元おっさん、冒険者ギルドに登録しようとしたら絡まれる
防具屋で買い物を終え、セントの口座を作るために、二人は冒険者ギルドへやってきた。
「デカいな……」
冒険者ギルドは地上8階建ての建物になっており、一階だけでもかなりの広さを誇る面積がありそうだった。最低でも、10000平米はあるだろう。それが8階。ギルドの業務の多さがうかがえる。
「口座を作るには、まずギルドに登録をしなきゃならないんだ。それからどれだけ仕事ができるかを測るための審査が行われる。仕事に見合わない報酬を得ているとされた場合、監査が入って不正な金銭であるかどうかを徹底的に調べられるんだ。それを防ぐための審査なんだよ」
「ほぅ……かなりしっかりしているんだな」
仮に不正な金銭であった場合、それなりの制裁が加えられる。なぜなら、後ろ暗いことを行っている可能性があるからだ。
このシステムのおかげで、秩序が維持されているのかもしれない。
建物内に入ると、多くの人々の行き交う姿がまず目に飛び込んできた。
「なかなか賑わっているようだな」
「そりゃ、そうだよ。何せ、仕事を求める人、お金を下ろす人、振り込む人、依頼達成報告をする人…いろんな人がここにやってくるんだからね」
二人で話しながら受付へ向かっていくと、ルーに気づいた人が集まってくる。
「あっ、勇者様じゃねーか!」
「勇者様だって?!」
「マジか!サインくれー!!」
あっという間に、人垣に囲まれるルー。対して、セントはフロアの端に押し遣られる。
(凄い人気だな、ルーは。さすがは勇者、といったところか)
ルーは一人一人に爽やかイケメンスマイルで応対していく。
そんな中、セントに気づいた者がいた。
「誰、あいつ?」
「いかにも弱そうだな」
「てか、勇者様と一緒に来ていなかったか?」
「マジかよ?あんなチョー普通の奴が、何様のつもりだ?」
(はいはい、どうせ俺は普通で弱そうですよ、っと)
他者からの評価など、日本での経験でどうでもいい、と思っていたセントなので、全く気にすることなく受付へと向かう。
「こんにちは。本日はどのようなご用でしょうか?」
役所にいる窓口担当の公務員っぽい受付嬢から営業スマイルを受け、セントは用件を伝える。
「自分の口座を作りたい。そのためにギルドに登録をしたいのだが」
「かしこまりました。他のギルドには登録されておりましたか?」
「いや、していない。ここが最初だ」
「でしたら、身分を証明できるようなものをお持ちでしょうか?例えば、誰かからの紹介状や、同伴者などでも構いませんが……」
「それなら、僕が同伴者だよ」
人垣からようやくセントの下へ辿り着いたルーが、名乗り出る。
「これはこれは。勇者、ルーン・ブレイド様ではありませんか」
多少驚くも、平静を装う受付嬢。
「彼の同伴者は、僕だよ。最近パーティーに加わったんだ」
「はっ……?この男性が……?勇者パーティーに、ですか……?」
戸惑う受付嬢。
「……失礼ですが、この方に勇者パーティーが務まるか、甚だ疑問なのですが。見たところ、装備らしい装備が無く、体格も平均より下のように思えるのですが……」
「だよな。俺もそう思うよ」
「セント、自虐はよしてよ。僕たちには、どうしても君の力が必要なんだから」
受付嬢の言葉に乗っかって自らを貶めるセントに、ルーは少し憤りを覚えたように言ってくる。
「おい、勇者さんよ。俺はあんたを尊敬しているし、力になりたいとも思っている。なのに、なんでこんな貧弱な奴をパーティーに加えたんだ?俺の方が、こいつより断然役に立てるぜ?」
話に割って入ってきたのは、2メートルはありそうな、がっしりした体格の男だった。
「君は確か……Aランクの冒険者、大斧使いのザンギ、だったね」
ザンギは、パーティー結成の際、自ら応募してきた冒険者だ。実力は十分だが、ミリアの【真実の眼】が反応したので、入団を断った相手だった。
「覚えていてくれてありがとよ、勇者さん。で、さっきの話だが、俺はこんな男よりも役に立てる自信がある。一つ提案だが、こいつと勝負して、俺が勝ったら、俺をあんたのパーティーに加えてくれないか?」
「それは……」
【真実の眼】については、現メンバーしか知り得ない極秘事項。それを公にするわけにはいかず、言い澱むルー。
そこに、受付嬢が入ってきた。
「それはいいですね。……勇者様、私としても、この男性が世界の命運を担う勇者パーティーにふさわしいとは思えません。他の方々も納得のいっていないところがあるでしょう。それを証明してみせてください」
建物内にいる人々の中からも、そうだ、そうだ、という声が多く聞こえてくる。
ルーは、躊躇うようにセントへ目を向ける。
「……セント、ごめん」
その言葉に、全てを理解したセントは、渋々頷く。
「……ったく、やりゃあいんだろ、やりゃあ……」
ルーは、受付嬢を向く。
「要は、彼が勇者パーティーに必要な存在だということが証明できればいいんですね?それさえわかれば、勝敗は関係ない。そういった条件でいいですね?」
「はい。それで構いません」
「なら、彼が条件を満たしたら、すぐに登録と口座開設の手続きをお願いします」
「かしこまりました。ちなみに、確認ですが、この男性のレベルは?」
受付嬢の質問に、
「10だ。レベル10。貧弱なんで、すぐやられちまうかもな」
とセントが答える。すると、周囲からギャハハハハ、と下品な笑い声が聞こえてきた。
「ふん、雑魚の雑魚じゃねーか。俺は30。一撃でおわっちまうかもな!」
ザンギのレベルは30。セントとは20も違う。普通に考えれば、明らかにセントは不利だ。
「では、勝負はハンデをつけましょう。セント様は、ザンギ様に一撃でも入れられたら勝利。ザンギ様は、セント様が戦闘不能になるか、降参したら勝利。勝敗は関係ない、とおっしゃいましたが、一応この条件で勝負していただきます。お二人は、向こうの転移装置へ移動をお願いします」
受付嬢が、入り口左の円形の機械へ手指しをするので、それに従って二人は移動する。
「……うっかり大ケガさせちまうかもしれねーが、それは諦めてくれよ?」
ザンギはセントだけに聞こえるように小声で呟く。
「それは勘弁願いたいものだな」
セントもまた、小声で返す。
転移装置へ乗った先は、小学校の体育館ほどの広さの、窓のない部屋だった。その真ん中に、二人は相対している。
『そこは当ギルドの訓練ルームです。そこには、致命傷を負うと自動で治療室へ転移される魔法と、部屋から出ると傷が元通りになる魔法が付与されています。万が一手足がちぎれても、ちゃんと元通りになるので、存分に戦ってください』
構内アナウンスのような受付嬢の声が、訓練ルームに響き渡る。
『なお、その部屋には複数の映像を記録する魔道具が設置されているので、そちらの様子はこちらからも見ることができます。卑劣な手段で勝とう、などとは決して思わないでくださいね』
「ふっ、だとさ、貧弱男」
「そんなことしても、勝ちに拘る必要のない俺にはデメリットしかないな。……ま、やるだけやってみるさ」
『時間は10分です。途中で危険と判断した場合、いつでも勝負を止めますので、そのつもりでお願いします』
「10分もいらんな。1分以内に決着をつけてやる」
「へいへいっ、と。なら俺は、それまで逃げに徹するとしようかね」
こうして、ザンギとセントの勝負が始まった。