視線の先は、何の変哲もない、ボロボロの巨大な岩。その中に、よく見なければ分からないほどの鉱石らしきものの一部があった。
「こいつは、もしかして……」
セントが触れようとした瞬間、嫌な予感が走り、思わず手を引く。
そして、解析鑑定をすると、何らかの影響で妨害される。
「どうかしたの、セント?」
「……やはり、ネイの感覚は正しかったぞ。この岩だが、何かを施されたような跡がある…………なるほど」
岩の隅々まで鑑定していくと、ようやくその原因が分かった。
「何かわかったの?」
「ああ。これはおそらく、【パープルシャドウ】の一人が仕込んだ罠らしい。不用意にこの岩に触れると、この部屋にいる者は例外無くこの岩に引き寄せられ、岩諸共ドカン、ってなるらしい」
「なに、それ!危険過ぎない?!セント、どうにか出来ないの?」
「……難しいな。この罠はスキルや魔法的なものの干渉でも反応するらしい。いっそ、罠を発動させてしまったほうがいいかもしれんな。……命は保証しかねるが」
「遠距離からの魔法攻撃で岩を破壊するのはどう?」
「無理だな。鑑定の結果、おそらく、ダンジョンそのものまで破壊するほどの爆風が発生する。今出来ることは、この岩に近寄らせないように注意喚起をしたり、壁を作ったりするくらいだな」
「そっか……」
「ま、保険を掛けて俺が壁を作っておくよ」
「うん、任せる」
セントは周囲に転がっている大小様々な岩を重ね、壁を築いていく。一つ一つ積んでいくのも面倒なので、まとめて収納し、一気に取り出す。保険を仕込んだ後、仕上げに【固定化】を掛けておいた。
「これでいいだろ」
「さっすがセント!」
パチパチと手を叩き、セントをたたえるネイ。
「しっかし、【パープルシャドウ】め。マジで面倒な罠を仕掛けていきやがって」
「そいつら、何のためにこのダンジョンに罠を仕込んだのかなぁ?」
「さぁな。罠で犠牲者を出せば、勇者がやってくるとでも思ったのかもしれんな。真意はさすがに俺にもわからん」
「そっかぁ……」
「とりあえず、ここでの用事は済んだし、とっととダンジョンを出てドワーフの集落ノーインに行くか」
「うん、そうだね」
二人は脱出魔法陣に乗り、ダンジョンの外へ出る。
「んじゃ、転移でドワーフの集落へ飛ぶぞ」
「わかった」
ネイが自分に触れたのを確認し、セント達は一気にノーインへ到着する。転移してきた場所は、中央部のハマーが使っている家の一室。
「よう!待ってたぜ!」
二人を待っていたのは、この家の主のハマー。
「タイミングが良すぎないか、ハマー?」
ついツッコミを入れるセント。
「細けぇことは気にすんな!それより、アバート鉱山の話だろ。リビングに来てくれ。俺は茶を用意する」
そう言うと、ハマーは部屋をさっさと出ていく。
「相変わらずだな……」
若干呆れつつ、セントとネイは部屋を出る。
(……それにしても、あの鉱石……)
セントは、罠が仕掛けられていたあの鉱石が気掛かりだった。
そして、それに対してもある鉱石の名前が頭に浮かんでいた。
しかし、それが地元民が利用しているダンジョンにあるはずがない、と思い直し、意識から遠ざけようとする。
(仮にそうなら、奴らが持ち込んだのか……或いは、そこにあることを突き止めて罠を仕込んだか……ま、考えてもしょうがないな……)
セントは思考を切り替え、アバート鉱山についての情報を整理するのだった。




