元おっさん、時間稼ぎをする
怪鳥竜の肉塊を収納し、現状を確認する。
世界地図と魔力感知、気配察知を駆使し、テンダー山脈全体の敵味方の状況を見ると、やはり敵――モンスターの数が圧倒的に多い。だが、味方側は押し負けておらず、どうにか均衡を保っているようだった。
セントがいる南側では、麓近くの青い点――即ち、味方側が少しずつ赤い点――モンスターを押し込みつつあるようだ。どうやら、ゼロードと協力して登ってきたのが良い影響を与えていたらしい。加えて、地上戦力と山を下りた竜人族の戦力が合流したため、より勢いは増すはずだ。
そして、先程の戦闘の音の影響か、セントに向けて多数の赤い点が移動してきている。分かる数でおよそ200。
「ちっ……面倒だが、相手してやるか」
周囲100メートルにまでモンスターの群れが迫ったところで、セントはミミックブレイカーを大剣へ変える。
「【蒼玉】」
柄の宝珠が青く輝き、ミミックブレイカーが冷気を纏う。
「魔法合成、【氷結影走】、魔法付与、属性強化、性能強化」
ミミックブレイカーの刀身が氷の如く変化していく。まさに氷の大剣、と言っても過言ではない。
「多少は自然破壊になっちまうけど……こんな状態なら仕方ないよな」
モンスターの群れは、もう50メートルの地点まで来ている。姿が目視できるほどの距離だ。最初に目についたのが、Bランクモンスターのドラゴンビースト。4足歩行で竜種の頭を持ちながら、鱗の代わりに熊のような厚い毛皮で全身が覆われている。翼は持たないことから、地竜の別名を持つ。ドラゴンの名前に恥じず、かなりのパワーと耐久を持っているため、地上ではかなり危険なモンスターだ。
「さて、どれだけの奴らが耐えられるか……」
セントはミミックブレイカーに魔力を注ぎ、その刀身を伸ばしていく。
「【円陣斬り】!!」
50メートル程まで伸びた刀身が、セントを中心に円を描くように振るわれ、集まってきていたモンスターを斬り、凍らせ、動きを封じる!
「まだまだぁぁぁぁぁぁっ!!!」
一回転では終わらない。
五回転、十回転、20回転……と何度も振るわれ、約10分後には、向かってきていた200のモンスターが全て動きを止めた。一部は絶命し、一部は身体を凍らせられ、一部は凍ったモンスターの間に挟まり身動きがとれない。
おまけに技の巻き添えを受けた木々が倒れ、凍り、行動を制限する。
「しばらくおとなしくしてな!!」
次にセントは、ミミックブレイカーを棍棒状に変化させる。
「【黄玉】!」
ミミックブレイカーに土色のオーラが纏われ、大地が鳴動を始める。
(【黄玉】に共鳴……しているのか?)
理由は不明だが、今は深く考えないことにする。
「属性強化、性能強化、【大震撃】!!」
ミミックブレイカーを真下へ振るうと、動きを止めたモンスター達の下の地面が盛り上がり、土の檻の如くモンスター達を覆い尽くす!
