元おっさん、スタンピードの後始末をする
目の前で、一体何が起こったのか。
シルバとネイが、それをやってのけた二人を見つめる。
息を切らした二人の周囲には、ドラゴンイーター(黒)の細切れとなった肉片が散らばっている。
パーティーの約半分が戦闘不能となった中、二人が中心となってSランクモンスターの変異種を討伐したのだ。いくら二人が規格外だからといって、そう簡単には理解が追いつかない。
セントとルーが、ゆっくりと立ち上がる。どうやら呼吸が整ったらしい。
「僕らが……やったんだよね」
「……そうだな」
二人の【比翼の鳥】の効果はもう切れている。
自分達がやったことを、どこか夢だったのではないかと疑うが、身体の疲労、剣を持つ感覚から、そうではない、と理解する。
「セント、このディジェクター、魔法を纏うことができる能力もあったのかい?」
自身が持つ幅広の剣を見せながら、セントに尋ねてきた。
「いや、出来る可能性があった、としか言えんな。ただ、原理は分かっている。おそらく、【リジェクト】の応用だな。受けた魔法の威力を魔力に変換するところまでは一緒だが、それを放出せずに、刀身に循環させる。そういうことだろうな」
「そっか……」
「……ルー」
「なんだい?」
セントは、収納からディジェクターの鞘を取り出し、ルーに投げ渡す。ルーはそれをどうにか受け取り、軽く見回す。
「その鞘は、ディジェクターの所持者が持つことで、武器を盗難から守る効果がある。アイテムボックスの効果の一部を流用した特別製だ。当然、鞘自体の頑丈さもスミーのお墨付きだ」
「それはありがたいね。なんかダジャレっぽいけど」
「意図して言ったわけじゃないけどな。そいつもお前が持っていた方が良さそうだ」
「ありがたく使わせてもらうよ」
ルーはディジェクターを鞘に納め、折れてしまった剣の代わりに腰に吊るす。
「あとは……これらか」
セントはドラゴンイーター(黒)だった肉片を一つずつ鑑定し、収納していく。全て収納し終えると、なるほど、と呟いた。
「セント、何かわかったのかい?」
「ああ、そうだな」
ルーの質問の答えになるであろう、ある一部分の肉片を取り出す。
あまり好んで見たくはないが、ここを見てくれ、とセントが言うので、ルーはそれに従う。
「あれ……ここ、魔術的な何かがあったのかな?」
セントが指差した箇所に、魔法陣の跡のようなものがあった。
「その通りだ。鑑定してわかったが、これはこの空間と奴の魔力によって特定の系統のモンスターを召喚し続ける役割があったらしい」
「なるほどね。つまり……」
ルーが言い終える前に、地震のような音と共に、周囲の景色が徐々に歪んでいく。
「マズいっ……ネイ!シルバ!」
「わかっているわ!!」
「うん!」
セントが何を言いたいかを瞬時に理解し、二人は気絶しているミリアとレーネを連れて駆け寄ってくる。
全員が自身に触れていることを確認し、セントは転移でその場を離脱した。
「あ、危なかったね……」
「あぁ……全くだ」
転移先は、ボルカノ火山の麓、南側の入り口だ。まだアクス達はモンスターの対処で戻ってきていない。この場にいるのは、勇者パーティーのみ。
「……で、どういうことか説明してもらえるのかしら?」
シルバはそんな疑問をセントとルーにぶつけてくる。
「そうだな……」
「つまり、このスタンピードは、あのドラゴンイーター(黒)の体内に仕込まれていた魔法陣と、奴と戦ったあの異空間によって引き起こされていた……ってことで合ってるかい?」
ルーの答えに頷くセント。
「そういうことだ。付け加えると、怪鳥竜が中心になっていたのは、ドラゴンイーター(黒)が自分達を襲い、そこから逃げ出してきたから、ということになる。さらに、逃げるために邪魔になりそうな他のモンスターや俺達がいたから、攻撃を仕掛けてきていた、と考えられるな」
「それが、今回のスタンピードの全容、ってわけね」
なるほど、といった顔のシルバ。
しかし、ルーは他にも気になっていることがあった。
「……セント、僕は君にもう少し聞きたいことがある」
真剣な顔になってセントに問いかけてくるルー。セントは彼が何を聞きたいかを既にわかっていた。
「分かってる……あの紫のローブの男についてだよな」
「他にもあるけど……今はそれについてだ」
他については、おそらく新たにセントが得た力だろうが、後回しにしておく。
「ああ。あの紫ローブの男。奴はある組織……というか、集まりに属している。それが【パープルシャドウ】だ」
「それは、どんな連中なんだい?」
「簡単に言うと、この世界に転生してきた異世界人の集まり、といったところだな。特徴としては、全員紫のローブを身に着けている」
「ただ集まっているだけ……ってわけじゃないよね?」
「当然だ。奴らの目的は、世界征服。それに尽きる」
「そんなふざけた組織なんて、到底信じられないけど……セントがそう言うなら、そうなんだろうね。ただ……それはどうやって手に入れた情報なんだい?」
目を細めるルー。まるで、セントを試しているようだ。
「そうだな……話してもいいが、その前提として、確認しておきたいことがある」
「確認?」
「ルー、お前は、神を信じているか?」
「もちろんだ。何せ、僕の職業である勇者は、その神様から与えられたものなんだから」
その神は、職業神なのか、この世界の神なのか。厳密に言うと、それぞれ別の存在なんだが、それはルーにとっては重要ではないのだろう。
