元おっさん、王都へ向け、出発する
揚げ皿パーティーを楽しみ、新たな出会いを得たセントは、ルー達と共に翌日再び温泉街へ戻ってきた。
だが、どうもいつもの勇者パーティーの雰囲気とは違い、5人の様子がおかしい。
「……お前ら、絶対何かあったろ」
ルーとミリアは、どことなく気恥ずかしそうな、例えるなら惚気けているような感じだ。
レーネはいつもより精彩を欠いている印象。
ネイとシルバは普段より仲良くなっているように見える。
「……セントさん」
最初に口を開いたのは、意外にもミリアだった。
その声に、レーネ、ネイ、シルバ、セントが驚く。
「「「「ミリア?!声が戻った?!」」」」
「はい、皆さん、ご迷惑をお掛けしました」
「昨日、ようやく戻ったんだ。ホントに良かったよ」
事情を知っているように、ルーが補足する。
「良かった……ちゃんと声を出せるようになったのね」
「ホントだよ!もう心配しなくていいね!」
「ええ、そうね」
シルバ、ネイ、レーネが安堵する。
「おしっ、ミリアもようやく戻ったようだし、そろそろ王都へ向かおうぜ」
「そうだね……っと、そうだ、セント。渡すのが遅れたけど、はい、これ」
ルーはアイテムボックスから、チャージシープの羊毛とフライモスの繭を取り出し、ドサドサッとセントへ渡す。
「……っとと。そういや頼んでいたままだったな。サンキュ、ルー」
まとめて収納をし、セントはルーに感謝する。
「それじゃ、改めて出発しようか」
ルーの号令で、温泉街ジグロムの西門からフィズ街道を通って王都クラムトーラへ向けて移動を開始した。
フィズ街道は、やはり安全だ。ほぼモンスターの襲撃が無いし、整備された道だから歩きやすい。
しばらく山道や洞窟等の道が悪いところしか歩いてなかったから、ついそんな感想を抱いてしまう。
ふと、セントに触れてくる手があった。
(セントさん)
(ミリア?どうした?もう声は出せるんだろ?)
ミリアが、精神感応で接触してくる。
(いえ、ちょっと皆さんには言えない話なので……)
恥ずかしそうに頬を染めるミリアを見て、何となく事情を察する。
(大体予想はついた。……やっと、自分からルーに告白できたんだな?)
(……はい。それだけじゃなくて、あの……ちょっと言い辛いのですが、その、流れで……)
ますます赤くなるミリア。
(……ああ、わかった。皆まで言わなくていい。つまり、ルーとそういう関係になった、ということだな?)
(……はい。あの、このことは、皆さんには……)
(わかっている。言わないでおくよ)
(……すみません、いずれは、自分から伝えるつもりです。それまでは、秘密にしてください)
(ああ。了解した)
セントは、ポンポン、と軽くミリアの頭を叩く。
(……さて、ルーとミリアについては問題ない。ネイとシルバが仲良くなっているのも良い。問題は、レーネか……)
いつもより、浮かない顔をしているように見える。それどころか、たまに発見した下級モンスターを、一矢で仕留め損ねている。
『シルバ、ちょっといいか?』
『何かしら?』
セントは【呼び出し】でシルバに話しかける。
『俺が離れていた約二週間で、レーネがどこか不調だったところがあったか?』
『そうね……一見すると、そんなに不調ってわけでもなかったみたいだけど。……あれ、そういえば……』
何か心当たりがあったのか、シルバの言葉が止まる。
『気になることがあるのか?』
『ええ。以前と比べて、補助的な射撃が増えている気がするわ。本人は、仲間のレベル上げのために敢えてそうしている、って言ってたけど』
『そうか……ま、それならそれで構わないけどな』
実際、スタンピードの際も一矢で仕留めていたところが多々あった。思い違いなら、それでいい。
ただ、万が一セントが危惧するような状況に陥りつつあるのであれば、早急に対処しなければならない。
(レーネのプライドを傷つけてしまうかもしれないが……一度ちゃんと話しておかないとな)