そして、出来上がったのは、モンスターを基礎にした円状の高い丘……というよりは壁。
「うおっ?!こんな結果は予測できなかったぞ?!」
自分でやっておきながら、それに驚くセント。
「ま、まぁいいか。これで時間は稼げるだろ」
丘のおかげで、モンスター達はセントに容易には近づけない。高さはだいたい4メートルくらいなので、跳躍力に自信があるモンスターでもなかなか越えられない。厚さもかなりあるので、破壊してこようとしても、円という形状の特性のおかげで、複数の方向から同時にかなりの力を加えない限り、壊すことが難しい。
これで、セントは丘をどうにか越えてきたモンスターを適当に相手するだけ。囲まれる心配がほぼ無いので、余裕をもって戦える。
「だいたい4時間くらい稼げば、ゼロード達も態勢を立て直して来るだろ……まずはそれまで頑張るかね」
そうして、しばらくセントは一人での戦闘をこなすのだった。
それからどのくらい時間が経ったのだろうか。
日はとっくに沈み、時折地上へ下りてくる怪鳥竜と戦っていて、セントは時間の感覚が鈍ってきている。
倒したモンスターの数はそろそろ三桁を越えているはずだ。邪魔にならないように倒した先から収納していたので、正確な数はわからない。
「さすがにそろそろキツくなってきたぞ……」
普通なら、もう撤退を決めてもいいだろう。だが、セントはそうしなかった。
その理由は2つ。
1つは、自分で言い出したことだからだ。セントは自分で言ったことは必ず成し遂げようとする性格なのである。
もう1つは、友と仲間を信じているからだ。彼らは、必ず戻ってくる。それまでは、なんとしても耐えてみせる。そんな決意があった。
そんなセントの気など知る由もなく、怪鳥竜が二体地上へ下りてきた。
「……ったく、少しは休ませろっての……」
ミミックブレイカーを握る力が弱まってきている。それでもセントは気力を振り絞り、武器を構えた。
そんな時だった。
ふと、世界地図に、複数の青い点が高速でセントに向かってきている。
赤い点の集合を強引に突破してきているのである。
そして、セントは、聞き覚えのある声を聞いた。
「「「「センッッットォォォォォォォォォッッッッ!!!!」」」」
声の主は、暗闇の中を抜け、セントが作った丘を跳躍してくる。
影は4つ。
槍、斧、爪、小剣が見えた。
そのまま、二体の怪鳥竜の首を切り落とす。
怪鳥竜の身体はグラリと傾き、倒れ込む。
「お……お前らは……まさか……」
一人が【光明】の魔法を使う。
「遅れてすまなかったな、セント」
「ふっ、ようやくあの日の約束が果たせるな」
「おうおう、無事で何よりだ!」
「たまには手を抜くことも大事だよ」
魔法により、四人の姿が判明する。
そこにいたのは。
「ゼロード!アクス!フエン!カーン!来てくれたんだな!!」
槍を持っていたのは、竜人族の戦士達を引かせたゼロード。
斧を持っていたのは、地上戦力の主力の要であろう、グラスウィードのトップのアクス。
爪で怪鳥竜の首を切り落としたのは、獣人でセントに小手と爪の技術を教えたフエン。
小剣を持っていたのは、ハイエルフでセントが治療で世話になったこともあるカーン。四人のスピードと脚力を強化したのと、【光明】を使ったのは彼だ。
「俺達だけじゃないぜ!他のクランメンバーもこちらに向かってきているぞ!皆、お前の力になりたいそうだ!もちろん、ルー達もな!!」
アクスの言う通り、さらに複数の青い点がセントの近くに集結しつつある。
すると、ゼロードがセントの肩を叩きながら教えてくれた。
「みんな、お前の戦い振りに刺激を受けたんだ。こんな遅くの時間まで戦い続けるお前の姿に、な」
「そうか……あれからどのくらい経った?」
「俺達が地上戦力と合流してから、だいたい10時間ほどだ。よくやってくれたな、セント!」
「そんなに?!……そりゃあ、疲れも出る訳だ……」
丘を越えてきたモンスターを、カーンが一突きで始末するのが見えた。
「セント、少し休むといい。近づいてくるモンスターは、我々が対処しておくから」
カーンがセントを気遣う声をかけてくる。そして、四人がセントを囲うように位置取りをしてきた。
「すまない、皆。しばらく頼むよ」
「任せておけ!何なら、寝てても構わん。ただし、怪鳥竜だけは後で収納してもらうぞ。理由は……わかるな?」
フエンがニヒルな笑みを浮かべる。
「当然だ」
笑い返すセントに頷き、フエンが新たに近づいてきたモンスターを狩る。
(この4人なら、しばらくは任せて大丈夫だな)
少し安心すると、急激に眠気がやってきた。それに抗うことなく、セントは意識を手放したのだった。