「ならいい。俺は、その神から教えてもらったんだ。神託のようなもの、と思ってもらっても構わない」
「そんなことが……いや、でもセントはそんな嘘をつくメリットが無さそうだし、信じるよ」
ふっ、と笑みを浮かべるルー。セントはそれを確認して、話を続ける。
「それで、だ。ルー、レーゼの森で出会った変異種を覚えているか?」
「うん。あの赤いジャイアントラパンだろう?よく覚えているよ」
「あれは、【パープルシャドウ】の一人の、あの男がやったものと見て良さそうだ。奴の言葉を思い出してみろ。奴は俺を見て、あの時のド素人の、と言っていただろ?ルーと一緒に行動していた中で、そう言われてもおかしくない期間は、あのジャイアントラパン(赤)の時くらいしかない」
「だけど、どうして僕らを狙うんだ?」
「言ってただろ、魔王討伐の旅を止めてほしい、と。奴らにとって、魔王を倒す可能性が高い勇者パーティーは邪魔なんだよ」
「僕らの敵は、魔王だけじゃない、ってことか……」
ぐっ、と拳を握りしめるルー。
「気を付けろよ?奴ら、まだ能力の一部しか披露していない。変異種モンスターを召喚する者の他に、俺のように異世界人を召喚する者もいる。何人いるのかも不明なんだ」
「異世界人を召喚?そんな能力を持っている奴もいるのか……」
驚いた声を出すが、ふとルーは、なぜセントかそんなことまで知っているのか疑問に思った。
「セント……」
「言いたいことはわかってる。おそらく、お前の考えている通りだ」
「じゃあ……」
「ああ、俺は、召喚された異世界人と戦ったんだ。あいつは……おそらくルー、お前を軽く超えている。それだけじゃない。魔王すら、あっさりと倒せるほどの力を持っていた」
「その人は、今どこに?」
「元の世界に帰っていったよ。お前の聞きたいことのもう一つの答えが、それに関係している。俺は、その異世界人の帰還に少し手を貸しただけだが、その礼として、力の一部を俺にわけてくれた。それが、俺が新たに得た、あの力だ」
「そっか……」
ルーはどこか納得し、それでいて残念そうな顔になる。
おそらく、まだこの世界にいるのなら、力を借りようとでも思ったのだろう。
そんなルーに、セントは声をかける。
「……ルー、お前が思ったことは理解できる。だが、この世界はお前の世界だ。そして、お前はこの世界の勇者だ。厳しいことを言うかもしれないが、最後はお前が決めるんだ。仲間を頼りにするのは悪くはない。だが、時には自分が先頭に立って、人々を導くのが、勇者じゃないのか?」
「セント……うん、そうだよね」
ルーは、改めて自分の立場を思い直す。
「僕が、この世界の人々の希望なんだ……!」
「その意気だ!」
原因を取り除いた後は、ただの作業だった。
残ったモンスター達をひたすら蹴散らすのみ。
セントはルー達を先に転移で宿屋へ送り、アクス達と合流する。ルーも残ろうとしたが、ミリアとレーネのことがあり、遠慮してもらったのだ。
「そうか……Sランクモンスターの変異種……そりゃあ、勇者パーティーじゃないと倒せねぇな」
「あの剣もついに日の目をみることになったか。ふふっ、結構結構!」
セント、ゼロード、スミー、アクス、フエン、カーンが粗方の討伐を終えて焚き火を囲い、談笑を交えながら今回のスタンピードについての報告をしている。
「それにしても……【パープルシャドウ】。なかなかの曲者が揃っていそうだな」
「ああ。おそらく、今後も何かしらのちょっかいを掛けてきそうだ。万が一、世界の各所で同時に暴れられたりした場合、勇者パーティーだけでは太刀打ちできない。そのときは……」
「わかっている。俺達グラスウィードも全力でサポートするさ」
「助かるよ」
セントが礼を言うと、アクスが豪快に笑う。
「ハハッ、おめぇも一端の勇者パーティーになったな!ま、いい傾向だと思うぜ?ただ……これからおめぇはどうするつもりだ?」
アクス達は、セントがいずれ勇者パーティーを離れる予定だと知っている。それを確認するような問いかけだった。
「それは……変わらないな。ただ、いつ離れるかの目処は立った、ってところだ」
「そうか……おめぇが決めたことだ。俺からは何も言わねぇよ。それに、ルー達との繋がりは続けるって言ってたよな?なら、立ち位置としては、俺らと同じってわけだ」
「ああ。今後も宜しく頼むよ?」
「言われるまでもねぇ」
皆で笑い合うと、ここからが本題、とでも言うように、アクスがセントにある質問をする。
「なぁ、セント……今回は、俺達グラスウィードだけで戦ったわけじゃねえ。勇者パーティー、竜人族、ドワーフ族……いろんな連中の力があったからこその結果だ。そいつらに報いることは、当然のことじゃねぇか?」
「当たり前だ。だから、あいつを連れてきている」
セントの言葉に応えるように、ある男の声が聞こえてきた。
「済まないね、ちょっと準備に時間がかかってしまって」
「「「?!」」」
男は、コック姿で柔和な笑みを浮かべている。
「待っていたぜ、グーメル」
セントが呼んだ男とは、レードで店を開いている、ハーフエルフのグーメルだった。
「グーメルがいる、ってことは……」
「ああ、あの料理をこの戦いに参加してくれた皆に振る舞おうと思って、頼んだんだ」
「まさか……」
誰かの喉が、ゴクリ、と鳴る。
「特大の怪鳥竜の揚げ皿パーティーをやるぞ!!」
「「「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」