温泉街ジグロムを出発してから、結構な時間が経ち、日が暮れた。王都クラムトーラまでは、徒歩でおよそ4日の距離だ。途中には2つの宿場町と1つの野営場があり、セント達はその野営場へ辿り着いていた。
「今日はここで野宿をしよう。それから、明日は宿場町リフへ、明後日は次の宿場町フワラを目的地としよう」
ルーの号令で、それぞれが準備にあたる。
この野営場は、簡易のキッチンが備え付けられており、近くの川から水を引いていて、魔道具によって浄化してある。
その上には、これまた魔道具によって防腐処理された木の屋根が作られ、定期的に温泉街ジグロムからメンテナンスが入る、らしい。
おまけに、四方に街灯のような魔道具の明かりが灯され、その明かりがモンスターを寄せ付けないそうだ。
もはや、日本にあるキャンプ場のようだ。
ただ、モンスターについては気にしなくてもよさそうだが、盗賊の類はやはり警戒する必要がある。
見張りについては、以前と同じようにセントが立候補したが、ミリアに、
「無理はさせられません」
と言われてしまった。結局男女二人一組で交代して見張りをすることになったのである。
夜も更け、現在の見張りはセントとレーネ。
つい先程はシルバと組んでいたが、交代してレーネがやってきたのである。
「…………」
「…………」
焚き火を挟んで、お互いに背を向けて話すことがなく、無言の時間が過ぎていく。
(……気まずい)
セントは勇者パーティーのメンバーとはそれなりに仲がいいつもりだが、相手によっての距離感がやはり違う。
ルーとは同性同士だから全く問題ない。むしろ親友だ。
ネイは基本的に明るい性格なので、向こうから距離を縮めてくる。
シルバとはほぼ【呼び出し】でやりとりをしているため、完全に友人関係だ。
ミリアとは、あの事件以降、精神感応スキルで結構な話をしていたし、心にも触れた間柄なので、友人というよりは、セントからすれば可愛い後輩的な存在だ。妹のようだと言ってもいいかもしれない。
だが、レーネに関しては、パーティー内でもっとも付き合いが無い。レードにいた時も、ルー達とは別に依頼で離れていたし、シルバやネイのように、共にダンジョンへ向かったこともない。最初の頃は、弓や小剣、細剣を教えてもらうような関係だったが、グラスウィードのハイエルフのカーンに教えてもらうようになってからは、そんな機会が全く無くなってしまった。
「……ねぇ」
「……うん?」
突然レーネが話しかけてくる。
「セント、今どのくらいのレベルになったの?」
「レベル?今は……49、だな」
「そっか……三ヶ月弱でそこまで上げられるなんて、やっぱりセントは凄いのね」
「……へっ?」
つい変な声で返事をしてしまうセント。
「……何?今のは」
「いや、レーネからそんなふうに言われるなんて、思ってもいなかったから」
「そう?」
「そうだよ。俺の記憶では、レーネに褒められたような記憶は一度くらいしかないからな」
「そうだったかしら?」
どうやら、本人にはそんな記憶はないらしい。
「まぁいいか。一応、レーネにも俺の実力が認められているってことなんだな?」
「一応、って何よ?これでも、セントのことはちゃんと仲間として信頼してるんだから」
不服そうな顔になるレーネに、すまない、と謝る。
「なんかさ、俺、レーネとの交流が薄いかな、なんて思ってたんだよ。ルーとは男同士だし、ネイはあんな性格だろ?シルバとは本気で喧嘩したし、ミリアとはしばらく意見を代弁していた関係だったろ。だけど、レーネとはそんなに話してなかったな、なんて思ってたわけ」
「それは……私も悪かったわ。元々、エルフは閉鎖社会なのよ。だから口数は少ないし、時には誤解されることもある。その代わり、相手の態度を見て徐々に人を信用していく。私は、これまでセントの行動をずっと見てきた。仲間を助けるために、必死で行動するあなたを。だから、私はあなたを信頼している。これは、私の中で確たるものとして存在しているの。だから、セントが別に気にしなくてもいいのよ?」
それを聞いて、セントはようやく、レーネに対する誤解が解けた。
