心音の声
「お前だけは……お前だけは絶対に許さない!!心姉の尊厳を……レーネを…………返せぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
セントは憤怒と憎悪に駆られ、手にしたミミックブレイカーでデコンポーターを斬りつける。
「プッ、クックックッ……そんなもの、この俺には効かないぜぇ……」
デコンポーターがセントを嘲笑うように、かわすこともせずにその身で受ける。すると、なぜかミミックブレイカーからは何の手応えも伝わってこない。
「な……どうして……」
セントは何の工夫も凝らさなかったわけではない。事象変化、性能強化、限界突破まで使った一閃だった。
それでも、デコンポーターには何の効果も与えられなかったのだ。
「ヒヒヒ……俺には物理無効、火光耐性、さらに事象変化スキルまである。キサマの攻撃は無意味なんだよ」
事象変化スキルには、実は一つだけ対抗できるスキルがある。それは、同じ事象変化スキルだ。相手のスキルを、同じスキルで相殺することで、事象を戻してしまう。
セントのスキルを、デコンポーターは自身のスキルで相殺したのだ。さらに、物理無効スキルにより、セントの攻撃は無効化されたのである。
「クソッ……なら、これでどうだっ!」
セントはミミックブレイカーを収納し、左右それぞれの手に土魔法と火魔法を展開し、合成する。
「【溶岩流の烈破】!!」
溶岩がデコンポーターを呑み込み、室内の温度を上昇させていく。かなりの広範囲魔法だが、不思議と真実の鏡は無傷で佇んでいる。
そして、溶岩が消え去った後。そこには多少のダメージを受けたとはいえ、無事なデコンポーターがいた。
「ククク……魔法なら多少ダメージを与えられるって考えは間違ってないがな」
デコンポーターの傷が、徐々に消えていく。
「俺には再生スキルがある!多少のダメージなら、あっという間に回復出来るぜぇ……」
ニヤリ、と気色悪い笑みを浮かべたように、口らしき穴がつり上がる。
「チッ……これでも駄目か……!」
再びミミックブレイカーを取り出し、雷魔法を付与して斬りつける。
「ハアァァァァァァッ!!」
手応えは、あった。デコンポーターの胸あたりに、一筋の切り傷が生まれる。だが、みるみるうちに、その傷跡が消えていった。
「魔法剣か。目の付け所は良かったが、この程度ならば俺の再生の方が早い!」
「これでも駄目か……!!」
歯噛みするセントに、心音が声をかける。
――――セー君、落ち着いて?
だが、今のセントには届かない。
「落ち着けるわけ、ないだろ!今、俺の目の前に、心姉を傷つけ、レーネを奪った仇がいる!ここで、こいつを仕留める!!」
再びミミックブレイカーに魔法を付与して斬りかかろうとしたところで、セントの膝がガクッと折れる。
「……な……何だ……?力が、入らない……?」
うろたえるセントに、デコンポーターが勝ち誇ったように種明かしをしてくる。
「……ククク、馬鹿め。俺が何もせずにキサマの攻撃を受けていたとでも思ったか?俺はデコンポーター。悪臭による状態異常攻撃を得意とする種族だぜぇ?」
「まさか……」
「そうだ。キサマが無駄なことをやっているうちに、俺から放たれる悪臭に混じった微量の毒素がこの部屋全体に広がった!それがキサマの自由を奪ったのだ!」
「ふ……ふざけやがって……!!【浄化】!」
セントは自身に状態異常回復魔法を使い、体内の毒素を取り除く。
それでも、奪われた体力までは戻らない。
「【回復の水】」
治癒魔法も使い、再び立ち上がる。
「いつまで続けられるかな?キサマは魔法で状態異常を解除したようだが、時間が経てば、いずれまた状態異常に陥る。その度に魔法を使う。それを繰り返していけば、キサマはそのうち魔力不足になり、打つ手がなくなる。つまり、それまでに俺を倒せなければ、キサマは終わりだ!!」
「くっ……」
このままでは、確実にセントはデコンポーターに敗北する。
――――セー君、私の話を聞いて?
(心姉、ちょっと待ってくれ。今考えてるとこだから……)
セントはどうやってこの状況を打破するか、思考を巡らす。
奴にダメージを与えるなら、強力な魔法か魔法付与で強化したミミックブレイカーの攻撃しかない。ただ、アンデッド系に有効な火も光も耐性で軽減されてしまい、有効打は与えられない。
そして、一撃で倒せるほどの威力でなければ、いずれ奴の再生スキルで元に戻ってしまう。
――――セー君?聞こえてるでしょ?
どうすれば……。
その時、昔怒られた時に言われた言葉が頭に響き渡る。
――――いい加減に聞きなさい、トキワセント!
「“たり”がねーぞ?!」
反射的に昔と同じツッコミで返すセント。セントの本名は、ときわたり せんとだからだ。
――――今のあなたには相応しいわ!“たり”がない!つまり、“たりない”のよっ!
