元おっさん、無事ギルド登録と口座開設をすませる
受付嬢の終了宣言がされると、セントは自動で訓練ルームから一階の転移装置前に戻ってきていた。倒れたザンギも転移させられたようだが、どうやら治療室の方に行ったようだ。
訓練ルームから出たせいか、つい先ほどまでの傷跡はどこにも見当たらない。
「ふむ……凄いシステムだな……」
どこにも異常が見られないのを確認すると、セントの下へルーが、満面の笑みで駆け寄ってきていた。
「セント!」
そのままルーはセントを抱き締める。
「いやぁ、凄い戦いだったよ!!あの戦術はセントにしか出来ない、見事なものだったよ!君はやっぱり僕たちに必要な存在だ!!」
興奮しているのか、ルーはバンバン、とセントの背中を叩いてくる。
「痛ぇ、痛ぇから!ちっとは俺とのレベル差を考えてくれよ!絶賛耐久減少中だから!!」
「……ああ、そうか!それはゴメンね!!つい嬉しくて力が入っちゃったよ!!」
言われて叩くのを止め、セントの身体を解放する。
「……ったく。で、ルーの後ろにいる連中はなんなんだ?」
いつの間にか、ルーの後方には、セントの戦いを見ていたであろう人々が整列していた。その中から、代表してあの受付嬢が前に出てくる。
「セント様……」
彼女はセントに、深々と頭を下げた。
「この度は、誠に申し訳ありませんでした。見た目とレベルで勝手に実力を決めつけ、セント様に対して失礼な言動を……」
「いや、別にかまわない。俺自身、まだまだ実力が足りてないのは自覚しているからな」
セントは頭をあげてくれ、との意味合いを込めたのだが、どうやら上手く伝わらなかったようだ。
それどころか、整列していた連中まで、受付嬢に倣って頭を下げてくる。
「「「「本当に申し訳ありませんでした!!!!」」」」
はぁ、と深いため息をつき、セントは連中に言った。
「もう終わったことだし、いいから。だから頭を上げてくれ。そんな態度を取られると、なんか恥ずかしいからな。あんたらの謝罪はしっかり受け取っておくから」
セントに言われて、ようやく連中が頭を上げた。
「で、念のため確認するが、俺のギルド登録と口座開設はやってくれるんだよな?」
「そ、それはもちろんです。すぐに手続きをいたしますので、少々お待ちください!」
慌てたように窓口へ戻り、何やら書類を確認し始めた受付嬢。
で、他の集まっていた連中はというと、セントに一言、二言言ってギルドに来た目的を果たしに離れていく。
「あんた、すげぇよ!」
「本当にすまなかった」
「さすが勇者様のパーティーメンバーだ!」
「ファンになりました!」
みたいな言葉をうんざりするほど言われ続け、やっと人垣がなくなった頃には、セントは若干疲れたような表情になっていた。
「……ここまで短時間で他人と接したのは久しぶりだったから、結構疲れたなぁ……」
「それだけの注目をセントが集めたってことだよ。僕としては、セントがみんなに認められて嬉しいけどね」
そこまで言って、ルーはセントだけに聞こえるように、声を落とす。
「……セント、あの勝負で見せた魔法と転移。からくりを教えてもらえるかい?」
ルーの表情は、かなり真剣なものだった。おそらく、勇者として何か気づいたことがあるのかもしれない。
「……魔法については、俺自身もよくわかってない。ただ、なんとなく、こうすればなんとかなるんじゃないか、って直感を信じてやっただけだ」
セントもまた、ルーだけに聞こえる声で答える。
「直感…?」
「あの魔法、【幻影鏡】は、シルバに見せてもらった【幻影】をモデルにしたんだ。ただ、俺には、シルバのように無詠唱で魔法を発動させられるような技術はない。だから、詠唱が必要だった。その詠唱だって、俺が勝手に、こんな感じだろう、って思ってやったものだ。それが偶然にも、あんな魔法として発動した。俺はそう考えているよ」
「……だから、『よくわかってない』と?」
「そういうことだ。それから、転移だが、あれは俺の旅魔法を応用した。旅魔法は、俺が行ったことのある場所なら、どこでも行ける。ただ、その定義は漠然としたもので、細かく見ていくと、地名だけでなく、例えば、街中でも武器屋前とか酒場前とか、行きたい場所を詳しく設定して移動できるみたいなんだ。だから、あの時は訓練ルームをひたすら動き回っていたおかげで、ザンギの周囲のどこへでも転移できたんだ」