「そうだったのか……いや、言ってくれて助かったよ。俺が勝手に勘違いしていたみたいだな」
「そうね。でも、ちょっと考えればわかることじゃない?信頼してない相手となんて、こんなに長期間一緒にいるわけないじゃない」
「それもそうか。ほんと、すまないな」
「もう、この話は終わりにしない?」
「そうだな」
一度話を区切り、セントは別の話題を振る。
誤解が解けてから、次々と話題が浮かんでくるのだ。
「……レーネ、こんなこと聞くのも野暮だとは思うが、一つ確認したい」
「何かしら?」
「レーネは、ルーのこと、どう思う?」
「えっ……?それはどういう意味かしら?」
「仲間として、パーティーメンバーとして信頼しているのは理解している。俺が聞きたいのは、ルーを恋愛対象として見ているか、ということだ」
レーネは一瞬、驚いたように目を見開く。
「……どうかしら。まだはっきりしてないけど……少なくとも、好意は持ってる、としか言えないわ」
「……そうか」
「それを聞いてどうするの?まさか、キューピッドにでもなるつもりなの?」
「それは、レーネ次第、だな」
「……セント、何を言いたいの?」
セントは、レーネを見る。
「心の拠り所……」
その言葉に反応し、レーネはセントに振り向く。
「エルフは、森から離れて一人では生きていけないんだろ?外の世界で生きていくためには、森に代わる、心の拠り所となる、唯一無二の存在が必要なんだろ?」
「どう、して……それを……」
唖然とするレーネ。
「俺の新たに得たスキル、世界書庫は、この世界のあらゆる知識が納められている。そこから得た知識だよ」
本当は、あの夢での出来事を覚えていただけだが、それは言わないでおく。
「……ふふっ、もう、そんなとんでもないスキルを得たのね」
レーネは諦めたように笑い、自分から語りだす。
「このままルー達と旅をしていけば、間違いなく私は足手まといになるでしょうね。現に、私の力は弱体化していっているようだから」
「生きていけないってことは、そういうことだったのか……」
「ええ。だから、近いうちに私は森へ帰らなければならない。森へ帰れば、弱体化は収まるから」
「衰えた力は、森へ帰れば戻るのか?」
「いいえ。多少は戻るかもしれないけど、最初に森を出た時以上には戻らないわ」
「そんな?!じゃあ、ルー達と旅をして得た力は、失ったままになるのかよ?!」
「そうね。それが、エルフの里の掟。森から出さないための呪いといっても過言ではないわ」
「どんだけ閉鎖主義なんだよ……」
まずい。
非常にマズいことになった。
勇者パーティーには、レーネもまた必要な人材だ。遠距離物理攻撃は、今の勇者パーティーではセントを除いて出来る者がいない。それに、後衛のミリアやシルバを守るのも、レーネの役割だ。
これは、一刻も早く、心の拠り所を探してやらなければならない。唯一無二の存在、と言われて思いつくのが、やはり最も大切にしたい、と思う異性だろう。
だからこそ、セントは真っ先にルーを思い浮かべた。
レーネにとって、一番ルーがその存在になり得るからだ。
問題は、ルー。
既にミリアとそういう関係になっていることを、セントは知っている。
それでも尚、レーネを求めるのか?
おそらく、否、だろう。
ルーは性格からして、一途だろう。
であれば、レーネが入る隙きは無いかもしれない。
ただ、仲間を大切に思っているのは確かだ。
レーネにチャンスがあるとすれば、そこだけかもしれない。
――――セー君、ここはやっぱり、勇者さんに一服盛って……
(心姉、それは無しの方向で)
――――むぅ……セー君に否定されたぁ……
(むくれるなよ、心姉。他の方向なら、考えなくもないから。ただ、薬だけはやめてくれ。おそらく、本人達が一番後悔するだろうから)
――――それもそうね。セー君優しすぎ。大好き。
(はいはい、俺も心姉が大好きだよ)
急に心音がろくでもないことを言い出すが、セントはさらっとかわして惚気に収めた。
と、ここで一つ気になったことがあった。
(心姉、この世界って、重婚はオッケーなんだっけ?)