ツッコミにも、昔と全く同じように返してくる心音。
セントはここで、はっ、と気付く。
(たり……ない……)
昔、心音に言われたことを思い出す。
何かを忘れた時は、確認が“たりない”。
誰かを傷つけてしまった時は、配慮が“たりない”。
弱気になっていた時は、覚悟が“たりない”。
そして、焦って思考がまとまらない時は、冷静さが“たりない”。
心音に言われた言葉は、自分の行動を見つめ返すきっかけとなっていたのだ。
――――感情の高まりが、大きな力を秘めているのは否定しないわ。だけど、その代わりに、あなたの視野を狭め、取れる選択肢を減らしてしまう。つまり、今のあなたには、全体を俯瞰する力が“たりない”のよ?
(全体を俯瞰する力……)
――――感情のままに行動しないで。怒りや憤りをなくせ、とまでは言わないわ。ただ、小さくまとめ、心の角に置いておくの。あなたは一人じゃない。私がいることを忘れないで。困ったときは……分かっているでしょ?
(……他の人の意見も聞いてみよう、だな?)
――――その通り。どう?落ち着いた?
心音とのやり取りで、セントはある程度感情を抑えることに成功する。
(……ははっ、やっぱ、心姉にはかなわないな)
「ククッ……急に何かを言い出したと思えば、だんまりか?キサマはよくわからんな。ようやく諦めがついたか?」
デコンポーターが挑発してくる。
「まさか。お前はここで倒す。それは変わらない。お前こそ、倒される覚悟はできたか?」
先程とは違い、落ち着きを取り戻したセントに、デコンポーターは違和感を覚え、警戒する。
「ふむ……?なんだ、その言い方……気に食わないな」
――――セー君、スキルや魔法は、使い方次第で色んな戦い方ができるの。場合によっては、相手のスキルや魔法を封じることができるのよ。例えば、今回は物理無効スキルの相手だけど、その中身は元人間。投影魔法で相手の記憶にある元の身体を擬似的に造りだせば、例え見た目はダメージを与えられなくても、精神的にダメージを与えられるのよ?
(……!そうか……!!だが、事象変化スキルで無効化されるんじゃないのか?)
――――大丈夫。事象変化スキルは、事象変化スキルで打ち消すことができる。そうなれば、確実に魔法は効果を発揮できるわ。
(わかった!やってみる!)
「【癒やしの光雨】【風の衣】」
セントは自身に継続回復を付与し、ミミックブレイカーと共に風属性を纏う。
「……いくぜ」
(今の俺なら……リーゼンガルドの動きを再現できるはずだ)
心の中で【緑柱石】と唱え、ミミックブレイカーを曲刀へ変化させる。さらに、解析鑑定スキルで記憶にある彼女の動きを細部まで解析し、投影魔法で自身の身体へ《投影》する。
(性能強化、属性強化、事象変化、限界突破、士気高揚……)
「何を企んでるか知らんが、やらせんぞ!」
デコンポーターの口っぽい穴から、紫色の液体が吐き出される。
セントは軽くサイドステップを踏み、攻撃を躱す。液体は床に当たり、ジュッ、という音を立てて表面を溶かす。
(溶解液、といったところか……当たればタダでは済まなそうだな……だが!)
「当たらなければ、どうということはない!」
セントの姿がブレる。
「【風の刀舞】!」
デコンポーターに、見えない一撃を次々と繰り出す。
「無駄だということが、まだわからんのかぁ!」
(ふん、そんなこと、とっくに理解してるさ!)
セントの攻撃は、ただの目くらましに過ぎない。本命は、投影魔法だ。
「【幻影構成】」
一瞬の相手の隙をついて、投影魔法を発動。
「な……何をした、キサマァッ!?」
身体の異変を感知し、デコンポーターは怒りの声を発する。
自分の身体に、別の身体があるような、奇妙な感覚。だが、見た目は全く変わらない。
そこへ、セントの見えない一撃が襲いかかってくる。
右肩あたりに鋭い痛みが走る。
しかし、斬られたような傷跡は無い。
「……アガッ?!」
今度は背中が斬られた感覚。
「……イギッ?!」
続けて、首を切りつけられたような感覚。
見た目は全く傷ついていないのだが、何故か痛みを覚える状況に、デコンポーターは理解が追いつかなかった。
その後も、両脚、両腕、頭部と、全身に何度も襲う斬られた痛みで、デコンポーターは精神的に追い詰められていく。
「何故だ?!どうして痛みがある?!俺には、物理無効も事象変化もあるのに?!」
「……お前に説明する義理は無いな。そろそろ仕上げといくか」
デコンポーターの前に姿を現し、ミミックブレイカーを大槌へ変化させる。
「死ねぇ!!」
デコンポーターはセントに向かって、溶解液を吐き出す。
「……無駄だ」
セントは予め、自分とデコンポーターの間に【大気壁】を展開していた。そこに溶解液がぶつかり、床へ落ちる。
「な……何故だ……?!」
驚きを露わにするデコンポーター。
「お前も分かっているはずだ。事象変化スキルは、事象変化スキルで対抗できる、と」
「ま……まさか……」
「俺にもあるんだよ、事象変化スキルが」
「クソッ……クソォォォッ!!」