「……なるほど、理解できたよ。それに、あの戦術はさらに応用できそうだね。例えば、相手の攻撃をかわしつつ、仲間の得意な間合いへ一緒に転移してから、最大の一撃を与える、なんてこともできそうだね」
「ほぅ……そういうこともアリだな。ただ、今のところ他の人と共に転移したことがないから、仮にその戦術を使うなら、かなりの練習と連携が必要になりそうだ」
セントのとった戦術は、まだルーしか知らない。いずれ、他のメンバーにも教えていく必要があるだろう。
「そうだね。ひとまず、今は僕がその練習相手になるよ。タイミングとかが上手く取れるようになったら、彼女達にも追々参加してもらうことにしよう」
「だな」
そんなことを話しているうちに、受付嬢から呼び出しが掛かった。
「セント様、手続きが完了しましたので、窓口にお越しください」
ルーを伴い、セントは窓口へ向かう。
「お待たせしました。まずは、こちらのギルドカードをお受け取りください」
受付嬢から渡されたのは、一枚の何も描かれていない半透明のカード。
「そのカードにご自身の魔力を流して頂くと、現在のレベルと冒険者ランク、口座の残高が確認できます。まずはやってみてください」
「……魔力って、どうやって流すんだ?」
「そんなに難しく考えなくていいよ。そのカードに、自分の意思を伝えるような感じでやればいいだけだから」
「なるほど」
ルーに言われた通りにやってみると、半透明のカードに、文字が浮かんでくる。
セント・トキワ Lv.14
冒険者ランク E
口座残高 0G
「ほぅ……」
感心しているセントに、受付嬢は追加の説明をしてくれた。
「冒険者ランクは、大まかにはGから始まりSまでの8段階に分かれています。そして、それぞれのランクもプラス、無し、マイナスの3段階に細分され、合計24段階存在します。本来ならば、登録したばかりの方はGからスタートするのですが、セント様はAランクのザンギ様に勝利されましたので、特例として二段階上のEランクのスタートとさせて頂きました。ランクの上昇は、こなされた仕事や依頼の量から判断し、ギルドからの指名依頼達成で行われます。ランクアップしたい場合は、受付でお申し出ください」
「ランクアップすると、何かいいことがあるのか?」
「依頼には、冒険者ランクに合わせた難易度ランクが存在します。基本的には、自分の冒険者ランクと同等か一つ上の難易度ランクの依頼しか受注できません。難易度の高い依頼ほど、達成報酬が高くなります。ランクアップすれば、それだけ高い報酬を得られる可能性がある、というのがメリットですね。また、一部の施設で割引を受けられるようになりますし、人々からの信用も得やすくなります」
「身分保証にもなる、ってことか」
「そのような認識で構いません。なお、ギルドカードは再発行もできますが、その場合はペナルティとしてランクダウンが課せられたり、かなりの手数料がかかりますので、失くさないようにご注意ください」
「わかった」
セントはすぐに旅魔法の鞄で収納する。
「それから、口座についてですが、入金や出金の場合、窓口へお越しください。最近では現金でのやり取りは減少していますが、ゼロではありませんので」
「そのときは頼むよ」
「畏まりました。では、セント様のご活躍を期待しております。ありがとうございました」
窓口を離れ、ギルドの外へ出る。
そこで、セントはふと気になったことがあった。
「……そういや、ルーは審査がある、って言ってたよな?俺、やった記憶がないぞ?」
すると、ルーはふふっ、と苦笑する。
「セントはザンギと戦ったじゃないか。あれが審査の代わりになったんだよ。本来は、簡単な依頼をこなすことが審査なんだけど、あんな戦いを見せられたから、その必要はない、と判断されたんだ」
「そうだったのか……。まぁ、それならそれでいいか」
「さて、次は……もうこんな時間か。ひとまず、夕飯には少し早いけど食事をしようか」
空を見ると、日が落ちかけていた。
「女性陣は誘わなくていいのか?」
「問題ないと思うよ?彼女達もそれぞれギルドの友達との付き合いとかあるみたいだし、何もなければ、今日泊まる予定の宿でも食事はできるしね」
「なら、俺達もそっちで食事したらいいんじゃないか?」
「そんなもったいないことできないよ。せっかくレードに来たんだし、僕のオススメの店で是非セントに食べてもらいたいんだ。きっと気に入ってくれると思うよ?」
「そうか……。なら、案内してもらうよ」
断る理由もないので、セントはルーの案内に従うことにしたのだった。