――――む、そんなことを聞いてくるなんて……まさか、私の他に好きな娘が?!
(なわけねーだろ。俺は心姉一筋なんだし。第一、四六時中一緒にいて、そんなこと欠片も無かったろ?)
――――そうでしたー。はい、御馳走様。
(……ワザと俺に言わせようとしたんだな?)
――――てへっ。
(はぁ……で、話を戻すが、重婚はいいのか?)
――――セー君は駄目だけど、特定の地位にいる人、例えば王族や大商人や、社会的に影響力がある人なら、認められているはずよ?
(なら、ルーはそのルールに従えば、重婚もオッケー、ということだな?)
――――さらっとボケをかわされた?!まあ、そうね。勇者さんほど影響力がある人なら、認められるわね。
「……セント、なんかさっきから表情がコロコロ変わってるけど、何を考えているの?」
レーネが訝しげな目を向けてくる。
そういえば、心音のことは、ルーとミリアにしか話してなかった、と思い出す。
「いや、ちょっと、な。レーネの心の拠り所に、ルーがなれないかな、なんて思っていたんだ。参考になるかわからんが、俺自身の話をすると、俺にとっては、向こうの世界で俺の心の支えとなってくれていた女性がいたんだ。だから、大切な異性が、そんな存在になれるんじゃないか、なんて思った」
「へぇ……セントにも、そんな人がいたのね」
レーネは多少興味を持ったように返してくる。
「その人は、向こうで何をしているの?」
「何も。もう20年ほど前に亡くなっているからな」
レーネがしまった、といったような表情になる。
「……ご、ごめん。なんか辛いことを思い出させて」
「構わないさ。そんな彼女は、死んだ後でも俺の心の支えになってくれている。彼女がいたからこそ、こうやって生き長らえている。だから、いいんだ」
――――実際は、こうやってすぐ傍にいるのでしたー、なんちゃって。
(心姉、雰囲気台無しにしないでほしいんだけど……)
――――ごめんねー。セー君に愛されているなー、なんて思っちゃうと、ちょっと調子に乗りたくなっちゃうんだー。ふふっ、セー君、大好き。
(はいはい、俺も大好きだよ、心姉)
どうも、心音のキャラが崩壊してきている気がする、なんてセントは思い始める。
「レーネ、弱体化しているとはいっても、それよりも強くなれれば、プラスマイナスゼロで現状維持とかにはならないのか?」
「それは……正直、わからない。これまで、そんな前例がなかったから。弱体化したエルフは、森へ戻るか、心の拠り所を見つけて生活していくかの二択しか無かったのよ」
「なるほど……うん、ちょっと待てよ……」
ふと、ハイエルフのカーンの存在が頭に浮かぶ。
確か、カーンは独り身だったはずだ。それでもあれほどの力を持っていた。とても弱体化しているとは思えない。
エルフとハイエルフの違いはあるが、何か理由があるのだろうか?
「レーネ、カーンを覚えているか?スタンピード鎮圧の際に一緒にいたハイエルフの。グラスウィードに所属しているんだが」
「えっ、ああ、あの人ね。私はあんな人、初めて会ったわ。エルフギルドに所属していないし、そもそもハイエルフなんて種族、今まで会ったことなかったから」
「そうか……」
もしかしたら、カーンなら何か力になってくれるかもしれない。
「よし、レーネ。王都に到着したら、もう一度レードに向かおう。カーンは、そこで治療院を開いているんだ」
「……そうね。何かヒントを得られるかもしれないわ」
今後の方針が決まった。
まずは王都クラムトーラへ向かい、それから城塞貿易街レードへ戻る。
そこで、レーネと共にカーンに話を聞きに行く。
「レーネ、お前は勇者パーティーに必要不可欠な存在だ。魔王討伐まで、パーティーから離れるんじゃねーぞ……」
「な、何よ、急に……。でも、頼りにはさせてもらうわよ、セント?」
「ああ、もちろんだ!!」