初めてデコンポーターから、悔しそうな声が漏れる。
事象変化スキルは、セントの事象変化スキルで打ち消し。物理無効スキルは、投影魔法の【幻影構成】によって意味を為さなくなった。
最早、相手は脅威ではなくなっている。
「【大気檻】」
デコンポーターの全身を、見えない壁で拘束する。
「【黄玉】」
柄の宝珠が土色に輝く。
それに呼応するように、床が鳴動を始めた。
(またか……)
以前、テンダー山脈でのスタンピード鎮圧の際にも、同じようなことが起こった。その条件は、今のセントにはまだ分からない。
思考を切り替え、目の前の敵に集中する。
「【土の衣】、属性強化、性能強化、限界突破」
全身とミミックブレイカーに土属性を纏う。
「……さて、反省会を始めようか」
じりっ、と一歩ずつデコンポーターへ近づくセント。
「……ひぃっ?!」
デコンポーターは、強烈なプレッシャーを受けたように、潰れた声を発する。
セントの一歩が、デコンポーターには、恐怖のカウントダウンのように思えてくる。
近づくごとに、精神をすり減らしていく。
そして。
「……懺悔は済んだか?」
「い……嫌だ……死にたくない……」
アンデッド系なのに、何故か死を恐れるデコンポーター。
「安心しろ。俺は殺しはしないさ。ただ、痛い目は見てもらうがな」
そう言って、セントはミミックブレイカーを振るう。
「【懺悔の鉄槌】!」
ドゴォォォォォォォォン、という轟音と共に、デコンポーターの全身が衝撃に震える。
「ヒギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
脳や内臓がシェイクされるような感覚に耐えきれず、デコンポーターは悲鳴を上げる。
「【懺悔の鉄槌】!」
「ギィァァァァァァァァァァァァァァっ!!!!!!!」
「【懺悔の鉄槌】!!」
「ぃやァァァァァァァァァァァァァァァァッ……!!!!」
「【懺悔の鉄槌】!!!」
「や……やめ………」
「【懺悔の鉄槌】!!!!」
「も……もう………」
「【懺悔の鉄槌】!!!!!」
「ご……ごめ………」
「【懺悔の鉄槌】!!!!!!」
「……ゆ……ゆる……じ……で………」
「【懺悔の鉄槌】!!!!!!!」
「………………」
何度かミミックブレイカーを振るい続けたところで、デコンポーターの反応が無くなった。そこで、ようやくセントはミミックブレイカーを振るうのを止める。
「……もう、楽になりたいか?」
無言で頷くデコンポーター。
「ならば、終わりは自分で幕を引け」
セントは氷魔法と闇魔法を合成し、ある合成魔法を放つ。
「【氷獄への門】」
デコンポーターの前に、石造りの門が現れる。その両扉が開くと、そこには深淵が広がっていた。
デコンポーターの身体から、人のような形の光がゆっくりと抜け、自ら深淵へ向かっていく。
それが門をくぐると、両扉が閉じ、門も跡形も無く消え去った。
合成魔法【氷獄への門】は、多くの罪を重ねた魂を葬る、最上級魔法に匹敵する効果の合成魔法である。
冥府の最下層に流れると言われている川への入り口を開き、自ら入った者を永遠に閉じ込める。
ただ、対象はアンデッド系に限られるし、自ら入ることが条件なので、使い勝手はめちゃくちゃ悪い。
魂を失ったデコンポーターは、人形のように崩れ落ち、砂となっていた。同時に、入り口を塞いでいた結界が解けている。
「…………」
セントは、無言でその砂を見ていた。
――――復讐を果たした気分はどう?セー君。
(……正直、何も感じないな。達成感もないし、スッキリもしない。なんで、あんな奴にこだわっていたんだろうな……)
――――復讐の結末は、大体そんなものよ。何も生みはしないし、虚しさが残るだけ。だから、やるだけ無駄なのよ。そんなことに時間を使うなら、もっと別のことに費やした方が、よっぽど有意義よ。
(心姉は、それがわかってて、どうして俺を止めなかったんだ?)
――――私なら、セー君があいつを一発殴ったところで充分だったわ。それに、セー君は最後、あいつ自身に決めさせたじゃない。それは、セー君が無意識に復讐を止めようとしたから、だと思うな。
(……そっか。そうかもしれないな)
セントは改めて、【真実の鏡】を見る。
「……レーネ……」
鏡に吸い込まれた仲間の名を呟く。
デコンポーターは倒したが、レーネは戻って来ない。
――――大丈夫よ、セー君。彼女は無事よ。
(……?!本当か?!)
――――ええ。そもそも、真実の鏡は、鏡の中の世界で真実を教えてくれる魔道具なんだから。今回はたまたまデコンポーターが取り憑いていたから、正規の方法では戻って来れないだけよ。
(そうか……!!)
心音に言われ、心が軽くなった気がした。
――――黙っていてごめんね、セー君。お詫びに、彼女は私が連れてくるわ。ううん、多分、私にしかできない。
「……頼んでいいか、心姉?」
――――ええ!任せて!!
心音の言う通りに準備をし、レーネが鏡の世界から戻ってきたのは、その翌日のことだった。




